流れ者のソウタ

緋野 真人

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動き出す世界

春への息吹

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 軒先に出来た氷柱の先端から、ポタポタと水滴が滴っている。

 その氷柱を照らしている陽光にも、確かな温もりが感じられ、それは辺りを覆う暖気が、春の訪れが近い事を物語っていた。


 今は、ソウタたちが居を移してから、既に三ヶ月の月日が流れ――その間、いよいよ本格化した北国ゆえの厳寒に覆われていた件の小屋の周りでも、堆く積もっていた積雪の頂点は、幾分低くなって来ており、"北の果て"と揶揄されるツツキの地にも、春の息吹が漂い始めていた。


「ふわぁ~……」

 そんな様相の中、ソウタはあくびを発てながら、小屋の外へと出て、設けてある分厚い造りの水瓶の蓋を開け、まだ朝の時分は薄っすらと水面に張る氷を割りながら、洗面器へと水を汲み、キンキンに冷えたその冷水を用いて、顔を洗っていた。

「ふぅ~~っ!、眠気覚ましには、やっぱコレだねぇ~!!」

 ――などと、戯れ言も口にしながら、持ち寄った手拭いで顔の水滴を拭う。

「――で?、朝っぱらから何の用だ?、アオイ」

 そう、ソウタが振り向きもせずに、独り言を呟く体で言うと、軒先に積もった雪を踏む足音が聞こえ、素早い手合いで、迷彩目的で白装束で全身を覆ったアオイが現れる。

「……キツい目覚ましが必要な程、"お盛ん"だったというコトかぁ?、この色魔め……」

「おいおい……まだ言うか?、さっきまで屋根裏に潜んでたんだから、床がちゃんと別だったのは観てたんだろうよ――"昨夜は"な」

 とげとげしい物言いと共に現れたアオイへ、ソウタはからかう様にそう言うと、手拭いを冷水に浸し、それで首筋を拭く。


「ぐぬぅ~っ!、それはつまり、昨夜以外には"ナニか"があったというコトだろうよぉ~っ!

 世が世なら、ハクキ国守息女の位に居られる御方に、貴様は……」

「声が大きい……声が。

 "超"が付く極秘事項――しかも、"一番知られちゃダメ"な人が、側の小屋の中で朝飯こさえてるんだぞ?」

 ――と、ソウタのからかいに業を煮やしたアオイが、些か声を荒げると、彼は人差し指を鼻先に着けて、声を潜める様に伝える。

「――それに、正月に一旦顔を見せに城へ出向いた時、俺は伝えたはずだ……レンとは、いずれ"結婚する"つもりでいるってな。

 それを、実は母親であるアヤコ様だって認めてるんだから、もう俺たちは"公認の仲"――そうやって、妙に妬いてみせる事の方が、よっぽど不敬なんじゃねぇの?」

「そこだぁ……そこが、最も納得し難い点なのだぁ……

 よりにもよって、お前が"息女様の伴侶"だとぉ~?、くぅ~……」

 ソウタが、からかう口調で、この三ヶ月に起きた諸々の概略を挙げると、アオイはうな垂れて泣き言を混じった溜息を溢す。


 やり取りに遭った様に、"あえて"は描かなかったが――"なんだかんだ"で、レンとのカンケイが深まったソウタは、この小屋に拠を移してから、半月後に当たる年明けにアヤコへ、レンとの"婚約"の承諾を願い出た。

 コレは、ある程度カンケイが深まる事を企んで、件の同居を謀ったアヤコ本人からしても驚く、ソウタからの"電光石火な奇襲"であり、諸々の事情すら知らないサトコやシオリからすれば、まさに寝耳に水な状況の変転であった。

 新年の祝いの席は、驚天動地な衝撃に包まれ、改めて狩ったオロチを用いた祝賀の料理も、またも皆が満足には味わえない程の様相とはなったが、二人の婚約は恙なく認められた。


 その裏には――

『――アヤコ貴女が、"息子"と呼んで憚らない俺が、レン貴女の娘と一緒になれば……堂々と、"お義母様かあさま"って、呼んで貰えるでしょ?』

 ――という、ソウタの小賢しい計略が秘められていた事を知る者は、極々限られている。


「――御屋形様は嬉々として喜び、あのショウゾウにさえ"粋"と呼ばれる天晴さと言われようとも、私は息女様の純情を弄ぶ、貴様の悪辣なその所業……ちゃんと好いての婚姻とは思えぬではないか、あの様なコトを聞いてはな」

 アオイは、苦虫を噛み潰したような表情でそう呟き、鼻歌が微かに聞こえる小屋の方へ向けて、顎をしゃくる。

「当たり前の事を聞くな――ありゃあ、只の駄賃みてぇなオマケに過ぎねぇさ。

 俺たちは、ココでちゃんと愛し合ってる――この鼻歌だって、充分な証拠だろうが?」

 ソウタがそう言って、手拭いを首へ掛けながらそう言い切ると、アオイは不満気にフンと鼻を鳴らし、それを話題を閉じる意思として示した。


「――さあて、大事な用があって来たんだろ?

 その腰に差した筒……どっかから届いた、書簡の類に見えるが?」

「ああ、そうだ……昨日、城に届いたお前――"刀聖"宛ての書簡よ。

 送り主は……"ハクキ合衆連邦国、統領ノブユキ"」

 アオイが告げた、書簡の送り主の名を聞き、ソウタは天を仰いで――

「あ~あっ!、レンとの甘々な"冬休み"も、コレで終わりかぁ……」

 ――と、実にわざとらしく、残念そうな言葉を呟く。


 そう――これはいよいよ、事態が動く事を意味する、狼煙が如き書簡と言えた。


「ふん――よく言うわ。

 この地に留まるのが居づらくて、一人で発つと喚いていた輩が」

「あら?、ソコはガラッと変わって当たり前だろ?

 何せ、可愛い婚約者を得てしまったワケだし♪」

 アオイからの皮肉に、ソウタが惚気で応じると、彼女は煙たそうに手を払ってみせた。


「解かった――早々にこの小屋を引き払って、城へと戻るよ。

 ソレを伝えに戻る前に、ウチで朝飯喰ってけ――"屋根裏に潜んでるみたいだ"って、囁いて教えたら、"じゃあ、覗き魔さんの分も、朝御飯作りますね"って、レンも言ってたからよ♪」

 ――と、ソウタは戯言も交えて用件の主旨を了承し、アオイを小屋へと誘った。
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