未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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イグナを助けに3

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 一行はゲート前十メートル手前で止まって様子を見る事にした。

 シルビィが敵対心剥き出しのゴブリンの後方に浮くイービルアイに声をかける。

「物々しいがどういうことかな? イービルアイ殿」

 深紅のイービルアイは話すのが得意ではないのか、ぎこちなく冷たい男性の声でシルビィの質問を無視し喋り始めた。

「イグナは我が主が預かっていマス」

「イグナは無事なの?」

 タスネはすかさず聞く。

「勿論です。大事な人質ですかラネ。貧民街まで来て頂ければ交渉するとのコト。それから我が主はそこのオーガに興味があるようで、実力を知りたがっていマス。なのでオーガだけでゴブリン達と戦ってもらいマス」

 そう言うと、アは何故かじっとウメボシを見つめてから視線を逸らし、後ろに下がった。

 と同時にゴブリンが一斉にヒジリに襲い掛かる。シルビィは戦いたくてウズウズしているが、ヒジリ一人でという条件だったのでぐっと堪える。

 ヒジリは特に何も言わずスーッと前に出てゴブリン達の攻撃を難なく回避し、流れ作業のようにゴブリンの頭に手を当てて電撃で気絶させていった。

 ゴブリン達は地走り族並みに小さいので頭に手をやるのは簡単だ。ヒジリに襲い掛かってからほんの十秒ほどで彼らは地面を舐めるようにして倒れていた。

 タスネが後ろで

「ま、まさかゴブリンもグルグル巻きにして売るんじゃないでしょうね!」

 とヒジリに叫ぶ。

「売れないのかね?」

「誰がゴブリンなんか買うってのよー、馬鹿」

「そうか。ではこのまま寝ていてもらおう」

 深紅のイービルアイは相変わらず感情のこもらない声で、

「流石にゴブリンでは実力を測る事叶いませんでしタカ。ではこれならどうカナ?」

 と言った後に、ヒジリに向かって種族スキル『魅了の瞳』を発動させた。

 目から赤紫色をした輪っか光線が飛び出しヒジリを直撃する。

「馬鹿ね、ヒジリに魔法の類は効かないわよ!」

 タスネは腰に手を当てて何故か自分の事のように自慢気な顔で言う。

 しかし、タスネの言葉とは裏腹にヒジリは膝をついてその場に崩れ落ちた。

「グゥゥゥ! ガァァァ!」

 必死に魅了に抵抗するヒジリだったが、抵抗できなかったのか虚ろな目でスーッと立ち上がってその場でじっとしている。

 その様子を見た深紅のイービルアイは満足そうに頷き、そして当然という顔をした。

「此方に来なサイ」

 命令されたヒジリは深紅のイービルアイのもとに歩み寄り、タスネやシルビィと対峙するように向き直った。

 先程まで自慢げだったタスネの顔は冷や汗塗れで、いつもの如く口をパクパクしている。

 シルビィも口をへの字にして呻く。

「これは不味いな・・・。一応魔法的なものとはいえ魅了の瞳は種族固有の能力ゆえ、ヒジリ殿にも効いてしまったのかもしれん。恐らくオーガの中でも最強のオーガが敵に回ったのだ、これは確実に不味いぞ。ウメボシ殿、どうするんだ?」

「・・・残念ながらマスターが貴方達の敵になるのであれば、ウメボシもマスターに逆らう事は出来ません。本当にごめんなさい」

 ウメボシは申し訳なさそうに目を伏せると、ヒジリの傍まで寄ってタスネ達に向き直った。

「そそそ、そんなぁ・・・」

 タスネは絶望してその場にへたり込む。シルビィは戦う覚悟を決めメイスと盾を構えて前に出た。

「どの道、私でヒジリ殿の実力を試す気だったのだろう?」

「良く解りましタネ。ゴブリンに変装した樹族よ・・・。変身魔法が下手くそでスネ。そんなものはゴブリンにしか通用しませンヨ。さぁ早速戦いなサイ」

「さて無敵のオーガ殿に対して私は何分、いや何秒持つかな?」

 脳内で何度も戦闘シミュレーションを繰り返したシルビィだったが勝てる見込みは無に等しい。エポ村で対峙した時も、人数でごり押しできると甘く見て戦った結果が惨敗だった。

「いや! 弱気になったらおしまいだ!」

 今まで何度も戦場や任務で強敵をねじ伏せてきた。オーガやホブゴブリン、オークに闇ドワーフ。ゾンビにリッチ。

 死線を掻い潜って今の自分がいると自身に言い聞かせ、雄たけびを上げヒジリに向かって突き進む。

「おおおおお!!」

 生半可な攻撃は通用しないと考え、途中で盾を捨てメイスを両手持ちに切り替え捨て身となった。そして渾身の一撃を浴びせようとメイスを振り上げる。

 が、ヒジリは無表情で殆ど予備動作もせず、真上にスーッと浮いて攻撃を回避した。

 重そうな巨体が何故そこまで簡単に浮き上がれるのか、と思うほどの垂直跳躍である。

 シルビィが生まれてこの方、これ以上ない程に当たれと願いを込めて繰り出したメイスの一撃は――――大きく空振りしたのだ。

 そしてバランスを崩して、前につんのめり、ヒジリの影の上で四つん這いになる。

 このままヒジリが落下してこれば、間違いなくシルビィは内臓破裂の重傷を負うだろう。

 ―――ズドーーーン!!

 地面に衝撃が走り、その衝撃でうつ伏せになったシルビィの頭を揺らす。揺れながら目を閉じて思うのは案外死とは痛みを伴わないものなのだなという感想だった。

 しかし薄目を開けてみると内臓は口から飛び出していないし、どこにも傷がない。目の前にヒジリの黒く大きなヘルメスブーツが見える。

「怪我は無いかね? 騎士殿?」

 目を閉じて気絶している深紅のイービルアイを両手に持ったヒジリが、体をクの字に折って心配そうにシルビィの顔を覗き込んでいた。

 シルビィは何も言わずズルっと体を後ろにずらしてから立ち、それからローブと鎧に付いた泥をパンパンと払う。

 それから、まだヒジリに魅了の効果が残っているかもしれないと疑いつつ聞いた。

「どうやら途中で魅了が解けたようだな。ヒヤヒヤしたぞ・・・」

「最初から魅了なんてされてなかったのだがね。私の演技はどうだったね? ウメボシ」

 ヒジリはウメボシに何点の演技だったかを聞く。

「はい、イービルアイとタスネ様とシルビィ様を騙せたので満点かと」

「ふぇ?」

 素っ頓狂な声を上げてタスネは首を伸ばす。

「ウメボシはヒジリの演技を最初から見抜いていたの? アタシはすっかり騙されたってのに・・・。怖くて体に力が入らなくなって生きた心地がしなかったよ・・・。あ! お漏らしはしてないからね!」

 地走り族の少女は、お漏らしの事をヒジリにからかわれる前に照れくさそうにそう言った。

「マスターの心拍数や脳波に乱れはなく、ウメボシには直ぐに演技だと解りました。イービルアイを捕まえる為とはいえ、お二方を騙すような形になって、すみませんでした」

 ウメボシの謝罪を聞いてシルビィはつんのめった時に落としたメイスを無表情で拾い上げ構えた。

 そしてスゥと息を吸い激昂した。

「貴様ぁぁぁ! そこになおれぇ! 私がどんな覚悟で貴様に挑んだか! この糞オーガ! 責任を取れ! ・・・・責任を! ・・・生まれてこの方八十年、こんなに絶望的な戦いなんて無かったんだからね! 責任を取りなさいよぉ・・・」

 メイスを構え騙された事に激怒したかと思えば、安堵して素の自分が出てしまい、涙目でポカポカとヒジリの腹筋あたりをメイスで軽く叩く。

 タスネはそれを見て密かに思う。中年のシルビィがデレる姿は、まるで両親がいちゃつく現場を見てしまった子供のような気分になる、と。

 ヒジリにして見れば地走り族も樹族も子供のように見えるので、歳の違いなど全く分からない。

「すまなかった、許してくれたまえ。敵を騙すにはまず味方からというだろう? シルビィ殿が騙されてくれたお蔭でこうやってイービルアイを捕まえる事が出来たのだ」

 ヒジリは電撃で気絶しているイービルアイをウメボシに託し、小さな子をあやすようにシルビィを抱きフードの上から後頭部を撫でた。

 ヒジリに抱かれる事で変身魔法は解除されたが、いざこざを見て怯えたゴブリン達は、谷の壁面まで離れて視線を逸らして歩いている。

 なのでヒジリの胸に顔をうずめているシルビィが樹族だとは誰一人気が付いていない。

 シルビィは丁度、いつもウメボシが寝起きにスリスリしている胸の部分に顔をうずめた後、小さな可愛らしい声で言った。

「うん、許す」

 そして直ぐに「ニヘヘヘェ!」と奇妙な笑い声が彼女から聞こえてきた。

 いつもの如くクモの糸のような繊維でイービルアイをぐるぐる巻きにしながらも、シルビィの行動を横目で一秒たりとも逃さずにいたウメボシの瞳は徐々に真っ赤になり、いつでもレーザービームを撃てるように「キュイィィン!」と音を立てている。

「お前の主は何故闇側ヲ・・・、裏切ったノダ・・・?」

 糸でぐるぐる巻きにされている途中に意識の戻ったイービルアイはウメボシに問う。

 そもそもヒジリは闇側を裏切っていないのでウメボシには答えようがない。何も言わずシルビィを監視している。

「答えないノカ。クソビッチが・・・」

 シルビィの件でイライラしていたウメボシは、唐突に侮蔑の言葉を投げかけてきたイービルアイに口を慎めと言わんばかりに電流を流した。

 イービルアイは「ウグッ!」と呻く。

「ウメボシのどこがビッチだというのですか! 失礼な!」

「だってそうだロウ。常に羽をしまってオスを受け入れるポーズを取っているではないカ。淫乱メ!」

「元々羽なんていう原始的なものは付いてないのです! それにウメボシはイービルアイではありません」

「見紛う事なく! 其方はイービルアイであロウ」

 シルビィが調子に乗って更にヒジリの胸にスリスリして「ドゥフフ」と笑っているのを見てウメボシは「アーッ!」と声を挙げる。

「貴方の相手などしている暇はないのです。さっさとシャットダウンしてください」

 そういうとウメボシはイービルアイに電流を流し気絶させ、糸でさっさと巻き、けん引しながらヒジリの方へ向かう。

「マスターとシルビィ様、ピエロの使い魔らしきイービルアイも捕縛した事ですし、そろそろゴデの街に向かいましょう・・・ね!」

 “ね!”の部分にかなり怒気が籠っており、濁音の”ね!”であった。

 ヒジリはシルビィを降ろすと粗末な素材で出来た扉を開こうとしたが、門はそのまま後ろにバターンと倒れてしまった。つっかえ棒で支えていた張りぼての門だったのだ。

「これ、ゴブリンを無視して問答無用で行けたんじゃないかな・・・」

 タスネが張りぼての門を見て言う。

「勿論強引に進んだり、この谷一帯を焼き払って進む事も出来ますが、優しい我がマスターはそういう事を好まないので彼らのルールに則って進んでいるのですよ」

「だったら平野のモンスターも焼き払って進めたかもしれないね」

 まだシルビィの件でイライラしていたのか、ウメボシは八つ当たり気味にタスネに返事をする。

「ええ、可能ですよ。しかしながらタスネ様を守りながら進むとなれば難易度は上がります」

「だ、だよね。アタシ戦闘に向いてないからなぁ。やっぱりモンスターテイマーになろうかしら・・・」

 いつも守ってもらってばかりで申し訳なくなり、タスネはトホホという顔をした。
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