流れ者のソウタ

緋野 真人

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果ての地に集う

世断ちの樹海

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ツクモの世界地図を現すと、ツツキがある北端部には、まるで大陸自体が"鉢巻"でも巻いているかの様な、国境線とは違う、帯状に敷かれた一帯が描かれている。

これは、ハクキと翼域に跨る様に列なる森――いや、もはや"樹海"の類と言って良い地域を現している。

その樹海には、当然の様に人は住んで居らず、そのおかげで、他の地域ではお目にかかれない希少な動植物が多い。

それと同時に、一応はファンタジー異世界ながら、ツクモでは終ぞ見当たらない、モンスターめいた獰猛な生物も住み着き、我が物顔で闊歩している、まさに『秘境』と言った類の未開の地である。


フツーの旅人ならば、まず行こうとはしない、危険地帯なのだが――件の樹海は、ツツキへと陸路で赴く上では、避けては通れない道程。

そのため"無事に"物資や産物の輸送をするには、この世界ではポピュラーでは無い、海路を使う必要があり――故に、資源の埋蔵量や物資の調達力、生産力を活かしきれず、経済的に疲弊する結果となる。

それが、ツツキが"ハクキのお荷物"とまで揶揄された原因であった。

当然の事ながら、テンラクで刷り上がったツクモ全報の最新版が届くのも、通常でも発売から半月後の物と、すっかり、世間の動向からはかけ離れた状態だ。

そんな、マトモに行き来する事すら難しくしている、この樹海の事を、人々はツツキが"世間から断ち切られている"という意味から"世断ちの樹海"と呼んでいる。



「さて――みんな、聞いてくれぇっ!」

――と、その"世断ちの樹海"への入り口の前で、居並ぶテンラクから来た使節団の面々に向けて、馬上から手を掲げながら、そう呼ばわっているのは……ソウタだ。

「こっからは、いよいよ、悪名高き『世断ちの樹海』――覚悟は出来てるかい?」

ソウタの問い掛けに、面々は唇をへの字に結んだり、ゴクリと生唾を呑んだりしながら、緊張が満ちる表情で頷く。

「俺は一応、ツツキココの出身でね。

初めて来る人が多そうな、皆さんよりは、ちょいとはこの樹海のコトは心得てる――そんな俺の言う事は、素直に聞いた方が無難――んじゃぁ、行こうかっ!」

ソウタはそう叫ぶと、テンの馬首を翻らせ、一団の先頭に立ってテンを歩かせ始めた。



「――止まぁ~れぇ~っ!」

しばらく、樹海の中を進んだ後――歩む一団に向けて、前方から呼び止める声が聞こえた。

それに気付いた、一人の十番隊員が目を凝らすと、声が聞こえた方に、樹海の中にポツンと設けられている、小屋があるのが観えた。


「――ここはぁっ!、翼域特区であるツツキと、ハクキ合衆連邦との境を護る関所であ~るっ!

この樹海に迷い込んだ者ならばぁっ!、小屋から続く開かれた道なりを行けば、ハクキの街道に出る故に戻るが良いっ!

もし――興味からや、よもや自死を望んでの侵入だとしたらぁっ!、同様に退く事を推奨するっ!

そしてぇっ!、ココを通り、ツツキが地へと向かおうという者ならっ!、ハクキ合衆連邦、もしくはクリ社発行の通行手形を、この関所にて出しませぇいっ!」

そう、声高に叫んだのは、小屋の二階家の窓から一団を覗く、額に鉢がねを巻いた中年男である。


先頭を行くソウタは、その中年男の顔を見やると、ニヤッと顔を綻ばせ――

「よぉっ!、関所番のおっさんっ!、三年経っても、まぁ~だココに居るのかぁ?」

――と、懐かしそうな笑顔を見せて、テンに早足を命じた。


「ん?、まさか……お前、ソウタか?」

中年男も、馬上から手を振っているのがソウタだと視認すると、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「へへ、久し振りだねぇ♪」

「おぉ~っ!、そうだなぁ!」

この中年男――名をゴサクと言い、ハクキ連邦軍の兵士である。

ソウタがまだ、子供の頃――それこそ10年ほど前からこの関所に赴任しており、彼の旅立ちを関所から見送った人物である。


「へっ!、おっさんは相変わらすかぁ……関所小屋でたった一人、酒を片手のヒマな警備をさ?」

ソウタはそう言って、窓辺から顔を出す、ゴサクの後ろに見える酒瓶の棚を指差し、ヘラヘラとからかう。

「なぁに言うかぁっ!、こんの悪ガキめぇ!、そいつは空き瓶だわいっ!」

ゴサクは、ヒョイと酒瓶を持ち上げて見せ、空である事をアピールする。


この関所の人員は、この小屋に住み込んでいるゴサク、ただ一人である。

ツツキは、敗戦の責を負ったアヤコの蟄居先であるのだから、厳重な警備が敷かれているのが本来なのだが――とにかく、彼一人なのだ。

そんな酔狂な状況には、主に二つの理由がある。


蟄居が始まった当初こそは、相当の人数が配されていたモノだったが、アヤコには、その境遇から脱しようとする素振りは皆無で、領内経営の改善も立派にこなしている事から、管理下に置くクリ社は、彼女への監視を徐々に緩める方針を取り、ハクキ連邦もまた、それに準じた点がまず一つ。

2つ目としては、この僻地への赴任を望む者が少ないという人手不足の面が響き、年々関所の人員は減少の一途を辿り、4年前からはついに、関所に詰めているのはゴサクのみとなったのだ。

アヤコとそのシンパに因る、軍事的蜂起を憂う懸念こそは、ハクキ連邦内には根強く残ってこそはいるが、現在、連邦政府の実権者――"統領"であるノブユキという男は、アヤコの行動や政策に寛容な立場を取る、言わば保守的な考えの持ち主であるため、両者は上手く折り合っている。


「それにしても、一体、どういう了見だ?

後ろの人数からすりゃあ、お前の里帰りの連れ――といった体ではあるまいて?」

ゴサクは、訝しげにソウタの後ろを見渡し、怪訝な表情を浮べる。

「――ソウタ様、よろしいでしょうか?」

――と、そんなタイミングで、ソウタの後ろから現われたのは、ハルが駆る馬に二人乗りをしているシオリだ。

獣道が続く樹海の中では、籠馬車の使用は適さないため、シオリは、ハルの鞍上に便乗していた。

「私は"ツツキ査察団"の――」

関所番であるゴサクに、自分の立場と到来の目的を告げようと、シオリは名乗りを挙げようとする。


これまで"使節団"と呼称していたのに、急に"査察団"へと変わったのは、決して誤植や誤字の類ではない。


テンラクから派遣された、シオリたちは――建前上、特級戦犯としてツツキへと送られたアヤコが、その労務として行っている、領地経営をなどをちゃんと勤しんでいるのかのを"査察"するのが、本来の目的なのである。

しかし――アヤコには好意的な素振りを覗かせている、大巫女ユリとクリ社にとっては、数年に一度の交流機会という側面の方が強く、使節団と呼称するのが通例なのだが、先程挙げたとおり、アヤコの復権を懸念する勢力が根を張る、ハクキ連邦に入ってからは――表向き上、"査察団"と呼称しているのである。


「おい……ソウタ!

お前――こんな"もの凄いべっぴんさん"を、"嫁に貰った"んかぁっ?!、はぁ~たまげたなぁ……」

シオリの名乗りを遮る様に、ゴサクはとんでもない早合点をして、シオリの美麗な顔は指差しし、口をあんぐりと開ける

「――っ!?、ええっ?!」

「なぁっ!?」

シオリとソウタは、みるみると赤面して、驚きのリアクションをする。


「ばっ!、バカっ!、この女性ひとは、大神官様だぁっ!」

ソウタはまさに、血相を赤く変えたまま激昂し、シオリの方に手を向ける。

「へっ?!、だっ……大神官様ぁ?!」

「そーだよっ!、テンラク様からの査察団だっ!

その長として、大神官様がいらしたんだよっ!」

事態を把握出来ないゴサクは、口をあんぐりと開けたまま呆け、ソウタは、恥ずかしさを誤魔化す様に状況を捲くし立てる。


「んっ!、ううんっ!、おっ!、大巫女様より、査察団長に任じられた――神官頭、シオリにございます。

こっ、こちらが、それに際した通行手形ですので、ご確認を……」

シオリは、明らかに動揺した素振りで、顔を伏せながら手形を示す。

「こっ!、これは失礼致したっ!

いっ!、今、関所の門を開けますので……」

ゴサクは、慌てて小屋の窓から離れ、ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら、門へと急ぐ。

ソウタは、その後ろ姿を見やり――

「――ったく、前回の査察を兼ねた大巫女様の巡行から、もう五年だぜ?

そろそろ来るかもって、思っておけよ……」

――と、ポリポリと頭を掻き、呆れ気味に呟きながら、愛馬に歩を進めさせる。


「ねぇ?、ハルちゃん……」

ソウタに付いて、テンの後ろを愛馬に追わせる鞍上ハルに、便乗しているシオリは、尋ねる体でハルの耳元へ囁く。

「とっ!、刀聖様より……五つも、年上である私が――妻に、見えるのかしら?」

シオリは、モジモジと両手の指を絡め、照れているのが丸解り素振りで、上目遣いにハルへと尋ねる。

「……見えるんじゃないですかぁ~?

年齢としの割には、すっかり、純情可憐な恋する乙女な雰囲気ですし♪」

尋ねられたハルは、からかう体でそう言い、鞍を一蹴りする。

「こっ!、"恋する"だなんてっ!、わっ、私は、よろずの神々に仕える――」

シオリは、ハルへの反論と、不意に浮かんだソウタに対する"何か"を振り払うため、仕女としての心構えを呪文が如く、切々と唱えるのだった……
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