世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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竜の棲む穴

虚勢

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 竜の討伐に向かう事を決めたコータと近衛3名は、そのまま陣営で野営を敢行して夜明けを待ち、ミアが出前風に用意して来た朝食を食べ終えた、徐々に山肌をの樹々を日の光が照らし始めた頃に、坑道の中へと歩を進めた。

 この日程は、コータの体調を気遣うクレアと、野生の竜は基本的に夜型の生活を送っているはずなので、夜襲よりも日中に襲撃した方がベターだろうと言う、アイリスの助言に端を発していた。


  坑道の中は、乾いた土とゴロゴロとした小振りの岩石が無数に足元に拡がっていて、その道の広さも人二人がすれ違うのもやっとという規模で、歩き難い事この上ない有様であった。

 そんな最中を行く、一行の隊列はと言えば――まず、道先を照らす大振りの松明を手に持ったオルバを先頭に、大柄なその彼の後ろを半ば隠れている様な恰好で追尾しているのがアイリス、その彼女の背を目標に進んで来ているのがコータで、シンガリとして背後にも気をやりながら、そのコータの背を追っているのがカミュ……と言った具合である。


「――しっかし、放置してた間にどうやって、竜みたいなでっかい獣が、こんな狭いトコに入れたかねぇ?」

 ――と、暗がりを行くコータは怪訝そうに、そんな独り言を呟いた。

「島の者の話では、中腹にある”火口窟”ならば、ギリギリ通って、中に入る事ぐらいは出来たかもしれないという話でしたね」

 そんなコータの疑問に応じたのはアイリス――彼女は、負傷者の中に居た古くからこの地で鉱業作業に従事しているという男から聞いた話を挙げた。


 火口窟とは、文字通り死火山であるこのランジュルデ山が、記録上では最後に噴火した際に出来た火口の事。

 その山肌を、ダイナミックにえぐった様な火口の光景は、この山が火山だった事を印象付けるに充分なロケーションを誇っていた。


「――じゃあ、掘り進める内にいつの間にか、火口窟と採掘坑道が繋がっちまった……ってコトか」

「それに、窟の近郊に蚕の繭糸を採集しに来た者たちの中から、竜の鳴き声を聞いたという声が挙がっていたそうで、当時は幻聴の類だろうと一蹴されたモノだった様ですが、こうなってはこの説が最も有力でしょうね」

 この事件の原点に頭を巡らす中列の二人は、頷き合ってそんな結論に辿り着く――その時、最前列のオルバが、黙ったまま松明の位置を頭上へと挙げた。

 これは、坑道の天井が上へと開けた事を示していた。

 その後方3名はそれに呼応し、低い所から潜り抜ける体で、開けた部分へとゆっくり進んで行く……


「――っ?!、うっ……」


 松明に照らされた先を見たアイリスは――途端に、絶句と嗚咽が混じった様な呻き声を漏らした。

 その先にあったのは、逃げて来た鉱夫たちの話にもあった、竜に惨殺された者たちの遺体郡――報告のとおりに、首から先が無い者から、鋭利な竜の鍵爪で腹を裂かれ、内臓がぶちまけられている者、その竜の巨大な脚に踏み潰された者までいるという、地獄絵図に等しい光景が、松明の灯りだけが頼りな、この暗い坑道に無残にも拡がっていた。

「アイリス殿は……この様に死臭漂う、実戦の経験は無いのかな?」

 ――と、吐き気に耐える恰好で口元を抑え、小刻みに身体を震わせて戦慄しているアイリスに、後ろからそう声を掛けたのはカミュだった。

「……はい、恥ずかし、ながらぁ……」

 アイリスは、絞り出す様な声で、辛そうにそう返事をした。

「別に恥じる事ではないさ。

 武に生きる立場だとしても、こういう光景は見ずに済んで越した事は無いし、この様な事を防ぐのが、戦士ぼくたちの務めでもあるワケだからね」

 カミュが落ち着いた声音でそう呟くと、アイリスは息を整える体で一息吐き……

「――カミュ、殿はぁ……この様な経験がお有りで?」

 ――と、彼の落ち着きぶりと諭す様な物言いから、邪推も交えてそう尋ね返した。

「ああ、魔神蹂躙に因る樹都じゅと――ユルランディアの崩壊と、昨夜グーフォ殿も触れていた、シュランス谷決戦――僕は、どちらにもエルフィ軍人として参戦していたよ。

 それらの惨状を目の当たりにしたせいか、この類の事には動じなくなってしまったね」

 カミュは、寂しさと悔いが混じる口調で、自戒もこもった呆れた表情を見せながらそう答えた。


 エルフィ国の都――”ユルランディア”には、『樹都』という別称がある。


 その由来は、この世界の創生と同時に、天に向かって生えたとされている、雲海を悠に突き抜ける高さと、現世の単位で言えば直径数十㎞に及ぶ太い幹を誇る、巨大な樹木の枝ぶりや、幹の周りを削って中身を空洞化した場所を主な土地として、建立された都だからだ。

 コータが以前、その創生にも神の一柱として関わっている、サラキオスから聞いた所では――この大樹は元々、現世に生えていたらしく、創生の際にこのクートフィリアへと移設された経緯があり、その頃からエルフィ族は、この大樹を居としていて、その頃からの呼び名は『ユルランドルの大樹』――で、この世界に移った際、それを機に種族の都とする事となり、今の呼び名へとなったそうだ。

 同時にサラキオスは、コータの記憶の中から見つけた、世界樹『ユグドラシル』という、ファンタジー物にありがちな設定や呼び名は、この辺りの経緯が変じたモノであろうとも告げていた。


「――シュランス谷にも参じていないという事は、アイリス殿の当時は竜騎士見習い……いや、既に、アルム王子の近衛にまわって居られたかな?」

「はっ、はい……丁度、異動の辞令が下りた頃でしたね」

 時系列に考えを巡らせたカミュの尋ねに、アイリスは渋い表情を纏わせながら答えた。

「カミュ……そこまでにしてやりなよ。

 アイリスにとって、その頃の事はあまり触れて欲しくはない部分だろうし……」

 コータは、彼女の微妙な表情の意味を察し、カミュに諫める言葉を投げる。

「!、そう、でしたな……ヒュマドの慣例の事を失念してしまいましたな」


 カミュが『慣例』と評したのは――もちろん、アルムがアイリスに求めた様な、異性の近衛兵への性的な奉仕の要求の事である。


「……いえ、構いませぬ。

 むしろ慮って頂き、話を濁して終わる方が、今の私にとっては、よっぽど『せくはら』にございます故」

 ――と、アイリスは、コータから以前教わった異界語を交えて、首を横に振りながらそう応じた。

「なんでしたら、竜騎士の里から着任したその日の夜の顛末を、包み隠さず具体的に教えて差し上げても、私はなんら構いませんぞぉ~っ!

 3人の殿方が、有事の前の気晴らしにお聞きになりたいのであればっ!」

 アイリスはこめかみを引き攣らせながら、胸を突き出して誇らしげにそう言った。

「コータ様……藪を突いて蛇を出してしまいましたな」

「……そだね。

 つーか、そんなことわざ、コッチにもあるんだね」

 カミュとコータは軽口を後悔して、二人から離れたがる様にズンズンと先行して行く、アイリスの背中を見やる。


(――ことわざの類は、翻訳精霊がコチラにある似たモノを、お前に解り易い様に現世のモノへと変換しておるのじゃ)

 サラキオスが、精神世界でそんな解説をしている間にも……

「――夜に、王子の寝室へと呼ばれた時は、あの様なコトになろうとは露とも知らず……」

 ――と、糸の切れた凧が如く、アイリスがズンズンと歩を進めながら、例の『初夜』についてを、カミングアウトし始めようとした。

――その時!

「静かに――っ!、この岩盤の先で、何かが動いている音が致します」

 松明を横へと突き出して彼女を制し、低い声で後続に向けて呟いたのはオルバだった。


(((――喋ったぁ!!!)))


3人のリアクションが、状況の変化よりも、珍しいオルバからの発言に驚いた方だった事はさておき――オルバの忠言に応じ、残りの3人は一気に警戒を強めた。


「――それと、その類の『シモネタ』とやらは、少なくとも私は好みません。

 自らの不安気を晴らすために、他者が聞きたがっていると評して勝手に言おうとするは、あまり関心しませんな……」

「ぐぅっ……失礼、致しましたぁ……」

オルバは、チラリと横目でアイリスに目配せをし、なかなか手痛い苦言も付与すると、彼女は抜剣しながら、ぐうの音も出ないと言った体でうな垂れた。
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