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お祭りと異変の種
426:自称貴族との対立
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「着いたな」
ニナを連れてしばらく歩いていると、俺たちが昨日止まった宿である『黄金の実り』にたどり着いた。
「いつ見ても無駄に光ってるな、ここは」
まだ建物どころか、敷地内にすら入っていないと言うのに、ニナはものすごく嫌そうな顔をしてそう呟いた。
まあ確かに、俺たちが本来泊まるはずで、ニナが普段から泊まっている『黄金の絆』に比べればこの宿は些か派手だ。……いや、些かどころではないか。
壁には金粉でも混ぜてんのかと思う感じでキラキラ光っているし、装飾だって無駄に騒がしいくらいに凝っている。
一個一個の装飾は素晴らしいものだと芸術に疎い俺でも思う。けどそれが至る所にあるせいでどうにも落ち着きがないように感じてしまう。
それでも計算されて置かれているのであればよかったのだろうが、目につく色々なところに無造作に配置してあるのでまとまりがない。
「まあずっといるわけじゃないし、構わないだろ」
とまあ不満もあるが、どうせもうここには泊まることはない。これで馬車を回収すればあとはこことは関わりがなくなるのだから気にすることでもないだろう。
長期的に関わるのでなければ、目の前の宿もいい観光がわりになる。
そうして宿の本館へと向かったのだが、その建物の前には昨日と今朝対応した者ではなく、別の若い執事が立っていた。
だがその様子がおかしい。なんだか落ち着かないと言うか、しきりに視線をどこか別の場所へと向けている
「──あ」
そいつは俺たちがそばに行くと、そう声をもらして慌てながら頭を下げた。
「お、お帰りなさいませ、旦那様。奥様方。お早いお戻りで」
そう言ってから頭を上げた若い執事だが、その様子は俺たちを前にしてもからわずにチラチラとどこかを見ている。むしろ、その視線は俺たちが近づく前よりも怪しいものとなっていた。
……これは、何かやったか? いや、やっているのか?
こいつらは、おそらく俺たちに内緒で俺たちの害になる何かをやっているのであろう。まあやっていそうなことは予想がつく。
おおかた、例の議員の従兄弟だとか貴族だとか偉ぶっている醜男が、俺たちの馬車か馬をどうにかしようとしているのだろう。俺たちが出てくる時に何かしますよ、とでも言うような事を言ってたし、何かするにしてもそれくらいしかここには俺たちの私物を残していないからな。
俺の予想では多分、馬ではなく馬車の方に何かをしていると思う。ものを壊すのと、生き物を殺すの、その対象にもよるが基本的にどちらが大変かと考えたら、諸々を考えると殺す方だ。
それに、馬は死んでも金さえあればすぐに買い換えることも可能だが、馬車が壊れた場合はそうはいかない。高い物であればあるほどそれなりの店に頼まなくてはならないし、そのためには伝がいつようになる。もし伝があったとしてもすぐに取り掛かれるわけでもないから、馬車を直すまでにそれだけ時間がかかる。
奴が俺たちの嫌がらせを考えるとしたら、すぐに変えの用意できる馬の方ではなく、変えの聞きづらい車体の方を狙うだろう。
……そうだな、そこまでやるんだったらついでに宿の空いている部屋を全部とる、なんてこともしているかもしれないな。
そうすれば俺たちは部屋が取れずにここに継続して泊まれないわけだから馬車を動かさないといけない。けど車軸でも壊れていてば動かすことはできない。
そうなると、俺たちは色々と困るわけだ。
あいつは金は持ってるみたいだし、一日だけなら全部屋確保しても問題にならないだろうから、それくらいはやるかもな。
だがまあ、それはまだ終わっていないのだろう。宿の方は空き家を全部取ることができたとしても、車体の方は壊せていないんだと思う。でなければ目の前の若い執事がここまで慌てる必要なんてないんだから。
だがそれも仕方がない。俺たちは昼前には帰ると言っていたのに、実際には昼前どころか、出かけてから一時間程度で返ってきたのだから。正直出かけた本人である俺でさえ予想外だ。
「ええ。思っていたより用事が早く終わったものでして」
「さ、さようでございますか。お部屋には何か軽食などお持ちいたしましょうか?」
若干挙動不審な若い執事は、ニナの方を見ると突然それまでの慌てた様子を薄れさせにこやかに言った。
多分だが、俺たちがニナという客人と部屋で話そうとしているとでも思っているのだろう。
突然落ち着いた理由としては、俺たちがそうしてくれれば時間が稼げるからか?
だが俺は執事の言葉に首を振る。
あの馬車には魔術具が仕掛けてあるし……というか馬車そのものが大きな魔術具ともいえるので、このまま放置しておいても一日くらいは大丈夫だろう。けどこのまま放置しておくのも気に入らないし、そもそも俺たちは馬車を回収しにきたんだ。ここで無駄に待って時間をつぶす筋合いもない。
「いや、それよりも馬車を置いてある場所に案内してほしい」
「ば、馬車でございますか……」
「ええ。一泊の予定でしたし、そろそろ出ようかと思いまして」
「さ、さようでございますか。ですが……」
言い淀む姿は露骨に怪しい。やっぱりこれはもう完全にやってるな。
「……どうしました? 朝出るときに言っておいたはずですが?」
「い、いえ。もう少し遅くおかえりになられるということでしたので、ただ今駐車場にて馬車の手入れをしている最中でして……」
「そうでしたか」
俺がそう言って頷くと、若い執事は俺が諦めたと思ったのかホッと息を吐いた。
が、何かやっているとわかっているのに諦めるわけがない。
「ならその様子を見ることってできませんか?」
「は? な、なぜでしょうか?」
「実はまともな馬車の手入れをしている風景って見たことないんですよ。なのでせっかくですから見学をしたいな、と」
「……で、ですが作業中ですので、汚れてしまうやもしれません」
「それくらいは承知しています。服が汚れた程度であればどうにでもなりますから平気ですよ」
実際に手入れをしているだけだとしても、構わない。汚れたところでその汚れを収納してしまえばそれで終わりだから。
「……それとも、見せられないような何かがあるので?」
腰に下げていた剣に手を掛け、威圧しながら目の前の若い執事を睨む。
するとし執事は体を震わせて怯えてしまった。
普通はこんな軽い威圧をしたところで、これほど怯えることはない。
だが、この場所は別だ。この宿は人が一人死んだ程度では揉み消せるだろうし、実際揉み消してきたのだろう。目の前の執事の反応はそれを知っているからこそのものだと思う。
知っているからこそ、もしかしたら自分も斬られてしまうんじゃないだろうかと、そう思ったんだろうな。
しかし流石に俺もそこまではしない。威圧は続けるけど。
「………………こ、こちらです」
ついに恐怖に耐えきれなくなったのか、若い執事は震えながらも俺たちを案内する。
「──ええい、何をしておるっ! 早くせぬか!」
案内され倒れ達の視線の先には大きな建物があるが、まだ建物にはたどり着いていないと言うのに例のあいつの声が聞こえてきた。
「……アキト様」
「ああ」
聞こえてきた声に足を止めてしまった俺に、イリンが声をかけてきた。
俺はその声に返事をすると、振り返ってイリン、環、ニナの三人の姿を確認する。
「全員警戒しておくように。──いくぞ」
そう言うと、俺達は目の前にある建物へと進んでいった。
「奴がいない隙に壊すように命じてからどれほど時間が経っていると思っている! さっさとその馬車を壊せ!」
だが、馬車が停めてあるであろう建物へ近づくにつれ届く声は大きくなり、何をやっているのか、何かがぶつかったような大きな音まで聞こえてくる。
「で、ですがこの馬車には魔術具が設置されているようで、一筋縄には……」
「黙れ! 貴様ら、せっかくこの私が貴様らのような下級を雇ってやっているというのに、昨日に続きなんだその体たらくは! 貴様らは金級の冒険者なのであろう? 我ら貴族の乗るような馬車ではないのだ。その程度の馬車など、さっさと壊してしまえ!」
まずは中の様子を見るのが先だと、バレないように覗き込んだのだが、やはりというべきか、建物の中では例の醜男。名前は確か……ハルデールだったか? 奴とその使用人と護衛、それとこの宿の従業員達が集まっていた。
そして護衛達は昨日宿の中で見た時とは違い、それぞれがしっかりと武装した状態だった。おそらくは昨日のは室内用の装備で、今のが本来の装備なのだろう。どうりで護衛としては弱すぎると思った。
だが、うーん。確かに貴族は乗らないけど、あの馬車は王様であるグラティースが指示して作らせたものだぞ? 多分王族が乗るような馬車が基準になって作られてるはずだ。つまり防御もそれなりにある。
しかも馬車内には俺が持ってた国宝級の魔術具も設置してある。金級程度の能力で壊せるか? 正直無理じゃないかと思う。
現にすでに破壊を試みたのだろうが壊せないでいるみたいだし。
だが馬車の周りにあるあの残骸はなんだ? うちの馬車のものじゃないし、もしかして壊そうとして他の物まで巻き込みでもしたのか?
だとしたら流石にバカすぎるだろ。他の客になんて言うつもりなんだろうか?
「チッ、簡単に言ってくれるぜ。──おい、もう一度行くぞ。今度は合わせるぞ」
ハルデールの命令に対して、護衛である冒険者の一人がそう言いながら前へと進み出た。
「ウオオオオオオ!」
そして持っていた両手用の戦斧を肩に担いで構えると、その戦斧に炎が纏わり付いた。
よく見ると、どうやら冒険者チームのうち二人が魔術を使っているみたいだから、多分それだろう。付与魔術とかそんな感じじゃないだろうか?
あれは流石にまともに当たったらダメージが入るだろうな。壊れる、までいくかは分からないけど、このまま見ていて止めない理由もないし、とりあえず止めるか。
「やめろ馬鹿野郎」
「オラアア──あぐっ!?」
準備が整ったのか戦斧を構えながら勢いよく駆け出し、馬車へ向かって戦斧を叩きつけようとした男。
だが俺は、叩きつけるために踏み込まれたその足の下に小さく収納魔術の渦を設置した。
するとその渦を踏んだ男は、戦斧を叩きつける前に渦を踏みつけた力のが反射されて弾かれ、転んでしまった。
「なっ!」
「おいどうした!?」
そんな突然転んだ戦斧を持っている男を心配して他の仲間達が駆け寄るが、イラついている自称貴族のハルデールがそれを大人しく見ているわけがない。
護衛である冒険者達を叱責するためか、ドスドスと足音を立てて冒険者達へと近づいていく。
「貴様ら何をやっている! 遊んでいないでさっさと壊せ! でないと奴が戻ってきて──」
「もう戻ってるけどな」
様子見も終わり確証を得ることができたので、俺たちは隠れるのをやめて集まっている者達のそばへと近づいていく。
「なっ──!」
まさかこんなに早く俺が戻ってくるとは思っていなかったのか、ハルデールは振り返った姿勢のまま目を見開いて驚愕をあらわにしている。
「な、なぜ貴様がここにいる!?」
そしてプルプルと体を震わせた後に、後退りながらそう叫んだ。
「なぜって出先から戻ってきたからだが? それよりも……」
そこで言葉を止め、俺はその視線をハルデールから馬車へと移した。
「アレは俺の馬車なんだが、何をやってるか聞いてもいいか?」
「ぐっ……!」
俺が尋ねるとハルデールは怯んだように声を漏らしたが、その後は何も言わずに黙り込んでしまった。
「貴様が……貴様が舐めた態度を取るからだ! 大人しくいうことを聞いておけば良いものを逆らいおって!」
ハルデールはやっと口を開いたかと思えば、癇癪を起こした子供のように叫んだ。
そして自身の背後にいる護衛達に振り返り、命令をする。
「貴様ら何を遊んでいる! さっさとこいつを倒さぬか!」
その言葉を聞いた護衛達は、舌打ちをしたり足元の何かの残骸を蹴飛ばしたりしながらハルデールの前へと出てきて陣形を組み武器を構えた。
どうやら彼らも雇い主であるハルデールのことは気に食わないが、それでもその命令を逆らうつもりはないらしく、俺たちと戦う気のようだ。
「昨日ので実力差があるのは分かったと思うんだけど?」
昨日も四人で俺に仕掛けて負けたというのに、勝てる気でいるんだろうか?
「はっ、小僧が舐めた口を聞きやがる」
「昨日は装備が室内用だったからな。今日は全力だ。お前一人に負けやしねえよ」
自信の源は本来使う装備へと戻ったからのようだ。確かに本来の装備と予備武器では戦力に差が出るだろうが、俺に関していえば武器を変えた程度じゃ何も変わらないんだよ。
というか、そもそもイリン達は戦わないと思い込んでいるところが間違っている。
まあ確かに、イリンはメイド服だし環も同じだからそう思うのも理解できる。
だがニナは別だ。本来の武器ではないが しっかりと腰には剣を帯びている。だというのに俺しか戦わないと思い込んでいるとは……考えなしにも程がある。本当にこいつらは金級の冒険者なんだろうか?
「アキト様。私もお手伝いします」
「私もやるわ」
イリンと環がそんなふうに申し出てくれたが、俺は首を振って拒否する。この程度の相手なら、二人のどちらかだけでも楽に倒せるだろうとはいえ、こいつらも世間的にはそれなりに認められた実力者。何をやってくるか分からない。
万が一にでも怪我をする可能性があるのならその危険は冒さずに俺がやるべきだろう。
「大丈夫だ。そこで見ていてくれ」
俺は二人の頭に手を置いてからそう言って、目の前で武器を構えて並んでいる護衛達へと進んでいった。
ニナを連れてしばらく歩いていると、俺たちが昨日止まった宿である『黄金の実り』にたどり着いた。
「いつ見ても無駄に光ってるな、ここは」
まだ建物どころか、敷地内にすら入っていないと言うのに、ニナはものすごく嫌そうな顔をしてそう呟いた。
まあ確かに、俺たちが本来泊まるはずで、ニナが普段から泊まっている『黄金の絆』に比べればこの宿は些か派手だ。……いや、些かどころではないか。
壁には金粉でも混ぜてんのかと思う感じでキラキラ光っているし、装飾だって無駄に騒がしいくらいに凝っている。
一個一個の装飾は素晴らしいものだと芸術に疎い俺でも思う。けどそれが至る所にあるせいでどうにも落ち着きがないように感じてしまう。
それでも計算されて置かれているのであればよかったのだろうが、目につく色々なところに無造作に配置してあるのでまとまりがない。
「まあずっといるわけじゃないし、構わないだろ」
とまあ不満もあるが、どうせもうここには泊まることはない。これで馬車を回収すればあとはこことは関わりがなくなるのだから気にすることでもないだろう。
長期的に関わるのでなければ、目の前の宿もいい観光がわりになる。
そうして宿の本館へと向かったのだが、その建物の前には昨日と今朝対応した者ではなく、別の若い執事が立っていた。
だがその様子がおかしい。なんだか落ち着かないと言うか、しきりに視線をどこか別の場所へと向けている
「──あ」
そいつは俺たちがそばに行くと、そう声をもらして慌てながら頭を下げた。
「お、お帰りなさいませ、旦那様。奥様方。お早いお戻りで」
そう言ってから頭を上げた若い執事だが、その様子は俺たちを前にしてもからわずにチラチラとどこかを見ている。むしろ、その視線は俺たちが近づく前よりも怪しいものとなっていた。
……これは、何かやったか? いや、やっているのか?
こいつらは、おそらく俺たちに内緒で俺たちの害になる何かをやっているのであろう。まあやっていそうなことは予想がつく。
おおかた、例の議員の従兄弟だとか貴族だとか偉ぶっている醜男が、俺たちの馬車か馬をどうにかしようとしているのだろう。俺たちが出てくる時に何かしますよ、とでも言うような事を言ってたし、何かするにしてもそれくらいしかここには俺たちの私物を残していないからな。
俺の予想では多分、馬ではなく馬車の方に何かをしていると思う。ものを壊すのと、生き物を殺すの、その対象にもよるが基本的にどちらが大変かと考えたら、諸々を考えると殺す方だ。
それに、馬は死んでも金さえあればすぐに買い換えることも可能だが、馬車が壊れた場合はそうはいかない。高い物であればあるほどそれなりの店に頼まなくてはならないし、そのためには伝がいつようになる。もし伝があったとしてもすぐに取り掛かれるわけでもないから、馬車を直すまでにそれだけ時間がかかる。
奴が俺たちの嫌がらせを考えるとしたら、すぐに変えの用意できる馬の方ではなく、変えの聞きづらい車体の方を狙うだろう。
……そうだな、そこまでやるんだったらついでに宿の空いている部屋を全部とる、なんてこともしているかもしれないな。
そうすれば俺たちは部屋が取れずにここに継続して泊まれないわけだから馬車を動かさないといけない。けど車軸でも壊れていてば動かすことはできない。
そうなると、俺たちは色々と困るわけだ。
あいつは金は持ってるみたいだし、一日だけなら全部屋確保しても問題にならないだろうから、それくらいはやるかもな。
だがまあ、それはまだ終わっていないのだろう。宿の方は空き家を全部取ることができたとしても、車体の方は壊せていないんだと思う。でなければ目の前の若い執事がここまで慌てる必要なんてないんだから。
だがそれも仕方がない。俺たちは昼前には帰ると言っていたのに、実際には昼前どころか、出かけてから一時間程度で返ってきたのだから。正直出かけた本人である俺でさえ予想外だ。
「ええ。思っていたより用事が早く終わったものでして」
「さ、さようでございますか。お部屋には何か軽食などお持ちいたしましょうか?」
若干挙動不審な若い執事は、ニナの方を見ると突然それまでの慌てた様子を薄れさせにこやかに言った。
多分だが、俺たちがニナという客人と部屋で話そうとしているとでも思っているのだろう。
突然落ち着いた理由としては、俺たちがそうしてくれれば時間が稼げるからか?
だが俺は執事の言葉に首を振る。
あの馬車には魔術具が仕掛けてあるし……というか馬車そのものが大きな魔術具ともいえるので、このまま放置しておいても一日くらいは大丈夫だろう。けどこのまま放置しておくのも気に入らないし、そもそも俺たちは馬車を回収しにきたんだ。ここで無駄に待って時間をつぶす筋合いもない。
「いや、それよりも馬車を置いてある場所に案内してほしい」
「ば、馬車でございますか……」
「ええ。一泊の予定でしたし、そろそろ出ようかと思いまして」
「さ、さようでございますか。ですが……」
言い淀む姿は露骨に怪しい。やっぱりこれはもう完全にやってるな。
「……どうしました? 朝出るときに言っておいたはずですが?」
「い、いえ。もう少し遅くおかえりになられるということでしたので、ただ今駐車場にて馬車の手入れをしている最中でして……」
「そうでしたか」
俺がそう言って頷くと、若い執事は俺が諦めたと思ったのかホッと息を吐いた。
が、何かやっているとわかっているのに諦めるわけがない。
「ならその様子を見ることってできませんか?」
「は? な、なぜでしょうか?」
「実はまともな馬車の手入れをしている風景って見たことないんですよ。なのでせっかくですから見学をしたいな、と」
「……で、ですが作業中ですので、汚れてしまうやもしれません」
「それくらいは承知しています。服が汚れた程度であればどうにでもなりますから平気ですよ」
実際に手入れをしているだけだとしても、構わない。汚れたところでその汚れを収納してしまえばそれで終わりだから。
「……それとも、見せられないような何かがあるので?」
腰に下げていた剣に手を掛け、威圧しながら目の前の若い執事を睨む。
するとし執事は体を震わせて怯えてしまった。
普通はこんな軽い威圧をしたところで、これほど怯えることはない。
だが、この場所は別だ。この宿は人が一人死んだ程度では揉み消せるだろうし、実際揉み消してきたのだろう。目の前の執事の反応はそれを知っているからこそのものだと思う。
知っているからこそ、もしかしたら自分も斬られてしまうんじゃないだろうかと、そう思ったんだろうな。
しかし流石に俺もそこまではしない。威圧は続けるけど。
「………………こ、こちらです」
ついに恐怖に耐えきれなくなったのか、若い執事は震えながらも俺たちを案内する。
「──ええい、何をしておるっ! 早くせぬか!」
案内され倒れ達の視線の先には大きな建物があるが、まだ建物にはたどり着いていないと言うのに例のあいつの声が聞こえてきた。
「……アキト様」
「ああ」
聞こえてきた声に足を止めてしまった俺に、イリンが声をかけてきた。
俺はその声に返事をすると、振り返ってイリン、環、ニナの三人の姿を確認する。
「全員警戒しておくように。──いくぞ」
そう言うと、俺達は目の前にある建物へと進んでいった。
「奴がいない隙に壊すように命じてからどれほど時間が経っていると思っている! さっさとその馬車を壊せ!」
だが、馬車が停めてあるであろう建物へ近づくにつれ届く声は大きくなり、何をやっているのか、何かがぶつかったような大きな音まで聞こえてくる。
「で、ですがこの馬車には魔術具が設置されているようで、一筋縄には……」
「黙れ! 貴様ら、せっかくこの私が貴様らのような下級を雇ってやっているというのに、昨日に続きなんだその体たらくは! 貴様らは金級の冒険者なのであろう? 我ら貴族の乗るような馬車ではないのだ。その程度の馬車など、さっさと壊してしまえ!」
まずは中の様子を見るのが先だと、バレないように覗き込んだのだが、やはりというべきか、建物の中では例の醜男。名前は確か……ハルデールだったか? 奴とその使用人と護衛、それとこの宿の従業員達が集まっていた。
そして護衛達は昨日宿の中で見た時とは違い、それぞれがしっかりと武装した状態だった。おそらくは昨日のは室内用の装備で、今のが本来の装備なのだろう。どうりで護衛としては弱すぎると思った。
だが、うーん。確かに貴族は乗らないけど、あの馬車は王様であるグラティースが指示して作らせたものだぞ? 多分王族が乗るような馬車が基準になって作られてるはずだ。つまり防御もそれなりにある。
しかも馬車内には俺が持ってた国宝級の魔術具も設置してある。金級程度の能力で壊せるか? 正直無理じゃないかと思う。
現にすでに破壊を試みたのだろうが壊せないでいるみたいだし。
だが馬車の周りにあるあの残骸はなんだ? うちの馬車のものじゃないし、もしかして壊そうとして他の物まで巻き込みでもしたのか?
だとしたら流石にバカすぎるだろ。他の客になんて言うつもりなんだろうか?
「チッ、簡単に言ってくれるぜ。──おい、もう一度行くぞ。今度は合わせるぞ」
ハルデールの命令に対して、護衛である冒険者の一人がそう言いながら前へと進み出た。
「ウオオオオオオ!」
そして持っていた両手用の戦斧を肩に担いで構えると、その戦斧に炎が纏わり付いた。
よく見ると、どうやら冒険者チームのうち二人が魔術を使っているみたいだから、多分それだろう。付与魔術とかそんな感じじゃないだろうか?
あれは流石にまともに当たったらダメージが入るだろうな。壊れる、までいくかは分からないけど、このまま見ていて止めない理由もないし、とりあえず止めるか。
「やめろ馬鹿野郎」
「オラアア──あぐっ!?」
準備が整ったのか戦斧を構えながら勢いよく駆け出し、馬車へ向かって戦斧を叩きつけようとした男。
だが俺は、叩きつけるために踏み込まれたその足の下に小さく収納魔術の渦を設置した。
するとその渦を踏んだ男は、戦斧を叩きつける前に渦を踏みつけた力のが反射されて弾かれ、転んでしまった。
「なっ!」
「おいどうした!?」
そんな突然転んだ戦斧を持っている男を心配して他の仲間達が駆け寄るが、イラついている自称貴族のハルデールがそれを大人しく見ているわけがない。
護衛である冒険者達を叱責するためか、ドスドスと足音を立てて冒険者達へと近づいていく。
「貴様ら何をやっている! 遊んでいないでさっさと壊せ! でないと奴が戻ってきて──」
「もう戻ってるけどな」
様子見も終わり確証を得ることができたので、俺たちは隠れるのをやめて集まっている者達のそばへと近づいていく。
「なっ──!」
まさかこんなに早く俺が戻ってくるとは思っていなかったのか、ハルデールは振り返った姿勢のまま目を見開いて驚愕をあらわにしている。
「な、なぜ貴様がここにいる!?」
そしてプルプルと体を震わせた後に、後退りながらそう叫んだ。
「なぜって出先から戻ってきたからだが? それよりも……」
そこで言葉を止め、俺はその視線をハルデールから馬車へと移した。
「アレは俺の馬車なんだが、何をやってるか聞いてもいいか?」
「ぐっ……!」
俺が尋ねるとハルデールは怯んだように声を漏らしたが、その後は何も言わずに黙り込んでしまった。
「貴様が……貴様が舐めた態度を取るからだ! 大人しくいうことを聞いておけば良いものを逆らいおって!」
ハルデールはやっと口を開いたかと思えば、癇癪を起こした子供のように叫んだ。
そして自身の背後にいる護衛達に振り返り、命令をする。
「貴様ら何を遊んでいる! さっさとこいつを倒さぬか!」
その言葉を聞いた護衛達は、舌打ちをしたり足元の何かの残骸を蹴飛ばしたりしながらハルデールの前へと出てきて陣形を組み武器を構えた。
どうやら彼らも雇い主であるハルデールのことは気に食わないが、それでもその命令を逆らうつもりはないらしく、俺たちと戦う気のようだ。
「昨日ので実力差があるのは分かったと思うんだけど?」
昨日も四人で俺に仕掛けて負けたというのに、勝てる気でいるんだろうか?
「はっ、小僧が舐めた口を聞きやがる」
「昨日は装備が室内用だったからな。今日は全力だ。お前一人に負けやしねえよ」
自信の源は本来使う装備へと戻ったからのようだ。確かに本来の装備と予備武器では戦力に差が出るだろうが、俺に関していえば武器を変えた程度じゃ何も変わらないんだよ。
というか、そもそもイリン達は戦わないと思い込んでいるところが間違っている。
まあ確かに、イリンはメイド服だし環も同じだからそう思うのも理解できる。
だがニナは別だ。本来の武器ではないが しっかりと腰には剣を帯びている。だというのに俺しか戦わないと思い込んでいるとは……考えなしにも程がある。本当にこいつらは金級の冒険者なんだろうか?
「アキト様。私もお手伝いします」
「私もやるわ」
イリンと環がそんなふうに申し出てくれたが、俺は首を振って拒否する。この程度の相手なら、二人のどちらかだけでも楽に倒せるだろうとはいえ、こいつらも世間的にはそれなりに認められた実力者。何をやってくるか分からない。
万が一にでも怪我をする可能性があるのならその危険は冒さずに俺がやるべきだろう。
「大丈夫だ。そこで見ていてくれ」
俺は二人の頭に手を置いてからそう言って、目の前で武器を構えて並んでいる護衛達へと進んでいった。
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しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
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2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
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楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
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