流れ者のソウタ

緋野 真人

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刀聖離翼

刀聖離翼(前編)

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ハクキ連邦との境へ続く、翼域の北東を貫く街道を、百名を悠に超える集団が、一列に歩んでいる。

その行列の先頭、中頃、そして、最後尾には――世界地図を模した、クリ社の紋が染め抜かれた旗を、馬腹に付けられた筒に挿した馬が、雄々しく歩んでいた。


「――ふわぁぁぁぁっ……」

その中頃の馬、テンの鞍上に居るのは、当然の様にソウタである。


この男――道中となれば、常にあくびをしている気がするのは、語り手だけではないだろう。


「刀聖様?、何かあったのですか?」

行列の中頃を行く、籠馬車に乗っているシオリは、ソウタのあくびを聞いて、心配そうに辺りの様子を尋ねた。

「んんっ?、いえいえ……なぁ~んにも無いっスよ、ご心配無く」

籠馬車の隣を行くソウタは、慌てて目尻に滲んだ涙を拭い、だらけた騎乗姿勢を直す。


ソウタとユリの会談が行われた5日後――シオリを使節長に据えた、ツツキに赴く使節団は、テンラクを発った。


その使節団の護衛を兼ねた同行を、ユリに依頼されたソウタは、正規の護衛団である天警士団十番隊と共に、使節団の行列に参列していたのである。

更に、3日の道程を経た今日――この、ハクキ連邦との国境、つまり、翼域を離れようとする日を迎えたのだ。


「――ソウタ殿、少し、よろしいでしょうか?」

馬を並べ、そう尋ねて来た女の声は、シオリではなく、護衛団長を任された、天警十番隊長、ハルの声だ。

「ん?、何かな?」

「ハクキとの境を越える前に、昼食の休憩を取ろうかと思うのですが――この辺りはいかがでしょうか?」

快く、ハルの尋ねに応えたソウタに、彼女は街道側の林を見据え、休憩場所についての意見を願う。

「……あのさ?

それは、護衛団長のキミが決めるコトじゃね?、どうして雇われ護衛の俺に聞くのよ?」

ソウタは、呆れ気味の表情を浮かべ、逆にハルへ問い返す。

「そっ、それは当然でしょう?、何せ、側に居るのが刀――」

「――うっ、ううんっ!」

ハルが答え様とすると、それを遮る様に、ソウタはわざとらしい咳払いをした。

「――聖だとは、思わずに接して欲しい。

そう、仰るのでしょうけれど――単に、旅慣れているソウタ殿の意見を訊きたいと思ったのです」

――と、ハルは言おうとした事を変えたのが、バレバレな返しをする。

「――ったく、今日からは、他の隊長も居ないんだから、キミがしっかりしねぇと……」

ソウタはそう言って、ハルの肩に手を置く。


このソウタの言葉は、昨日までは、他の隊長も同行していた事を指している。

テンラクを発った、初日までは三番隊長ヒロシ――2日目までは、六番隊長ミスズも同行していたのだ。

二人の同行の理由は、丁度、担当区域である翼域東部、及び北東部への参勤任務の時期であった事から、二人は使節団と共に歩んで、それぞれの砦へと向かったのである。

年齢的、経験的な側面から、昨日までは他の隊長が仕切る場面が多かったのだが、今日から、護衛団を仕切る立場は、完全にハルへと委譲されたワケなのだ。


「ううっ、反論、出来ないぃ……

――で、どうなんですかぁ?、ここでの休憩、賛成?、反対?」

ハルは、悔しそうに頬を膨らませ、苛立ち混じりの問い掛けをソウタに投げる。

「まあ――良いんじゃないかな?

ココで休んでも、午後イチにはハクキとの関所に着けるだろうし」

「――りょ―かいっ!、みんなぁっ!、休憩するよぉ!」

ソウタのお墨付きを貰い、ハルは高らかに休憩の布れを宣言しながら、行列を縦横に行き来し始める。


「――ふふっ♪」

その、ソウタとハルのやり取りを、籠越しに聴いていたシオリが、不意に笑い声を漏らした。

「どーしたんスか?、シオリさん」

「いえ、勝ち気なハルちゃんが、同年代の殿方に言い負かされてる様なんて、見聞きした事が無かったので、妙に可笑しくて♪」

ソウタの不思議そうな問いに、シオリは口元を抑え、笑いを我慢しながら応じる。

丁度、籠馬車も歩みを止め、ソウタも続く様に、テンの脚を止めさせた。

それに気付いたシオリが、籠の天蓋をめくって姿を現すと、馬上から手を下げ、ソウタは馬車から降りようとするシオリに、援助の手を差し伸べる。

「――えっ?!」

シオリは、ソウタのその気遣いに驚き、少し、戸惑う素振りを見せる。

「?、どうかしました?」

「いっ、いえ――ありがとう、ございます……」

シオリは、何故か顔を見せない様に俯いて、ソウタの手を取った。




「――はぁ~いっ!、弁当、配るよぉ~!」

先程の休憩と同様、ハルの号令が使節団の皆へと伝わり、昼食用の弁当が配られ始めた。


「とっ、刀聖様。

お昼――ご一緒しても、よろしいですか?」

配分を待つ間、街道沿いの草地に座っていたソウタに、シオリがモジモジしながら同席を願った。

「ええ、もちろん――ですが……」

ソウタは、そこまでは快く応じ、その後、シオリの耳元に顔を寄せ――

「――"刀聖"と呼ぶのは、控えてくださいと言ったでしょう?

使節団には、全報の同行記者や、ツツキへの土産などを請け負った、商人も居るのです。

そういう人たちに、俺が刀聖だとバレるのは――少々、面倒なコトになりそうだから、名前で呼んでくれって、公邸を発つ時にも話したじゃないっスかぁ……」

――と、ヒソヒソと耳打ちをした。

「そっ、それは存じていますが――刀聖様に対して、そう易々と、お名前を呼ぶ事など……」


「――言えないよねぇ~!、シオリ姉様の性格だと。

はいっ、お二人にも、お弁当っ!」

シオリの僅かな反論を遮る様に、会話に割って入ったのは――二人の弁当を預かって来たハルだ。

ハルは、弁当を各々に渡し終え、どっと二人の側に座り――

「姉様は、カチコチにお堅いヒトだからね~っ!

異性おとこを、名前で呼ぶだなんて出来ませ~んっ!、ソウタ殿?、どうしてもと仰るなら――きっと、彼氏か夫にでも成らなけりゃムリですよ?」

――と、ハルはニヤニヤと笑いながら言って、弁当の蓋を開ける。

「へっ?!」

「――なっ!?」

ハルの発言に、ソウタは驚いた反応を見せ、シオリは――それに加えて、激しく赤面する。

「ハッ!、ハルちゃんっ!!!

なんて、無礼な事を、刀――もごっ?!」

顔を真っ赤にしてハルを叱責しようとしたシオリに、ハルは、じゃれ付いて彼女の口を塞ぐ。

「――だからぁ、刀聖様が行列に居るのは、護衛団以外にはバレちゃダメなんですって!」

「――ふごふぁんっハルちゃんっ!、ふぁぐぁふぃふぁはいっ離しなさいっ!」

二人の、そんなじゃれ合いを横目に見ながら、ソウタも弁当の蓋を開け、付いている割り箸を割った。
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