転校生

なかとし

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第4章

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市立桜ヶ丘中学校の校庭には、紅葉の木が植えられている。その木々もすっかり紅葉して赤に彩られている。
 学校内でも、放課後には、どのクラスも秋の学園祭に向けて練習に励んでいるようだ。
 三年ニ組でも出し物が合唱に決まり、放課後には、「あーでもない、こうでもない」と皆んなで言い合い、切磋琢磨していく……はずだった。ところが、そう簡単にクラスはまとまらなかった。

 「起立、礼、さようなら」
 今日の授業が終わった。これから、放課後の合唱の練習だ。
 「青葉君、今日も頑張ろっか」
 学級委員の花澤咲が隣の席の駿太に声を掛ける。「ほら、皆んなも音楽室に移動して」
 咲の掛け声で、クラスの連中は渋々動きだす。
 「青葉君、男子のこと、ちゃんと注意してよ」
 「何のこと?」
 「何のことって、拓人君のグループ、口パクだか何だか全然歌ってないじゃないの」
 「拓人のグループもちゃんと歌ってるじゃん」
 「歌ってない。ふざけてるじゃん」
 「青葉君、学級委員なんだから、もっと周りのことも見てよ」
 咲は一方的に言って、教室を出て行ってしまった。
 駿太だって、わかっているはずだった。でも、海藤拓人のグループには何を言っても無駄だし、言ったところで何をされるか分からない。放っておくのが一番いい、というのが駿太の考えだった。駿太は注意する勇気がなかったのだった。

 音楽室に着くと指揮者の咲が、ピアノに合わせて指揮の練習をしていた。言い忘れてたけど、今度の合唱の指揮者は咲で、伴奏は中野直である。

クラスで伴奏者の募集をしたところ、ピアノが弾ける者がいなかった。咲が困っていたところ、「じゃあ、転校生に聞いてみよう」ということになった。
 「中野君ってピアノ弾けるの?」
 咲が聞いても直は反応しない。
 「こんな暗い奴に弾けるわけねーじゃん。どうせ特技も悪趣味だぜ」
 「ちょっと、そういう言い方って……」
 言いかけたところ、直に反応があった。
 直は、首を横に向けると悪趣味だとか何とかいった奴をキツく睨んだのだ。
 「なんだよ、お前。弾けんのかぁ。ドレミファソラシド~」
 クラス中で笑いが起こった。
 「ちょっと皆んな!」
 咲が今度はクラスの連中に鋭い視線を浴びせた。「中野君にもう一度聞くから黙って!」
 クラスの連中が黙ると咲は改めて直に訊いた。
 「中野君、もしピアノ弾けるのなら私達の力になってほしいです。ピアノ弾けるの?」
 クラスの皆んなの視線が一斉に直に集まった。直は、顔を上げると咲と目を合わせ、小さい声で言った。
 「僕、弾けます」
 するとクラスの連中は大騒ぎで直の席に集まった。
 「へ~、いつからピアノやってんの?」
 「暗い奴だと思ってたけど、すげーじゃん」
 「暗いことには変わりなくね?」
 「 何の曲弾けるの?」
 「今も習ってるの?」
 クラスの連中は直を質問攻めにした。直は答えるわけでも頷くわけでもなく、じっと耐えているように見えた。
 「何だよ、こいつ。やっぱ暗いだけのオカマじゃん」
 拓人グループの一人が言うと皆んながは一斉にオカマコールを始めた。
 「オカマ!オカマ!オカマ!……」
 なかなか鳴り止まなかった。
 「うるさい!」
 隣のクラスの担任が注意しに来た。
 三年ニ組の連中は「すみません」と謝ったが、まだオカマコールは鳴り響いていた。

 ということがあって伴奏は直がやることになった。駿太は正直、直の伴奏を初めて聴いた時、美しいと思った。駿太は音楽にはあまり関心がないが、心が落ち着くような優しい気持ちになるのだ。
 その音に酔いしれて歌っていると、咲が指揮を止めた。
 「ちょっと、いい加減にして!海藤君たちふざけないで、ちゃんと歌ってよ!」
 海藤たちはさっきから歌と伴奏に合わせて踊っているのだ。そして、周りの連中はそれに合わせて笑う。
 「もう……いや!」
 咲は泣きながら音楽室を出て行ってしまった。
 「ボオン!」
 突然、ピアノの低音が力強く轟いだ。
 直が鍵盤から手を離したかと思うと駿太たちがいる合唱メンバーの方に歩み寄ってくる。その目は憎悪に近かった。
 「なんだよ、お前」
 拓人が直に歩み寄る。
 「お前が伴奏だと気持ち悪くて歌えないんだよね」
 直が一歩前に出る。
 「しかもさ、何あの指揮者。あんなリズムに合ってないの歌えないね。気持ち悪いピアノに、糞な指揮者、ダメだわ……」
 駿太はさすがに言い過ぎだと思った。クラスの連中も静まり返っている。すると声がどこからか聞こえた。
 「テメーには……」
 よく聞き取れなかったが、それは直の声だった。
 「テメーには、何もわからないよな。花澤さんがどれだけ指揮の練習を頑張ってたかってことが。私が皆んなの足引っ張っちゃいけないって。コツコツ今でも泣きながら練習してんだってことが!」
 最後は叫びに近かった。クラスの連中は下を向いて黙っている者もいれば、泣いている女子もいた。
 すると拓人は手を叩きながら直にまた一歩近づいた。
 「ようするに、あれか。お前は花澤咲が好きってことだな」
 直の拳が出るのと拓人の言葉はほぼ同時だった。
 直は拓人の顔面を殴り、倒すとそのまま顔面を殴り続けていた。拓人も顔中、血だらけになりながら必死に抵抗している。
 クラスの誰かが先生を呼んできたらしい。
 「何をやっているんだ、やめなさい」
 先生が間に入ってこの事はひとまず収まった。
 「中野直は、花澤咲が好きなんだー」
 拓人は血だらけになりながらそう叫び、その言葉を繰り返していた。
 直は拓人の返り血を浴びていた。直は、放心状態でその場に立っていた。
 「僕には、好きな人も友達もいらない!」
 直がそう叫ぶと、クラス中が笑いの渦に包まれた。駿太も笑ってしまった。
 「笑うな!」
 次は担任の川本先生が叫んだ。
 すると直は足早に教室から出ていった。
 静寂が音楽室を包み込んだ。
 翌日から直は、学校に来なくなった。
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