とある作家の執筆おやつ。

はなえ

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ドーナツ、カフェオレ、スランプ①

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『金沢おにぎり堂へようこそ!』を読み終えて1時間後、私は電車に乗って繁華街の本屋に来ていた。

数年前に建てられた、地下1階~6階まであるこの辺りでは一番大きな本屋。


初めてここを訪れた時は、本当に心が躍った。

どの階にも、本棚がずらーっと並び、そこにぎっちりと本が収められていて、本好きにはたまらない空間。

いつか自分の本がここに並んだらいいな、なんて、思っていた。

で、その後しばらくして、実際に私のデビュー作はこの店の本棚に並んだ。

平積みでも面出しでもなくて、ただただ本棚のはしっこに静かに棚刺しされていた私の本。

それでもその時はもう嬉しくて嬉しくて。

店員さんに声をかけて、写真を撮らせてもらったくらい。

もちろん、「作者です」とは名乗らなかったけど、でもきっと本人か友人か兄弟か……そのどれかだと思われていただろうな。


エスカレーターで2階へと上がる。

そして、以前私の本が並んでいた本棚に恐る恐る近づく。


(あ。あった……)


私のデビュー作が1冊、まだ本棚のはしっこに居座っていた。

前に来た時は2冊あったから、もう1冊はだれかに買ってもらえたのか、返品されたのか。

その辺はもう分かりようがないのでいい。

とにかく、まだ私の本はここにある。

それが確認できただけで、折れかかった私の気持ちはなんとか持ちこたえられそうだ。


背表紙をそっと撫でて、新刊コーナーへと向かう。



『金沢おにぎり堂』は、とんでもなく面白かった。



笑って、泣けて、キャラもよくて、食べ物の描写も巧みで。
張り巡らされた伏線、そして最後のどんでん返し。

あれはもう、大賞間違いなしだ。


読み終えて、ティッシュで涙をぬぐいながら、私ははっきりと焦燥感にかられた。

ダメだ、ムリだ、かなわない。



すぐに次の応募作を読むつもりだったけど、『おにぎり堂』のインパクトが強すぎて、ぜんぜん頭に入ってこない。

それで下読みをするのを諦めて、なんだか居ても立っても居られなくて、こんなところまでやってきてしまったのだ。


新作コーナーには、いかにも面白そうな作品が並んでいる。

キャッチーなタイトル、思わず手にとりたくなるような装丁。
有名人の推薦文がかかれた帯。
超人気シリーズの新作。


どれも編集部の会議やら改稿やら、いくつもの関門をくぐりぬけてきた精鋭たち。

数ヶ月後にはきっと、『金沢おにぎり堂』もここに並ぶだろう。

改稿とか、あんまり必要なさそうだし、多少あったとしても、あんな実力者ならサクッと直してきそうだ。

その頃、私の『栄養男子』はどうなっているんだろう……。


せっかく来たのだから、何か一冊くらい買って帰ろうかと思っていたが、選びきれずに下りのエスカレーターに乗る。


なんか、暖かいものが飲みたい。
この店の中にもカフェは入っているが高いので、外で探そう。


一階に降り、話題書のコーナーの前を通ると、中学生くらいの男の子たちが3人、キャッキャと人気漫画の新刊を手に取っている。

とっても嬉しそうな笑顔が眩しくて、心がキュッとする。

私もあのくらいの歳の頃は、あんな風に漫画や小説の新刊を今か今かと楽しみににしていたなぁ。


そんな作品を書きたかったのに。

誰かが新刊を待ちわびてくれるような、そんな面白い小説を。


二重の自動ドアを抜けて外に出て振り返る。

6階建ての大きな建物。

その中に整然と並ぶ古今東西様々な本たち。

不朽の名作に、話題の新作。

どんなに大きな建物でもスペースには限りがあるから、きっと次々に仕入れられ、次々に返品されて……。


逃げるように、私は足早にその場を後にした。














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