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黒竜の最期
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「キヒヒヒ」
猫背で黒竜に向かって歩くキリマルは、如何にも悪魔といった感じである。
「すぐに殺したほうがいいのか、遊んでもいいのかどっちだ?」
そう言いながらキリマルは、立ったまま死んでいるリンネの横を通り過ぎてから、振り返って二度見して驚く。
「おい! リンネが死んでんじゃねぇか! このポーズは・・・、誰を庇った? それだけの価値がある奴か?」
「突然、騎士のスキルが発現したリンネが、お祖父様を守ったのですッ!」
「チッ。ナンベルか。じゃあ仕方ねぇ。しかし、まぁなんだ。リンネは男前な死に方してんなぁ。大往生じゃねぇか。で、ビャクヤはその横でべそべそと泣いていたと? クハハハ!」
「それは言わないでくださいんぬッ!」
「お前は滅茶苦茶強いが精神が脆すぎるんだわ。リンネがいねぇとすぐに弱くなる」
ビャクヤの弱点を注意して、キリマルは長い爪を引っ込めると、アマリを抜きリンネの心臓を一突きした。
「もう死なせるなよ。しっかり守ってやれ。愛しい恋人なんだろう?」
悪魔らしからぬ言動にビャクヤは戸惑う。離れていた間にこの悪魔に何があったのか。残虐性こそ以前のままだが何かが違う。
「うちのモンに手ぇ出して、タダで済むと思ってんのかぁ? 糞トカゲがぁ。鱗を一枚ずつ剥がしてやろうか」
若い竜にとって鱗の傷は恥である事をキリマルは知っていた。アマリがどこからともなく買ってくる本を暇な時に読んで得た知識だ。
「剥がすだと? ふん、悪魔風情があまり調子に乗らないほうがいい」
黒竜がキリマルを指差すと、【闇の炎】がコートの隙間から見える肌を黒く焦がした。
「うぎゃぁぁぁ!!」
「キリマル!」
あっさりと闇の炎に包まれて灰となって消えたキリマルを見て、ビャクヤは驚きはするも悲観はしていない。
キリマルは負けても何かしら傷跡を相手に残そうとするタイプである。なにも反撃もせずに逝くのはあり得ないのだ。無敵のオーガにすら刀を向けた男だ。
「ほら、言わんこっちゃない」
黒竜は鼻で笑うと今一度悩み始めた。
「魔人族より先に、やっぱり人間を食べようかなぁ」
黒竜の切れ長の目が、勇ましく防御の構えをとるリンネの死体を、足元から舐めるように見ている。
ビャクヤはすぐにリンネをリフレクトマントで包んで抱きかかえ竜を睨むが、黒竜は目を横に向けていた。誰かを警戒しているのだ。
その気配が悪魔のものではなく、オーガのものだったので竜は視線をビャクヤに戻した。
「あの悪魔は一体なにをしに来たのです?」
気絶から回復したリツがナンベルを脇に抱えて、イグナの近くに置きながら「ハァ」と溜息をついた。
「ゲキョキョキョ! 本当にね! 禿頭の人間といい、悪魔といい、なにをしにやって来たのか。殺されに来ただけだったよ! 次は君が死ぬかい? エリートオーガの女!」
――――ビンッ!
黒竜がリツ・フーリーと対峙しようと体の向きを変えると、その場にそぐわないリュートの弦が切れるような音がした。
自分の体からその音がした事に違和感を覚え、黒竜は目をそちらにやる。
するとどうだろうか。胴体の鱗が一枚剥がれている。
「あああ! 僕の鱗が!」
黒竜はこの世の終わりのような声を上げた。
「くそ! 仲間に会ったら、真っ先にからかわれる!」
寿命が非常に長い竜に一つ欠点があるとすれば、全てのスキルのリキャストタイムが長い事だ。再び生贄の癒やしをするまでに一年かかる。自然治癒となると次の鱗の生え変わりの時期まで待たなくてはならない。
その間、この土地を訪問してきた上位種竜と話をするときには、この鱗の欠損が大きな恥となるだろう。
――――ビンッ! ビンッ! ビビビビビビン!
鱗の剥がれる音は続く。
竜の鱗の隙間に刃を入れてそのまま弾くように剥ぎ取ると、こんな音がするのだなとビャクヤは思った。
死んだはずのキリマルが、まるで魚の鱗を剥ぐように黒竜の鱗を飛ばしていたのである。
黒竜が殺したと思っていた相手は、キリマルの分身だったのだ。
小賢しいゴブリンたちがすぐに黒光りをする鱗に群がって拾い、逃げていく。
ヒジリの統治によって社会の底辺だったゴブリンたちは、生活こそ安定したとはいえ、まだまだ卑しい性質が抜けていない。
「僕の鱗! 返せ!」
取り返したところで鱗が体に張り付くという事はないが、黒竜はゴブリンたちの卑しさに腹が立ち、【雷光】を指先から放つも、逃げゆくゴブリンたちを感電させる前に、魔法の雷は切断されて消えた。
「無駄無駄ぁ!」
魔刀アマリで雷光を切断したのは勿論、悪魔キリマル。
戦いの最中でも成長しているのか、悪魔の姿形がどんどんと変わっている。
最初こそ金槌のような頭をしていたが、今は後頭部が二つに割れて角のようになっていた。脚も獣のようなつま先立ちだ。
様々な能力補正が付いているビャクヤの仮面の力をもってしても、もはや動き回るキリマルの姿を追うのは不可能。
悪魔は悪を渇望するマナで構成された魔法的な存在。
なので【魔法探知】を常駐させているビャクヤの目で追えるのは、彼の体から溢れ漏れる負のオーラの軌跡だけなのだ。墨で書いたような線のみ。
「ドラゴンの肉はうめぇのかなぁ? なり損ないのキメラの肉は美味かったぜぇ!」
鱗の全てを失い、鰻のようになった黒竜は黒い皮膚から血を流しながら、自分を囲むキリマルの分身に対して【死の雲】を発動させた。
「無駄だつってんだろうが! 無残一閃!」
もう少しで円になりそうな広範囲の一閃は死の雲を薙ぎ払って消す。
当然、キリマルの薙ぎ払いは雲だけではなく、黒竜も横一文字に切断してしまった。
「いぎゃああああ!!」
胸元から心臓を通り、尻尾の付け根辺りまで切断された黒竜はそれでも生きていた。
切断された上半分はずるりと地面に落ちて、なにかを言いたそうに口を開いたが、肺を切断されているので声がでない。
「おお、しぶとい。そういや蛇やワニは、頭を切断されても暫くは生きているらしいな。不用意に触ると噛みつかれるらしいぞ」
キリマルはまだ油断していなかった。大概の者ならここで勝利に浸って間違いなく油断をする。
案の定、黒竜の体が光って元に戻った。これまでの鱗云々の話も演技の一つだったのだ。もう後がないようなフリをしていただけで、竜の体には鱗が戻っている。
全ての攻撃を、魔法の藁人形が引き受けていたのだとキリマルは気づく。
「どうせ身代わり人形でも持っていたんだろうがよ。残念だったなぁ」
風に散らされて飛んでいく藁を見てそう言った。
「何を勝ち誇っているのか知らないが、言っているがいいさ」
黒竜は喉をゴロゴロと鳴らしている。麻痺毒ブレスを今にでも吐くつもりだ。
「お前ら上位大型種はよぉ、あまりその場から動こうとしないで攻撃や魔法をする」
キリマルは素早く動いて、悪魔の爪で竜の鱗を剥がそうとしたが、黒竜は鱗の隙間をピッタリと閉じており無駄だった。ただ鱗を爪で引っ掻いただけだ。傷すら付いていない。
「まぁそれだけの余裕があるからだよ。言いたいことはそれだけかい?」
賢い黒竜に同じ手は通用しない。
「ああ、もう勝負は随分と前からついていた。お前を引っ掻いたのは手向けの花のようなもんさ。それではさようなら、アディユー、糞トカゲ」
「ああ、さようなら、イキリ悪魔」
わけのわからない事を言う悪魔に苛つきながらも、ブレスを吐こうとしたその時。
体中の鱗が爆発を起こした。一気にではなく、間をおいて一枚ずつ。
が、その程度で竜が死ぬわけもない。精々、鱗の生え変わりの時期まで恥をかかないように、洞窟の奥に隠れていればいいだけだ。
だが、異変はそれだけではなかった。
「なに?」
腹の辺りに灰色の亀裂が走った。
「クハハハ! お前みたいに慢心して動かないデカブツを殺すのは実に簡単だ。時間差次元断!」
キリマルが指を鳴らすと(失敗して鳴らなかったが)、黒竜は灰色の亀裂に吸い込まれ始めた。
「ふん! ただで死ぬものか! 近距離で麻痺毒でも食らって死ね!」
ブハァとブレスをキリマルの頭に浴びせて、黒竜は亀裂に吸い込まれて消えた。
ブレス範囲内にいたビャクヤは、魔法でリンネの遺体共々転移して難を逃れたが、キリマルは直撃を受けてしまった。
悪魔とはいえど至近距離からの麻痺毒を喰らえば、体の機能が全て停止して死に至る可能性もある。
「キリマル・・・」
ビャクヤはキリマルの死を心配した。なぜならば、今の彼の召喚主はロロムだからだ。
かのゴブリンはキリマルの召喚の仕方を知っているとはいえ、もしかしたら一度きりの奇跡だったのかもしれない。
キリマルが死んで、ロロムが新たに召喚したとしても、別の人修羅が出現する可能性もある。マサヨシの記憶を読み取ったから出来たとはいえ、他人の記憶など所詮、身につくはずもない。
時間が経てば、ロロムが持つキリマルのイメージが薄れていく事は十分に考えられる。
しかしビャクヤのそんな憂いとは裏腹に、黒い靄が晴れると赤い光の魔法に守られたキリマルが立っていた。
闇魔女イグナがキリマルに【特殊攻撃防壁】をかけていたのだ。
「助かったわ、お嬢ちゃん」
キリマルは刀を鞘に収めると、闇魔女イグナに近寄って黒い髪をくしゃくしゃと撫でた。
「私の名はイグナ。お嬢ちゃんではない」
「前に見た時にも思ったが、ほんとアマリにそっくりだな」
そう言うと、アマリが人化して怒った。サカモト博士に貰った研究員の作業スーツ姿で地団駄を踏んでいる。
「似てない! 私のほうが胸も腰も大きい」
アマリがイグナの横に並んでそう言うが、顔はそっくりだった。
「わぁぁぁぁ!! キリマルぅうううう!!!」
ビャクヤと蘇生したリンネがダバダバと走り寄ってくる。
「やっと会えた!」
リンネは悪魔の姿に変わったキリマルのゴツゴツした黒い体に抱きついた。
「アマリちゃんも一緒で良かったッ!」
そう言ってビャクヤはイグナに頬ずりをした。
「私はこっち!」
珍しく感情を顕にするアマリは、ビャクヤの顔を強引に自分に向けた。ゴキッっと音がなる。
「す、すいませんッ! アマリちゃんがあまりにイグナ様に似ていたものでッ! つい間違えてしまいまんしたッ!」
アマリの怒りよりも闇魔女に恐れ多いことをしたとビャクヤは畏まった。
「くだんねぇ駄洒落だなぁ、おい。クハハハ! さっさとニムゲイン王国に帰ろうぜ。もう西の大陸は飽き飽きだわ」
「ええ、後はッ! ロロムさんにッ! 契約を移譲してもらうだけですッ!」
ビャクヤがロロムの方を見ると、彼もわかっているという顔で微笑みながら歩いてくる。ついでにエストを探したが彼女はなぜか見当たらなかった。
「神気が近づいてくる。警戒して、キリマル」
アマリがいきなり刀化したので、キリマルはそれをキャッチして腰に差す。
差すと言っても博士に貰った服が悪魔の変態に耐えられなくて破けてしまい、ベルトすらない状態だが。魔法の武器は基本的に自分の使いやすい場所に浮遊してくれるので問題ない。
「イグナから離れてもらおうか、悪魔」
シュッと音を立てて現れたのは、現人神ヒジリとアンドロイドのウメボシだった。
猫背で黒竜に向かって歩くキリマルは、如何にも悪魔といった感じである。
「すぐに殺したほうがいいのか、遊んでもいいのかどっちだ?」
そう言いながらキリマルは、立ったまま死んでいるリンネの横を通り過ぎてから、振り返って二度見して驚く。
「おい! リンネが死んでんじゃねぇか! このポーズは・・・、誰を庇った? それだけの価値がある奴か?」
「突然、騎士のスキルが発現したリンネが、お祖父様を守ったのですッ!」
「チッ。ナンベルか。じゃあ仕方ねぇ。しかし、まぁなんだ。リンネは男前な死に方してんなぁ。大往生じゃねぇか。で、ビャクヤはその横でべそべそと泣いていたと? クハハハ!」
「それは言わないでくださいんぬッ!」
「お前は滅茶苦茶強いが精神が脆すぎるんだわ。リンネがいねぇとすぐに弱くなる」
ビャクヤの弱点を注意して、キリマルは長い爪を引っ込めると、アマリを抜きリンネの心臓を一突きした。
「もう死なせるなよ。しっかり守ってやれ。愛しい恋人なんだろう?」
悪魔らしからぬ言動にビャクヤは戸惑う。離れていた間にこの悪魔に何があったのか。残虐性こそ以前のままだが何かが違う。
「うちのモンに手ぇ出して、タダで済むと思ってんのかぁ? 糞トカゲがぁ。鱗を一枚ずつ剥がしてやろうか」
若い竜にとって鱗の傷は恥である事をキリマルは知っていた。アマリがどこからともなく買ってくる本を暇な時に読んで得た知識だ。
「剥がすだと? ふん、悪魔風情があまり調子に乗らないほうがいい」
黒竜がキリマルを指差すと、【闇の炎】がコートの隙間から見える肌を黒く焦がした。
「うぎゃぁぁぁ!!」
「キリマル!」
あっさりと闇の炎に包まれて灰となって消えたキリマルを見て、ビャクヤは驚きはするも悲観はしていない。
キリマルは負けても何かしら傷跡を相手に残そうとするタイプである。なにも反撃もせずに逝くのはあり得ないのだ。無敵のオーガにすら刀を向けた男だ。
「ほら、言わんこっちゃない」
黒竜は鼻で笑うと今一度悩み始めた。
「魔人族より先に、やっぱり人間を食べようかなぁ」
黒竜の切れ長の目が、勇ましく防御の構えをとるリンネの死体を、足元から舐めるように見ている。
ビャクヤはすぐにリンネをリフレクトマントで包んで抱きかかえ竜を睨むが、黒竜は目を横に向けていた。誰かを警戒しているのだ。
その気配が悪魔のものではなく、オーガのものだったので竜は視線をビャクヤに戻した。
「あの悪魔は一体なにをしに来たのです?」
気絶から回復したリツがナンベルを脇に抱えて、イグナの近くに置きながら「ハァ」と溜息をついた。
「ゲキョキョキョ! 本当にね! 禿頭の人間といい、悪魔といい、なにをしにやって来たのか。殺されに来ただけだったよ! 次は君が死ぬかい? エリートオーガの女!」
――――ビンッ!
黒竜がリツ・フーリーと対峙しようと体の向きを変えると、その場にそぐわないリュートの弦が切れるような音がした。
自分の体からその音がした事に違和感を覚え、黒竜は目をそちらにやる。
するとどうだろうか。胴体の鱗が一枚剥がれている。
「あああ! 僕の鱗が!」
黒竜はこの世の終わりのような声を上げた。
「くそ! 仲間に会ったら、真っ先にからかわれる!」
寿命が非常に長い竜に一つ欠点があるとすれば、全てのスキルのリキャストタイムが長い事だ。再び生贄の癒やしをするまでに一年かかる。自然治癒となると次の鱗の生え変わりの時期まで待たなくてはならない。
その間、この土地を訪問してきた上位種竜と話をするときには、この鱗の欠損が大きな恥となるだろう。
――――ビンッ! ビンッ! ビビビビビビン!
鱗の剥がれる音は続く。
竜の鱗の隙間に刃を入れてそのまま弾くように剥ぎ取ると、こんな音がするのだなとビャクヤは思った。
死んだはずのキリマルが、まるで魚の鱗を剥ぐように黒竜の鱗を飛ばしていたのである。
黒竜が殺したと思っていた相手は、キリマルの分身だったのだ。
小賢しいゴブリンたちがすぐに黒光りをする鱗に群がって拾い、逃げていく。
ヒジリの統治によって社会の底辺だったゴブリンたちは、生活こそ安定したとはいえ、まだまだ卑しい性質が抜けていない。
「僕の鱗! 返せ!」
取り返したところで鱗が体に張り付くという事はないが、黒竜はゴブリンたちの卑しさに腹が立ち、【雷光】を指先から放つも、逃げゆくゴブリンたちを感電させる前に、魔法の雷は切断されて消えた。
「無駄無駄ぁ!」
魔刀アマリで雷光を切断したのは勿論、悪魔キリマル。
戦いの最中でも成長しているのか、悪魔の姿形がどんどんと変わっている。
最初こそ金槌のような頭をしていたが、今は後頭部が二つに割れて角のようになっていた。脚も獣のようなつま先立ちだ。
様々な能力補正が付いているビャクヤの仮面の力をもってしても、もはや動き回るキリマルの姿を追うのは不可能。
悪魔は悪を渇望するマナで構成された魔法的な存在。
なので【魔法探知】を常駐させているビャクヤの目で追えるのは、彼の体から溢れ漏れる負のオーラの軌跡だけなのだ。墨で書いたような線のみ。
「ドラゴンの肉はうめぇのかなぁ? なり損ないのキメラの肉は美味かったぜぇ!」
鱗の全てを失い、鰻のようになった黒竜は黒い皮膚から血を流しながら、自分を囲むキリマルの分身に対して【死の雲】を発動させた。
「無駄だつってんだろうが! 無残一閃!」
もう少しで円になりそうな広範囲の一閃は死の雲を薙ぎ払って消す。
当然、キリマルの薙ぎ払いは雲だけではなく、黒竜も横一文字に切断してしまった。
「いぎゃああああ!!」
胸元から心臓を通り、尻尾の付け根辺りまで切断された黒竜はそれでも生きていた。
切断された上半分はずるりと地面に落ちて、なにかを言いたそうに口を開いたが、肺を切断されているので声がでない。
「おお、しぶとい。そういや蛇やワニは、頭を切断されても暫くは生きているらしいな。不用意に触ると噛みつかれるらしいぞ」
キリマルはまだ油断していなかった。大概の者ならここで勝利に浸って間違いなく油断をする。
案の定、黒竜の体が光って元に戻った。これまでの鱗云々の話も演技の一つだったのだ。もう後がないようなフリをしていただけで、竜の体には鱗が戻っている。
全ての攻撃を、魔法の藁人形が引き受けていたのだとキリマルは気づく。
「どうせ身代わり人形でも持っていたんだろうがよ。残念だったなぁ」
風に散らされて飛んでいく藁を見てそう言った。
「何を勝ち誇っているのか知らないが、言っているがいいさ」
黒竜は喉をゴロゴロと鳴らしている。麻痺毒ブレスを今にでも吐くつもりだ。
「お前ら上位大型種はよぉ、あまりその場から動こうとしないで攻撃や魔法をする」
キリマルは素早く動いて、悪魔の爪で竜の鱗を剥がそうとしたが、黒竜は鱗の隙間をピッタリと閉じており無駄だった。ただ鱗を爪で引っ掻いただけだ。傷すら付いていない。
「まぁそれだけの余裕があるからだよ。言いたいことはそれだけかい?」
賢い黒竜に同じ手は通用しない。
「ああ、もう勝負は随分と前からついていた。お前を引っ掻いたのは手向けの花のようなもんさ。それではさようなら、アディユー、糞トカゲ」
「ああ、さようなら、イキリ悪魔」
わけのわからない事を言う悪魔に苛つきながらも、ブレスを吐こうとしたその時。
体中の鱗が爆発を起こした。一気にではなく、間をおいて一枚ずつ。
が、その程度で竜が死ぬわけもない。精々、鱗の生え変わりの時期まで恥をかかないように、洞窟の奥に隠れていればいいだけだ。
だが、異変はそれだけではなかった。
「なに?」
腹の辺りに灰色の亀裂が走った。
「クハハハ! お前みたいに慢心して動かないデカブツを殺すのは実に簡単だ。時間差次元断!」
キリマルが指を鳴らすと(失敗して鳴らなかったが)、黒竜は灰色の亀裂に吸い込まれ始めた。
「ふん! ただで死ぬものか! 近距離で麻痺毒でも食らって死ね!」
ブハァとブレスをキリマルの頭に浴びせて、黒竜は亀裂に吸い込まれて消えた。
ブレス範囲内にいたビャクヤは、魔法でリンネの遺体共々転移して難を逃れたが、キリマルは直撃を受けてしまった。
悪魔とはいえど至近距離からの麻痺毒を喰らえば、体の機能が全て停止して死に至る可能性もある。
「キリマル・・・」
ビャクヤはキリマルの死を心配した。なぜならば、今の彼の召喚主はロロムだからだ。
かのゴブリンはキリマルの召喚の仕方を知っているとはいえ、もしかしたら一度きりの奇跡だったのかもしれない。
キリマルが死んで、ロロムが新たに召喚したとしても、別の人修羅が出現する可能性もある。マサヨシの記憶を読み取ったから出来たとはいえ、他人の記憶など所詮、身につくはずもない。
時間が経てば、ロロムが持つキリマルのイメージが薄れていく事は十分に考えられる。
しかしビャクヤのそんな憂いとは裏腹に、黒い靄が晴れると赤い光の魔法に守られたキリマルが立っていた。
闇魔女イグナがキリマルに【特殊攻撃防壁】をかけていたのだ。
「助かったわ、お嬢ちゃん」
キリマルは刀を鞘に収めると、闇魔女イグナに近寄って黒い髪をくしゃくしゃと撫でた。
「私の名はイグナ。お嬢ちゃんではない」
「前に見た時にも思ったが、ほんとアマリにそっくりだな」
そう言うと、アマリが人化して怒った。サカモト博士に貰った研究員の作業スーツ姿で地団駄を踏んでいる。
「似てない! 私のほうが胸も腰も大きい」
アマリがイグナの横に並んでそう言うが、顔はそっくりだった。
「わぁぁぁぁ!! キリマルぅうううう!!!」
ビャクヤと蘇生したリンネがダバダバと走り寄ってくる。
「やっと会えた!」
リンネは悪魔の姿に変わったキリマルのゴツゴツした黒い体に抱きついた。
「アマリちゃんも一緒で良かったッ!」
そう言ってビャクヤはイグナに頬ずりをした。
「私はこっち!」
珍しく感情を顕にするアマリは、ビャクヤの顔を強引に自分に向けた。ゴキッっと音がなる。
「す、すいませんッ! アマリちゃんがあまりにイグナ様に似ていたものでッ! つい間違えてしまいまんしたッ!」
アマリの怒りよりも闇魔女に恐れ多いことをしたとビャクヤは畏まった。
「くだんねぇ駄洒落だなぁ、おい。クハハハ! さっさとニムゲイン王国に帰ろうぜ。もう西の大陸は飽き飽きだわ」
「ええ、後はッ! ロロムさんにッ! 契約を移譲してもらうだけですッ!」
ビャクヤがロロムの方を見ると、彼もわかっているという顔で微笑みながら歩いてくる。ついでにエストを探したが彼女はなぜか見当たらなかった。
「神気が近づいてくる。警戒して、キリマル」
アマリがいきなり刀化したので、キリマルはそれをキャッチして腰に差す。
差すと言っても博士に貰った服が悪魔の変態に耐えられなくて破けてしまい、ベルトすらない状態だが。魔法の武器は基本的に自分の使いやすい場所に浮遊してくれるので問題ない。
「イグナから離れてもらおうか、悪魔」
シュッと音を立てて現れたのは、現人神ヒジリとアンドロイドのウメボシだった。
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