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アテナ押し入れ収納事件(お蔵入り動画) 其の一
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家賃4万円のボロアパートの一室、いつもであれば男3人が顔を突き合わせたむさ苦しいともいえる空間。
しかし今日に限っていえば紅一点の存在が、その空間に驚くほどの癒しと安らぎをもたらしていた。
と、一瞬見ただけであれば思えなくもなかっただろう。
その紅一点の存在が少女と女性の中間程度の声で怒鳴り散らしていなければ……。
そう思い、なかつは遠い目をしながら重いため息を吐き出すのだった。
声を上げるため大きく息を吸い込んだアテナに代わって。
「ふざけるなっ!!この私が雑用だと?私はアテナ、12柱が1柱の───」
「ゼウスの娘アテナ様だぞ、だろ?」
もともと神秘的なほどに整った容姿を全力で歪めているため、怒鳴り散らしていても不思議と美しさの損なわれていない顔が言葉を遮ったケンの一言でまた表情を変える。
そうだ、よく分かってるじゃないか。そう言いたげな顔はなかつから見るとやはり子供っぽさが混じっていた。
(物分かりの悪い奴が1人増えたか……。状況証拠は神で間違いないんだがなぁ、なんでこうもアホなんだ?)
頭痛で頭を抱えたくなるなかつとしては、いち早くアテナを黙らせたい気持ちに駆られる。
そして、だったらなんで言うことを聞く気にならないのだ。
おそらく憮然とその言葉を続けるであろうことは、数度に渡るやり取りで確認しているため、アテナより先になかつが口を開く。
「ケンに匹敵する物分かりの悪いお前にもわかるように言おう。俺達は命の危険まで負ってダンジョンに行く気はないし、ここを引っ越すつもりもない。俺達を嵌ようとしたお前はしばらく雑用することで許してやる。そして異世界に通じるこの扉はありがたく使わせてもらう。以上だ」
幾度も繰り返され先に進まない議題の内容とはつまりはこれだ。
ケン曰くKKKの本拠地であるこの部屋、その2人目の女性客もまた、頑固で話の進める気の無いクレーマーということだ。
なかつからしてみれば、当然NOと答えるより他なかった。
なんせ|クレーマー(かのじょ)の言い分とは、異世界に通じる扉を繋げた私に感謝し、命を懸けてダンジョンを攻略せよという滅茶苦茶な命令だったからだ。
しかし普通に考えれば通らないようなクレームを通すのがプロのクレーマーである。
至極当然の正論を返されたところで、簡単に折れることは無い。
「何故だ?力もあって人のために戦える名誉も貰える冒険者になることを何故拒む」
「……力?あぁ、あれか。こっちの世界の物を使うとエンチャント?だかされるってやつ」
端的にいえばエンチャント系の特殊能力である。
アテナは勘違いしていたが、四神祭でのドラコンだけでなくメントスコーラの際もケンはその能力を発揮していた。
折れないドライバーで1600ヤード飛ばし、メントスコーラで飛竜の頭を吹き飛ばしたのは、約10倍に能力を高める特殊能力あってこそだった。
そんな能力を、ファミリアへの加入によりケンは得ていた。───正確に言えばいつの間にか得ていたであるが。
「その背景が気に食わないがな。全て話して契約を結ぶならまだしも、あんな手二流の詐欺師でも使わない」
「なかつ氏激おこにて候」
今度はなかつが鋭い視線をアテナに送る番だった。
しかしそれを諌める人物はここにはいない。
確かにあれは酷かったと、ケンはなかつに聞いた真実を思い返していた。
配達員に扮したアテナが渡した紙にケンは当然の如く何も疑問も持たずにサインしてきた。
別に可笑しなところは無いように見えるが、それ自体が大きな罠であったのだ。
先程なかつが俺達を嵌めようとしたと表現したように、あたかも受領印にサインを貰うかのようにある契約者にサインを書かせていたのである。
「1度目がファミリアへの加入、2度目が冒険者組合への加入、3度目がこの部屋をアテナファミリアの本拠地とする……だっけ?で、4度目は───」
「俺が阻止したがな。多分ダンジョンに行くことを誓う誓約書だろうな。案外神もこすい手を使う」
3人の視線が集まりアテナはギクリと肩を震わせた。
(悪いことをしたという意識はあるんだろうな。人を騙しても神だから許されると言われた流石に対処しようがなかったが。これならしばらくは揺するネタに困らなそうだ)
ケンに何度か指摘されたこともあるし、なかつ自身否定する気のない悪人面を浮かべながらほくそ笑む。
とはいえ勝手にサインされたことは悪いことばかりだったわけではなかった。
というよりむしろ多いほどである。
4度目を除き異世界で活動するのにおいて必要な物を、アテナが勝手に運んでくれたという1点に於いては3人ともアテナに感謝している。
特にアテナファミリアの本拠地になったことで、ケンが不安に抱いていた怖ーい黒服さん達がやって来るという悩みは消えた。
害意を持つ者の侵入不可という神の加護によって。
「そ、それはお前達が言うことを聞かないから」
感謝されてるとも知らないアテナは不満げに言い訳を呟く。
「子供かよっ!あぁ、子供か」
「精神年齢という意味では、お子ちゃまだろうな。でも罪は罪だ」
ケンのツッコミに合わせ冷静に言葉を重ねるなかつの連携技は熟練の域。
ぐぬぬ、という擬音語が似合いそうな顔で、アテナは色の濃いピンク色の唇を噛み締めるより他なかった。
「というわけで、今日から雑用よろしくお願いします。アテナ様」
「……」
「返事は?」
「……わかった」
これでようやく静かになるかと、今日何度目かわからぬため息をなかつが吐いた直後。
ピンポーンと、少し音の掠れたインターホンが鳴る。
単に年代物ということなのだが、なかつはこの音があまり好きではない。
音程の少しずれていることと、あと一つはここに来る来訪者はなかつにとって面倒な相手ばかりということが、なかつにそんな感情を抱かせていた。
家主のケンがキョトンとした顔でアテナを見つめ、アテナは知らんと首を振る。
|偽配達員(アテナ)がここにいる以上、他の来訪者なのだが検討もつかないという顔でケンは玄関へと向かう。
他人が来たということでアテナは意外にもお行儀よく座布団の上にちょこんと座っていた。
(こうしていれば神々しく見えなくもないが、中身があれじゃ仕方ない)
なかつがそんなことを考えていると、駆け足でケンが戻って来て小声で叫ぶ。
「あ、あ、飛鳥が来た!隠せ!」
その言葉だけで色々と察したなかつとおたの行動は早かった。
なかつとおたが同時に立ち上がった横では1人キョトンとした顔で、誰か来たのか?と尋ねているアテナ。
2人はそれに構わずガサゴソと部屋を漁ると、なかつが荒縄をおたがガムテープを手に戻りアテナを囲む。
「ケン氏、30秒くれろ」
「おう!」
「ケン、適当に服を褒めて、髪切った?似合うねとか言っとけ。それでだいぶ稼げる」
「あいさー!」
ほんの一瞬の出来事だった、と後にアテナは語る。
抵抗する間も状況を理解する間も無く、気付いた時には完全に拘束されていたという。
そのままダンボールの詰まった押し入れの僅かな隙間に入れられた彼女は密かに誓った。
───こいつら、絶対ダンジョンに連れて行くと。。。
しかし今日に限っていえば紅一点の存在が、その空間に驚くほどの癒しと安らぎをもたらしていた。
と、一瞬見ただけであれば思えなくもなかっただろう。
その紅一点の存在が少女と女性の中間程度の声で怒鳴り散らしていなければ……。
そう思い、なかつは遠い目をしながら重いため息を吐き出すのだった。
声を上げるため大きく息を吸い込んだアテナに代わって。
「ふざけるなっ!!この私が雑用だと?私はアテナ、12柱が1柱の───」
「ゼウスの娘アテナ様だぞ、だろ?」
もともと神秘的なほどに整った容姿を全力で歪めているため、怒鳴り散らしていても不思議と美しさの損なわれていない顔が言葉を遮ったケンの一言でまた表情を変える。
そうだ、よく分かってるじゃないか。そう言いたげな顔はなかつから見るとやはり子供っぽさが混じっていた。
(物分かりの悪い奴が1人増えたか……。状況証拠は神で間違いないんだがなぁ、なんでこうもアホなんだ?)
頭痛で頭を抱えたくなるなかつとしては、いち早くアテナを黙らせたい気持ちに駆られる。
そして、だったらなんで言うことを聞く気にならないのだ。
おそらく憮然とその言葉を続けるであろうことは、数度に渡るやり取りで確認しているため、アテナより先になかつが口を開く。
「ケンに匹敵する物分かりの悪いお前にもわかるように言おう。俺達は命の危険まで負ってダンジョンに行く気はないし、ここを引っ越すつもりもない。俺達を嵌ようとしたお前はしばらく雑用することで許してやる。そして異世界に通じるこの扉はありがたく使わせてもらう。以上だ」
幾度も繰り返され先に進まない議題の内容とはつまりはこれだ。
ケン曰くKKKの本拠地であるこの部屋、その2人目の女性客もまた、頑固で話の進める気の無いクレーマーということだ。
なかつからしてみれば、当然NOと答えるより他なかった。
なんせ|クレーマー(かのじょ)の言い分とは、異世界に通じる扉を繋げた私に感謝し、命を懸けてダンジョンを攻略せよという滅茶苦茶な命令だったからだ。
しかし普通に考えれば通らないようなクレームを通すのがプロのクレーマーである。
至極当然の正論を返されたところで、簡単に折れることは無い。
「何故だ?力もあって人のために戦える名誉も貰える冒険者になることを何故拒む」
「……力?あぁ、あれか。こっちの世界の物を使うとエンチャント?だかされるってやつ」
端的にいえばエンチャント系の特殊能力である。
アテナは勘違いしていたが、四神祭でのドラコンだけでなくメントスコーラの際もケンはその能力を発揮していた。
折れないドライバーで1600ヤード飛ばし、メントスコーラで飛竜の頭を吹き飛ばしたのは、約10倍に能力を高める特殊能力あってこそだった。
そんな能力を、ファミリアへの加入によりケンは得ていた。───正確に言えばいつの間にか得ていたであるが。
「その背景が気に食わないがな。全て話して契約を結ぶならまだしも、あんな手二流の詐欺師でも使わない」
「なかつ氏激おこにて候」
今度はなかつが鋭い視線をアテナに送る番だった。
しかしそれを諌める人物はここにはいない。
確かにあれは酷かったと、ケンはなかつに聞いた真実を思い返していた。
配達員に扮したアテナが渡した紙にケンは当然の如く何も疑問も持たずにサインしてきた。
別に可笑しなところは無いように見えるが、それ自体が大きな罠であったのだ。
先程なかつが俺達を嵌めようとしたと表現したように、あたかも受領印にサインを貰うかのようにある契約者にサインを書かせていたのである。
「1度目がファミリアへの加入、2度目が冒険者組合への加入、3度目がこの部屋をアテナファミリアの本拠地とする……だっけ?で、4度目は───」
「俺が阻止したがな。多分ダンジョンに行くことを誓う誓約書だろうな。案外神もこすい手を使う」
3人の視線が集まりアテナはギクリと肩を震わせた。
(悪いことをしたという意識はあるんだろうな。人を騙しても神だから許されると言われた流石に対処しようがなかったが。これならしばらくは揺するネタに困らなそうだ)
ケンに何度か指摘されたこともあるし、なかつ自身否定する気のない悪人面を浮かべながらほくそ笑む。
とはいえ勝手にサインされたことは悪いことばかりだったわけではなかった。
というよりむしろ多いほどである。
4度目を除き異世界で活動するのにおいて必要な物を、アテナが勝手に運んでくれたという1点に於いては3人ともアテナに感謝している。
特にアテナファミリアの本拠地になったことで、ケンが不安に抱いていた怖ーい黒服さん達がやって来るという悩みは消えた。
害意を持つ者の侵入不可という神の加護によって。
「そ、それはお前達が言うことを聞かないから」
感謝されてるとも知らないアテナは不満げに言い訳を呟く。
「子供かよっ!あぁ、子供か」
「精神年齢という意味では、お子ちゃまだろうな。でも罪は罪だ」
ケンのツッコミに合わせ冷静に言葉を重ねるなかつの連携技は熟練の域。
ぐぬぬ、という擬音語が似合いそうな顔で、アテナは色の濃いピンク色の唇を噛み締めるより他なかった。
「というわけで、今日から雑用よろしくお願いします。アテナ様」
「……」
「返事は?」
「……わかった」
これでようやく静かになるかと、今日何度目かわからぬため息をなかつが吐いた直後。
ピンポーンと、少し音の掠れたインターホンが鳴る。
単に年代物ということなのだが、なかつはこの音があまり好きではない。
音程の少しずれていることと、あと一つはここに来る来訪者はなかつにとって面倒な相手ばかりということが、なかつにそんな感情を抱かせていた。
家主のケンがキョトンとした顔でアテナを見つめ、アテナは知らんと首を振る。
|偽配達員(アテナ)がここにいる以上、他の来訪者なのだが検討もつかないという顔でケンは玄関へと向かう。
他人が来たということでアテナは意外にもお行儀よく座布団の上にちょこんと座っていた。
(こうしていれば神々しく見えなくもないが、中身があれじゃ仕方ない)
なかつがそんなことを考えていると、駆け足でケンが戻って来て小声で叫ぶ。
「あ、あ、飛鳥が来た!隠せ!」
その言葉だけで色々と察したなかつとおたの行動は早かった。
なかつとおたが同時に立ち上がった横では1人キョトンとした顔で、誰か来たのか?と尋ねているアテナ。
2人はそれに構わずガサゴソと部屋を漁ると、なかつが荒縄をおたがガムテープを手に戻りアテナを囲む。
「ケン氏、30秒くれろ」
「おう!」
「ケン、適当に服を褒めて、髪切った?似合うねとか言っとけ。それでだいぶ稼げる」
「あいさー!」
ほんの一瞬の出来事だった、と後にアテナは語る。
抵抗する間も状況を理解する間も無く、気付いた時には完全に拘束されていたという。
そのままダンボールの詰まった押し入れの僅かな隙間に入れられた彼女は密かに誓った。
───こいつら、絶対ダンジョンに連れて行くと。。。
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