『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―

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治癒の神獣

234:パーティーの準備

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「シアリスー! 本当にこれ着なきゃダメなのー?」
「ダメです、お姉さま。ご招待いただいたのですから、それにふさわしい格好をしなければなりませんよ」

 今日は冬の終わりと春の訪れを告げる宴が行われる日だが、なんでそんな日にケイノアまで着飾っているのかというと、まあこいつも参加するからだ。

 なんでケイノアが? と思うかもしれないが、今回はあのアンデットの件で一定以上の活躍をした冒険者も呼ばれているらしい。
 元々亜人は武力を重視する種族が多いので、今回のように冒険者が参加するのは宴を盛り上げるだろうという考えらしい。
 加えて、この宴が終わったら会議だなんだと忙しくなるそうなので、その前にまとめて表彰を終わらせたいってのもあるかもしれないが、それは俺にはどうでもいいことだ。

 俺としては、参加する一般枠が俺以外にもいたことに少しホッとしている。

「うー、式典なんか面倒なだけなんだから参加したくないのにぃ……もー! お金だけ頂戴よー!」
「はあ……お父様からもお手紙が来ていますのでしっかりと参加してもらいますよ」

 シアリスも大変だな。自分だって呼ばれてるだろうに。

「……俺も準備するか」

 このまま見ているだけってわけにはいかないよな、俺だって呼ばれてるんだし。それも王様から直接。

 でも、正装ってあんまり好きじゃないんだよな。高い服が汚れやしないかと地味に気を使うから。
 高い服って言っても今の俺にはいくらでも買えるんだけど、そこはほら、染み付いた癖っていうか、気質の問題だ。

「こんなもんか?」

 鏡に映った自分の姿を見て、不備がないか確認するが、どうやら問題はないようだ。
 ちょっとぴっちりしてるような気もするけど、この服は城から送られてきたんだからそういうもんなんだろう。

 以前王国にいた時は、正装、とまではいかないけどそれなりに高い服を着ていたので、着付けについては完璧だ。難癖つけられないように身嗜みとか作法には気を使ってたからな。

 因みに、今回の服は俺の服だけじゃなく、イリンの服も向こうから送られて来た物だ。
 他の冒険者たちは既存の服から選ぶってのに、俺たちだけ事前に用意してあるのは、まあ最初から参加させる気だったってことだろうな。

「シ、シアリス! そろそろあなたも準備したほうがいいんじゃ無いの?」
「お姉様が終わればすぐに終わりますのでご心配なく。ほら、大人しくしてください」

 ケイノアの部屋からは未だに騒いでいる声が聞こえる。まだやってたのか。

 俺は一息つこうと思ってお茶を入れたんだが、いつもならイリンがやってくれるのでなんだか違和感がある。
 でも、たまにはこうして自分で入れて飲むのもいいもんだな。味は……イリンが入れたものと比べるべくも無いけど。

「あっ!」

 キッチンで壁に寄りかかりながら自分で入れた茶を飲んでいると、入り口の方から声が聞こえた。

「申し訳ありません。ご主人様にそのようなことをさせてしまって」

 そう言いながら部屋に入ってきたイリンは髪の色と同じく緑系の色のドレスを着ている。だが、一口に緑色と言ってもイリンの髪の色とは違い、ドレスは深い落ち着きのある色をしている。

 以前一度だけ参加した王国の夜会では、無駄にひらひらしたドレスが好まれていたように感じたが、今イリンが来ているものはわりとスッキリとした印象のものだ。

 それがまた落ち着いているような印象を出し、普段の可愛らしいメイド服とは違い大人びた感じがしている。

「……あの、ご主人様?」
「──っ!」

 俺がそんないつもとは違うイリンの姿に見惚れていると、ボケっとしたまま返事がないことを心配したのか、イリンが再び声をかけてきた。

「どうかされましたか?」
「……いや」

 イリンが心配そうに覗き込んできたが、俺にはそれ以上答えられない。なんて言えばいいのかわからなかったのだ。

 何か言ってやりたい。けどなんて言ったやればいいのかわからない。そんなもどかしさを感じる。

 だから、ついしかめっ面になってしまったのだが、イリンはそれを俺が機嫌が悪いと勘違いしたのか自身の体を見下ろした後、耳をペタンとさせなてしまった。

「……このような格好で申し訳ありません。やはり私はここでお待ちして──」
「違う!」

 悲しそうにしながら自分はここに残ると言おうとしていたイリン。
 だが、その言葉を最後まで言わせてはいけないと、ただそう感じた俺は、考えるまでもなく大声で否定する。

 そのことにイリン目を丸くして驚いているが、今の俺にそんな事は気にならない。
 そんなことよりも、もっとやらなきゃいけないことがあるんだ。

「……違う、そうじゃないんだ。ただ……」

 その後の言葉が出てこない。ただ一言、似合ってる、とそれだけ言えば良いだけなのに、面と向かって言う恥ずかしさから言うことができないでいる。

 言え。言わないと。ここで逃げてなんになる。言わなければイリンを悲しませたままだぞ!

「ただ、あー……」

 くそっ、言うって決めただろ! 恥ずかしがる必要なんてどこにある!

「……似合ってるよ」

 随分と時間を無駄にして口から出たのは、ただ一言。たったそれだけの言葉なのに、その言葉を言うだけで全身が緊張してしまい、言った後には動くことができなかった。

「あ……」

 イリンは俺の言葉に驚いたように目を見開いて、視線を彷徨わせてから俺に視線を合わせ、躊躇うようにしながら口を開いた。

「……あ、ありがとう、ございます……」

 それだけ言うと恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。

 が、感情をよく表すその耳は、パタパタと威勢よく暴れている。

 その姿はとても可愛らしいく、そんなイリンの姿を見ていた俺の胸の中は温かいもので満ち溢れた。

 ……ああ、やっぱり言ってよかった。

「……イリンもお茶を飲むか? 俺が入れたやつだから、あんまり美味しくないけど」
「いえ、そんな事は! ……い、いただきます」

 俺は恥ずかしさを誤魔化すためにお茶を入れてイリンに勧めることにした。
 イリンはそのお茶をおずおずと受け取ると、手の中にあるカップをじっと見つめた後、静かに口をつけた。



 しばらくの間俺たちは無言でその場にいたのだが、リビングに繋がる扉から着飾ったシアリスが姿を見せた。

「安堂さん。こちらは準備ができました。どうされますか?」

 どうやらケイノアと自身の準備が終わったようだ。

「あ、ああ。……そうだな時間的にはまだ余裕があるけど、やっぱりこういうのは早めにいったほうがいいんだろうな」
「……そうですね。あなたの立ち位置は少し特殊ですが、早めに行っておけば余計なやっかみも減ると思います」

 目下の者が先に着いていたほうがいいというのはこっちでも同じなようだ。

 だが、少し失礼なことを言うが、学力の低い一般人なら普通ならそういう事は知らない筈だ。だというのに知っていると言う事は、もしかしたらシアリスはいいところのお嬢様なのかもしれない。
 ……その場合、必然的にケイノアもお嬢様になるんだけど、あいつにお嬢様なんて言葉は違和感しかない。いや、今までお嬢様感のする場面がなかったわけでもないんだけどさ。

「そうか。なら出発するとしよう」
「分かりました」

 リビングへと戻っていったシアリスの後を追おうとして歩き出したが、一歩踏み出したところで俺はその足を止めると、振り返りイリンを見つめた。

「イリン──手を」

 俺がなぜ止まったのかわからないでいるイリンに向かって、俺は一瞬戸惑い、だけどさっきとは違って今度はためらい続ける事なく手を差し出した。

「はい!」
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