流れ者のソウタ

緋野 真人

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誓いの一歩

落日

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「――ほらほら、皇の嬢ちゃんに付いて行くと聞かねぇから連れ出してやったんだ。

 ちゃっちゃと歩きな、八傑のお嬢ちゃん」

 タマは、短槍の柄でカオリの尻を小突き、足を早める様に急かす。


「ふんっ、『皇軍の女傑』も地に堕ちたモノだ。

 これが勲金等、有志隊将の成れの果て……」

「――なにぃ?」

 カオリは、自分を縛っている腰縄を握る男の呟きに、反応して顔を覗き込む。

「貴様……どこかで?」

 カオリは、呟きの主に覚えがある様に、訝しげに更に見詰める。

「――覚えがあるのなら、それは俺とよく似た"息子"の事だろう?

 貴様らの都合で戦に駆り出され、お前が指図して死に追い遣った――有志隊に志願して、ホウリ平原で戦死したっ!、俺のっ!、息子のな!」

 男の瞼からは、決壊した様に涙が溢れ、彼は同時に憤怒の表情をカオリに向ける。

「!?、もしや――ゴスケ殿の?」

 カオリは、何かを思い出し、驚いた表情で顔色を変える。

「ほぉ?、覚えていたのか……有志隊将カオリは、全ての隊員の顔と名前を覚えていたという逸話は、本当だったのか。

 そうだっ!、俺の息子は――ホウリ平原の戦い、戦死者目録の最後に記されていた……有志隊員、ゴスケだっ!」

 ゴスケの父は、腰縄を地面に放り投げ、その代わりにカオリの胸座を掴んだ。


 ちなみに――ゴスケの父は、秋分祭の最中で息子の戦死を嘆き、サトコの決断を批判していた男と同一人物である。


「そなた……息子は、皇様の決断に応じた、有志こころざしある烈士だったというのに、父がそれに反して、南コクに組するとは……

 ゴスケ殿はきっと、草葉の陰で泣いているぞ……」

 カオリは、哀れな表情をゴスケの父へ向けて、諭す様にそう言った。

「てめぇ勝手な御託をほざくなぁっ!

 俺の耳に聴こえるのは、てめぇらが勝手に始めた戦で死んじまった息子が、仇を取ってくれって泣いてる声だぁっ!

 俺は――俺はっ!、公開裁判コレで、皇の小娘が死罪になったら、俺に殺らせてくれと志願する!、お前はっ!、俺が小娘を殺す様を、悔しそうに側で観ていれば良いっ!」


「ほぉ?、そうか――」

 ゴスケの父が、怨恨に満ちた言葉を並べる間、カオリは俯いてそれを聞き、その二言だけで全てを咀嚼する。

「――ならば、烈士が父殿といえど!!、貴様は私の敵だあっ!!!」

「――ぐわっ?!」


 カオリが、怒りの声と共にゴスケの父に見舞ったのは、俯いていた分だけ勢いが付いた強烈な頭突き!

 それを喰らったゴスケの父は、大きく体勢を崩し――

(――そこぉっ!)

 ――彼が落とした槍の刃へと、カオリは縄で縛られた両手を振り下ろし、ピンポイントで縛り目をぶつけるっ!


「――っ?!、嬢ちゃんっ!」

 その動きを察したスズが、それを阻止しようと駆け出すが――

「――ちぃっ!」

 ――倒れ、カオリが押し込む様に蹴った、ゴスケの父の体躯が邪魔をして、接近するタイミングが少し遮られる。


 その間に2度、刃の切っ先で縄を削ぎ、両手の自由を得たカオリはその槍を手に獲り、ユキオたちが居るバルコニーに向けて駆け出すっ!


(――っ!、カオリぃっ!)

 数人の元皇軍勢や、タマが動く姿勢を見せるが――皆が凝視した、ソウタが居る場には動きが無く、彼ら彼女らに、無言のプレッシャーを与えて圧し黙らせる。

(……まだだっ!、サトコがまだ、法廷に出てねぇ――今、出ちまったら水の泡だっ!)

 ソウタは、苦虫を噛む気分で、目の前で起きた騒ぎを注視する。


「――シロぉっ!」

「あいよ!、姐さん!」

 スズが、控えさせていたシロを呼ぶと、彼女は遮る体でカオリの前へと出るっ!

「――邪魔だぁっ!」

 カオリは奪った槍を振り被り、シロへ向けて上段へとなぎ払い、カオリの槍とシロの刀が、一合、二合と交えた所で――

「――へっ、アタシの仕事はこれまでかい……」

 ――と、シロが名残惜しそうに呟いた。


 ――ドンッ!


「――っ!?、ぐはぁ……」

「――ったく、手間掛けさすなって言ってんだろ?、お嬢ちゃん」

 背後から、首筋へと伝わった激痛を受け、カオリは槍を落とし、体勢を雪崩の様に崩して倒れ込み、そこに七人衆の警護をしていた数人の男も加わり、脱力したカオリを羽交い絞めにする。

 ふうっと、一息を吐き、呆れた体でスズは――

「――おい、七人衆っ!

 この娘……本当にまだ生かしとくのかい?、この娘は隙あらば、何度でもアンタらを狙うよ?」

 ――と、バルコニーを見上げて言った。


「殺す事なら、何時でも出来るでしょう?

 とりあえず、そのまま抑えて置くだけで結構――寧ろ、彼女の様な盲目的に君主という存在を信奉している者にこそ、この裁判を見届けるべきですから」

 他の七人衆が立ち上がって色めき立ち、周りに集まった群集からもどよめきが起こる中――ユキオは冷徹に、カオリを一瞥してそう答える。


「くぅ……みんなぁっ!、本当にこれで、これで良いのかぁっ?!

 この世界を見守り、その行く末を案じてきた、"皇"という大恩ある存在を――罪として、裁いてしまってぇっ!?」

 カオリは羽交い絞めにされながら、群集の方を向いて声高に叫ぶ――

「――ぐぅ!!、がぁっ!」

 ――が、叫ぶカオリの腹と顎には、スズの振るう短槍の柄が連撃として命中し、カオリは再び倒れ込む。

 そして、倒れたカオリの咽元には、短槍の切っ先が突きつけられる

「裁判――始めなよ。

 まだ、この娘を殺さないってんなら、さっさとね」

「ふん――解りました。

 占報の送信を始めてください――このツクモに蔓延る『君主』という存在への判例となる、公開裁判を始めましょう」

 スズの進言に応じ、ユキオはそう指示をして、主文が書かれた書状を手にして立ち上がった。


「――オウクに生まれし娘、サトコよ!」

 居並ぶ七人衆の真ん中に立ち、訴状が綴られた書状を開いたユキオは、掛けた眼鏡の端を夕日の陽光に光らせ、両手を大きく広げ、サトコに向けてそう呼びまわる。


 最上位のVIPである、当世の皇を"ただの娘"呼ばわり――眼下に集まる、コウオウの民にとっては、誰もが激昂しそうな暴言レベルの言い草。

 だが――その様子を見やるオウクの民は、どよめき一つ起こさず、黙ってこの光景を凝視する。


「――きさまぁっ!、皇様に対し!、何たる無礼っ!」

 一人だけ、激昂して叫ぶ者が現われた――言わずもがなそれは、皇軍の女傑ことカオリの声である。

 彼女は、数人の屈強な男たちにうつ伏せに羽交い絞めにされ、首筋には短槍を突きつけられ、その居丈高な異名からは程遠い哀れな様子で、広場の端で喚き散らしているに過ぎない状態だ……

「ツクモに生まれし民としてっ!、恥だと思わ――ぐわっ!」

 短槍の切っ先を、突きつけ続けているスズは、カオリの腹を蹴った。

「大人しくしてな――もう、あんたに出来るコトはねぇんだからさ……」

 スズは、冷ややかにそう言い切り、何故か哀れみの相貌をカオリへ向けた。

 国の英雄たるカオリが、なす術無く蹂躙されている光景を見て、オウクの民は苦虫を噛む様な、悔しい表情を浮かべ、多くが悲痛な面持ちでうな垂れる。


「汝――自らを『神の子孫である』などという、根拠の無い戯れ言を流布し!、民を唆して、皆の血税を貪って生きて来た事――この!、平等と共営を旨とする理想郷ではっ!、重大な罪であるっ!

 あまつさえ!、自らをただの人間であると認め、これまでの所業を総括して、悔い改める事を薦める、我々の寛大、寛容な提案にも従わず、未だに自らを皇などと称する事!、甚だ許し難しっ!」


 ユキオが言い並べる、サトコの『罪状』が告げられる中――彼女は、夕焼けに染まるオウクの空を見上げ――

(――ソウタ、私は……どこで、何を、間違ってしまったのでしょう?

 その間違いが、この空の様な落日の時を生んでしまったのでしょうか……)

 ――そう、心中で現在の心境を吐露し、涙を浮べ、暮れようとする夕日に、自分の状況とこの国、この世界の後先への憂いを重ねていた。
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