流れ者のソウタ

緋野 真人

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樹海のヌシ

オロチ狩り

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 世断ちの樹海の奥深く――そこは、道と呼べる道は無く……人が歩を進める度に、草木を踏み倒す音が響く程の鬱蒼とした森林が犇く場所だ。


「――さて、そろそろ"アイツ"の生息地域だな」

 そんな――如何にも『秘境』と言った様子の最中を行く、ソウタは慣れた手付きで木々を掻き分け、周りの様子を窺う。

「ソウちゃんも、"好き"だよねぇ~……"帰って来てから、直ぐに"だなんて」

 そう言って、彼の側に近付いて来たのは……嬉しそうでご機嫌なヒカリだった。

「まあ、気持ちは解るよ……私も"好き"だしね♪」

 言葉の後には――可愛げ満々なウインクまで付けて。


「ヒカリ――お前がソウタに対して、"そういうセリフ"を吐くのは……何だか、"生々しい"から止めろ……」

 同じく、二人の側に居るアオイは眉間にシワを寄せ、引き攣った表情でヒカリの発言を諌める。

「えっ?、どうして?」

 アオイの指摘に、ヒカリは不思議そうに首を傾げた。

「いや、良い……」

 ヒカリの様子とその疑問に、アオイは呆れ顔で目を逸らす。


(こーいう、男女の機微に疎い娘の方が――ソウタの好みなのだろうなぁ)

 ――と、アオイは悔しげに、心中でそんな事を思いながら、自分とヒカリの姿を見比べた。


「今は『アイツ』も、冬眠に備えて喰い溜めを謀る頃だ。

 ココまで来たら、デート逢引気分で、気を抜いては居られんぞ?、二人とも」

 アオイは、二人の態度をそう皮肉ると、袖に忍ばせた暗器を出し入れして、辺りを警戒する。


 ここまでの話ぶりで、ソウタたちが言う『アレ』や『アイツ』が――冬眠をする性質を持つ、獣の類なのが解る。

 ソウタが喰いたくて、アヤコが振舞いたいという"アレ"とは、どうやら獣の肉の事で、3人はその獣を狩りに、樹海へとやって来たのだ。


 いや――その前に、一つ訂正がある。


「いよいよ!、いよいよ見られるのねっ!

『樹海のヌシ』とも言われる、伝説の怪物――八つ首の大蛇、"オロチ"の姿をっ!」

 ――と、興奮気味に三人の会話に割って入って来たのは、ハル。

 そう――訂正とは、彼女も共に居るという事だ。

 そして、その美味であると評判の獣の肉とは――ハルが言う、オロチの肉なのである!


「まったく――オロチを狩りに行くと聞いたら、フツーは恐ろしくて腰を抜かすモノだぞ?

 それに、着いて行きたいと言い出すとは――天警士団とは、変質者の集まりなのか?、ソウタよ」

 鼻息荒く、拳を力強く握りながら喜ぶハルの姿を、アオイは奇異なモノを見る様に眺め、話をソウタに振った。

「まあ……否定はしねぇな。

 ハルに関しては、特に」

 応じたソウタも、ハルの様子には呆れ、苦笑いを見せている。


「だってっ!、"あの"オロチだよ?!

 その昔――樹海の調査のために派兵された、旧ハクキ第五軍一千名。

 その内、九百九十一名が、一匹の獣に喰い殺された――で、命からがら逃げて帰って来た残りの九人は、その時の恐怖が原因で、軒並み廃人と化したという逸話。

 有名な昔話――『人喰い大蛇』のオロチだよ?!、これはコーフンするでしょっ!」

 ハルは、講談師の様に膝を叩き、また鼻息を荒げた。


「……いや、恐怖のせいでコーフンするなら納得するが、喜んでコーフンするのは、立派な変質者だろうよ?

 樹海は、見世物小屋じゃねぇ」

 ソウタは、完全にハルの様子に呆れ、溜め息を吐く。

「う~ん……確かに、オロチはとっても危険な獣だけど、あの逸話って、ちょっと大袈裟だよね?」

 色めき立つハルを他所に、ヒカリは平然とソウタにそう言った。

「そうだな――ツツキで暮らした俺たちにとっては、オロチと言ったら"新年祝いのご馳走"って印象しかねぇよな?」


「……えっ?」

 ヒカリとソウタの軽々しいやり取りを聞いたハルは、凍りついた様に固まる。

「オロチの肉が……新年の祝い膳にぃ~~~~~~っ!?

 世断ちの樹海に踏み込んで、もし、オロチの首を一本持って帰ったら――武人として、大武会十六傑並みの誉れだって、士団員アタシたちは教わったモノだよぉ~?!」

 ハルは、悲鳴を上げる様にそう叫ぶと、大口を開けて啞然とする。


「ああ――毎年、年暮れが近付いたら、師匠と一緒に、オロチ狩りに狩り出されたモンだったな……」

 ソウタは、さっきのヒカリ以上に平然と、まるで当たり前の様にオロチ狩りについて語る。

「まあ――流石に、たった二人でオロチを狩れるのは、刀聖師弟ぐらいではあるがな」

「うん、リョウゴ様がお亡くなりになって、ソウちゃんが旅に出ちゃった後は――御傍の皆が、総出で首一本がやっとだから、ここ三年は、あのとろける様な舌触りの美味しいお肉は、ほんの少ししか食べられなかったんだよねぇ……」

 アオイは、悔しげに自分の小太刀の柄を撫で、ヒカリは、遠くを眺めて、オロチ狩りの大変さと、その肉の味について呟く。

「ヒカリ――ソウタが居れば、首一本とは言わず、二、三本は容易いだろうから、今回の内に年の瀬の分も獲っておこう。

 お前が居れば、直ぐに"氷結の界気"で、冷凍出来るから、腐り易いオロチの肉でも、日持ちが効くだろうからな」

「あ~……それはダメだよ。

 去年、試してみたけど、私の界気で凍らせても、鮮度を保てるのは、十日が限度だったからね。

 一番良いのは……ソウちゃんが、年末まで居てくれるコトなんだけどなぁ~?」

 アオイとの会話尻に、ヒカリはニヤッと不敵な笑みを浮べて、ソウタの顔を懇願する様に覗く。


「――ちょっと待って!」

 ――と、ヒカリの言葉に応じたのは、尋ねられたソウタではなく、啞然としたままのハルだった。

「ひょっ……"氷結界気"って、めっちゃ高難度の界気術のはずだよっ?!

 かっ!、風の神と水の神、二柱の元素神へ同時に願う事になるから……必要な界気が多いし、水が風で冷えて凍る瞬間って、神様たちに伝えるのも難しいから、使える人はとっても限られるはず……」

 ハルは、驚愕の表情のまま、唇を震わせて、そうヒカリに告げた。

「――うん、そうらしいんだけど……練習してたら、出来ちゃったんだよね」

 ――と、ヒカリは照れ隠しにペロッと舌を出して、モジモジと恥ずかしそうに俯いた。


 ツツキの様な僻地に居る故、本人に実感は無いが――ヒカリは、天才的な界気使いと言っても、過言ではない資質を秘めている。

 実は、その資質を僻地に眠らせておくのは惜しいと、アヤコはヒカリに天警士団への入団を薦め、推薦状も書くと言ったのだが――

『孤児の私を引き取って、今まで育ててくれた――アヤコ様の下で、私は働きたいんです。

 この力を使うのなら、私はツツキの皆のために使いたい』

 ――と、薦めを固辞し、一人の侍女として生きる事を選んだのだった。


 ハルはもちろん、この事を知らないが――もし、ヒカリがあの時、士団員となる事を選んでいたら、彼女の驚き様からすれば、今は相応の立場に着いていたかもしれないと推測出来る。


「はは、ははははは……

 刀聖様や、遠隔飛び道具が使える暗衆……氷結界気を使う侍女が居て、伝説の怪物が年始のご馳走?

 どーなってんのよぉ!?、このツツキってトコはぁっ?!」

 続いて呆れたのは、翼域で暮らしでのジョーシキを、続々と覆されたハルの方。

 彼女は、木々の合間から覗く中空の太陽へと向けて、ヒステリックにそう叫んだ。


 ソウタは、そんな連れ立って来た女性陣の楽しげな雰囲気を見やり――

(オオカミ様が言った、"樹海で迷っている猫と狼"は多分――俺に、サトコの窮地を伝えるために追って来た、タマとギンの事。

 んで、"近道するために"ってぇ事は、オロチを筆頭に、ヤバい獣がウヨウヨ居る樹海の南部――翼域北方との境、聖狭間ひじりはざまから入ったんだろう)

 ――と、ココまでやって来た真の経緯を振り返る。


(アヤコ様には、サトコや大巫女様の事を、皆には伝えるのは機会を待つべきと言われた。

 きっと、その"猫と狼"が、それらのメッセンジャー伝令なんだろうって。

 それには俺も納得だが――知らずにはしゃいでいるハルを観ると、もどかしくて、申し訳なくて……腹立たしさもある、妙な気分だぜ……)

 ソウタは、苦虫を噛んだ体で、強く歯軋りをした。
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