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第五章 魔導大会編
305話 使い魔乱れの戦場
しおりを挟む「ぐっ……」
油断していたわけではない。わけではないが、それでも一瞬の出来事に対応が遅れた。
亜人は、単純な人間に比べて五感が研ぎ澄まされている。特に、なんの亜人であるかにより感覚の差異はある。
狼型の亜人であるメメメリは、人間よりも耳と鼻、そして目が利く……しかしそれは、利点ばかりではない。
目が利く、それは時に、利きすぎるということにも繋がり……
「せぇい!」
「っ!」
瞬時に、メメメリは後ろに飛び退く。それとほとんど同時に、鼻先をなにかに切られた感覚。
ナタリアの放った閃光に目をやられたメメメリは、目を手で覆っていた。なにかあると身構えていたため、とっさに目を閉じることはできたが……
それでも、閃光に目をやられ、視界を封じられた。
なので、亜人の……いや、メメメリ本人の第六感。そして、勇ましい掛け声に反応した耳で、ナタリアの剣撃をなんとか避けることができた。
「さすが、うまく避けましたね」
「アホか、鼻切ったわい。……さっきも、コロに斬りかかるとき叫んどったが、あれ奇襲には向かんで」
「たははは、つい気合いが入ってしまいまして。
それに、どうもそういうのは苦手なようだ」
ナタリアは、学園では一年生の【成績上位者】だ。魔力は膨大……それでも、未だ魔導の杖に魔力強化を施すのみなのは、魔力の節約だ。
彼女は、慎重で……そして、正直な性格なのだろう。
今だって、視界を奪ったならその隙に人混みに紛れ、隠れて狙えばいいものを……そうしなかった。
そういう人間は、メメメリは、嫌いではない。
「もー、メリーさん! 私の名前はコロニアだよー」
「あんた今ワシのこと本名で呼んでないの忘れてないじゃろな!?
愛称じゃ、かわいいもんじゃろうが」
吹き飛んでいったコロニアが戻ってくる。ゴーレムに肩車されている、なかなかにシュールな姿だ。
ナタリア、メメメリ、そしてコロニア……三者が、一定の距離でにらみ合う。
だがこの場は乱戦。そういったにらみ合いがいつまでも続くわけもなく……
「ほっ、よっ」
たとえこちらを狙ったものではなくとも、飛んでくる魔法があちこちに被弾する。
それはもちろん、三人のもとにも。
しかし、それぞれの対応も慣れたものだ。魔法で弾いたり、少ない動きでかわしたり、ゴーレムが守ったり。
だが、戦況は一定を保ってはくれない。
「ジェララララ!」
「おらぁ、やっちまえ!」
人ではない声が、響き渡る。さらに現れる、ひときわ大きな影。
それは蛇だ、巨大な蛇。太く長い胴体は、地にいる参加者たちを薙ぎ払う。
その姿に、一同の視線が引きつけられる。
「使い魔か……」
「おぉおぉ、えらいでかいのう」
もちろん、使い魔はその一体だけではない。他にも、様々な使い魔が召喚されている。
エランも承知していたことだが、これが魔導大会である以上、一年生ではまだ使えない魔導を使う者も多くいる。
そして、それはここにも一人……
「なら、わしも使い魔召喚させてもらおうか……卑怯とは言うまいの?」
「もちろん、それを承知で参加している」
ナタリアも、それはわかっている。魔導士が、そしてその使い魔が入り乱れ乱闘することになると。
まだ使い魔召喚を名乗っていない、それなのに相手は使い魔を使うなんて卑怯だ……そんな気持ちがあるなら、はじめから大会に参加してはいない。
それに、ナタリアも実は使い魔を持つ魔導士と戦ってみたかったのだ。
エランとゴルドーラ、その決闘を見た時から……
「来い、ルーヴ!」
「ワォオオオオン!」
メメメリは、杖を大きく振るう。次の瞬間、彼の足元が光り……
彼の前に、黒き獣が姿を現した。四足歩行の獣は、人二人は乗れそうな大きさだ。
鋭い眼光はナタリアを射抜き、黒い体毛、ギラリと光る牙と爪がその凶暴性を表しているようだ。
「……ウルフ、ですか」
「ただのウルフじゃない、ワールドウルフじゃ」
杖を構え、ナタリアは目の前の獣を見る。
ワールドウルフ……普通のモンスターとは違って、世界のあらゆる環境で生き抜くことができるものが"ワールド"の名を冠する。
あらゆる環境……それは、文字通りだ。火の中でも、水の中でも……精霊が嫌う、邪気の中でも。
そのような特性から、非常に珍しいモンスターではある。
「あはは、メリーさんが……狼が、狼使ってる……!」
「なにを笑っとんじゃ!?」
ケタケタと笑うコロニア……彼女に狙いを定め、ルーヴと名付けられたワールドウルフは飛びかかる。
それに対し、コロニアを守るために立ちふさがるはゴーレムだ。鋭いその牙を、ゴーレムは右腕で受け止める。
いくら土人形とはいえ、モンスターの牙で噛み砕かれるほど柔な強度はしていない。
逆に、ワールドウルフの牙が折れて……
「……あれ?」
しかし……予想外にも、砕けたのはゴーレムの腕だった。
しかも、ワールドウルフの牙は折れるどころか、欠けてもいない。
「ワールドウルフは、あらゆる環境で生きられる……
あらゆる環境で生きられるということは、常識でこいつを計らん方がええってことじゃ」
「ギャォオオオオ!」
ワールドウルフは、雄叫びと共に鋭い爪を振り下ろし……ゴーレムの体を、粉々にした。
周囲を見れば、使い魔とゴーレムの戦いは所々行われているが……こんなに一方的な展開は、他にはない。
さらにワールドウルフは勢いを殺すことなく、コロニアへと牙を剥き……
「アイスロック!」
周囲の水分を固めできあがった氷が、ワールドウルフの体を拘束するようにがっちりと固定した。
それを成したのは……
「ふぅー……危ない危ない。ご無事ですか、コロニア嬢」
「……?」
やせ細った体型の、美形の男だった。
その男の顔を見た途端、コロニアの表情は変わる。変わるとはいっても、眉をひそめる程度にだが。
彼の名は、ピピルべ・セクリャーン。ベルザ家とは昔から懇意にしている家柄で、本人も優秀な男だ。
キザったらしいその男は、コロニアを助けた。この乱戦の中でだ。それはなぜか。
理由は、一つだ。
「あぁ、その麗しい顔に、傷一つ付こうものなら、それは世界の損失! ご無事でなによりです、我が愛しの人よ!」
「……」
彼は、コロニアのことを愛していた。
昔から家同士の交流があるため、個人としても顔をあわせる機会は少なくはなかった。そして、ピピルべはコロニアに惹かれ、猛烈なアプローチをした。
コロニアとて、異性から好意を向けられれば、悪い気はしない。
……それが、もう四十に迫ろうという男のアプローチでなければ、なんと喜ばしいことだっただろうか。
「あの、助けてくれたのはありがとうございます。でも、愛しの人とかってのはちょっと……」
「ははは、照れなくてもいいのですよ。私はこの大会で優勝し、確かな成果と共に貴女に交際を、いや結婚を申し込む!
そう! この大会こそ、いわば我々の乗り越えるべき愛のしょうがいぇぶらは!?」
「あ、ごめん。なんかそっち飛んじゃった」
両手を掲げ、気持ちよく語っていたピピルべは、突然飛んできた蛇使い魔の尻尾に頬を叩かれ、吹き飛んでいった。
尻尾を切断し投げ飛ばしたナタリアは、やってしまったとばかりに舌を出していた。
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