婚約破棄されまして・裏

竹本 芳生

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討伐の旅 32

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この王家直轄地に入って三日目、街道を進んだ先に見えたのは高い石壁。
討伐隊は止まること無く進み、大きな門の中へと進む。
門には誰も居らず木の扉は開いたままだった。
新しい石造りの街は広く、王都にも負けてないと思った。だが……人が……誰もここに住んでいないかのようだった。
街道から外れ、目抜き通りを隊は進む。

「ジークフリート殿下、討伐隊の目的地はここです。ここを拠点に数日討伐して回ったら王都に戻ります。」

馬上で告げられた言葉に疑問が浮かぶ。

「ここが?目的地?」

「そうです、野営地はあの丘の辺りになります。ジークフリート殿下は討伐に出ても良いですし、討伐に出ずに野営地をお守りしていても良いですよ。」

指し示された指先には、小高い丘がある。真っ直ぐ伸びる道は丘へと続いている。
この空っぽで不気味な石造りの街が目的地……いったい何だって言うんだ……
討伐する魔物がいないからなのか、隊はどんどん進み丘の麓に着くと一糸乱れず隊ごとに分かれて行く。
シュタインは止まる事なく丘の上へと進んで行く。

たどりついた丘の上には、何かの痕跡があった。

「ジークフリート殿下、この痕跡が何だか分かりますか?」

「いや……」

「これらは建物の基礎です。ここは本当なら今も職人達が作業をしていた場所です。」

「なんで、辞めてしまったんだ?これ程なら、さぞかし大きく立派な物だったんじゃないのか?」

ぐるりと見渡して、その大きさが途轍もないと思う程だ。

「必要が無くなったので、職人達も材料も……その職人達の為に集められた者達も全て帰って行ったのです。」

俺とシュタインの後ろでガヤガヤと物音がする。チラリと見れば、それは俺の天幕だった。
シュタインも俺の天幕を見ていた。
黙って見ている内に天幕は建てられ、兵士達は一礼すると麓へと戻ってしまった。

「ここには大型の魔物ですら入れないと聞いております、ジークフリート殿下の天幕に魔物が近付く事はあり得ませんので安心して下さい。」

丘から一望出来る街並みは、美しくやがて訪れる夕暮れに照らされれば一層美しく見えるだろう……そう思える街並みだった。
魔物も来ない、整えられた街並み……一体何故、必要が無くなったと言うんだ?

「この街は王家とある侯爵家が共同で作っていた街です。出資の殆どは侯爵家で、王家が出していたのはここまでの街道を作る分だけでした。それも旧街道から分かれてからの分だけです。」

「ある侯爵家?」

「そうです。ここは……この王家直轄地は新たな公爵家の領地になる予定でした、そしてこの街は新たな公爵領領都となる予定の街でした。」

王家とある侯爵家……

「王家の思惑と侯爵家の思惑で、この街は造られ塩街道側に位置する貴族家は明るい希望を与えられた。」

俺とエリーゼ……

「新しく公爵領となれば騎士や兵士が募集をかけられるだろう、騎士や兵士が集まれば世話をする者達が要るだろう。多くの人が集まれば商売人も要るだろう……この寂しくまばらにしか人の居ない場所に多くの人が集まる。人が集まれば行商人も行き来するだろう。これで塩街道も栄えるだろう。塩街道側の貴族家は皆そう思っていた。一月前まで。私の実家であるシュタイン家もこちら側だった、だから兄上の落胆振りは見ていて辛かった。」

何も言葉が出ない……

「一月前まで……殿下の婚約者が変わるまで、この街には多くの者達が居たと聞き及んでおります。侯爵は新たな公爵家に相応しい立派な邸を用意しようと実に多くの職人達をこちらに寄越していた。その職人達の為にと様々な者達も寄越され又各貴族家からもやって来て……宿屋も娼館もあったとか……わざわざ王都に行くのに、出来上がっても居ないこの街に寄って行った貴族家もあったと……でも、儚い夢でした。…………新しい公爵家の話は消え、心血を注ぐようにこの街を……この街全てを整えようとしていた侯爵家は全てを放棄し領地に戻ると使者が宣言し……この街に居た全ての者達が悲嘆に暮れ、むせび泣き…………全ての者が……この街から消えた……」

そんな……知らなかった…………

「私は……キャスバル様から目をかけられ、兄上からもキャスバル様からもこの街の話を聞かされました。若い公爵にはまだ人脈は出来てない、どれ程の腕前の騎士や兵士が来るか分からない。年若い公爵に仕えて貰えないだろうかと……いよいよ婚姻式まで半年となった時、私は妻と子にこの街の事を伝えました。喜ばれましたよ、兄上の納める領地も近く位も上がるかもしれない。危ない討伐隊ではなく、領館務めの騎士や兵士ならば落ち着いた暮らしが出来ると……」

誰も言ってくれなかった……

「キンダー侯爵家もロズウェル伯爵家も、殿下には期待しておりました。それこそお抱えの騎士を数名こちらに寄越す程。殿下が臣籍降下されれば、正妃様側妃様共に連れて来られる。閣下達からすれば、領地も近く娘や孫に心易く会える…………そして、何よりも強く心を動かされたのはシュバルツバルト侯爵家との繋がり。」

「シュバルツバルト……」

何故、そんなに気にする……?

「そうです。ジークフリート殿下は王国史をきちんと覚えておいでですか?」

「いや……」

「そうですか。我が王国は元々四つの小国でした、それらの内三つが連合国となり最後に残った小国が加わって王国となったのです。最後に残った小国は連合国より強く闘えば負けてしまう、それ程までに強く恐れられていた小国でしたが彼等は知恵者も多く優しい者が多かった。連合国と小国は話し合い、小国が加わり王国となった。その最後の小国はシュバルツバルトです。シュバルツバルト領は元々、もっと少なかったのです。位も伯爵でしたからね、でも……多くの魔物に襲われ下位貴族の位を与えられた者でも魔物に抗えず死に絶えたり……領地を手放し王都に逃げた者が後を絶たなかった。残されたか弱い領民が助けを求めたのはシュバルツバルト伯爵だった。王家は領民を助ける為、シュバルツバルト家を侯爵家に上げ広い領地を与えた。元々小国とは言え、民を支え守ってきた王家だった家です。連合国となり、王国となり、やがて王家に仕える貴族家へと変わっても……その本質が変わらぬシュバルツバルト侯爵を嫌う者は少ないのです。」

「そう……だったのか……」

「長い王国史の中でも、度々出てくるシュバルツバルト家の話は勇猛果敢で男気溢れるものばかり。男子ならば憧れる者が出るのも当たり前の家です。そして、シュバルツバルト侯爵夫人……あの方のご実家の事。」

「帝国の公爵家だろう?」

シュタインは厳しい顔で俺を見つめていた。

「ただの貴族家ならば……帝国は武のゴルゴダ家、智のシルヴァニア家と言われゴルゴダ家はご存知の通り帝国皇室です。片やシルヴァニア家は公爵家ですが帝国が続く限り、宰相はシルヴァニア家からとす。と決められております。シュバルツバルト侯爵夫人はそのシルヴァニア家令嬢でした、言わば帝国で最も大きい力を持つ貴族家令嬢です。エリーゼ様はその血統から言って本来なら王太子の婚約者でもおかしくないお立場です。」

「待ってくれ、じゃあ……」

「ジークフリート殿下はエリーゼ様と婚姻していれば、公爵となり帝国と太い繋がりを持つ大貴族となったでしょう。それこそ今までよりも遙かに贅沢な暮らしを望み、気に入った娘を愛妾として迎える事も出来たでしょう。……ああ……夕暮れになって来ましたね。ここから見る街並みはこんなにも美しいのですか……」

夕焼けに染まった街並みは、朱色に染まり王都よりも美しかった。
俺は何も分かって無かった。
ただ子供のように、つまらない事でエリーゼと婚約破棄しマリアンヌと婚約し婚姻した。
父上も母上も……兄上達も……俺の事を考えてくれていた…………
俺が……俺がエリーゼに相談すれば……何もかもが違ったのか?
夕暮れに染まった街並みがぼやける……

「ジークフリート殿下、私は麓の天幕におります。食事も麓で作っております。落ち着いたら、おいで下さい。」

遠ざかる後ろ姿が消えて
俺は、その場に跪き泣き叫んだ。
己のバカさ加減に、多くの者達の希望を踏みにじった事に、父上の母上の……家族の思いを裏切った事に……
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