『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―

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治癒の神獣

241:楽しい旅に

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 ケイノアを家の守りをさせる事を承諾してから数日が経ち、俺たちはいろいろな準備を整えて待ち合わせの日を迎えた。

「それじゃあ俺たちはしばらく家を留守にするから、ケイノア。しっかりと守れよ」
「まっかせなさい! ここには誰一人として通しはしないわ!」

 早朝、朝早くから行動を始めるこの世界の人たちに比べてもまだ早い時間だが、やたらやる気なケイノアがこんな時間だというのに見送りに出てきた。

 この家の守護を頼みはしたけど、まさか見送りなんてされるとは思ってもいなかったので驚きつつも、最後の念押しをして俺たちは待ち合わせ場所である門に向かった。

「──ああ、来たか」

未だ開いていない門の前までたどり着くと、そこではすでにコーキスが待っていた。

「久しいな。息災であったか、アンドーよ」
「コーキスさん。久しぶりですね。ええまあ、いろいろありましたけど、見ての通り怪我とかはありませんよ」
「ふっ、そうか。それは何よりだ。それと、私にそのような改まった言葉は不要だ。貴殿は私に勝ったのだから、堂々とすれば良い」
「そうですか? でも何というかその雰囲気を前にすると……いや、これからは気をつけよう」
「うむ」

 どうもこの人喋り方というか雰囲気的にいつもの感じでいると不安になるんだよな。一般人(俺)対政治家(コーキス)みたいな感じで緊張する。

 グラティースの時だって最初は丁寧に対応してた。ただ途中からイライラしすぎてやっちゃっただけで。本当なら最後まで丁寧な態度で通すつもりだったんだ。……まあ、今ではあの時にやらかして良かったとも思うけど。

「片道一週間ほどになるが、準備はできているのか?」

 俺たちがほとんど荷物を持っていない事を疑問に思ったのだろう。表情は読む事はできないけど、その雰囲気から少しばかり訝しそうにしているように感じた。

 確かに、一週間分の装備となればそれなりに量がある。少なくとも一目見ただけで遠出するんだな、というのがわかる程度の荷物はあって然るべきだ。

 だが、俺たちはそういった荷物を持っていない。あるのは精々が俺のつけている軽鎧と腰に帯びてある剣くらいだ。これじゃそこらへんの街の近くで依頼を受けている冒険者よりも持ち物が少ない。イリンに至っては鎧すらつけていないメイド服のままだし。

 だが、問題はない。俺には収納があるし、イリンも俺が渡したチョーカーに荷物が詰まっている。

「ああ、俺にはこれがあるからな」

 俺はそう言いながら前に手を持ってくると、手のひらの上に収納魔術を使って黒い渦を作り出す。

「収納魔術か……そうであったな。貴殿にはそれがあった。なれば心配は不要というものか」
「ああ、必要ならそっちの荷物も持つけど、どうする?」
「いや、其れには及ばぬ。決して貴殿を疑っているわけではないのだが……どうも他人を頼るというのは落ち着かぬのだ。すまぬな。貴殿らに遅れることがないように歩く故、許されよ」

 荷物を持っている者と持っていない者ではその移動速度に差が出てくるのは当然の事だ。それが長距離ともなれば尚更。

 だがよく考えて欲しい。

 元々獣人という人間よりも身体能力に優れた種族であり超回復能力を持っているコーキスと、同じく獣人で更に身体能力がチートのイリンたちに対して、俺はただちょっとだけ強化されている一般人だ。荷物のある無し程度では対して速度は変わらない。むしろ俺が遅れないようについていくことができるかが心配だ。

「いや、別に謝ってもらうほどではないよ」

 ただ、荷物を持っているコーキスよりも歩くのが遅くなるかもしれない、と自分から言うのはなんとなく嫌だったので、言葉はそれだけに留めておく。

「……それにしても、他人を頼ると落ち着かないって、何かめんど──大変な性格だな」
「ふっ、なに。面倒な性格だというのは自覚している。これまでも何度も苦労した事はあるのでな」

 つい本音の方が漏れてしまったのだが、コーキスはそれを気にする事なく笑って流してくれた。

「因みに、どうしても誰かを頼らないといけない時はどうするんだ?」

 折角なので、少し踏み込んで聞いてみる

「基本的にはそれもまた修行と思いどうにかするためにいろいろ試すが、本当にどうしようもない場合は、受けた恩以上の礼をする事にしている」

 正直、面倒な性格だなとしか思えない。

「なに、これでも楽しんでやっている。困難を乗り越えた時は爽快だぞ」

 コーキスはそう言ってカラカラと笑うが、俺にもその気持ちはなんとなく分からないでもないが。

 まあ、あえてそれを自分からやりたいとは思わないけどな。だって大変で疲れるのは変わらないし。




 俺たちが話していると朝を告げる鐘が鳴り響き、目の前にある大きな門が開いていく。

「ん、開いたか」
「うむ。ではゆくとしようか」
「ああ」

 これでやっと、イリンの怪我を治すことができる。治して、あの時のバカな自分とは違う道を進む事で、そこでやっと俺は前に進める。

 だから、待ってろよ……

 そう思って前を進むコーキスの後を追って歩き出したのだが、なんとなく後ろにいるイリンが気になって振り向いた。

「イリン?」

 背後には、確かにイリンがついてきていたのだが、その様子はどこか沈んでいるように思えて、ついイリンの名前を呼んだ。

「……はい」

 だが、イリンから帰ってきた返事は予想通りというか、俺の感じた事が間違いではなかった事を示すかのようにいつもとは違う沈んだ声だった。

「……どうかしたか?」
「えっ……えっと、あの……」

 なにかあったのか聞いてみても、イリンは俺の顔に視線を向けては逸らしてと繰り返すばかり。

 だが、そんな事をしていると、イリンは意を結したように俺のことを見据えて口を開いた。

「あの、ご主人様……楽しんでいきましょう。楽しまなければ、もったいないですから……」

 それは以前俺が言った事だ。どんな状況でも楽しんで生きていこうと。そうしなければもったいないから、と。

 イリンは何故この場でその言葉を言ったのだろうか。わざわざイリンから言うという事は、それだけの何かがあるという事だ。

 ……俺は今、楽しんでいるとは言えるか?

 いや、決して楽しんでいるとは言えない。これからの旅を楽しもうとも思っていない。

 もうすぐ目的を果たせると、そればかりを考えている。いや、それしか考えていない。

「……ああ、そうだな。そうだったな」

 でもそれではいけないとイリンは言っているのだろう。

 旅を楽しめ、と。共に楽しんでいこう、と。

「楽しんでいこう。ありがとな、イリン。──それじゃあ、楽しい旅にしようか」
「はい!」

 その場で止まって話してしまったせいで、コーキスは先に行ったと思っていたのだが、俺たちが止まっていた事に気づいたコーキスは俺たちを待っていてくれたようだ。

「話は終わったようだな」
「ああ、待たせて悪かったな」
「なに、問題は無い。それにそちらの……イリンと呼んでも良いか?」
「はい」
「うむ。イリンの言葉は聞く価値があった。『楽しんで旅をする。でなければもったいない』。なるほど。確かにその通りよ。折角このような広大な世界を生きているのだ。楽しまねば損というのもだ」

 武人というイメージはそのままだが、イリンの言葉を聞いて笑っているコーキスからは、それまで感じていた堅苦しさを感じなくなっていた。

「そう長い旅ではないが、『楽しい旅』をしようではないか」
「ああ、そうだな。よろしく頼むよ」

 そして今度こそ俺たちは目的である神獣のいるコーキスの故郷へと歩き出した。
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