流れ者のソウタ

緋野 真人

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答え

浅慮

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 ――だが、そこまでしたショウたちの杞憂は、無意味だった言えよう。


 何故なら……奇しくもほぼ同時刻、キョウカの民政館に至った一連の報を聞いた、ヒコザは――

「――くっくっくっ!、タカヨシさんは、素晴らしい成果を挙げてくれましたねぇ♪」

 ――と、満面の笑みで、ご機嫌に早馬の使者を迎え入れていたからだ。


「労いのお言葉――痛み入りまするが、あの惨状を経ておきながら、これを成果とはとても申し上げられませぬ……」

 対して使者は、悲痛な面持ちでそう応じ、『あの惨状』を思い出したのか震えながら俯く。

「何を言うのです――成果とは、"如何にして目的を果たしたか"ではなく、"どれだけ目的を果たせたか"なのです。

 残りの士団砦を全て制圧し、我らが掲げる自由主義に呼応しないどころか、あの鬼面の芸人と結託して翼域内に居座る破落戸たちを、最果ての地へと追いやった事は満了の成果ではありませんかっ!」

 ヒコザは、興奮気味にそう言って、嬉しそうに微笑む。


「でっ、ですが――数千にも及ぶ戦死者を出した事を、三軍将様を始め、我らは……」

「――ですから、"経過よりも結果"なのですよぉ~♪

 失ったモノ以上の益を得られさえすれば、それは立派な勝利なのです――『損して得取れ』と言うでしょう?」

 使者は、ヒコザの言葉に納得を得られずに食い下がるが、ヒコザは聞き入れず、言い含める様な言葉を返す。

 使者は、唖然とした表情でヒコザの笑顔を見やり――

(そっ――"損"、だとぉ!?

 こっ、この民守おとこは――われらの命や無念を、一体何だと思っているのだっ!)

 ――ギリッと奥歯を軋らせ、拳を強く握って、沸き立とうとしている怒りの泉を抑えた。




 場面は替わって――ここはオウク、"旧"御所の一室である。

 そこに居たのは、ソウタの光刃に因り、右腕の肘から先を喪失された、ユキオを始めとした皆導志七人衆の面々である。


 先の公開裁判襲撃事件――後に『凶刃の変』と名付けられた一連の顛末の後も、七人衆は本国である南コクエの首都、シバクには戻らず……そのまま、この旧御所に滞在していた。


 その理由は――まず、深手を負ったユキオの治療。

 流石に、界気を用いても欠損した肢体の再構築は成らないとはいえ、その治療は大きな問題も無く進行し、止血と縫合を終え、今は義手の完成を待つばかりといった状況である。

 問題となったのは――寧ろユキオ以外の6人……いや、ユキオを含めた7人の心に、深く、強固に植え付けられた、刀聖ソウタへの底無しの恐怖心の方で、いわゆる"トラウマ"というヤツだった。

 7人は、半ば廃人と化した体で、政務には臨もうとせず――この旧御所の中で、途方に暮れた様子で今日までの日々を過ごしていた。


「――皆導志の方々っ!、吉報にございますっ!」

 ――と、生気に欠けた様子で、七人衆が外の景色を眺めている部屋に、一人のショートカットが印象的な女性が入って来た。

 彼女の名はタカミ――此度のコウオウとの戦に先立ち、内在不満分子の掘り起こしと、それらの先導において活躍し、七人衆付きの側近に抜擢された女性である。

 そう――ホウリ平原からの皇軍凱旋の際、旅籠に集まったコウオウ戦役の顛末に、不満を抱いていた者たちを相手に演説を語っていた、あの短髪女性なのである。


「――何です?、同志タカミよ」

 ユキオは面倒臭そうに、口を半開きにして、タカミとは目も合わせずに用件を尋ねた。

「はいっ!、刀聖が――」

「――っ!!!!」

 タカミが、"刀聖"という単語を口にすると、七人衆全員が顔色を蒼白へと変え――

「――きっ!、来ているのぉぉぉぉっ?!、また、来ているのぉぉぉっ!?」

「うわぁぁぁぁっ!、こっ――殺されるぅぅぅっ!」

 ――と、一様に錯乱、発狂した様で、一人は叫びながら部屋中を見回し、一人は布団を頭から被って、恐怖に慄いている。


「どっ!、同志タカミ――"その単語"は、禁として欲しいと頼んだはずです……」

 ユキオは、右腕の欠損箇所を抑え、痛みを堪える体で俯き、タカミに言葉に気を付ける様に諭す。


 あの惨状を全て目にし、夥しい鮮血を浴びた後の、体臭までもが醸す至近距離で、鬼面を被った刀聖と接した七人衆にとって――もはや『刀聖』という単語は、あの恐怖感を閉まった箱を開けるキーワードとなってしまっていた。


「申し訳ございません――ですが、それを承知で、お伝えしたい吉報なのです!

 あの悪鬼が――北との戦の末、世断ちの樹海へと退いたとの一報がっ!」

「――っ!!!」

 タカミが伝えた、刀聖撤退の報に、七人衆は今度は困惑の表情を浮かべ、全員がタカミの顔を見据えた。

「連れ立って、皇と大神官も同様に離脱――ついに、このツクモの世から、あの支配者然とした三者を追い出したのですっ!

 我らが――"民の総意"が勝ったのですっ!、あの古き戒めにっ!」

 タカミは、興奮気味にそう告げて、涙も流しながら熱っぽい表情をユキオたちに向ける。


「あっ――あの鬼が、退い……たぁ?」

「ほっ!、本当……にぃ?」

 七人衆の中から挙がったのは、タカミが言う様な吉報への喜びではなく――不信に満ちた、疑念の声だった。


「同志タカミ――それは、情報の解釈を間違っています。

 あの鬼はっ!、人がどうにか出来る存在ではなぁいっ!、自ら退く事で――"次の一手"の行方を、巧妙にはぐらかしているだけに過ぎませんっ!」

 ユキオは、ガタガタと震え出し、左手で額を抑えながらそう叫んだ。


 流石は、一国の指導者にまでのし上がった、サトコ曰く"稀代の思想家"

 魂が抜けた様な今の形でも、ソウタが打った不自然な一手に疑念を抱く辺り、なかなかの洞察力である。


「同志タカミ――丁度良い機会ですから、告げさせていただきます。

 私たち七人は……皆導志の任から、退かせて貰う事としました」

 ユキオは、息を整えながら顔を上げ、憔悴した表情で驚きの発言をタカミに投げたっ!

「――えぇぇっ!?、なっ!、何故にございますかぁっ!」

 タカミは仰天し、今度は彼女が、顔色を蒼白へと変えて、衝撃の辞意の理由をユキオに尋ねる。

「私たちは――大きな失策をしてしまったからです。

 あの鬼を軽んじ、アレを呼び起こして倒そうとするなど……人が成せる所業ではなかった。

 故に、あの日の虐殺を呼び込んだ責は、無知であった我ら七人にあると言えましょう」

 ユキオは辛そうに俯き、か細い声でそう呟き――

「――ですから、我ら七人はその責を取って退き、新たな皆導志七人衆の導きの下、言わば一兵卒へと戻り、共営社会の実現に貢献出来ればと思っています」

 ――引き攣った笑顔をタカミに向け、それを辞任の挨拶とした。
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