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魔法使いに弟子入りしようとしたら、魔法使いが弟子になった件 入門編二

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 なかつによく言われることなのだが、質問するなら具体的な質問をしろとよく言われる。
 なんだかんだで俺の意図を察して答えてくれるなかつに甘え、酷い時にはあれってなんだっけという具体性のカケラもない質問をすることもある俺だが。
 今回ばかりはそれが許されない状況である。

 動画を見てくれる人のためにも、ここはバチっと具体的な質問をしてみせよう。

「あのぉカナリスさん。そもそも魔法ってどうやって扱うんですかね、|具体的(・・・)に教えてくれますか?」

 具体手にとわざわざ言ったのだ、それはもう懇切丁寧に教えてくれること間違いない。
 しかし何故か戸惑った表情を浮かべるカナリスさん。
 それはそれで彼女の魅力を引き立てる表情だが、とりあえずその話は一旦どこかへ置いておこう。

「えーとぉ。どこから説明するのかしらぁ、爆裂系の魔法は使えるわけだしぃ、見習いの子供達に教えるみたいってわけにもいかないわよねぇ」

 これはあくまで余談だが、カナリスさんが考え事をしている時のポーズは色々と凄かった。
 まず、右手人差し指は顎に当て首を傾げる支えとし、その右腕を支えているのは左手と胸。
 いやほとんど胸で手を支えていた。
 左手はむしろ弾けんばかりの胸を支えている有様である。
 以上余談終了。

 視線を僅かに動かしなかつを見ると、さも興味がないですよと言った風にカメラを彼女に向けているが俺にはわかる。
 いつもより若干カメラの向きが下を向いてるような気がしなくもない。
 このむっつりスケベめ。

 そのむっつりスケベ、もといなかつが数分振りに口を開いた。

「基礎から学び直そうということで来てるので、子供達に最初に教えるようにやってくれて構いませんから」

「あらぁ、そうなのぉ?じゃあ子供達を教えるみたいに教えてあげるわぁ。ほらおいでー」

 そう言って俺たち3人を捕まえ、その場に座らせた。
 床は塵一つない白く綺麗な石畳で、少し硬いが胡座を組んで4人向かい合うように座り、それぞれ隣の人と手を繋いだ。
 ちなみに雑用係のアテナは俺の後ろに立ったままである。

「はい上手に手を繋げたわねぇ。それじゃあぁ、今度は目も閉じてみようかぁ。隣の子にイタズラしちゃダメよぉ~」

 嫌いじゃないよ、嫌いじゃね。
 しかし放送コードギリギリの服装の彼女が、幼稚園の先生のような母性溢れる接し方で魔法を教える動画。
 少し想像しただけで如何わしさが留まるところを知らない。
 動画を流す際に変な誤解を招きまくり、黒歴史になりかねないので慌てて静止する。

「あの、子供達に教えるときみたいに丁寧にとお願いしましたけど。喋り方まで変えなくても大丈夫なんで」

「あらぁ、残念ねぇ。坊やたち可愛いのに」

「あー、そうすか。あはははは……」

「ふふふふ……」

 昔の話だ、少し聞いてくれ。
 あれは大学一年生になりたての頃だった。。。
 ついノリで合同コンパ、つまり合コンをやろうということになりあちこちに誘いをかけた。
 入学したてで同級生と親睦を深めよう、そんな感じだったのだが、大学四年生のお姉様方とお食事に行くことになり。
 その時そのお姉様方がこちらに向けていた目がまさに今のカナリスさんである。
 後に聞いた話なのだが、彼女らは年下の男子が大層好みだったらしく、結構な数を食い荒らしていたらしい。
 ちなみにその時一緒にいた男子の一人曰く、「年上ヤベェよ、年上スゲェよ」そう言っていたのが今でも忘れられない。
 それから僕は年上の女性が少し、ほんの少しだけ苦手である。
 という回想でした。

「それじゃあねぇ、まずぅ精霊についてお話ししましょうかしらぁ」

「精霊?」

「そうよぉ精霊。この世界では契約事をすごく大切にするのぉ。魔法もまずはぁ精霊と契約できるかぁ否かぁが重要なのぉ」

 こうしてカナリスの口から語られたのは、この世界では常識のらしい精霊との契約の話であった。
 大抵の魔法使いが契約する一般的な精霊は土、火、風、水、木の五大精霊、そして数はグンと減るが闇と光の二精霊。
 その7つが基本となるらしい。

 それ以外にもいくつかあるとのことだが、その場所や契約方法は公にはされていないとのこと。
 そもそも目に見えない精霊を探すこと自体難しく、初心者は森や川で精霊に問いかけることから始めるのが一般的。
 ざっと纏めるこんな感じだろう。

 とはいえだ、基礎を聞いたからと言って応用するまでの道のりは遠そうだ。
 数学の公式を覚えたから計算問題を解けというのとはわけが違う。いや、まぁそれも俺的には難しいのだが。

 100メートル10秒フラットで走る走法を聞いたからといって、誰もがそんなタイムで走れないのと同じくらいの難度と考えた方がいいだろう。

 そしてさらに、今一番重要であろう疑問を俺は口にする必要に気付かされた。
 なぜ俺達は今、胡座をかいて目を閉じ手を繋いでいるかという疑問だ。

 カメラは|雑用係(アテナ)が持ってるからいいとして、動画を撮っている以上説明無しで視聴者に見せるわけにはいかないからだ。
 そう思って口を開こうとしたところで、先にカナリスさんが目を開けてもいいわよと小声で呟いた。

 ───そして目を開けると。
 無数の妖精が俺たちの周りを優雅に飛び交っていた。
 体長は5cm程だろうか。
 少しムチムチとした体つきだが、その形は紛れもなく人型である。
 フィギュアスケートの選手が着るような体にピッタリくっついた服のような物を着ており、足や腕からは肌色皮膚が露出している。
 背中には半透明の薄い羽、服?の色は赤、緑、青、茶、僅かに黒や白である。
 言葉こそ話してはいないが、可愛らしい声の笑い声が四方八方から聞こえてくる。
 俺はただただその光景に見惚れていた。

「ねぇ、どぉかしらぁ?」

 惚けている俺の横ではカナリスさんがなかつに尋ねていた。

「どう、とは?」

「いやいや、何をとぼけていらっしゃる」

 既に手を離しているなかつが素知らぬ顔でカナリスに言葉を返した。
 いやいや、なかつがこの変化に気付いていない筈がない。だってこんなにも世界が様変わりしているのだから。

「さっき手を繋いでもらったのは簡単な儀式の一つなのよぉ。数人で手を繋いで精霊さんおいでぇってお願いするのぉ。だぁ・かぁ・らぁ~、何か感じないかしらぁ?そっちの子はどぉ?」

「いや~、某オカルトは非現実的とか、科学で証明できるもしくはまだできていないだけ。とか言っちゃうタイプではないんですが。女性の手は柔らかいんだなぁっていうのだけは理解できました」

「いやいや、それは関係無いから!」

 カナリスさんに尋ねられてそんな言葉を返したなかつとおたに対しても、カナリスの口元に浮かんでいた微笑に揺らぎはなかった。
 流石子供達に魔法を教えているだけあって、相当なメンタルの持ち主のようだ。

 ちなみに俺の合いの手はかなりいい感じに動画に張りを与えていることだろう。

 問題が解けているのに手を上げない引っ込み思案の小学生は2人で十分、俺は問題が解けたらできました!とか言っちゃう小中学生を経験してきたいた実績がある。

「はい、カナリス先生!」

「あらぁ!何か気付けたのかしらぁ?」

「なんかこう、妖精みたいのが増えました。あっちこっちに浮いてて綺麗ですね」

 その一言で場はシーンと静まり返った。
 これには覚えがある、先生に言われてたのと違う問題を解いちゃって、え?なんで?となった雰囲気にそっくりなのだ。

 キョトンとした視線が一つと冷たい視線が二つ、前者がカナリスさんで後者がなかつとおたである。

「バカにも限度が……」

「ケン氏はもう手遅れ、もう我々の手の届かないところに……」

 2人の顔はいたって真面目、嘘などついているようには見えない。
 ならば何故?答えは一つだろう。
 多分見えていないのだ。

 体長5cm程の人型の妖精、いや精霊が。

「……そういえば精霊は目に見えないって。でも|異世界(こっち)来た時からずっといたよね?こんなたくさんはいなかったけど、初日に俺が妖精いたって言った時も、へぇーって言ってたろ?」

「いや、変わった虫でも見つけたのかと思ってたけど」

「うん、某も」

 2人に言われてようやく事の異常性に気付いた。
 1人だけ見えないものが見えちゃってる痛い人だ。しかもこれがYouTubeに流された日には。
 挽回策を練ろうにも案が浮かばず、焦りを覚えたその時。
 両肩を力強く掴まれ、グイッと引き寄せられた。
 少し甘い匂いのする吐息のかかるほど近くまで。

「ねぇ!冗談よね?精霊は見えないものよ」

「人にはのぅ」

 代わりに答えたのは近くに立っていたアテナである。

「そう、人には見えないの」

「私は神だから見えるがのぅ」

「そう、神には……えぇ⁉︎誰が?」

 特に何も聞かれなかったので言わなかったが、カナリスさんはアテナのことには気付いていなかったらしい。

「私じゃよ。私はアテナ、ゼウスの娘アテナじゃ。多分その小僧にも見えているだろうな、今精霊を摘みおった」

 付け加えるなら、先日のアテナ押し入れ収納事件より、アテナは俺達のことを小僧と呼ぶようになっていた。

「じゃあもしかしてこの子も神様?」

「……えっ?俺って神だったの」

 衝撃の新事実発覚である。
 ずっと人として育ってきたが、自分が神と思ったことは一度もないのだ。
 いやいや、それが普通だろう。

「つまり、両親が人間で神の俺を育てて……待てよ。もしかして俺の両親も実は───」

「───違うわたわけ」

 どうやら俺は神ではなかったらしい。

「危うく醜いアヒルの子の逆バージョンになるところだった。いや、逆なら悪い話にはならないのか?」

「脱線してるぞケン、さっさと魔法を習うんだろ?今日も動画上げれなくなるぞ」

 なかつの一言で俺はようやく我に帰った。
 それだけはまずいのだ、駆け出しのYouTuberは数打ってなんぼの世界。
 最初のチャンネル登録者の確保のためにも、本来なら無理を押してでも毎日投稿したいのが本音だ。

「それじゃあ先生、僕達にまほ───」

「───私に魔法を教えてください!」

 語尾にボイン、もとい母音が入る喋り方を辞めた真摯な態度の女性がそこにはいた。

「いやいや。立場が逆転してますよカナリス先生?」

「お願いします。私を弟子にして下さい」

 深々と頭を下げたカナリスさんは既に取り付く島もなかった。

「……おかしい、どうしてこうなった?」


 こうして魔法初心者以下どころか、魔術も魔法も存在しない日本のYouTuberである私は、魔法使いの弟子を取ることになったのであった。

 とりあえず動画の最後の言葉はこれにしておこう、と他人事のように思う私であった。
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