『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―

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獣人国での冬

226:見られたくないっ!

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 受付の女性に援軍について聞いた後、俺たちはシアリスが走り去っていったはずの道を走っているが、その背中は見えない。

「チッ! 速すぎだろ!」
「どうやら空を飛んで行ったようです」
「わかるのか?」
「はい。匂いが上方に残っていますので。恐らくは人混みや門で時間をとられるのを嫌ったのではないでしょうか?」

 イリンがやや上方を睨みながらそう言ったが、それは俺にとっては嫌な報せだ。人混みや障害物を避けて走るのと、空を飛んで何も避ける事なく真っ直ぐ進むのでは圧倒的に速度が違う。

「空を飛んでるとなると、こっちの方が遅いか……」

 このまま走ってても、多分シアリスが戦場に着く前には追いつけないか?

 だからといって止まるわけにもいかず、俺たちは門で街から出る手続きをしてから外に出る。
 一応外に出るのには検査が必要で、俺たち以外にも検査待ちの人がいたが……

「緊急だ、悪いが行かせてもらうぞ」
「は? 待て! そんな事許すわけないだろ!」
「うるせえ! 緊急だって言ってんだろ! 文句があるならこれをグラティースのやつにでも持っていけ!」

 緊急事態なので俺の冒険者証を門衛に押し付けて、そのままなおも引き留めようとする彼らを無視して街の外に出た。

「街の外に出たはいいが、影すら見えないか……。くそっ」

 悪態を吐くが当然ながらそんなことで事態が好転するはずもなく、俺たちは走り続けるしかなかった。



「あの、恐れ多くはありますが、私がお運びしましょうか?」

 だが、しばらく走り背後の街がだいぶ小さくなってきた頃、遠慮しがちにイリンがそんなことを言ってきた。

「……は?」

 が、俺はそんな間の抜けた声しか出せず、更には若干足を縺れさせて転びそうになってしまった。

 だがどういうことだ? 運ぶと言っても、イリンは魔術は使えないから俺を運ぶなんてできないはずだ。

「私がご主人様を抱いて走るのです。そうすれば今よりは速く進むことが出来るのでは、と」

 ああそうきたか。魔術ではなくて普通に持って運ぶのか。
 確かに俺が身体強化したところで、イリンより走るのは遅い。それに男として認めたくないではあるが、情けない事に力もイリンの方がある。

 だが、抱いてもらうというのはどうなんだ? いやまあ、確かにその方が早いことは認めるしかないんだけど……

「こうしている間にもケイノアたちが危険に晒されているかもしれません」
「ぐぅっ、それは、そうなんだが……」

 イリンの言葉は確かに正しい。こんな状況だ。少しでも速く救援に行った方がいい。それは分かる。
 ……分かるんだが、イリンよ。その真剣そうに見えて若干緩んだ顔はなんだ? お前喜んでないか?

 でも……背に腹は変えられない、か……

「……イリン」
「はい」
「……頼んだ」
「はい!」

 その返事は今までで一番良いのではないかと思えるほどに喜色に溢れた表情と声だった。

 そうしてイリンは未だに走り続けたままの俺の真後ろに来ると、器用にも止まることなく俺を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこで。

「では行きま──」
「ちょっと待て!」
「はい? いかがされましたか?」
「ケイノアたちの元にイリンに運んでもらうのは、まあ、俺が了承した事だ、良いとしよう。だが、この持ち方はやめてくれないか。せめて背負う方にしてくれ」

 この歳になって真面目にお姫様抱っこされるとか、嫌すぎる。それも自分よりもだいぶ年下の女の子にだなんて。二十五の男が十二の女の子にお姫様抱っこをさせてるんだぞ? 色々と酷いだろ。
 まあイリンは外見年齢で言ったら高校生程度はあるけど、どっちにしても大して変わらない。

「そうですか。ご主人様がそう仰らせるのでしたら」
「頼む側なのに悪いな」

 イリンは走りを止めると、しょんぼりとした顔で俺を降ろした。
 そうしてイリンは、今度はクルリと振り返り俺に背中を見せてしゃがんだ。

「……いえ、よく考えればそちらの方が設置面積としては大きいのでは? 確かに匂いを感じにくくはなりますし抱きしめている感じはなくなりますが、逆に抱きしめられているように感じられて良いのではないでしょうか? そうです。その方が……」

 ……イリン。聞こえてないと思ってるのかそれとも無意識で出てるのか知らないけど、ボソボソと呟いているその言葉、しっかりと聞こえてるからな?

 言った方がいいんだろうか? 聞こえてるよって。でもそうしたらなんか面倒な事になりそうな気がするし……まあ聞かなかった事にしておこう。うん、その方が良いな。

「さあ、私に乗ってください!」

 肩越しに俺に振り返ってそう言ってきたイリンだが、その言葉に微妙な顔をしてしまった俺はおかしくないと思う。

「さあ、ご主人様! 早く参りましょう! こうしている間にもケイノアたちが危なくなっているかもしれません!」

 イリンの言葉自体は正しいのだが、その声には隠しきれない、というかそもそも一切隠されていない喜びで満ち溢れていた。

 ……乗りたくない。乗りたくないんだが、状況的には仕方がないと分かる。
 俺は渋々といった感じでイリンの背中に手を伸ばし、背後からギュッと抱きしめておぶさる。

 その瞬間、イリンの尻尾がバッサバッサと振られ、背中におぶさっている俺にビシビシと当たった。

 ……興奮はわかったから落ち着け。

 そう思ったが、俺がそう口にする前にイリンはスッと、俺を背負っていることを感じさせないくらい軽やかに立ち上がった。

「では行きますね!」
「……ああ、頼んだ」

 そうして街道を走り出すイリン。俺が自分で走っているよりも揺れが少ないのはどうしてだろうか? なんて思ったが、どう考えても身体能力の差と体の動かし方だろうな。流石にここまで差があると、軽くへこむ。今度稽古をつけてもらおうか、なんてちょっと思った。

 緊迫した状況であるにも関わらず、走りながら鼻歌を歌う少女に背負われる成人男性というのは、だいぶ滑稽な姿だろう。この姿が誰にも見られない事を願うばかりだ。特にケイノア。アイツに見つかったら絶対に何か言われる。というか笑われる。

 ……目的地に着いたら、アイツに見られる前に必ず降りよう。

 俺はそう心に誓った。
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