流れ者のソウタ

緋野 真人

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答え

黒き慧眼

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 続いて、ここは数ヶ月前に激戦が繰り広げられた地――ホウリ平原。

 そこに、野営を張っている一団が立てている旗印は――"奇しくも"、スヨウ第三軍のモノである。


 いや、正しくは『新生』という括りを付くのが適当な、ユキムネが率いる新編成の軍団の陣。

『奇しくも』は、余計な一言ではある。


「ほう――"よもや"な展開ですね」

 その本陣で、刀聖撤退の情報を告げられたユキムネは、仮面越しに顎を抑え、掠れた声でそう呟いた。

「何が――『よもや』なのです?」

 ユキムネと対して、発言の意図を尋ねたのは、副将であるリノである。

「ふふ――当世刀聖様と、間近に接したリノ嬢からすれば……予想どおりの展開でしたかな?」

 ユキムネは、茶化す体でそう言い、彼は側に置かれた茶碗を取り、一服の茶を啜った。

「いえ……大打撃を与えながら、追撃を掛ける事なく退く。

 そんな、奇妙に写る一手など――父の教えには無かったもので、御家方様の下で軍師をされていた、三軍将様の見解を尋ねたまでにございます」

 リノは、ユキムネの戯れ言を無視して、言葉どおりに今回の刀聖の動きについての見解を彼に急かす。


 コウオウ戦役での実績経験と、そこで起きた目の前での父の戦死という出来事は――彼女に劇的な成長を促していた。

 もはや彼女は、数ヶ月前に初陣を飾った、齢十七の可憐な乙女武者ではなく――刀聖を前にしながら、死線を潜り抜けた、一介の武士へと育った様相と物言いである。

 まあ――初陣と言うには、幼い頃からの養父に連れられての参陣も含めるなら、正しい表現ではないかもしれないが。


「――私の見解ですか?

 そうですねぇ……在り来たりとはなりますが、"不可解な撤退"というのが一番適当でしょう」

 ユキムネはまず、自虐的な言い訳も混ぜながら、至極当たり前な見解で口火を切り――

「しかし――それはあくまでも"軍事戦略上は"という、曰くが付いて来ますがね」

 ――明らかに、何かをはぐらかしている体で、独自の見解を織り交ぜた。


「"真の戦"とは――卓に並べた駒遊びとは違い、必ずそこには、政治という利害の要素が付いて回るモノ。

 その『利』の部分を得るためには、定石や当然と言える一手を、"あえて打たない"方が後に有利に、いえ、"思惑どおりに"、働くかもしれないという事です」

 ユキムネは腕を組み、得意気にリノへ謎かけ染みた見解を付けた。

「――と、言いますと?」

 リノは率直に、ユキムネに言葉の意図を再度問うた。

「私の解釈どおりならば――刀聖様は、この翼域を各国、各勢力の"狩場"と化し、奪い合わせる御つもりだと思っています」

「えっ!?」

 ユキムネが告げた驚きの見解に、リノは表情を険しく変えて驚愕する。

「――よっ!、世の乱れを鎮める存在であられる刀聖様が、その『乱れ』を助長しておられると言うのですか?」

 リノは顔を引き攣らせ、食い下がる体でユキムネにまた疑問をぶつける。

「一言で言えば――"見捨てられた"のですよ。

 我ら、ツクモの民はね……」

 ユキムネは項垂れ、溜め息混じりに、そう呟き――

「――このホウリ平原にて、刀聖様が光刃現眼せしめ、当世の憂いをあの光の刀で払われ様とされたというのに、その答えとして、我らツクモの民が差し出したのは――"新たな戦乱"という、鎮守を示されたその御意思を踏みにじる所業。

 ならば、好き勝手に争い、満足行くまで殺し合えば良い――もう、自分は、いや……皇様や大巫女様をも含めた、この"世界の要たる三者"にとって、もはや民の平穏などは与り知らぬ事。

 そんな御意思が、この撤退の意味だと私は思っています」

 ――残念そうに、陣内のツクモ図を見やり、憂いを帯びた表情でそれに触れた。


「萬神道の原典にまで辿ると――刀聖様には、救世主然とした英雄譚の影に、必ず民への戒めとして、滅びを遣わす、破壊の神としての側面を示す記述があると言います。

 あの占報で御見せられた、かの鬼面は……それを意味しているとも言えましょう」


 ユキムネは――この場にソウタが居たなら、拍手をしていたと言える満点の見解を付け足した。

 やはり、この黒面の策士――只者ではないらしい。


「!!!、それならば――その"発端"を、切ったとも言えるのは……」

「ええ――根本的に言えば、この事態を招いたのは我らスヨウ……そういうコトになりますね。

 刀聖様が仰ったという、虐殺事件の真相どおりならば」

 ハッとなって、その推察の先にある意味を悟ったリノに、先行してユキムネは自戒を込めた言葉を辛そうに咀嚼する


 ヤマカキ事変の真相について、スヨウは未だ関与を認めてはいない――ただ、光刃現眼と邪としての断罪を経て、刀聖自身のテンラク召喚の後は、謀反以前のクリ社の名の下で、事変の再調査が命じられ……どうやら、鬱積した国境警備隊の暴走――という名の人身御供へと収まりそうで、玉虫色な決着を迎える気配であった。


「――そう、思うからこそ、御家方様は先の邪なる行いの贖罪として、私たちをこの翼域へと遣わした……と、思うべきだとも言えましょう」

 黒面越しなので、表情こそは解らないが、ユキムネは拳を握り、それをリノの眼前に示した。

「刀聖様に替わって、その鎮守の思いを果たす――我らの本懐は、そこにあると思いませんかな?、リノ嬢よ」

 彼はその拳を解き、リノに握手を求める体でその手を差し出した。


 リノは、その出された手をまじまじと見やり――

(相変わらず――この、気色の悪い黒面のアヤしい感じは凄くイヤだけど、言ってる事はきっと、おじいちゃんがこの場に居ても言いそうな言葉なんだよね……)

 ――と、義父に扮するつもりで彼女は、ユキムネからの握手を力強く応じて見せた。


「ふふ――ありがとうございます」

 リノの同調に、嬉しさを現す笑い声を乗せて、礼を述べたユキムネは――

(これで――しばらくは、彼女を始めとした旧態の兵たちからの私に向ける疑念も和らぐでしょう。

 旧態の兵たちが抱く、前任者から彼女へと続く強い信義と、その身が醸す一種のカリスマ性は、十七の娘の身に余る影響力。

 それを活かすには、私の様な者が正しく御す必要がありますからね……)

 ――と、その心中では、リノとそのシンパの懐柔は成ったとほくそ笑んでいた。


(三者去り、俗世は民の手に委ねられた――その時こそが、"真なる革新"を成す好機っ!)

 ユキムネが隠している彼の素顔は、仮面の下で決意に満ちた表情を現わし、強い眼光を据わらせていた。
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