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第十章 魔導学園学園祭編
702話 過去の私を知る彼女
しおりを挟む私のことを、『ニル』という名前で聞いてくる……黒髪赤目の女の子。
だけど、私はそんな名前じゃない。私にはエラン・フィールドっていう、師匠からもらった名前があるんだ……
……もらった名前、ではあるんだけど。
「私はエラン。ニル、ってのは人違いじゃないかな」
この世界では珍しいらしい黒髪黒目の人間を見間違えるのか……って疑問はあるけど、まあそれは置いておこう。
だいたい、『ニル』ってのは名前じゃないはずだ。いやまあたまたまそういう名前が被っただけかもしれないけど。
……魔導の一つに、そういうものがある。私だって、使ったことがある魔導だ。
「……エラン」
女の子は、どこか納得してない様子でつぶやいているけど。こればかりは、嘘をついても仕方ない。
……あれは、魔大陸でのこと。
白い魔獣、ブサイとの戦いの中で使ったものだ。思えば、極限の中でたった一度しか使ったことがなかったのに、いやにはっきりと覚えている。
『ニル』とは、魔法と魔術を組み合わせたものの名称だ。魔法と魔術を組み合わせた魔導……扱いが難しく、魔大陸の影響で全快ではなかったとはいえ、クロガネの魔力も借りてようやく使えたものだ。
『我が魔力を糧とし、精霊の力を借り受けお互いの魔力を一つとし……さらなる魔導の力をここに、誕生させる。魔の始まりたる真名を魂へと刻め!
魔零!!!』
いやー、あれはすんごい威力だった。強力な魔獣を、跡形もなく消し去ってしまったんだもん。
強力がゆえに、使い所が難しすぎる魔導だけどね。
ともかく、その時に使った魔導の名前が『ニル』。それと、名前が同じって……この女の子の探している人は、よほど珍しい名前をしているんだなぁ。
「エラン……」
女の子は、確かめるように私の名前を、もう一度つぶやいた。
いったいなにを考えているのだろう。私には、わからない。
やがて、私のことを見つめていた女の子は、もう一度小さくうなずいた。
「……わかった。そういうことにしとく」
「そういうことっていうか、実際にそうなんだけどなぁ」
納得してくれては、ないんだろう。それでも、渋々といった感じではあった。
それから、もう一度私に「弟を連れてきてありがとう」と頭を下げてから、歩きだす。
そして、私の横を通り過ぎようとしたところで……足を、止めた。
「……一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「なにかな」
「あなた……記憶喪失になった経験って、ある?」
「……」
私の顔は見ていないけど、それは確実に私に対して問いをかけているものだった。
そして、それは真実だった。
私が記憶喪失だって話は、学園の人間ならまあ知っていてもおかしくはない。別に隠しているわけでもない。積極的に話すわけでもないけど。
でも、国外から来たというこの子が、なんで私が記憶喪失だって知ってるんだ。
記憶喪失……それは最近のものではなく、十年以上前のものだ。記憶喪失には変わりないけど。
……記憶喪失かどうかなんて、カマをかけるにしても当てずっぽうで出てくる言葉じゃない。
この子は、なにかしらの確信を持っているんだ。
「……うん。昔のことをね、全然覚えてないんだ」
だから私は、ごまかすことなく正直に答えた。ごまかしても、ごまかしきれないと感じたからだ。
どうせ確信を持っているなら、隠したほうが余計怪しまれる気がした。
「……そう。あなた、この学園の生徒なのよね」
「そうだよ。あ、よければウチのクラスにも寄っていってね」
「……どうも」
私は、チラシを取り出して女の子に渡す。この反応は、まだ私のクラスには行ってないな。
チラシを受け取ってくれた女の子は、それをじっと見て……きれいに折りたたんでから、ポケットにしまう。
記憶喪失のことに確信を持っていたり、私のことを『ニル』って呼んだり……もしかしてこの子、昔の私を知っている、のだろうか。
あるいは、本当に人違いの可能性もあるけど。
だって、師匠に拾われる前の私は……まだ、六歳より下くらいのはずだ。いくら私が同年代の中で小柄な方とは言え、十年あれば成長はしてる。
成長する前の私を、あんなすぐに知り合いであるかのように判断できるものだろうか。
「お姉ちゃん?」
「! なんでもないよー」
獣人の男の子が女の子に話しかけると、女の子は穏やかに笑った。
それから、また足を進めるのを確認して……私はとっさに、その背中に声をかけた。
「あのっ。あなたの名前も、教えてほしいな」
「…………ペルソナ」
女の子は、一旦足を止めて……振り返ることなく、答えてくれた。それからまたすぐ、歩き出した。
今度こそ、私は声をかけることはなく……彼女、ペルソナちゃんも足を止めることはなかった。
振り向かないペルソナちゃんが見えなくなるまで、じっとその背中を見つめていた。なんとなく、最後まで目が離せなかったんだ。
「……ペルソナちゃん、か」
もしかしたら、私の過去についてなにか知っているかもしれない子。本当なら、彼女から根掘り葉掘り話を聞いてみてもいいんだろうけど……
私、自分の過去にあんまり興味ないしなぁ。
それに、せっかくの学園祭をそんな話で時間潰したくはないし。単純に友達になるってなら、大歓迎だけどね。
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