流れ者のソウタ

緋野 真人

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果ての地に集う

果ての地に集う

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その頃――更に北へと行った、北端海域の沖合いでは、一隻の大型船がツツキの港へと向かっていた。


「さあっ!、いよいよだなぁ、嬢ちゃん」

霧一つ無い、快晴の気候を利して、遠方に観えたツツキの港を指差し、その大型船――『風聖丸』の水夫の一人が、喜びと寂しさを混ぜた口調でそう言った。


「はいっ!、ついに――やって来たんですね!」

その船乗りに『嬢ちゃん』と呼ばれた、甲板から港を眺望している目鼻立ちがハッキリとした小柄な女――いや、シオリに負けずとも劣ってはいない美貌を持ち、風体には幼さも覗かせている少女は、潮風に髪を揺らしながら微笑む。

「レン嬢――キミの荷の整理は、終わったぞ」

その少女――レンに、彼女の私物に関して、そう告げた武官風の男――ヨシゾウは、腕まくりをした袖から出した、黒々と日焼けした手を掲げる。

「はい、ヨシゾウさん――わざわざ、ありがとうございました」

「まだ、入港には時があるそうだ。

ユキ嬢と一緒に、船室で休んでいると良い」

礼儀正しく、荷作りのお礼を述べたレンに、ヨシゾウは船室に控える事を薦める。

「そう――ですね……

久し振りに、陸地が観れそうだと聞いて、少しはしゃいでしまいました」

レンは、恥ずかしそうに俯いて、見えない様に微かにぺロっと舌を出す。


(――っ!!!!!、かっ、可愛いぃぃぃっ!)

そのレンの仕草を見た水夫たちは、一様にそんな言葉を心中で叫んだ。


「まあ、気持ちは解るよ。

秋分祭の翌朝に、キョウカの港を北洋へと発って以来――水平線しか観えない日々だった故な」

ヨシゾウは腕を組み、彼も久々の陸地を眺めながら、レンの行動に理解を示す。

「レン嬢――本当に『ついに』の、ツツキの地よな。

コクエ周りの航路だった故、時は掛かったが……やっと、キミとユキ嬢の身柄を、アヤコ様に委ねる事が出来る」

「ええ、私たちの船旅も、今日までなんですよねぇ……」

感慨深そうなヨシゾウの言葉に、今度はレンが理解を示し、彼女は潮風が揺らす自分の髪を押さえながら、共に感慨深そうに、海が鳴らす潮騒に耳を傾けた。


その、レンとヨシゾウのやり取りからは、少し離れた船尾の方に――二人と同じく、ツツキの港を甲板の卓に頬杖を突きながら眺めている、何やら謎めいた風体の女が、一人居た。

見た目の年の頃は、30代半ば――特徴的なのは、片目にだけ掛けられた形の不思議な眼鏡で、女は目線を定めた体では無く、ただ、ぼんやりと地平線と水平線が混じる光景を眺めている。

「――"目覚めた人の欲"が、次なる段階へと踏み込んだ時、この"果ての地"に、"滅びの執行者"が連れた"新たな先導者"の片割れと、この船に乗った"新たな守護者"の一人が集おうとしている……

"執行者"が、この世界を滅ぼすのか否かは――この"果ての地"にて、執行者が何を思うかにかかっている……うふふ♪」

女は、そんな予言めいた言葉を呟きながら、徐々に近付くツツキの地――クバシ城の様相を見据えた。



風聖丸は順調に航路を行き、いよいよ波止場へと着岸。


この波止場がある港は――漁船と商船が共用出来る様に設計されており、それは海路輸送に馴染みが無い、この世界では実に珍しい方策だ。

その波止場に立つ二人の女性が、遠方の沖に観えた風聖丸の帆に、染め抜かれたヨクセ商会の紋を指差し、笑顔を見せている。

その一人――長い髪を潮風に靡かせ、柄の大きな内掛けを羽織った女性こそが、先の大戦の特級戦犯である父の贖罪として、この"お荷物"とまで表された僻地を治めているハクキノ・アヤコ、その人である。


「ふぅ――ほぼ、予定どおりの来航ですね。

風聖丸に乗せる荷の準備は、済んでいますか?」

「はい、乾物と酒の在庫、先の来航以降に採掘した鉱物――それと、収穫を終えたばかりの新米。

積む手筈は整っております」

アヤコの後ろ隣に立つ、眼鏡をした女性――タマキは、品書きを拡げながら、後ろに揃えた無数の俵を指し示し、その動きでずれた眼鏡を、キリっと直した。

「ようやく、このツツキの地で育んだ米を、内地の市場へと卸す日がやって来たのですね」

アヤコは、居並ぶ米俵を見据え、感慨深げにそう言うと、ホロっと一筋、目尻から涙を落とした。


"北の果て"――そんな立地であるツツキは、一年の平均気温は低く、夏が短く、冬が長い気候のため――米を始め、作物の生産には向かない土地柄だ。

そんな場所の領地経営を任されたアヤコが、真っ先に取り組んだ政策は――寒さで痩せた農地の改良と、様々な工夫に因って、気候に逆らって食料の生産力を向上させる事だった。


かつて――冬場は、住む者の食料の確保も間々成らなかったツツキだったが、アヤコの懸命な尽力が功を奏し、徐々にではあるが、そんなひもじい冬を過ごす年も少なくなり、今ではこうして、ヨクセ商会を通じて他方に食料を卸売り出来るまでに至っている。

その中でも、米は作れる様にはなっても、味の面では大きく劣っている時期が続いていたのだが、以前、試しに荷に混ぜて送った物を食べた、オリエから――

『値を少し、安くしたら……ほどほどは売れそうだし、何よりも内地モノより"早生"なのが、良い"強み"にもなる――来年の分から、ウチで扱わせてくれないかい?』

――という申し出があり、新たな産物に米が加わったのだった。


「――米は、このツクモの大地、みなの主食。

これを売り物と出来れば、このツツキの地に入植してくれた方々を潤す事となりますし、何よりも、美味しくない食べ物の代名詞ともなっていた、このツツキ産の米の味が、オリエさんの肥えた舌に認めて貰えた事は、農地の改良に取り組んでくれたみなの努力の賜物――本当に、感謝しています」

米俵の側に立っている、それを波止場に運んで来た、ツツキの農民たちを見渡し、アヤコは頭を下げて、感謝の意を示す。

「そんなっ!、頭をお上げくだせぇ!、息女様っ!

俺らはただ、せっかく移って来たココでも、単に美味いモンを喰いてぇから、てめぇの工夫で作物ば作っただけだぁ」

「そーですよっ!、元からココに居た、アタシらからすりゃ――内地から移って来た皆の知恵や、領主様の提案のおかげで、食い物に困る事が減って、感謝してるんだからさぁ」

農民たちの中から、一人の男は鉢巻を外しながら、恐縮気味にそう言い、一人の女は照れ臭そうに言い、ポリポリとこめかみを掻く。


今のツツキの民たちの出自には――大きく2つのパターンがある。


一つは、国守の立場を降りても尚、アヤコ――いや、"ハクキ宗家"に付き従う事を選んだ、忠義者な公者たちや、同じ様に彼女を信奉し、共にココへと移り住む事を選んだ民者たち。

もう一つは――この厳しい地形と気候の中でも、この果ての地を開拓しようと奮闘していた、元から入植していた者たちの2つだ。

鉢巻を外した男が前者で、照れている女は後者の出自である。


「ありがとう――ハクキの民を、敗戦国の民へと貶めた私は……本来なら、罵られて当然な立場だというのに……」

アヤコはまた、ホロっと涙を溢し、それを人に見せない様に彼女は俯いた。

「では、もうすぐ船が着きます――皆、抜かり無き様、よしなにお願いしますね?」

アヤコは、目尻を袖で拭きながら、凛と見渡してそう下知をした。
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