転校生

なかとし

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第3章

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 時は十月の半ば。市立桜ヶ丘中学では、十一月の始めに学園祭という学校行事がある。そのため、三年ニ組の教室では、学園祭の出し物についてクラスの皆んなで話し合いが行われていた。学級委員である青葉駿太と花澤咲はクラスから出た意見を黒板に書きながら内容をまとめていた。
 「やっぱ、文化祭はバンドでしょ!」
 そう言ったのはミュージシャン気取りの浩二だ。どこに隠し持っていたのか箒でギターを弾き真似をしている。
 「バカか、お前。クラスが三十人もいるのにどうやってバンドするんだよ」
 「それじゃあ、バンドじゃなくてオーケストラだな。」ガリ勉タイプの木藤が鼻で嘲笑う。
 「じゃあ、ガリ勉木藤は何か意見あんのかよ」
 浩二が、持っていた箒で木藤を指して意見を求める。
 「演劇でもやればいいんじゃないの」木藤は面倒臭そうに答えた。
 「演劇~、じゃあ主役は俺だな。そして、ヒロインはーー候補いないな」海藤拓人が真面目なのか、ふざけているのか学習イスの上に立って右腕を大きく上げて主役宣言をした。
 「みんな、ふざけてないで真剣に考えてよ。学園祭まで日にち、後少しなんだから」咲が少し涙声で言うと、
「じゃあ、そういうお前らは何か意見あんのかよ。俺らが真面目に考えてるのに学級委員のお前ら、ただ突っ立てるだけじゃん。青葉、何か意見言えよ」
 今までクラスのやりとりを聞いていた駿太は、拓人に意見を言うように言われて、考えを巡らせてみるのだが、なかなか良い案は浮かんでこない。駿太が困っていると、隣で咲が、
 「じゃあ、中野君に聞いてみよう。中野君、何か文化祭でやりたいことあるかな?」
 咲が優しい微笑みで直に聞いた。クラスの一同は、興味ありげに直の方を向いて、直から出る言葉を待っている。
 直は顔を下げたまま目だけを上にして睨みつけるようにしながら黒板の方を見ていたが、ふと顔を下げて何かを言ったような気がした。
 「そんなチッチェー声じゃ、なんも聞こえないっつーの」
 拓人が机に頬杖をつきながら直を睨む。直は顔を下にして自分の机上を睨みつけている。
 「合唱……」
 直の席に近い子が呟いた。
 「さっき中野君、合唱って言った気がします」
 直の席に近い子が直の意見を言ってくれた。駿太はすかさず黒板に大きく「合唱」と書いた。
 「いいじゃんね、合唱」
 特に女子の声で賛成が多い気がした。女子の間では、もう文化祭の出し物は合唱で決まりといった空気が流れているようだ。すでに何の歌がいいとかの意見交換が一部の女子グループで始まっている。
 「はい、みんな。静かに」咲が手を叩いて呼びかける。
 「今、中野君から良い意見が出ました。ここで多数決を取りたいと思います。三年ニ組の出し物は合唱で賛成の人ーー」
 駿太は手を挙げている者の数を数えていった。手を挙げている者は十八人だった。
 「あとの手を挙げなかった十二人の人は何か不満があるのよね。何か言ってくれる?」
 「海藤君、手を挙げてなかったわね」
 拓人は足を机の上に放り上げて前を見つめている。咲に指摘されたことが不愉快のようだ。
 「やりたきゃ、やればいいんじゃないですか」拓人は投げやりな感じに答えた。
 「じゃ、決まりね。三年ニ組の出し物は合唱ということで。みんな明日から早速練習するわよ」
 咲は満面の笑顔でクラスに宣言すると、咲のグループのメンバーが中心となって、それに答えていた。
 駿太も出し物が決まってホッとした。だが、海藤拓人を始めとした男子グループは面倒なことから解放されたというように足早に教室を出て行った。
 駿太も親友の柳田公平と一緒に帰ろうとしていたら花澤咲に呼び止められた。
 「青葉君、柳田君、合唱頑張ろうね!。賞が取れるように」
 「うん。花澤さんって合唱好きなの?決まった時すごく嬉しそうだったじゃん」なにげなく公平が聞くと、
 「歌を歌うことは好きよ。でも今回は転校生の中野君の提案が通ったでしょ。単純にそれが嬉しくて。中野君が早くクラスに溶け込んで、私は楽しく残りの学校生活を過ごしたいって思ってるの。それが今日、一歩前に進んだ感じで嬉しかったんだ」
 咲は目を輝かせながらいつもより大きな声で駿太たちに言うのだった。
 直にも気持ちが届くように、咲は大きな声を出したのではないかと駿太は思った。
 
 駿太はいつも公平と帰ることが多いのだが、今日は咲のグループとも一緒に帰ることになった。一同歩いていると、突然咲が走り出した。駿太は何事かと思い、後を追うと前方に直らしき人の姿が見えた。咲は直の横を通り過ぎても走るのを止めなかった。駿太は直を一瞥して、咲のあとを追った。
  
  その日の夜、駿太は電話で咲と話した。今日の下校中にあったことが気になったからだ。尋ねると、咲が教えてくれた。
 「だって一言、中野君に言いたかったんだもん。ありがとうって」
 直がお礼を言われる程のことをしたと思っているかは別にして、咲は意見を言ってくれたことが本当に嬉しかったんだなあ、と駿太は感じた。
 クラスをいい方向に向かわせるためには、文化祭の合唱を何としてでも成功させて優勝させないといけない。
 駿太はクラスに希望が見え始めたことに安堵した。そして、文化祭は絶対に優勝するんだ!と心に誓うのであった。
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