流れ者のソウタ

緋野 真人

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動き出す世界

針の筵

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「――すいません、お待たせしたそうで……」

 そして、時刻が午後へと入った頃――ソウタは平謝り気味に、アヤコたちが待つ城の一室へと入った。

「珍しいですね、貴方が遅刻だなんて♪」

 ――だが、待たされた立場のはずのアヤコは、何故かニヤニヤと微笑んで、食後の茶を口に含む。

「昼食は?、そのつもりで用意はさせていましたが……?」

「あっ……道中、朝食を兼ねたモノで済ませましたので……」

 アヤコが、そんな確認めいた問いを投げると、ソウタは恐縮気味にそう返答する。

「そうですか――ではヒカリ、ソウタにも茶を」

「――はい、かしこまりました」


 アヤコからの指示を請け、ヒカリは静々とソウタの卓上に茶の用意をし、置かれた茶碗にそれを注ぎながら……

「……やっぱり、侍女私たちの料理より、レンちゃんが作ったモノの方が良いに決まってるよね~♪」

 ――などという、軽口染みた独り言を彼の耳元で囁く。

 それを聞かされたソウタは、幾分顔を蒼ざめさせ、意図を測る態の目線をヒカリへ向けると、彼女は満面の笑みでソレに応える。

 その様子、その言葉を漏れ見聞きしたサトコは、こめかみを震わせて茶を啜るを一旦止め、上目遣いにソウタの顔を凝視し、同席しているシオリも、微かな溜息を吐いてうな垂れる。


 件の婚約宣言以来――ソウタは、用があって城を訪れる度、この“針の筵状態“に晒されている。

 まあ、当たり前と言えよう――ソウタは、何せ、コレにタマやユキも加えた、名だたる美女美少女に慕われている中である事を尻目に、ある意味突拍子も無く、突然に……レンとの婚約を告げたのだから。


(当に諦めた恋のはず――でも、諦めてはいても、いざ”そうなって”しまうとぉ……くぅ~っ!!!)

 ――サトコは、心中で悔し気にそう呟き、ソレを表す様に手に持った茶碗を震わせ……

(はぁ~……私の様な年増よりも、年下で若い娘の方が良いに決まってますよねぇ……)

 ――シオリも、寂しげな瞳を彼に向け、また小さく溜息を吐いた。


(レンちゃん――多分、他の部屋で待ってるはずだよね?

 お茶を出し終わって、"人払い"となったら……イロイロと訊きに行こう!)

 ヒカリに関しては――若干、"天然"な面が見受けられる人柄ゆえに、サトコたちとは違って、悔いや恋慕の想いは無く……寧ろ、当人の感覚としては、ソウタたちの事を応援しているつもりなのだが、ああして嫌味に聞こえかねないコトをポツリと呟く事があり――彼としても、最も今回の決断に際して、負い目を抱えている彼女が言うその手の言葉は、余計に深く突き刺さると言って良い。


「――さて、ソウタも着いた事ですし、"本題"に入ると致しましょう。

 ヒカリ、人払いを……」

「はいっ♪」

 ――と、アヤコが手を挙げてそう告げると、ヒカリと随伴の侍女たちは部屋から出て行き、続いてシオリが、手慣れた手つきで、この部屋に紫珠輪の守を構築する。

 それを確認したアヤコは、懐からハクキ合衆連邦の紋が擦られた書状を卓上へと示す。


「私としては――些か、熟字たる思いを催す書状が届きました」

「――でしょうね。

『ハクキ連邦』から、"ハクキ"の名字を冠した御方への文……この世界の変容を現わした構図と言えましょう」

 苦笑を交えて告げたアヤコの言葉に対し、サトコは複雑な思いを汲む態で頷くと、そう言って『読んでも良いか?』という意味が纏った視線を送り、アヤコもそれを頷いて了承する。

「――なるほど、士団からの代表者を一名、そして、許されるならば刀聖――ソウタから、此度の経緯を直接伺いたいというお話ですか……」

 サトコは、概要を摘まんで吐露しながら、読ませる意図で横に居るシオリへ書状を手渡す。

「それで?、既に返答を発たせたと、人伝に聴いております――如何に、対応されたのですか?」

 そのサトコからの問いに、アヤコは嫋やかに茶で唇を濡らしてから――

「士団からは、隊長格で在られるヒロシ様とハル様の中から、年功を考慮してヒロシ様に赴いて欲しい事を進言し、早々に快諾を頂きました」

 ――と、サトコの瞳を見据え、粛然と経緯を告げ始める。

「ええ――先に挙げた"人伝"も、ヒロシ殿からの伝聞ですから、それは私共も心得ております。

 知りたいのは、寧ろ――」

 サトコから受け取った書状を読み終え、それを丁寧に畳んでみせたシオリは、そう告げて横目にチラリとソウタの表情を覗く。

「――俺?、俺も勿論行きますよ。

 この事態の"言いだしっぺ"なワケですしね」

 ソウタは、茶菓子に手を伸ばしながらそう告げ、選んだ一つを口内へと放って、それを咀嚼しながら、そんな補足も付ける。

「あらぁ~?、てっきり"新妻"と離れたくないと、欠席すると言って駄々を捏ねるのではないかと思っていたのだけれど?」

 ――と、ソウタの返答に対し、サトコは早速に皮肉めいた文言を並べ……

「――少し、意外ですね。

 お優しいソウタ殿なら、幾分躊躇われるモノかと思っていましたが……」

 ――シオリも、彼の即断が意外だった様で、彼に怪訝として目線を送る。

「……あのね?、そろそろ止めてくれないかな?

 その、俺に対する厳しい目はさ?」

 ソウタが目を細め、辛そうに懇願してみせると、まず、サトコは――

「別に、厳しい目で見てるとか、嫉妬しているなどというコトではありません!

 ただ――ただ、悔しいのですよぉ~!、アッサリと"一目惚れ"を許してしまう――私自身の詰めの甘さがっ!」

 ――という、宣言時に聞かされた"馴れ初め"を根拠に挙げ、自棄酒ならぬ"自棄茶"を喉元へと呷る。

「――"詰めの甘さ"で言えば、私も同じにございますよ……

 いつの間にか纏まっていた、初恋の殿方の縁談を前にして――年増女が、ボロボロと号泣して想いを明かす様は、それこそ喜劇が如しですぅ……」

 ――と、続けて答えたシオリは、在りし時を思い出して、瞳に涙を湛えながら、そう言って唇を噛む。


 例の婚約宣言の折――ソウタの決断の他に物議を醸したのが、このシオリの号泣から連なった、彼への告白であった。


 ソウタが、レンとの婚約を皆に告げ――困惑と祝福が交わった独特の雰囲気が場を包む中、唐突に始まったのが、シオリの号泣――そして、"もう、こうなったら、告白してしまおう!"という勢いに駆られ、彼女は……

「――実は、お慕い、申しておりました……年甲斐も無く!」

 ――という文言から始まり、想いを抱いた機会として、大神官邸に逗留した際、徐々に内心で育まれた行った想いを語った上で、それは件の継承の儀の際、全てを晒す覚悟をすんなり得られた事で、決定的に自分の気持ちを思い知らされた――などと、熱弁を振るったのだった。


「……他の女性に譲った後に、やっと想いを告げる決心が着くなどという、私の愚鈍さを思えば――早々に、件の指輪を託した皇様は、ご立派に在られますよぉ……」

「……その意味告げぬまま、弟にも『未来の義兄』などと標榜して喜んでいた、私の様とて――立派な喜劇ですよぉ……」

 二人は――ガッチリと抱き合って、互いの失策を慰めあった。


「――俺もあの後、大変だったのよ?

『――シオリ様が、先に想いを告げられたならば……やっぱり、シオリ様の方を選んでいましたか?』

 ――って、レンに悲しそうな顔で言われてさ……もの凄く、気まずかったんだからね?」

「――ふふ♪、それは自業自得でしょう?

 貴方の姿勢は、八方美人に過ぎる帰来がありますから」

 ソウタからの愚痴を、そうあしらって見せたのはアヤコ――彼女は、得意気にそう言うと、茶碗を手に持ち、場の皆へ飲み干す態を促し、それを話題を切りかえる合図として示してみせる。


「――さて、ココからは、私からの案として……貴方がたの意見を伺いたく思います」

 アヤコはそう言うと、和やかだった場の空気を、張り詰める様な厳しい表情で制し――

「――ヒロシ殿、ソウタの他にもう一人……何を隠そう、私もその会談に同席したく思うのですが――如何です?」

 ――という、驚きの提案を持ちかけたのだった。
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