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竜の棲む穴
連携
しおりを挟む『――よし、良いか者ども。
彼奴の鱗は恐らく、己らが持つ様な、人がこさえた武器でどうこう出来るシロモノではないと心得よ。
攻撃は、魔神もーどのコータと、エルフィの色男が魔法で担え――女近衛とドワネの木偶は、牽制に徹して二人の錬成中の隙を補え。
鉤爪は鱗ほどは硬くない故、貴様らの武器でも弾く事ぐらいなら出来よう』
サラキオスが軍師さながらにそう下知をすると……
「――はっ!」
「承知……っ!」
――順に、アイリスはコータの前へと立ち位置を微妙に変え、オルバも同様に、カミュを援護出来る体勢に入った。
「ふっ――可愛らしい少女の声で、老練な指示をされるのは実に妙だけれど……」
カミュは、複雑な表情でそう呟きながら、両の手の平に光球を錬成し始める。
『――ほぅ?、まだ何も言わぬのに、球形の魔法光――即ち、炸裂魔法を選んだか』
「ええ――シュランス谷において、堅牢な鱗を持つ竜たちに対して、魔神は氷結魔法と炸裂魔法の合わせ技で、温度の急転を利してその鱗を破砕せしめ、裸同然となった竜の腹を手刀で裂いて殺していた。
恐らく、それで行くのだろうと思いましたが、私は残念ながら、氷結魔法は得手ではないので」
サラキオスがニヤリとばかりに声を掛けると、カミュは魔法の錬成を淡々と続けながらそう応えた。
(ふん――コータよ、随分と聡い部下を持ったモノだな。
我に対して、皮肉を込めて返す度胸が実に良い♪)
(――って、感応魔法を外して、俺にだけ言うのは何故よ?)
サラキオスが感応魔法を一旦解除している事に気付いたコータは、魔の神に意図を不思議気に尋ねる。
(我は人を、不必要に褒めるのは嫌いじゃからな。
今の会話を請けて、既に何も言わずとも氷結魔法を練っている”誰か”とて――我は褒めぬぞ?)
サラキオスがまた、ニヤリとばかりの言い草でそう呟いた時――コータの右手の平には、蒼白く光る氷結魔法の魔法光が輝いていた。
『――グルォワァァァッ!!!!』
4人の動きに何かを察した竜は、警戒を最大限にまで強め、首を巡らしながら威嚇する咆哮を坑道中に響かせたっ!
そして――転倒した鉱夫の身体を踏み潰していたという、グーフォから聞いた逸話にも頷ける、巨大な脚で足踏みして徐々に距離を詰めて来る。
「比較的――天井が低い部分で迎え撃てたのは幸いでしたな。
一気に飛びかかって来られる心配が無い分は」
それに合わせる様に後退する4人の中から、そう呟いたのはオルバだった。
「アイリス――確か、竜の心臓があるのって……」
「はい、長い首の喉元にございます」
氷結魔法の錬成を進めているコータからの尋ねに、アイリスは自分の喉元に触れて見せると……
「――解った。
カミュ、喉元の鱗を氷結させるから、そこを炸裂魔法で爆発させてくれ」
――と、カミュに指示を出すと、半身の黒い文様が更に黒みを増し、彼はフォーメーションから飛び出す体で駆け出すっ!
『グゥッ!!!、グァラグワァッッァ!!!!』
コータの飛び出しに呼応し、竜もけたたましい咆哮を挙げてその首を伸ばす――これが、開戦を告げる戦鍾となった!
「万全を期して、魔力の発破じゃなく――鱗への接触で行くっ!」
蒼白い魔法光を手の平に湛えたまま、竜へと襲い駆けるコータは――竜の首を一杯に伸ばした末の”噛み付き”を、寸出で避ける!
『――グワラァァッ!!!!』
――更に竜は、巨体を反転させて返す刀……いや、”返す尾”とでも言うがの如くその長い尾を、さながら鞭の様に振るって見せるが、これもコータは紙一重で避け、続いて極小規模の飛行魔法を発動!、坑道の低い天井まで飛び上がったっ!
(異界では、市井の一般人であった上に、身体には障害を負っていたというコータ様が、この動き……っ!
これが『魔神もーど』とやらの成せる業なのか)
後方で炸裂魔法の錬成を続けているカミュは、心中で驚嘆を込めたそんな呟きをしていた。
(――あれかっ⁉、心臓の位置の鱗はっ!
へへ――っ!、まるで場所を教えてる様に、ご丁寧にも生えてる向きが逆さま……あっ、これが『逆鱗』の語源ってワケか?)
(如何にも――だが、触れると怒り狂うというのは、後説の脚色だろうがな。
それに、コレには意味もある――竜の鱗は逆向きに沿って厚くなる故、心臓という最も大事な部分を、より強固に守るための理に適っておるじゃ)
飛び上がった自分の姿を、俯瞰で見下ろしている形の精神世界で、コータがサラキオスからの講釈を聞いている内に――その”逆鱗”に触れた、現実世界のコータの手の平から、冷気の魔力が竜の喉元へと伝わって行く。
『――グルワァ⁉、フィギャァァァッ!!??』
自分の喉元に起きた異変と、その違和感に竜は、例の後説どおり、猛烈に錯乱して見せた。
「暴れてたんじゃ、カミュが狙い難いっ!、牽制してその気を削ぐぞっ!」
「――はっ!」
『ブフゥ…ッ!、グッルギャア!!!』
コータの号令と共に、まるで虫でも纏わりつく様にウロチョロし始めるアイリスに、竜は極度の苛立ち見せて更に暴れ出すっ!
「――!、捉えたぁっ!」
竜騎士でもあるアイリスが、非常用の嗜みとして習得している、対竜の拘束魔法でその動きを制限し……
「――くぅっ!、おぉぉぉぉぉっ!」
一連の展開に危険を察し、鉤爪をカミュへと振るった竜の一撃を、オルバが武器で受け止め、それを圧し留めた!
「――射程が開けたっ!、二人ともありがとうっ!」
カミュは、アイリスとオルバへの謝辞に続けて、球体状の魔法光を竜の喉元に向けて放った!
『!!!???、ヒギュアァァッ!!!』
竜は、続け様に喉元で起こった爆発に驚き、その喉元を掻きむしる様に手の鉤爪を振るう――すると、喉元の鱗がボロボロと外れ始めた。
コータは、腰に提げていた例の日本刀をゆっくりと抜刀――そして、またも極小規模の飛行魔法で、竜の喉元の前に浮かんだ。
鱗が禿げた竜の地肌に当る、その毛皮は――クートフィリアでは、超が付く程に希少な服飾材料として知られており、以前それに触れる機会を得たコータは、現世における絹並みに柔らかい事を認識していた。
故に、地肌を晒した竜には、剣が通じないという定説は適さない。
『ヒギュッ……?』
竜は、何故か目の前に浮かんでいるコータの顔を、つぶらな瞳で見やると……暴れるでも、錯乱するでもなく、ましてや脅えるでもない、何やら不可思議な反応を見せていた。
「竜――お前はただ、この穴の中で暮らしてただけかもしれないが、だとしてもっ!、お前はやり過ぎたんだよっ!」
コータが竜の瞳を睨み、冷徹にそう告げ、飛行魔法の波動で勢いを付け、彼は竜の喉元に日本刀の切っ先を突き立てた。
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