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第十章 魔導学園学園祭編
701話 聞き覚えのある言葉
しおりを挟む学園祭で迷子になった男の子を保護し、迷子を預かるところへと連れて行った。
そこには、連れてきた男の子を探しているらしい女の子がいた。
男の子はその女の子を「お姉ちゃん」と呼んだ。女の子もまた、男の子の声に反応してこちらに駆け寄ろうとした。
これでめでたしめでたし……と、なるかと思っていたけど……
「……ニ、ル……?」
足を止めた女の子は……ポツリと、そう言った。それは、名前だろうか。
男の子の名前だろうかと、一瞬思った。でも、女の子の視線は私に向いている。
私を見て、困惑した様子で……『ニル』と、そう言ったのだ。
「……?」
このやり取りだけを見ると、私と女の子は知り合いのように見えるだろう。でも、私はこの子のことを知らない。
会ったことはない。この国に来てから、まだ半年と少ししか経っていない。それでも、たくさんの人に会ったけど……
……黒髪がきれいな、赤い目の女の子。もしも会ったことがあれば、忘れるはずがない。
「お姉ちゃーん!」
繋いでいた男の子の手が、離れた。女の子に向かって、駆け寄っていったからだ。
その声に気づいてか、女の子は男の子を見て……駆け寄ってきたその体を、そっと抱きしめた。
「よかった……もう、心配したんだから」
女の子は目に涙を溜めて、男の子の無事を喜んでいる。
けれど……やっぱりチラチラと、私を見ている。
……私は知らないけど、もしかして向こうが知ってるパターンか?
この国に来る前は、師匠と二人暮らしだったから……知り合った人なんて、いない。向こうが一方的に知ってるだけなら別だけど。
そう……私には、十年以上前の記憶がない。師匠に拾われる前の記憶が。もしかしたら、私の失った記憶の中に、この女の子がいるのかもしれない。
「……」
それでも、それから十年経っているのに、知っていたとしてもすぐに知り合いだとわかるものだろうか。
「黒いお姉ちゃん、ありがとう!」
「!」
いろいろ考えていたところに、元気な声が届く。これは、私に向けられたものだ。
見れば、男の子は女の子の手を握りながら、私に振り向きお礼を言っていたのだ。
さっきまであんなに泣いていたのが、嘘みたいだな。
それはそれとして、黒いお姉ちゃんって……いくら黒髪黒目かつめいど服が黒の要素も多いとはいえさ。
もっとこう、他にあるんじゃない?
「ううん。お姉ちゃんに会えてよかったね」
「うん!」
「ただ、黒いお姉ちゃんだと私が腹黒みたいだから別の呼び方にしてね」
……獣人の男の子と、黒髪人間の女の子の姉弟。種族が違うからって別に、珍しいわけじゃない。
珍しくはない……その、髪の色以外は。
「二人は、もしかしてこの国とは別のところから来たのかな?」
「そうだよ!」
やっぱり。私とヨル以外に、この国で黒髪なんて見たことがない。エレガたちは除外して。
もし他に黒髪の人物がいたら、それが噂になるはずだ。エレガたちは除外して。
……もしかして、エレガたちの仲間ではないか。そんな考えも浮かんだけど……
「えへへ」
嬉しそうな男の子を見ていると、悪い人じゃないんだろうなと思う。
もちろん、ビジーちゃんの件もあるから簡単に判断はできないけど……
あんな小さな子が懐いているんだ。それだけで、妙に安心感がある。
「……それじゃあ、私はこれで」
なにより、彼女は黒髪黒目ではない。それを判断材料にするのもおかしな話かもしれないけど、変に警戒する必要もないはずだ。
黒髪の人間は珍しいけど、それだけだ。必要以上に気にすることじゃない。
私のことを気にしているようだったけど、多分勘違いだろう。
なので、目的を果たした私はこの場を去ろうとして……
「あの! 待ってください!」
……呼び止められた。
私はなんでか、そのまま行くことはなく足を止めた。
「あの……弟を連れてきてくださって、ありがとうございました」
それは、獣人の男の子を連れてきたことによるお礼だった。振り向くと、女の子は深々と頭を下げていた。
呼び止めたのは、弟くんを連れてきたお礼のためか。
「ううん、気にしないで。当たり前のことをしただけだから」
私は生徒会の一員として、当然のことをしただけだ。それに、私がいなくてもあの中の誰かが連れてきてくれていただろう。
私がその子を連れてきたのはたまたまだ。そんな深々お礼を言われることじゃない。
女の子は、ゆっくりと顔を上げて。
「それでも、ありがとうございます。
……それと……聞きたいことが、あるんですけど……」
それが本題……というわけではない。弟の件のお礼は、本心なのだろう。
それはそれとして、他に聞きたいことがある。これも、同じくらいに大切なことだと言うように。
赤い瞳は、じっと私を見ていた。かわいらしい顔は、真剣さを宿していた。私より少し高い背だけど、少し距離があるから見下されている感じはしない。
同じ目線に立っている、そんな気にさせられた。
「あなた……ニル、ですか?」
その口が動き……確かめるように、言葉を紡いだ。
それは、先ほど聞いたのと同じ……そして、この問いかけは間違いではないのだと言うように。
さっきは、『ニル』というのは男の子の名前だと思った。でも、そう言った彼女の視線は私に向いていた。
そして今、もう間違いなく私に対して、問いかけていた。
「ニル……って、名前だよね? だったら、違うけど……」
「……」
私に『ニル』ですかと聞くってことは、それは名前なのだろう。私が、『ニル』という名前かを、彼女は確かめている。
でも、ご存知の通り私は『ニル』なんて名前じゃない。エラン……エラン・フィールドだ。
……そもそも『ニル』って……聞き覚えのありすぎる、言葉なんだよなぁ。
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