5 / 8
第4章
しおりを挟む
市立桜ヶ丘中学校の校庭には、紅葉の木が植えられている。その木々もすっかり紅葉して赤に彩られている。
学校内でも、放課後には、どのクラスも秋の学園祭に向けて練習に励んでいるようだ。
三年ニ組でも出し物が合唱に決まり、放課後には、「あーでもない、こうでもない」と皆んなで言い合い、切磋琢磨していく……はずだった。ところが、そう簡単にクラスはまとまらなかった。
「起立、礼、さようなら」
今日の授業が終わった。これから、放課後の合唱の練習だ。
「青葉君、今日も頑張ろっか」
学級委員の花澤咲が隣の席の駿太に声を掛ける。「ほら、皆んなも音楽室に移動して」
咲の掛け声で、クラスの連中は渋々動きだす。
「青葉君、男子のこと、ちゃんと注意してよ」
「何のこと?」
「何のことって、拓人君のグループ、口パクだか何だか全然歌ってないじゃないの」
「拓人のグループもちゃんと歌ってるじゃん」
「歌ってない。ふざけてるじゃん」
「青葉君、学級委員なんだから、もっと周りのことも見てよ」
咲は一方的に言って、教室を出て行ってしまった。
駿太だって、わかっているはずだった。でも、海藤拓人のグループには何を言っても無駄だし、言ったところで何をされるか分からない。放っておくのが一番いい、というのが駿太の考えだった。駿太は注意する勇気がなかったのだった。
音楽室に着くと指揮者の咲が、ピアノに合わせて指揮の練習をしていた。言い忘れてたけど、今度の合唱の指揮者は咲で、伴奏は中野直である。
クラスで伴奏者の募集をしたところ、ピアノが弾ける者がいなかった。咲が困っていたところ、「じゃあ、転校生に聞いてみよう」ということになった。
「中野君ってピアノ弾けるの?」
咲が聞いても直は反応しない。
「こんな暗い奴に弾けるわけねーじゃん。どうせ特技も悪趣味だぜ」
「ちょっと、そういう言い方って……」
言いかけたところ、直に反応があった。
直は、首を横に向けると悪趣味だとか何とかいった奴をキツく睨んだのだ。
「なんだよ、お前。弾けんのかぁ。ドレミファソラシド~」
クラス中で笑いが起こった。
「ちょっと皆んな!」
咲が今度はクラスの連中に鋭い視線を浴びせた。「中野君にもう一度聞くから黙って!」
クラスの連中が黙ると咲は改めて直に訊いた。
「中野君、もしピアノ弾けるのなら私達の力になってほしいです。ピアノ弾けるの?」
クラスの皆んなの視線が一斉に直に集まった。直は、顔を上げると咲と目を合わせ、小さい声で言った。
「僕、弾けます」
するとクラスの連中は大騒ぎで直の席に集まった。
「へ~、いつからピアノやってんの?」
「暗い奴だと思ってたけど、すげーじゃん」
「暗いことには変わりなくね?」
「 何の曲弾けるの?」
「今も習ってるの?」
クラスの連中は直を質問攻めにした。直は答えるわけでも頷くわけでもなく、じっと耐えているように見えた。
「何だよ、こいつ。やっぱ暗いだけのオカマじゃん」
拓人グループの一人が言うと皆んながは一斉にオカマコールを始めた。
「オカマ!オカマ!オカマ!……」
なかなか鳴り止まなかった。
「うるさい!」
隣のクラスの担任が注意しに来た。
三年ニ組の連中は「すみません」と謝ったが、まだオカマコールは鳴り響いていた。
ということがあって伴奏は直がやることになった。駿太は正直、直の伴奏を初めて聴いた時、美しいと思った。駿太は音楽にはあまり関心がないが、心が落ち着くような優しい気持ちになるのだ。
その音に酔いしれて歌っていると、咲が指揮を止めた。
「ちょっと、いい加減にして!海藤君たちふざけないで、ちゃんと歌ってよ!」
海藤たちはさっきから歌と伴奏に合わせて踊っているのだ。そして、周りの連中はそれに合わせて笑う。
「もう……いや!」
咲は泣きながら音楽室を出て行ってしまった。
「ボオン!」
突然、ピアノの低音が力強く轟いだ。
直が鍵盤から手を離したかと思うと駿太たちがいる合唱メンバーの方に歩み寄ってくる。その目は憎悪に近かった。
「なんだよ、お前」
拓人が直に歩み寄る。
「お前が伴奏だと気持ち悪くて歌えないんだよね」
直が一歩前に出る。
「しかもさ、何あの指揮者。あんなリズムに合ってないの歌えないね。気持ち悪いピアノに、糞な指揮者、ダメだわ……」
駿太はさすがに言い過ぎだと思った。クラスの連中も静まり返っている。すると声がどこからか聞こえた。
「テメーには……」
よく聞き取れなかったが、それは直の声だった。
「テメーには、何もわからないよな。花澤さんがどれだけ指揮の練習を頑張ってたかってことが。私が皆んなの足引っ張っちゃいけないって。コツコツ今でも泣きながら練習してんだってことが!」
最後は叫びに近かった。クラスの連中は下を向いて黙っている者もいれば、泣いている女子もいた。
すると拓人は手を叩きながら直にまた一歩近づいた。
「ようするに、あれか。お前は花澤咲が好きってことだな」
直の拳が出るのと拓人の言葉はほぼ同時だった。
直は拓人の顔面を殴り、倒すとそのまま顔面を殴り続けていた。拓人も顔中、血だらけになりながら必死に抵抗している。
クラスの誰かが先生を呼んできたらしい。
「何をやっているんだ、やめなさい」
先生が間に入ってこの事はひとまず収まった。
「中野直は、花澤咲が好きなんだー」
拓人は血だらけになりながらそう叫び、その言葉を繰り返していた。
直は拓人の返り血を浴びていた。直は、放心状態でその場に立っていた。
「僕には、好きな人も友達もいらない!」
直がそう叫ぶと、クラス中が笑いの渦に包まれた。駿太も笑ってしまった。
「笑うな!」
次は担任の川本先生が叫んだ。
すると直は足早に教室から出ていった。
静寂が音楽室を包み込んだ。
翌日から直は、学校に来なくなった。
学校内でも、放課後には、どのクラスも秋の学園祭に向けて練習に励んでいるようだ。
三年ニ組でも出し物が合唱に決まり、放課後には、「あーでもない、こうでもない」と皆んなで言い合い、切磋琢磨していく……はずだった。ところが、そう簡単にクラスはまとまらなかった。
「起立、礼、さようなら」
今日の授業が終わった。これから、放課後の合唱の練習だ。
「青葉君、今日も頑張ろっか」
学級委員の花澤咲が隣の席の駿太に声を掛ける。「ほら、皆んなも音楽室に移動して」
咲の掛け声で、クラスの連中は渋々動きだす。
「青葉君、男子のこと、ちゃんと注意してよ」
「何のこと?」
「何のことって、拓人君のグループ、口パクだか何だか全然歌ってないじゃないの」
「拓人のグループもちゃんと歌ってるじゃん」
「歌ってない。ふざけてるじゃん」
「青葉君、学級委員なんだから、もっと周りのことも見てよ」
咲は一方的に言って、教室を出て行ってしまった。
駿太だって、わかっているはずだった。でも、海藤拓人のグループには何を言っても無駄だし、言ったところで何をされるか分からない。放っておくのが一番いい、というのが駿太の考えだった。駿太は注意する勇気がなかったのだった。
音楽室に着くと指揮者の咲が、ピアノに合わせて指揮の練習をしていた。言い忘れてたけど、今度の合唱の指揮者は咲で、伴奏は中野直である。
クラスで伴奏者の募集をしたところ、ピアノが弾ける者がいなかった。咲が困っていたところ、「じゃあ、転校生に聞いてみよう」ということになった。
「中野君ってピアノ弾けるの?」
咲が聞いても直は反応しない。
「こんな暗い奴に弾けるわけねーじゃん。どうせ特技も悪趣味だぜ」
「ちょっと、そういう言い方って……」
言いかけたところ、直に反応があった。
直は、首を横に向けると悪趣味だとか何とかいった奴をキツく睨んだのだ。
「なんだよ、お前。弾けんのかぁ。ドレミファソラシド~」
クラス中で笑いが起こった。
「ちょっと皆んな!」
咲が今度はクラスの連中に鋭い視線を浴びせた。「中野君にもう一度聞くから黙って!」
クラスの連中が黙ると咲は改めて直に訊いた。
「中野君、もしピアノ弾けるのなら私達の力になってほしいです。ピアノ弾けるの?」
クラスの皆んなの視線が一斉に直に集まった。直は、顔を上げると咲と目を合わせ、小さい声で言った。
「僕、弾けます」
するとクラスの連中は大騒ぎで直の席に集まった。
「へ~、いつからピアノやってんの?」
「暗い奴だと思ってたけど、すげーじゃん」
「暗いことには変わりなくね?」
「 何の曲弾けるの?」
「今も習ってるの?」
クラスの連中は直を質問攻めにした。直は答えるわけでも頷くわけでもなく、じっと耐えているように見えた。
「何だよ、こいつ。やっぱ暗いだけのオカマじゃん」
拓人グループの一人が言うと皆んながは一斉にオカマコールを始めた。
「オカマ!オカマ!オカマ!……」
なかなか鳴り止まなかった。
「うるさい!」
隣のクラスの担任が注意しに来た。
三年ニ組の連中は「すみません」と謝ったが、まだオカマコールは鳴り響いていた。
ということがあって伴奏は直がやることになった。駿太は正直、直の伴奏を初めて聴いた時、美しいと思った。駿太は音楽にはあまり関心がないが、心が落ち着くような優しい気持ちになるのだ。
その音に酔いしれて歌っていると、咲が指揮を止めた。
「ちょっと、いい加減にして!海藤君たちふざけないで、ちゃんと歌ってよ!」
海藤たちはさっきから歌と伴奏に合わせて踊っているのだ。そして、周りの連中はそれに合わせて笑う。
「もう……いや!」
咲は泣きながら音楽室を出て行ってしまった。
「ボオン!」
突然、ピアノの低音が力強く轟いだ。
直が鍵盤から手を離したかと思うと駿太たちがいる合唱メンバーの方に歩み寄ってくる。その目は憎悪に近かった。
「なんだよ、お前」
拓人が直に歩み寄る。
「お前が伴奏だと気持ち悪くて歌えないんだよね」
直が一歩前に出る。
「しかもさ、何あの指揮者。あんなリズムに合ってないの歌えないね。気持ち悪いピアノに、糞な指揮者、ダメだわ……」
駿太はさすがに言い過ぎだと思った。クラスの連中も静まり返っている。すると声がどこからか聞こえた。
「テメーには……」
よく聞き取れなかったが、それは直の声だった。
「テメーには、何もわからないよな。花澤さんがどれだけ指揮の練習を頑張ってたかってことが。私が皆んなの足引っ張っちゃいけないって。コツコツ今でも泣きながら練習してんだってことが!」
最後は叫びに近かった。クラスの連中は下を向いて黙っている者もいれば、泣いている女子もいた。
すると拓人は手を叩きながら直にまた一歩近づいた。
「ようするに、あれか。お前は花澤咲が好きってことだな」
直の拳が出るのと拓人の言葉はほぼ同時だった。
直は拓人の顔面を殴り、倒すとそのまま顔面を殴り続けていた。拓人も顔中、血だらけになりながら必死に抵抗している。
クラスの誰かが先生を呼んできたらしい。
「何をやっているんだ、やめなさい」
先生が間に入ってこの事はひとまず収まった。
「中野直は、花澤咲が好きなんだー」
拓人は血だらけになりながらそう叫び、その言葉を繰り返していた。
直は拓人の返り血を浴びていた。直は、放心状態でその場に立っていた。
「僕には、好きな人も友達もいらない!」
直がそう叫ぶと、クラス中が笑いの渦に包まれた。駿太も笑ってしまった。
「笑うな!」
次は担任の川本先生が叫んだ。
すると直は足早に教室から出ていった。
静寂が音楽室を包み込んだ。
翌日から直は、学校に来なくなった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる