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オーク襲来
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タスネの案内で、長閑な川沿いの道を十五分程歩くとエポ村が見えてくる。
山間の開けた場所にあり、人口は百人にも満たない簡素で飾り気のない村だ。
一応商人の交易路の終着拠点となっており、彼らがここで仕入れるのは特産品は農産物と木彫りの像や面白味のない有りがちな敷物などである。
少し離れた所に貴族の妾が豪邸に住んでおり、商人達は専らそこの御用達のようになっている。
ここまでの道を見て、この星の植生の感想を単眼のドローンは言う。
「今のところ、小さな動植物の種類や生態系はあまり地球と変わりありませんね。雑草なんかは若干イネ科が多いぐらいです。まぁ同じ条件や環境ならどの星も大体似たような進化をするものです。特に驚く事はありませんでした。転送ポータルがここを地球と勘違いして転送したのも頷けます」
村の入口には石で出来た門があり、先を尖らせた丸太を組み合わせたバリケードの後ろには犬によく似た人型の門番が二人立っている。ヒジリを見るとバトルスタッフを構えて唸り、いつでも戦えるポーズを取る。
「おーい! あったしだよぉ~! ワルフとウォルフ!」
陽気な声でヒジリに抱かれているタスネが手を振る。その様子を見た若そうな犬門番の一人が喚いた。
「うわぁ! そんな所でなにやってんだタスネ。お前いつから魔物使いになったんだ? そのオーガを飼いならしたのか?」
まだ若いワルフは少し唸る。
昔は冒険者だった年老いたウォルフは、オーガの後ろにいる使い魔らしきイービルアイを見て眉根を寄せた。タスネがイービルアイの瞳の呪いで操られてるのではと思ったのだ。
二人の警戒を察したタスネはウフフと笑ってワルフとウォルフに呼びかけた。
「別にアタシがおかしくなったとか、そういうわけじゃないよ。このオーガははぐれ者のオーガで、光側に住みたいんだって」
「闇側のスパイじゃないだろうな? しかもそいつに使い魔がいるって事はオーガメイジじゃないか! 胡散臭いぞ!」
疑われていると解ったヒジリが口を開く。
「警戒するのも仕方ないと解っている。だがオーガの世界は力こそ全てなのだ。私のようなメイジを目指したオーガは差別対称でとても生き辛い。お願いだから私を光側に加えてくれたまえ」
すっとタスネを降ろすと、さっきタスネに見せた白々しい演技ではなく、涙目で両膝をついて手を合わせて、如何に自分が哀れな存在かをアピールしだした。
それを見たウメボシは心の中で感心する。
(流石は万能型強化人間。すぐに何でも学習して習得してしまいます)
「ほらー、こんなにお願いしているんだし可哀想だよ~、ウォルフ。村に居させてあげようよ~。力仕事で役に立つだろうし!」
とタスネが助け船を出す横で、ヒジリは純粋な子猫のようなアーモンド形の潤んだ目で犬人と呼ばれる種族のウォルフを見つめる。
白髪交じりの犬人はハァとため息をついて、バトルスタッフを握る手を緩めた。
「まぁタスネが面倒を見るってんなら構わんよ。ちゃんと教会で許可証をもらってこいよ? でも手数料を払えるだけの金はあるのか? お前の家はお世辞にも金持ちとは言えんだろう。銀貨一枚も取られるんだぞ?」
「うぐぐ! そんなに? ワルフ、必ず返すからお金貸して・・」
「断る」
タスネは即答されて頭を抱えた。当たり前だ。その日を凌ぐのが精一杯の村一番の貧乏人なのだから。
そんなタスネに助け舟を出すようにウメボシが音も無く飛んできた。
「これならば幾らで買い取って頂けるでしょうか?」
ウメボシの前にふよふよと謎の小袋は浮く。
ワルフは訝しげにウメボシを見た後、目の前に浮く小袋をパシッと取り中身を確認して直ぐに驚きの声を挙げた。
「おめぇ、これ砂金じゃねぇか! この量だと金貨一枚分にはなるな。何処で手に入れたんだ?」
老獪な犬人は狡賢く情報を引き出そうとする。
「ああ、これでしたらここに来る途中の河原の砂からサンプルとして採取しました」
欲に塗れた卑しい顔をする犬人を見てもウメボシは気にせず情報を提供した。
ウォルフとワルフは顔を見合わせて内心で、アホなイービルアイめ! と馬鹿にしてほくそ笑む。
「まさか、そんな近くに? よし! ザルを用意して今すぐ取りに行くぞウォルフ!」
そういうとウォルフとワルフは職務中なのを忘れて道具を取りに村の中へ入っていった。
ウメボシはフフフと意地悪な目をして笑いだす。
「ザル? そんな効率の悪い道具では小さな一粒が見つかれば良い方ですよ。素直に門番をやっていた方が儲かるでしょう。私の高性能スキャンと特定の物質だけを選り集める装置が無い限り、行くだけ無駄です」
「ウメボシ、悪い奴。ウメボシ、悪い奴」
ウメボシを指して、片言で“こいつ悪い奴”アピールをするヒジリに苦笑いするタスネは、砂金の話を真に受けていなかった。
近くの川で砂金が取れるなら目敏い商人がとっくに人を雇って採りに来ているはずである。
が、そんな話は聞いたことがないのでウメボシがその話をしたときに、砂金が採れても僅かか嘘話だろうと直ぐに気がついていたのだ。
ウメボシが差し出した砂金を見て、使わせてもらう引け目を感じつつもタスネは砂金を受け取ってすぐさま商人兼両替商をしている店に向かった。
ウメボシは通貨制度に興味があると言ってタスネについていく。イービルアイは光側の種族も割と使役する事があるので村に入っても騒がれる事はない。
ヒジリは村の入り口前で古いレンガで出来た門に背中を持たれ掛けると退屈そうにして待った。
オーガは誰かの所有物である、という許可証が無いと村や街に入れないのだ。
入口は殆ど誰も出入りしないが、たまに出入りする商人のキャラバンがぎょっとしてこちらを見る。
出来るだけ友好的な笑顔で手を振り、敵意が無い素振りをすると、商人たちも“ああ、誰かの使役するオーガなんだな”と察してそのまま通り過ぎる。
その次に先程の犬人達がザルを片手にワフワフと言いながら川に向かって走って行った。犬人達を見てヒジリは心の中でご苦労様と呟く。
タスネ曰く、この村は敵国との国境が近いのでビクビクしながら暮らしていると言っていたが実際は長閑ではないかとヒジリは思う。
多分ビクビクしてるのはタスネが臆病な性格だからなんだろうと笑って空を見上げて待った。
近くの石に座ってボーっと三十分ほど空を眺めていると、街道をワオォォォ! と叫びながら必死の形相で走って来るウォルフとワルフが見えてくる。
ウォルフがザルを両手で持ちながら走る姿が何だか昔の日本のドジョウ掬いダンスに似ているなとヒジリは小さく微笑んだ。
砂金でも見つけて喜んでいるのか? と思いよく見ると、二人の後ろに複数の影が見える。
身長一メートル七十センチほどの豚のような顔をした体格の良いヒューマノイドだ。
突き出た下あごから長い牙が上に向かって伸びている。槍を持っており、緑色をした皮鎧を装備している。
不格好にドタドタと走って追いつこうとしているが、犬人の脚は速い。
なのでウォルフ達との差は開くばかりであった。
後方からのオーク達の矢を警戒してか、左右に動きながら走るワルフは叫ぶ。
「闇側の襲撃! オークの遊撃小隊だ! 俺たちは村の自警団と冒険者に報告して増援を頼むからタスネんとこのオーガは足止めを頼む!」
二人はそのままヒジリの横を駆け抜け村に入っていった。
ヒジリは何で私がと一瞬思ったが、どの道巻き込まれるだろうと判断して立ち上がり、グローブをはめた拳と拳をガチンと叩いて合わす。
バチンと電撃が走り、その光に照らされたヒジリの顔は腹立たしい程の爽やかな笑顔である。
なぜ笑顔なのかというと、未開の惑星の住人に勝つ自信が十分にあるからだ。四十一世紀の地球人は遺伝子操作で身体能力が飛躍的に上がっている。
更に体内に存在するナノマシンがウィルスや菌、毒をすぐに排除し、簡単な傷ならあっという間に治してしまう。
今着ているぴったりとした薄型のパワードスーツも耐衝撃、耐刺突、耐斬撃防御の性能があり、ただでさえ高い地球人の身体能力を更に底上げする機能もある。戦闘において大きく貢献するのは間違いなく、まさに鬼に金棒状態である。
地球人同士の争いであれば、これらの能力に対抗する手段はいくらでもある。しかしこの星の住人にその術がまず無い。
ヒジリに不安はなかったが、一応迫り来るオークの集団の前に出て警告する。
「オークの諸君、君達を通すわけにはいかんのだ。引き返す事をおススメする」
しかしオーク達は無視しているのか或は言葉が通じていないのか、後列の十人がしゃがみ、前列は素早く道の脇に寄る。
後衛は弓をオーガに向けて一斉射撃。その後、前列の十人が槍で横一列に隊列を組んで突撃してくる。
動体視力の良いヒジリにとって原始的なオーク達の矢は止まって見える。
全ての矢を最小限の動きで回避してしまった。
そして槍で突撃してくるオーク達に対して、ヒジリは両手を広げ迎え撃つ。
―――ズシャッ!―――
槍はヒジリの胴体に見事命中した。
オーク達は最初のうちは下卑た声で笑っていたが、すぐに手応えがおかしい事に気が付く。
鋭い鋼の穂先が付いた槍はヒジリのパワードスーツを貫いておらず、穂先二ミリ程が刺さっているのだが、それ以上は入っていかない。槍が肉を貫き通す感触を期待していたオーク達に動揺が走る。
「後悔先に立たず、槍の穂先役立たずとはこの事だ」
意味不明な事を言うヒジリに対し、オーク達は突き刺さした姿勢から更に踏み込んで突いてくる。
ヒジリはオーク達の槍の柄をチョップで折り、最も近くにいたオークに足払いのつもりで、軽くローキックをお見舞いしたが・・・。
まるで若い植物の茎を折るようにオークの膝から下がグキリと折れた。
バランスを崩し脚を抱えてブモモォォ! と悲鳴を上げて倒れこむ仲間を、他のオーク達が素早く後ろに引きずって下がる。
「なんという脆さだね・・。パワードスーツの力は使ってはいないぞ・・・」
変な方向を向いているオークの膝下を見てヒジリは自分でした事ながら、うぐぅと呻く。
槍を破壊されたオーク達は、腰のショートソードを抜きつつ一旦距離を取った。
間合いを詰めようとしてくるヒジリを見越したオークの後衛から矢が射られる。
「マスター!」
村の入口からウメボシの声がしたかと思うと、フォースシールドがヒジリの頭上に発生し、降りかかってくる矢を全て弾いた。
「無用な手助けだ」
とウメボシを見て、つまらなさそうにヒジリは言う。
そのウメボシの横には恐怖で口をパクパクさせているタスネが見えた。その様はまるで餌をあげる時の錦鯉のようでヒジリは思わず吹いてしまった。
(できればあの顔を録画して退屈な時に繰り返し見たいものだな)
ウメボシに録画を命じようと思ったが、一つ目のアンドロイドは憤慨していた。
「マスターに攻撃するとは! なんたる事でしょうか! これはお仕置きが必要ですね!」
そう言って憤慨するウメボシの目から赤く細い光線の短矢が凄まじい速さで飛び出し、後衛のオーク達の手足を次々と貫いていく。
弓を落として跪き痛みに呻くオーク達の声が辺りに響き渡る。
前衛のオーク達もまさかこんな小さな村にここまでの戦力があるとは思わなかったのか、すっかり戦意を喪失していた。彼らは武器を捨てて両手を挙げ、降参の意思を見せた。
すぐさま村の自警団の地走り族達とギルドから派遣された冒険者たちや門番として雇われた傭兵親子のウォルフとワルフがオーク達を捕縛する。
「ああ、マスター!! 脚に泥が! 今すぐ綺麗にしますから! それから怪我が無いか確認の為、先に全身スキャンさせてもらいます。ハァハァ」
そう言うとヒジリの体を念入りにスキャンしだすウメボシ。
スキャン中、彼女の一つ目が虚ろで少し興奮しているようにも見える。
「怪我などしてない。したところで直ぐに治ってしまうだろう。早くしてくれたまえよウメボシ。君のスキャンは他の同型アンドロイドよりも遅い気がするし、何故か身震いがするのだ」
「ハァハァ・・・。ご馳走様・・・いえ、スキャン終了。問題無し。泥汚れも消しておきました。ムフフフフ」
ウメボシにとってスキャンは味覚であり触覚でもあるのだ。大好きなヒジリの全身をくまなく舐めるようなものである。
今まで恐怖で口をパクパクしていたタスネが我に返り、喜びながらヒジリの脚に飛びついた。
「凄い! 凄いじゃないの! ヒジリ! オークの遊撃小隊を投降させるなんて! いくら怪力自慢のオーガでも訓練された小隊とやり合うのは普通は無理だよ!」
「タスネ様、マスターから離れてください。今しがた綺麗にしたばかりなんですから」
不機嫌そうに言うウメボシに、ごめんごめんと言ってタスネは恥ずかしそうに離れる。
「タスネの使役するオーガメイジとその使い魔はオークの小隊以上の戦力があるというわけですね! これは自警団としても有難い話です」
自警団の中から弓を持った一人の地走り族の男が出てきてタスネに話しかける。地走り族にしては珍しく静かな雰囲気の男だ。
「ホッフ・・・」
くりくりとカールした癖毛の地走り族を見てタスネはモジモジしている。
ウメボシがはは~ん解った! という様子でヒジリに耳打ちをする。彼女はホッフと呼ばれているあの男性にホの字なんですよ、と。しかしヒジリは興味なさげに頷いただけだった。
「私はこの村の自警団団長ホッフ。オーガ殿とイービルアイ殿。村を救って頂き感謝します。貴方達はこの村の英雄です。話はワルフやウォルフから聞いております。丁度タスネも教会から許可証を貰ったようですし、光側へようこそ! 我々は貴方達を歓迎します!」
そう声高に言うとホッフは、周りに集まった住人や様子を見に来た冒険者たちに促すように拍手をした。
つられて地走り族達の小さな手が一斉に叩かれて歓声が上がる。
「やったね! ヒジリ!」
「ああ、村人へ好印象を与えてのスタートだ。申し分ない!」
ヒジリはタスネを抱きかかえてパレードの主役のような素振りで手を振り、村の中に入っていった。
山間の開けた場所にあり、人口は百人にも満たない簡素で飾り気のない村だ。
一応商人の交易路の終着拠点となっており、彼らがここで仕入れるのは特産品は農産物と木彫りの像や面白味のない有りがちな敷物などである。
少し離れた所に貴族の妾が豪邸に住んでおり、商人達は専らそこの御用達のようになっている。
ここまでの道を見て、この星の植生の感想を単眼のドローンは言う。
「今のところ、小さな動植物の種類や生態系はあまり地球と変わりありませんね。雑草なんかは若干イネ科が多いぐらいです。まぁ同じ条件や環境ならどの星も大体似たような進化をするものです。特に驚く事はありませんでした。転送ポータルがここを地球と勘違いして転送したのも頷けます」
村の入口には石で出来た門があり、先を尖らせた丸太を組み合わせたバリケードの後ろには犬によく似た人型の門番が二人立っている。ヒジリを見るとバトルスタッフを構えて唸り、いつでも戦えるポーズを取る。
「おーい! あったしだよぉ~! ワルフとウォルフ!」
陽気な声でヒジリに抱かれているタスネが手を振る。その様子を見た若そうな犬門番の一人が喚いた。
「うわぁ! そんな所でなにやってんだタスネ。お前いつから魔物使いになったんだ? そのオーガを飼いならしたのか?」
まだ若いワルフは少し唸る。
昔は冒険者だった年老いたウォルフは、オーガの後ろにいる使い魔らしきイービルアイを見て眉根を寄せた。タスネがイービルアイの瞳の呪いで操られてるのではと思ったのだ。
二人の警戒を察したタスネはウフフと笑ってワルフとウォルフに呼びかけた。
「別にアタシがおかしくなったとか、そういうわけじゃないよ。このオーガははぐれ者のオーガで、光側に住みたいんだって」
「闇側のスパイじゃないだろうな? しかもそいつに使い魔がいるって事はオーガメイジじゃないか! 胡散臭いぞ!」
疑われていると解ったヒジリが口を開く。
「警戒するのも仕方ないと解っている。だがオーガの世界は力こそ全てなのだ。私のようなメイジを目指したオーガは差別対称でとても生き辛い。お願いだから私を光側に加えてくれたまえ」
すっとタスネを降ろすと、さっきタスネに見せた白々しい演技ではなく、涙目で両膝をついて手を合わせて、如何に自分が哀れな存在かをアピールしだした。
それを見たウメボシは心の中で感心する。
(流石は万能型強化人間。すぐに何でも学習して習得してしまいます)
「ほらー、こんなにお願いしているんだし可哀想だよ~、ウォルフ。村に居させてあげようよ~。力仕事で役に立つだろうし!」
とタスネが助け船を出す横で、ヒジリは純粋な子猫のようなアーモンド形の潤んだ目で犬人と呼ばれる種族のウォルフを見つめる。
白髪交じりの犬人はハァとため息をついて、バトルスタッフを握る手を緩めた。
「まぁタスネが面倒を見るってんなら構わんよ。ちゃんと教会で許可証をもらってこいよ? でも手数料を払えるだけの金はあるのか? お前の家はお世辞にも金持ちとは言えんだろう。銀貨一枚も取られるんだぞ?」
「うぐぐ! そんなに? ワルフ、必ず返すからお金貸して・・」
「断る」
タスネは即答されて頭を抱えた。当たり前だ。その日を凌ぐのが精一杯の村一番の貧乏人なのだから。
そんなタスネに助け舟を出すようにウメボシが音も無く飛んできた。
「これならば幾らで買い取って頂けるでしょうか?」
ウメボシの前にふよふよと謎の小袋は浮く。
ワルフは訝しげにウメボシを見た後、目の前に浮く小袋をパシッと取り中身を確認して直ぐに驚きの声を挙げた。
「おめぇ、これ砂金じゃねぇか! この量だと金貨一枚分にはなるな。何処で手に入れたんだ?」
老獪な犬人は狡賢く情報を引き出そうとする。
「ああ、これでしたらここに来る途中の河原の砂からサンプルとして採取しました」
欲に塗れた卑しい顔をする犬人を見てもウメボシは気にせず情報を提供した。
ウォルフとワルフは顔を見合わせて内心で、アホなイービルアイめ! と馬鹿にしてほくそ笑む。
「まさか、そんな近くに? よし! ザルを用意して今すぐ取りに行くぞウォルフ!」
そういうとウォルフとワルフは職務中なのを忘れて道具を取りに村の中へ入っていった。
ウメボシはフフフと意地悪な目をして笑いだす。
「ザル? そんな効率の悪い道具では小さな一粒が見つかれば良い方ですよ。素直に門番をやっていた方が儲かるでしょう。私の高性能スキャンと特定の物質だけを選り集める装置が無い限り、行くだけ無駄です」
「ウメボシ、悪い奴。ウメボシ、悪い奴」
ウメボシを指して、片言で“こいつ悪い奴”アピールをするヒジリに苦笑いするタスネは、砂金の話を真に受けていなかった。
近くの川で砂金が取れるなら目敏い商人がとっくに人を雇って採りに来ているはずである。
が、そんな話は聞いたことがないのでウメボシがその話をしたときに、砂金が採れても僅かか嘘話だろうと直ぐに気がついていたのだ。
ウメボシが差し出した砂金を見て、使わせてもらう引け目を感じつつもタスネは砂金を受け取ってすぐさま商人兼両替商をしている店に向かった。
ウメボシは通貨制度に興味があると言ってタスネについていく。イービルアイは光側の種族も割と使役する事があるので村に入っても騒がれる事はない。
ヒジリは村の入り口前で古いレンガで出来た門に背中を持たれ掛けると退屈そうにして待った。
オーガは誰かの所有物である、という許可証が無いと村や街に入れないのだ。
入口は殆ど誰も出入りしないが、たまに出入りする商人のキャラバンがぎょっとしてこちらを見る。
出来るだけ友好的な笑顔で手を振り、敵意が無い素振りをすると、商人たちも“ああ、誰かの使役するオーガなんだな”と察してそのまま通り過ぎる。
その次に先程の犬人達がザルを片手にワフワフと言いながら川に向かって走って行った。犬人達を見てヒジリは心の中でご苦労様と呟く。
タスネ曰く、この村は敵国との国境が近いのでビクビクしながら暮らしていると言っていたが実際は長閑ではないかとヒジリは思う。
多分ビクビクしてるのはタスネが臆病な性格だからなんだろうと笑って空を見上げて待った。
近くの石に座ってボーっと三十分ほど空を眺めていると、街道をワオォォォ! と叫びながら必死の形相で走って来るウォルフとワルフが見えてくる。
ウォルフがザルを両手で持ちながら走る姿が何だか昔の日本のドジョウ掬いダンスに似ているなとヒジリは小さく微笑んだ。
砂金でも見つけて喜んでいるのか? と思いよく見ると、二人の後ろに複数の影が見える。
身長一メートル七十センチほどの豚のような顔をした体格の良いヒューマノイドだ。
突き出た下あごから長い牙が上に向かって伸びている。槍を持っており、緑色をした皮鎧を装備している。
不格好にドタドタと走って追いつこうとしているが、犬人の脚は速い。
なのでウォルフ達との差は開くばかりであった。
後方からのオーク達の矢を警戒してか、左右に動きながら走るワルフは叫ぶ。
「闇側の襲撃! オークの遊撃小隊だ! 俺たちは村の自警団と冒険者に報告して増援を頼むからタスネんとこのオーガは足止めを頼む!」
二人はそのままヒジリの横を駆け抜け村に入っていった。
ヒジリは何で私がと一瞬思ったが、どの道巻き込まれるだろうと判断して立ち上がり、グローブをはめた拳と拳をガチンと叩いて合わす。
バチンと電撃が走り、その光に照らされたヒジリの顔は腹立たしい程の爽やかな笑顔である。
なぜ笑顔なのかというと、未開の惑星の住人に勝つ自信が十分にあるからだ。四十一世紀の地球人は遺伝子操作で身体能力が飛躍的に上がっている。
更に体内に存在するナノマシンがウィルスや菌、毒をすぐに排除し、簡単な傷ならあっという間に治してしまう。
今着ているぴったりとした薄型のパワードスーツも耐衝撃、耐刺突、耐斬撃防御の性能があり、ただでさえ高い地球人の身体能力を更に底上げする機能もある。戦闘において大きく貢献するのは間違いなく、まさに鬼に金棒状態である。
地球人同士の争いであれば、これらの能力に対抗する手段はいくらでもある。しかしこの星の住人にその術がまず無い。
ヒジリに不安はなかったが、一応迫り来るオークの集団の前に出て警告する。
「オークの諸君、君達を通すわけにはいかんのだ。引き返す事をおススメする」
しかしオーク達は無視しているのか或は言葉が通じていないのか、後列の十人がしゃがみ、前列は素早く道の脇に寄る。
後衛は弓をオーガに向けて一斉射撃。その後、前列の十人が槍で横一列に隊列を組んで突撃してくる。
動体視力の良いヒジリにとって原始的なオーク達の矢は止まって見える。
全ての矢を最小限の動きで回避してしまった。
そして槍で突撃してくるオーク達に対して、ヒジリは両手を広げ迎え撃つ。
―――ズシャッ!―――
槍はヒジリの胴体に見事命中した。
オーク達は最初のうちは下卑た声で笑っていたが、すぐに手応えがおかしい事に気が付く。
鋭い鋼の穂先が付いた槍はヒジリのパワードスーツを貫いておらず、穂先二ミリ程が刺さっているのだが、それ以上は入っていかない。槍が肉を貫き通す感触を期待していたオーク達に動揺が走る。
「後悔先に立たず、槍の穂先役立たずとはこの事だ」
意味不明な事を言うヒジリに対し、オーク達は突き刺さした姿勢から更に踏み込んで突いてくる。
ヒジリはオーク達の槍の柄をチョップで折り、最も近くにいたオークに足払いのつもりで、軽くローキックをお見舞いしたが・・・。
まるで若い植物の茎を折るようにオークの膝から下がグキリと折れた。
バランスを崩し脚を抱えてブモモォォ! と悲鳴を上げて倒れこむ仲間を、他のオーク達が素早く後ろに引きずって下がる。
「なんという脆さだね・・。パワードスーツの力は使ってはいないぞ・・・」
変な方向を向いているオークの膝下を見てヒジリは自分でした事ながら、うぐぅと呻く。
槍を破壊されたオーク達は、腰のショートソードを抜きつつ一旦距離を取った。
間合いを詰めようとしてくるヒジリを見越したオークの後衛から矢が射られる。
「マスター!」
村の入口からウメボシの声がしたかと思うと、フォースシールドがヒジリの頭上に発生し、降りかかってくる矢を全て弾いた。
「無用な手助けだ」
とウメボシを見て、つまらなさそうにヒジリは言う。
そのウメボシの横には恐怖で口をパクパクさせているタスネが見えた。その様はまるで餌をあげる時の錦鯉のようでヒジリは思わず吹いてしまった。
(できればあの顔を録画して退屈な時に繰り返し見たいものだな)
ウメボシに録画を命じようと思ったが、一つ目のアンドロイドは憤慨していた。
「マスターに攻撃するとは! なんたる事でしょうか! これはお仕置きが必要ですね!」
そう言って憤慨するウメボシの目から赤く細い光線の短矢が凄まじい速さで飛び出し、後衛のオーク達の手足を次々と貫いていく。
弓を落として跪き痛みに呻くオーク達の声が辺りに響き渡る。
前衛のオーク達もまさかこんな小さな村にここまでの戦力があるとは思わなかったのか、すっかり戦意を喪失していた。彼らは武器を捨てて両手を挙げ、降参の意思を見せた。
すぐさま村の自警団の地走り族達とギルドから派遣された冒険者たちや門番として雇われた傭兵親子のウォルフとワルフがオーク達を捕縛する。
「ああ、マスター!! 脚に泥が! 今すぐ綺麗にしますから! それから怪我が無いか確認の為、先に全身スキャンさせてもらいます。ハァハァ」
そう言うとヒジリの体を念入りにスキャンしだすウメボシ。
スキャン中、彼女の一つ目が虚ろで少し興奮しているようにも見える。
「怪我などしてない。したところで直ぐに治ってしまうだろう。早くしてくれたまえよウメボシ。君のスキャンは他の同型アンドロイドよりも遅い気がするし、何故か身震いがするのだ」
「ハァハァ・・・。ご馳走様・・・いえ、スキャン終了。問題無し。泥汚れも消しておきました。ムフフフフ」
ウメボシにとってスキャンは味覚であり触覚でもあるのだ。大好きなヒジリの全身をくまなく舐めるようなものである。
今まで恐怖で口をパクパクしていたタスネが我に返り、喜びながらヒジリの脚に飛びついた。
「凄い! 凄いじゃないの! ヒジリ! オークの遊撃小隊を投降させるなんて! いくら怪力自慢のオーガでも訓練された小隊とやり合うのは普通は無理だよ!」
「タスネ様、マスターから離れてください。今しがた綺麗にしたばかりなんですから」
不機嫌そうに言うウメボシに、ごめんごめんと言ってタスネは恥ずかしそうに離れる。
「タスネの使役するオーガメイジとその使い魔はオークの小隊以上の戦力があるというわけですね! これは自警団としても有難い話です」
自警団の中から弓を持った一人の地走り族の男が出てきてタスネに話しかける。地走り族にしては珍しく静かな雰囲気の男だ。
「ホッフ・・・」
くりくりとカールした癖毛の地走り族を見てタスネはモジモジしている。
ウメボシがはは~ん解った! という様子でヒジリに耳打ちをする。彼女はホッフと呼ばれているあの男性にホの字なんですよ、と。しかしヒジリは興味なさげに頷いただけだった。
「私はこの村の自警団団長ホッフ。オーガ殿とイービルアイ殿。村を救って頂き感謝します。貴方達はこの村の英雄です。話はワルフやウォルフから聞いております。丁度タスネも教会から許可証を貰ったようですし、光側へようこそ! 我々は貴方達を歓迎します!」
そう声高に言うとホッフは、周りに集まった住人や様子を見に来た冒険者たちに促すように拍手をした。
つられて地走り族達の小さな手が一斉に叩かれて歓声が上がる。
「やったね! ヒジリ!」
「ああ、村人へ好印象を与えてのスタートだ。申し分ない!」
ヒジリはタスネを抱きかかえてパレードの主役のような素振りで手を振り、村の中に入っていった。
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
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異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
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小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
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