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光刃現眼
将たる覚悟
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(――なんだ?、どこを観て……?)
マサノリの視線の先を不思議に感じ、ソウタも西の丘に目をやろうとするが――
「――よう、解った。
胸の閊えが取れたようじゃわい」
――そう言って、ニヤッと笑いながら、マサノリがソウタの方へとにじり寄って来た。
「そうかい――じゃあ、さっさと退いて、オウザンに戻って、国守にその旨を突きつけてくれや。
"邪"と、断じられたくなけりゃ、何を企んだかは知らねぇが、サッサと諦めろってな」
西の丘が気になるソウタは、虫でも追い払うポーズをして、そう言った矢先、抜刀する際の鞘走りの音と、刃が煌く風切り音が響くっ!
「――っ?!」
その音らを、本能的に自分への攻撃だと判断したソウタは、咄嗟に刀を抜き、その音源と思しき刃を受け止める!
その刃の主とは――
「――刀聖様にぃ!、再び申し上げぇ~るっ!」
――と、意を決した表情で、再び叫びを上げるマサノリだった!
「おっ!、おい!、どーいうつもりだぁ!」
突然の豹変に、困惑するソウタを無視する様に、マサノリの口上染みた叫びは続く。
「せっかく頂いた、抗弁の機会なれど!、"邪"と断じられし、我が国への疑念を覆す事は叶わず……残念の極み!
――さりとてぇ!、"邪には邪の信義"がござぁ~るっ!、故に、この老兵はぁ!、当世の刀聖様に、刃向かうと決めもうしたぁっ!」
マサノリは、芝居がかっているのが丸見えな口調で、ソウタと刃を交える事を決めたと言う。
「!!!!!!!!、え~~~~~~~~っ!!!!!!
おじいちゃん!、ナニを考えてるのよぉ~!」
離れた場所から、義父を見守るリノは、激しく狼狽する。
「!?、その文言は……」
――対して、丘上から二人を見守るカツトシは、マサノリの口上に"ある意味"を感じて、唇を噛み締めた。
「おいっ!、その言葉の意味、解ってんのかぁ?!」
ソウタは、マサノリと鍔迫り合いをしながら、若干呆れた体で彼に問うた。
「――勿論じゃよ。
生憎、まだ耄碌は、集っておらんつもりじゃ……」
マサノリは刃を退き、一旦、ソウタから距離を取って――
「――しかぁし!、この反旗は、"スヨウが掲げたモノに非ぁ~ず"!」
――と、また芝居がかった言上を吐き始めた。
「これは――"この戦という邪たる行い"にぃ!、責ある将たる我の独断!
故に!、刃向かう"邪"は!、我一人のみっ!!!、よってぇ!、スヨウ国守、以下の公民にはっ!、与り知らぬ事!
"光刃に滅する責は、我一人のみの命で賄えよう"っ!」
「!?、やはりかぁっ!!、"ヤスミツ様の遺言"を模倣して――」
マサノリの言上を聞いたカツトシは、彼の意味深な発言に思わず唸る。
カツトシが言う、"遺言"とは――先の大戦で、"邪"と断じられたハクキ国守……ヤスミツが、敗戦寸前に自害をした際――
『――この戦の理は、"邪には邪の信義"あっての事、さりとて、それは"我一人の邪たる行い"、我が臣下、公民は与り知らぬ事。
故に、"責ある我一人の命一つ"で、この戦の責は賄えようと忠言す――』
――という、従った公者や民者に、戦争責任を問わない事を、大巫女ユリに懇願する旨を記した書状の事である。
カツトシは、グッと拳を強く握って――
「これが、貴方の――"将たる覚悟"だと言うのですか!?、マサノリ殿っ!」
――と、涙を瞳に浮べて、もう一度唸った。
「――アンタ、そーいうつもりかい」
ソウタも、言上を聞き終えて、その意味を理解し、渋い顔を見せる。
「民を、開戦への生贄とした……そんな国守でも、命を捨てて守ろうってのか!?」
ソウタは、そんなマサノリの決意に激昂し、声を荒げる。
「そうじゃ、"国守、守るは、民、守るに通ず"は、『ツクモ武士道』の根幹理念じゃよ」
マサノリは、穏やかにそう言って、またニヤッと微笑む。
「だって矛盾だろ?、"この戦の邪たる行い"を全て背負うってのは――アンタにとっちゃ、それこそ与り知らない、虐殺の責までも背負って、俺と戦うって事だぜ?」
ソウタは、哀れむ面持ちで、マサノリを見詰める。
「民を殺し、公を背いた国守など――守る価値無し、と言うのは……よう解る。
じゃがなぁ刀聖、ここで国守という"幹"を失っては、コクエの様な愚かな内乱という更なる混沌に、スヨウの民を引き擦り込む事に成りかねん。
故に、我は、ツクモ武士の基軸に還ろうと思った」
マサノリはまた、微かに目線を西の丘に移して――
(――ワシの予感が正しければ、コクエ内戦を経て一軍に召されたという、あの"黒面"は……我が国を狙う、南北どちらかのコクエの意気が掛かった、暗衆の類と思うて良かろう。
国守が失政を起こし、その真が徐々に流布された事で、民の反感を招きコクエは滅んだ――あの、秩序を壊す内乱へと、我らスヨウを促すのが、あの黒面の真の思惑――ワシの枯れた一命を賭して、それは断じてさせぬ!)
――先程よりも鋭い眼光で、丘の上を見据えた。
「――じゃあ、アンタが先頭に立って、その守るべき国守を、"正す"のもまた、民を守るコトなんじゃねぇのか?
だから俺は、アンタらが退こうとする、このタイミングで光刃を抜いた」
ソウタは、マサノリに期待していた役割を論じる。
「――じゃろうな。
お主や皇様が、ヤマカキでの真を明かさず、堂々と戦う事だけを選んだのは――それで、民の心を更なる乱れへと向わせる事を憂慮しての事なのだろう?」
そう、マサノリが言う"更なる乱れ"とは――スヨウでの内戦の勃発。
ソウタとサトコは、スヨウの内情こそは知らないが、このままではスヨウも、コクエ内乱と同じ道を辿る予感を、今のマサノリと同様に覚えていたのである。
だから、"あえて"――武力を示す事で、ノブタツを屈服させ、失政の螺旋から吊り上げる手段として、戦へと舵を切ったのだ。
「――当世のツクモは、優しき刀聖と、聡明な皇を頭に頂く、良い時代のようじゃな」
マサノリは、片手に提げる刀とは不釣合いな、穏やかな笑顔で――
「さあ、抜け。
ワシは元々、オウザンに戻ったら……此度の敗戦の責として、自害するつもりでいた。
それが運良く、刀聖と出くわしたのなら、老いた武人が逝く花道を、光刃で照らしてくれれば、至極の幸いじゃ」
――そう言って、切っ先をソウタの眼前に向ける。
「……」
ソウタは何も言わず、黙って光の刀を抜いた。
「ふっ、殺してくれと望んだとて、ワシも武人の端くれ――存分に、抵抗はさせて貰うぞ?
――いざっ!」
マサノリは老体を感じさせない鋭い歩法を見せ、一気にソウタに斬りかかるっ!
ソウタも、それに応じて、光刃をマサノリへと振り下ろす!
――バリバリバリバリッ!
マサノリの刀と、ソウタの光刃がぶつかると、刀身同士の金属音とはまるで違う、雷鳴が落ちた様な激しいスパークと、そんな様子を物語る音が辺りに響き渡る!
「――っ?!」
ソウタは、その光景に、少しだけ驚いて見せる。
「ふふ、光刃と実刀――いや、正確に言えば"光刃と、一定以上の界気を纏った実刀"の、衝突を見るのは初めてか?」
マサノリは、不敵な笑みを見せ、驚くソウタの顔を見やる。
「ああ、理屈は知ってたが、抜いた経験自体が少ねぇからね。
大概は、刃ごと斬っちまってたし」
スパークが奔る中、ソウタも笑みを出して応じる。
「光刃を抜いた事が少ない?、何故だ?」
今度はマサノリが、ソウタの発言に驚く。
それが合図だったかのように、ソウタは刃を払って一歩退いた。
「――嫌いなのさ。
大層な英雄みてぇに、扱われるのがさ。
だから、後ろの皇軍だって、今が初見だし――皇様にも、実はまだ、明かしてねぇ」
ソウタは照れ臭そうに、親指で後ろを示す。
「そうか、ではワシは、よっぽど貴重な経験をしとるんじゃなぁ……あの世での自慢話が出来たわい」
マサノリはまた、不敵に笑って見せて、これもまた、鋭い歩法でソウタを追う!
光の刀とマサノリの刀(※界気込み)が、二合――三合と衝突が続き、いよいよマサノリの老体が悲鳴を上げ始めたのか、彼の動きが鈍くなってきた。
「――はあ、はあ……やっ、"優しき刀聖"は撤回じゃあ!
いっ、いつまでもトドメを刺さんで……老人を、焦らさんでくれぇ」
マサノリは息を荒げ、懇願する様にソウタを見やる。
「……なぁ?、考え直してくれねぇか?
俺は――アンタを斬りたくねぇ」
そのソウタの問いに、マサノリは息を乱しながらも、また不敵に笑って――
「それは、出来ぬ相談じゃ。
ワシは、光刃で滅す"邪"なのだからな」
――と、考えに揺らぎが無い事を伝える。
「ワシでは――そのセリフを覆す事は出来んか?」
マサノリは突如、意味が解りづらい問答をし始める。
「えっ?」
「リョウゴが、言っておった――"刀聖の継承を行う時、弟子にあたる次の刀聖が、必ず言うセリフがある――それは、師へ向けての『あなたを斬りたくない』だとな」
息が少し戻って来た体のマサノリは、ソウタの表情を見据えて言う。
「また、思い出したくもねぇモンを――ああ、俺も言ったよ、そのセリフは」
ソウタは、明らかに嫌な顔を見せ、頭を掻き毟る。
「その時、刀聖は――全力で弟子を殺そうとし、生死の極限にまで追い詰める事で、生存本能だけで刃を振るわせるのだろう?、老いぼれの腕では、お主を本気にさせられんか?」
「わかった、殺るよ。
あんまり、嫌な事ばっかを思い出させっから、憎くなって来たからねぇ」
ソウタはそんな軽口を叩くと、光の刀を両手で持ち、青眼に構えた。
「ふっ、ありがたい――」
マサノリも、それだけを言って、彼は逆袈裟を狙い下段に構える。
「――!?、ダメっ!、おじいちゃんっ!」
二人の放つ雰囲気に、決着が迫っている事を感じたリノは、跨る馬の横腹を蹴り、襲歩を命じた。
二人はほぼ同時に駆け出し、すれ違いざまに残撃を打ち合った!
一秒に満たない沈黙が流れ――馬を駆けさせたリノ以外の、二人の立会いを見守る皆は、一様に固唾を呑む。
「――見事ぉ!」
マサノリの叫びを合図に、彼の一刀は一気に朽ち果て、胸からおびただしい鮮血が、天に向って吹き上がった。
「――俺から言わせりゃ、アンタは充分耄碌してるよ。
"ツクモ武士道"って、ヤツにな」
ソウタは冷ややかにそう言って、ゆっくりとその場を後にしようとする。
「おじいちゃん……」
一足、遅れる恰好で、リノは二人の下へと着いた。
ソウタは、背中越しに、彼女の声に気付き――
「――ホントなら、返って残酷だが……喋る時間が欲しいかと思って、即死しねぇように、ほんの少しだけ急所から外しといた――話、ちゃんと聞いてやれ」
――そう、振り向かずに語った。
ソウタは最後の斬撃の際、駆け出すリノの馬を見て――そう咄嗟に、標的をずらしたのである。
「!」
その話を聞き、リノが慌ててマサノリの顔を覗くと、彼はまだ、しっかりと目を開けて義娘の顔を見ていた。
「ううっ――おじいぃ、ちゃぁん…」
だが、それがほんの僅かな時だと、義父の刀傷を見て悟るリノは、泣きじゃくり始める。
「はは、そんなに、泣くな……可愛い、顔が、台無し……じゃぞ?」
マサノリは、これから死するとは思えないほどに、快活な笑顔を見せる。
「――えぐっ、ひっぐっ……」
その奇妙な笑顔を見て、リノは更に涙を強めた。
「良い……か?、伝えておく、事が、幾つかある……」
マサノリは、声を絞り出し――
「……まず、刀聖様を、恨んでは、ならぬぞ?、コレは、ワシが望んだ事……スヨウの公民を、"邪"へと、貶めさせぬため……にな。
もう……一つ、コレが、最も重要――昨夜、のぉ……"黒面"には、決して!、気を許すなぁっ!、皆にも、その事は、しっかりと伝えよぉっ!」
そう、リノに言い渡した。
(――"黒面"?、なんの事だ?)
ソウタは、微かに聞こえたその単語が、妙に気になって足を止め、半身で二人の方へ振り向く。
「うんっ!、うぐっ……わがったぁ!」
リノは、声にならない様で、涙をボロボロと流す。
「――リノ、お主を……養、女に、迎えてからぁ……ワシは、楽し、かったぞぉ。
――良い、晩年で……あっ、たぁ……」
マサノリは、そこで息絶えた――首を西に向け、目はしっかりと開けたまま、その末期の目線は、西の丘の上、一点に凝視して。
「!」
ソウタも、その目線を辿って西の丘を力強く見据える――残念ながら、何も目視は出来なかったが。
「――っ!?」
――その、二人のツワモノから鋭い目線を感じ、ユキムネは熱い固唾を呑み込んだ。
「――うっ!、うわぁぁぁぁぁぁぁっ~んっ!」
義父の死を悼むリノは、マサノリの血だらけの胸元に突っ伏して泣き続ける。
その様子を、半身で見やる、ソウタは――
「――俺は、流者だから……御首は獲らねぇ。
五体全て、きっちり葬ってやってくれ――そして、国の安寧に殉じた、真の英霊として、敬って、やってくれや」
――それだけを言って、彼は駆け出し、愛馬へと飛び乗った。
「――はい、はいっ!」
リノは、マサノリの遺体を抱き締め、泣き崩れながら、力強くソウタの言葉に応えた。
スヨウ軍の皆は、マサノリの壮絶な死に様を観て、一様に泣き崩れる。
それは、戦場を共に駆けた、三軍の者だけではなく、それを西の丘から見守ったシゲマルも――
「――ううっ!、三軍将、様ぁ……我らの、罪まで、全て、背負ってぇ……」
――ヤマカキ事変にも関わっている彼は、三軍の者とは違った意味合いで涙を流していた。
その側に隠れている、ハナは――
("光刃現眼"を、伝える事が出来るだなんて――新聞記者冥利に尽きるわ!)
――と、興奮気味に戦場を見詰めていた。
(――でも、今の、"ちょっとイケメンの彼"の言うコトを思うと、ヤマカキ事変には、只ならぬ"裏"がある様ね……)
同時にハナは、思いがけず出くわした特ダネの誘惑にも、胸を躍らせていた。
「――三軍副将ぉ、リノが命ずぅ!、全軍!、撤退!」
泣き崩れていたリノが、マサノリの遺体を抱きながら、大声で号令を掛けると、同じく泣き崩れていたスヨウの兵たちも、おもむろに立ち上がって南へと敗走を始めた。
その敗走を見やる、西の丘上の二人も、呼応して丘から下り始めた。
「――軍師殿、これで、我らの謀略は、水泡に帰しますなぁ」
シゲマルは、何故かホッとした表情で、涙を拭いながらそう言った。
「光刃現眼と相成れば、野望を秘める他国とて、易々には動けぬはず!
何より、これでツクモの混沌は、光刃の光によって、払われましょうぞ!」
シゲマルは、涙に暮れる顔を笑みに変え、この見届けた戦の顛末を素直に喜んで見せた。
そのシゲマルの言葉に、ユキムネは――
「――くふっ!、ふふふふふっ……やはり、シゲマル殿は、私の言葉を理解しておりませんなぁ?」
――と、下卑に聞こえる笑いも交えて、そう応えた。
「なっ!?」
「――いえいえ、なんでもありませんよ」
ユキムネは、意味深に聞こえるあの笑い声を、そう誤魔化して、馬の肩に軽くムチを当てた。
ソウタがテンを駆り、有志隊の陣がある、丘のふもとに至ると――そこには、カツトシを先頭に、皇軍の面々が一同に揃い、一斉にソウタへ向けて平伏して、深々と低頭した。
ソウタは、その光景を見やり、大袈裟に溜め息を吐く。
「――刀聖さ……」
面を上げ、何かを言おうとしているカツトシに先駆け、ソウタは掌を掲げ――
「――俺は、ただの流れ者だから、"そーいうのは"ナシで頼んます」
――と、キッパリと言上を断わった。
マサノリの視線の先を不思議に感じ、ソウタも西の丘に目をやろうとするが――
「――よう、解った。
胸の閊えが取れたようじゃわい」
――そう言って、ニヤッと笑いながら、マサノリがソウタの方へとにじり寄って来た。
「そうかい――じゃあ、さっさと退いて、オウザンに戻って、国守にその旨を突きつけてくれや。
"邪"と、断じられたくなけりゃ、何を企んだかは知らねぇが、サッサと諦めろってな」
西の丘が気になるソウタは、虫でも追い払うポーズをして、そう言った矢先、抜刀する際の鞘走りの音と、刃が煌く風切り音が響くっ!
「――っ?!」
その音らを、本能的に自分への攻撃だと判断したソウタは、咄嗟に刀を抜き、その音源と思しき刃を受け止める!
その刃の主とは――
「――刀聖様にぃ!、再び申し上げぇ~るっ!」
――と、意を決した表情で、再び叫びを上げるマサノリだった!
「おっ!、おい!、どーいうつもりだぁ!」
突然の豹変に、困惑するソウタを無視する様に、マサノリの口上染みた叫びは続く。
「せっかく頂いた、抗弁の機会なれど!、"邪"と断じられし、我が国への疑念を覆す事は叶わず……残念の極み!
――さりとてぇ!、"邪には邪の信義"がござぁ~るっ!、故に、この老兵はぁ!、当世の刀聖様に、刃向かうと決めもうしたぁっ!」
マサノリは、芝居がかっているのが丸見えな口調で、ソウタと刃を交える事を決めたと言う。
「!!!!!!!!、え~~~~~~~~っ!!!!!!
おじいちゃん!、ナニを考えてるのよぉ~!」
離れた場所から、義父を見守るリノは、激しく狼狽する。
「!?、その文言は……」
――対して、丘上から二人を見守るカツトシは、マサノリの口上に"ある意味"を感じて、唇を噛み締めた。
「おいっ!、その言葉の意味、解ってんのかぁ?!」
ソウタは、マサノリと鍔迫り合いをしながら、若干呆れた体で彼に問うた。
「――勿論じゃよ。
生憎、まだ耄碌は、集っておらんつもりじゃ……」
マサノリは刃を退き、一旦、ソウタから距離を取って――
「――しかぁし!、この反旗は、"スヨウが掲げたモノに非ぁ~ず"!」
――と、また芝居がかった言上を吐き始めた。
「これは――"この戦という邪たる行い"にぃ!、責ある将たる我の独断!
故に!、刃向かう"邪"は!、我一人のみっ!!!、よってぇ!、スヨウ国守、以下の公民にはっ!、与り知らぬ事!
"光刃に滅する責は、我一人のみの命で賄えよう"っ!」
「!?、やはりかぁっ!!、"ヤスミツ様の遺言"を模倣して――」
マサノリの言上を聞いたカツトシは、彼の意味深な発言に思わず唸る。
カツトシが言う、"遺言"とは――先の大戦で、"邪"と断じられたハクキ国守……ヤスミツが、敗戦寸前に自害をした際――
『――この戦の理は、"邪には邪の信義"あっての事、さりとて、それは"我一人の邪たる行い"、我が臣下、公民は与り知らぬ事。
故に、"責ある我一人の命一つ"で、この戦の責は賄えようと忠言す――』
――という、従った公者や民者に、戦争責任を問わない事を、大巫女ユリに懇願する旨を記した書状の事である。
カツトシは、グッと拳を強く握って――
「これが、貴方の――"将たる覚悟"だと言うのですか!?、マサノリ殿っ!」
――と、涙を瞳に浮べて、もう一度唸った。
「――アンタ、そーいうつもりかい」
ソウタも、言上を聞き終えて、その意味を理解し、渋い顔を見せる。
「民を、開戦への生贄とした……そんな国守でも、命を捨てて守ろうってのか!?」
ソウタは、そんなマサノリの決意に激昂し、声を荒げる。
「そうじゃ、"国守、守るは、民、守るに通ず"は、『ツクモ武士道』の根幹理念じゃよ」
マサノリは、穏やかにそう言って、またニヤッと微笑む。
「だって矛盾だろ?、"この戦の邪たる行い"を全て背負うってのは――アンタにとっちゃ、それこそ与り知らない、虐殺の責までも背負って、俺と戦うって事だぜ?」
ソウタは、哀れむ面持ちで、マサノリを見詰める。
「民を殺し、公を背いた国守など――守る価値無し、と言うのは……よう解る。
じゃがなぁ刀聖、ここで国守という"幹"を失っては、コクエの様な愚かな内乱という更なる混沌に、スヨウの民を引き擦り込む事に成りかねん。
故に、我は、ツクモ武士の基軸に還ろうと思った」
マサノリはまた、微かに目線を西の丘に移して――
(――ワシの予感が正しければ、コクエ内戦を経て一軍に召されたという、あの"黒面"は……我が国を狙う、南北どちらかのコクエの意気が掛かった、暗衆の類と思うて良かろう。
国守が失政を起こし、その真が徐々に流布された事で、民の反感を招きコクエは滅んだ――あの、秩序を壊す内乱へと、我らスヨウを促すのが、あの黒面の真の思惑――ワシの枯れた一命を賭して、それは断じてさせぬ!)
――先程よりも鋭い眼光で、丘の上を見据えた。
「――じゃあ、アンタが先頭に立って、その守るべき国守を、"正す"のもまた、民を守るコトなんじゃねぇのか?
だから俺は、アンタらが退こうとする、このタイミングで光刃を抜いた」
ソウタは、マサノリに期待していた役割を論じる。
「――じゃろうな。
お主や皇様が、ヤマカキでの真を明かさず、堂々と戦う事だけを選んだのは――それで、民の心を更なる乱れへと向わせる事を憂慮しての事なのだろう?」
そう、マサノリが言う"更なる乱れ"とは――スヨウでの内戦の勃発。
ソウタとサトコは、スヨウの内情こそは知らないが、このままではスヨウも、コクエ内乱と同じ道を辿る予感を、今のマサノリと同様に覚えていたのである。
だから、"あえて"――武力を示す事で、ノブタツを屈服させ、失政の螺旋から吊り上げる手段として、戦へと舵を切ったのだ。
「――当世のツクモは、優しき刀聖と、聡明な皇を頭に頂く、良い時代のようじゃな」
マサノリは、片手に提げる刀とは不釣合いな、穏やかな笑顔で――
「さあ、抜け。
ワシは元々、オウザンに戻ったら……此度の敗戦の責として、自害するつもりでいた。
それが運良く、刀聖と出くわしたのなら、老いた武人が逝く花道を、光刃で照らしてくれれば、至極の幸いじゃ」
――そう言って、切っ先をソウタの眼前に向ける。
「……」
ソウタは何も言わず、黙って光の刀を抜いた。
「ふっ、殺してくれと望んだとて、ワシも武人の端くれ――存分に、抵抗はさせて貰うぞ?
――いざっ!」
マサノリは老体を感じさせない鋭い歩法を見せ、一気にソウタに斬りかかるっ!
ソウタも、それに応じて、光刃をマサノリへと振り下ろす!
――バリバリバリバリッ!
マサノリの刀と、ソウタの光刃がぶつかると、刀身同士の金属音とはまるで違う、雷鳴が落ちた様な激しいスパークと、そんな様子を物語る音が辺りに響き渡る!
「――っ?!」
ソウタは、その光景に、少しだけ驚いて見せる。
「ふふ、光刃と実刀――いや、正確に言えば"光刃と、一定以上の界気を纏った実刀"の、衝突を見るのは初めてか?」
マサノリは、不敵な笑みを見せ、驚くソウタの顔を見やる。
「ああ、理屈は知ってたが、抜いた経験自体が少ねぇからね。
大概は、刃ごと斬っちまってたし」
スパークが奔る中、ソウタも笑みを出して応じる。
「光刃を抜いた事が少ない?、何故だ?」
今度はマサノリが、ソウタの発言に驚く。
それが合図だったかのように、ソウタは刃を払って一歩退いた。
「――嫌いなのさ。
大層な英雄みてぇに、扱われるのがさ。
だから、後ろの皇軍だって、今が初見だし――皇様にも、実はまだ、明かしてねぇ」
ソウタは照れ臭そうに、親指で後ろを示す。
「そうか、ではワシは、よっぽど貴重な経験をしとるんじゃなぁ……あの世での自慢話が出来たわい」
マサノリはまた、不敵に笑って見せて、これもまた、鋭い歩法でソウタを追う!
光の刀とマサノリの刀(※界気込み)が、二合――三合と衝突が続き、いよいよマサノリの老体が悲鳴を上げ始めたのか、彼の動きが鈍くなってきた。
「――はあ、はあ……やっ、"優しき刀聖"は撤回じゃあ!
いっ、いつまでもトドメを刺さんで……老人を、焦らさんでくれぇ」
マサノリは息を荒げ、懇願する様にソウタを見やる。
「……なぁ?、考え直してくれねぇか?
俺は――アンタを斬りたくねぇ」
そのソウタの問いに、マサノリは息を乱しながらも、また不敵に笑って――
「それは、出来ぬ相談じゃ。
ワシは、光刃で滅す"邪"なのだからな」
――と、考えに揺らぎが無い事を伝える。
「ワシでは――そのセリフを覆す事は出来んか?」
マサノリは突如、意味が解りづらい問答をし始める。
「えっ?」
「リョウゴが、言っておった――"刀聖の継承を行う時、弟子にあたる次の刀聖が、必ず言うセリフがある――それは、師へ向けての『あなたを斬りたくない』だとな」
息が少し戻って来た体のマサノリは、ソウタの表情を見据えて言う。
「また、思い出したくもねぇモンを――ああ、俺も言ったよ、そのセリフは」
ソウタは、明らかに嫌な顔を見せ、頭を掻き毟る。
「その時、刀聖は――全力で弟子を殺そうとし、生死の極限にまで追い詰める事で、生存本能だけで刃を振るわせるのだろう?、老いぼれの腕では、お主を本気にさせられんか?」
「わかった、殺るよ。
あんまり、嫌な事ばっかを思い出させっから、憎くなって来たからねぇ」
ソウタはそんな軽口を叩くと、光の刀を両手で持ち、青眼に構えた。
「ふっ、ありがたい――」
マサノリも、それだけを言って、彼は逆袈裟を狙い下段に構える。
「――!?、ダメっ!、おじいちゃんっ!」
二人の放つ雰囲気に、決着が迫っている事を感じたリノは、跨る馬の横腹を蹴り、襲歩を命じた。
二人はほぼ同時に駆け出し、すれ違いざまに残撃を打ち合った!
一秒に満たない沈黙が流れ――馬を駆けさせたリノ以外の、二人の立会いを見守る皆は、一様に固唾を呑む。
「――見事ぉ!」
マサノリの叫びを合図に、彼の一刀は一気に朽ち果て、胸からおびただしい鮮血が、天に向って吹き上がった。
「――俺から言わせりゃ、アンタは充分耄碌してるよ。
"ツクモ武士道"って、ヤツにな」
ソウタは冷ややかにそう言って、ゆっくりとその場を後にしようとする。
「おじいちゃん……」
一足、遅れる恰好で、リノは二人の下へと着いた。
ソウタは、背中越しに、彼女の声に気付き――
「――ホントなら、返って残酷だが……喋る時間が欲しいかと思って、即死しねぇように、ほんの少しだけ急所から外しといた――話、ちゃんと聞いてやれ」
――そう、振り向かずに語った。
ソウタは最後の斬撃の際、駆け出すリノの馬を見て――そう咄嗟に、標的をずらしたのである。
「!」
その話を聞き、リノが慌ててマサノリの顔を覗くと、彼はまだ、しっかりと目を開けて義娘の顔を見ていた。
「ううっ――おじいぃ、ちゃぁん…」
だが、それがほんの僅かな時だと、義父の刀傷を見て悟るリノは、泣きじゃくり始める。
「はは、そんなに、泣くな……可愛い、顔が、台無し……じゃぞ?」
マサノリは、これから死するとは思えないほどに、快活な笑顔を見せる。
「――えぐっ、ひっぐっ……」
その奇妙な笑顔を見て、リノは更に涙を強めた。
「良い……か?、伝えておく、事が、幾つかある……」
マサノリは、声を絞り出し――
「……まず、刀聖様を、恨んでは、ならぬぞ?、コレは、ワシが望んだ事……スヨウの公民を、"邪"へと、貶めさせぬため……にな。
もう……一つ、コレが、最も重要――昨夜、のぉ……"黒面"には、決して!、気を許すなぁっ!、皆にも、その事は、しっかりと伝えよぉっ!」
そう、リノに言い渡した。
(――"黒面"?、なんの事だ?)
ソウタは、微かに聞こえたその単語が、妙に気になって足を止め、半身で二人の方へ振り向く。
「うんっ!、うぐっ……わがったぁ!」
リノは、声にならない様で、涙をボロボロと流す。
「――リノ、お主を……養、女に、迎えてからぁ……ワシは、楽し、かったぞぉ。
――良い、晩年で……あっ、たぁ……」
マサノリは、そこで息絶えた――首を西に向け、目はしっかりと開けたまま、その末期の目線は、西の丘の上、一点に凝視して。
「!」
ソウタも、その目線を辿って西の丘を力強く見据える――残念ながら、何も目視は出来なかったが。
「――っ!?」
――その、二人のツワモノから鋭い目線を感じ、ユキムネは熱い固唾を呑み込んだ。
「――うっ!、うわぁぁぁぁぁぁぁっ~んっ!」
義父の死を悼むリノは、マサノリの血だらけの胸元に突っ伏して泣き続ける。
その様子を、半身で見やる、ソウタは――
「――俺は、流者だから……御首は獲らねぇ。
五体全て、きっちり葬ってやってくれ――そして、国の安寧に殉じた、真の英霊として、敬って、やってくれや」
――それだけを言って、彼は駆け出し、愛馬へと飛び乗った。
「――はい、はいっ!」
リノは、マサノリの遺体を抱き締め、泣き崩れながら、力強くソウタの言葉に応えた。
スヨウ軍の皆は、マサノリの壮絶な死に様を観て、一様に泣き崩れる。
それは、戦場を共に駆けた、三軍の者だけではなく、それを西の丘から見守ったシゲマルも――
「――ううっ!、三軍将、様ぁ……我らの、罪まで、全て、背負ってぇ……」
――ヤマカキ事変にも関わっている彼は、三軍の者とは違った意味合いで涙を流していた。
その側に隠れている、ハナは――
("光刃現眼"を、伝える事が出来るだなんて――新聞記者冥利に尽きるわ!)
――と、興奮気味に戦場を見詰めていた。
(――でも、今の、"ちょっとイケメンの彼"の言うコトを思うと、ヤマカキ事変には、只ならぬ"裏"がある様ね……)
同時にハナは、思いがけず出くわした特ダネの誘惑にも、胸を躍らせていた。
「――三軍副将ぉ、リノが命ずぅ!、全軍!、撤退!」
泣き崩れていたリノが、マサノリの遺体を抱きながら、大声で号令を掛けると、同じく泣き崩れていたスヨウの兵たちも、おもむろに立ち上がって南へと敗走を始めた。
その敗走を見やる、西の丘上の二人も、呼応して丘から下り始めた。
「――軍師殿、これで、我らの謀略は、水泡に帰しますなぁ」
シゲマルは、何故かホッとした表情で、涙を拭いながらそう言った。
「光刃現眼と相成れば、野望を秘める他国とて、易々には動けぬはず!
何より、これでツクモの混沌は、光刃の光によって、払われましょうぞ!」
シゲマルは、涙に暮れる顔を笑みに変え、この見届けた戦の顛末を素直に喜んで見せた。
そのシゲマルの言葉に、ユキムネは――
「――くふっ!、ふふふふふっ……やはり、シゲマル殿は、私の言葉を理解しておりませんなぁ?」
――と、下卑に聞こえる笑いも交えて、そう応えた。
「なっ!?」
「――いえいえ、なんでもありませんよ」
ユキムネは、意味深に聞こえるあの笑い声を、そう誤魔化して、馬の肩に軽くムチを当てた。
ソウタがテンを駆り、有志隊の陣がある、丘のふもとに至ると――そこには、カツトシを先頭に、皇軍の面々が一同に揃い、一斉にソウタへ向けて平伏して、深々と低頭した。
ソウタは、その光景を見やり、大袈裟に溜め息を吐く。
「――刀聖さ……」
面を上げ、何かを言おうとしているカツトシに先駆け、ソウタは掌を掲げ――
「――俺は、ただの流れ者だから、"そーいうのは"ナシで頼んます」
――と、キッパリと言上を断わった。
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