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ギルド連合国の騒動
448:オークション開始
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「魔物は多いですけど、やっぱり魔族はいませんね」
「一応夜も警戒してるんだけどな」
「まあ目撃情報も一度だけでしたし、仕方ないかも知れません」
冒険者ギルド本部長、および商業ギルド首都東支部支部長との会談を終えてから今日で一週間。
俺はイリンと環、それからネーレとニナと共に冒険者として依頼を受けて周辺の魔物討伐を行なっていた。
が、このメンバーを相手にできる魔物がいるはずもなく、今は地面にシートを敷いての休憩中だった。……もはやピクニックである。
なんでネーレとニナが一緒にいるのかと言うと、俺とネーレが仲良くなったからだ。
ネーレとはひとまわり歳が離れていると言うのになんだか気が合ってしまい、こうして一緒に狩りに来ていたのだ。イリンと環と、それからニナはそんな俺たちについてきた形になる。
まあ、今回は俺からついてきてほしいと頼んだのもあるが。
魔物が不自然に多くいると言うことは、魔族がその場にいる、もしくは何かをした可能性があると言うことだ。そんな場所に普通の冒険者が突っ込んでいけばすぐに死んでしまう。
俺たちならもし依頼中に魔族と遭遇したとしてもなんとかなるだろうが、だからと言って油断できる相手ではない。
俺だけなら魔族相手なら収納スキルで魔術も魔族の肉体での攻撃も無効化できるが、一緒にいるネーレまで守れるかって言うと、ちょっと怪しい。
なので俺はイリンと環についてきてもらい、ニナもネーレについてきたのだが、その結果が魔物の殲滅と今のピクニック状態というわけだ。
ちなみに俺はほとんど何もしていない。目の前に現れた魔物は倒していたが、目に見えない範囲にいた魔物は、あらかじめ調べておいた周囲の生態系を壊さない程度にイリンと環とニナが倒して行った。
女衆が強くて困って……は、いないんだけど、ある意味で困ってる。
俺たちの修行を兼ねているはずなんだが、やることがない。
「……もうこの場所は大体片付けられたし、そろそろ帰るか」
「……そうですね」
俺とネーレはそんなことを話してこの後の予定を決めると、休憩を終えて街へと戻っていった。
そうして街に戻った後は冒険者ギルドに依頼の報告をして、宿に戻った。
「あ、アンドー様。お荷物が来てますよ」
「荷物? ありがとう」
宿に戻ると受付の人からそう言って荷物を渡された。
差出人の名前を見ると、商業ギルドの知り合いであるマイアルからだった。
「マイアルか。ならオークション関連のことかな?」
部屋に戻ってその荷物を開けると、中には服と手紙が入っていた。
まずは手紙だな。
えっと、なになに……
手紙に書かれていたのはこういうことだ。
オークションの当日には宿に迎えを出すからそれで来て欲しい。
参加する時に一緒に送った服を来て欲しい。
言葉を飾ってあったが、要約すればその二つ。
ああ、そうか、ドレスコード的なやつを失念してたな。
一応俺たちは全員なんか良さそうな服を持っている。俺は城で着てたパーティー用の服を持ってるし、多分環も持っているだろう。イリンは以前に獣人国で着た奴があるはずだ。
だが環が本当に正装の類を持っているかなんて分からないし、この街で慌てて用意したとしても、環だけ俺たちと揃っていない衣装だと浮いてしまう。
なので、ここでマイアルが三人分の衣装を用意してくれたのは素直にありがたい。次にあったらしっかりと礼を言わないとだな。
「イリン、環。明後日はこれを着てくれ。マイアルが送ってきてくれた」
「ドレス、ですか」
「えっ、本当?」
そう言って二人にそれぞれ梱包されている服を差し出す。
「ああ、ほら」
キョトンと首を傾げているイリンに対して、環は驚きながらも俺が渡したドレスを広げてみて喜びを見せていた。環だって女の子なんだし、やっぱり着飾るのは好きなんだろう。
「本当なら俺が用意するべきだったんだろうけど、すっかり忘れてた。すまん。今度一緒に買いに行くから許してくれないか?」
パートナーである者の服は俺が用意するべきだ。なのにそれを忘れてしまうとは……。
今度また同じようなことがあっても平気なように、近いうちに買いに行こう。
二人とはこの一週間で街を回っていたけど、それは一般庶民の生活圏の範囲だけだった。今度はもっと上位層の方に行ってみよう。
「その程度で怒ることなどありませんが……ふふっ。お言葉に甘えさせていただきます」
「ねぇ、今着てみてもいいかしら?」
環は手にとったドレスを目の前で広げると、楽しげに尋ねてきた。
「ああそうだな。確認しないといけないし……うん。素直に見てみたいな」
自分で贈ったモノではないとはいえ、それでも二人がどんなものを着るのか純粋に見てみたい。
「なら着替えてみますね」
俺がそう言うとイリンが微笑みながらそう言い、二人が着替えるということなので俺は部屋を出て適当に時間をつぶすために宿の中をぶらつくことにした。
そうこうして時間は進んでいき、特になんの問題もないままオークション当日となった。
「アンドー様。お客様がお越しになられました」
部屋のドアを叩く音がして、そのすぐ後に宿の従業員の声が聞こえた。どうやらマイアルからの迎えが来たようだ。
「わかりました。すぐにいきます」
従業員にそう返事をしてから俺はすでに着飾っていた二人へと顔を向ける。
「二人とも準備はいいか?」
「はい」
「ええ」
イリンは青で環は薄い紫のドレスを着ている。ドレスと言っても、今回はパーティーに参加するというわけでもないのでそこまで派手なモノではなく、落ち着いた雰囲気のものだった。
二人とも同系統の色合いだが、その雰囲気は別物だ。
イリンも環もその髪の色の影響だろうが、感じるイメージが違う。
イリンはその明るめの緑色の髪のために明るく可愛らしく感じ、環は真っ黒な髪の影響で落ち着いた美人という感じだった。……二人の性格は逆だけど。どちらかと言うと環が明るい感じで、イリンが落ち着いている感じだと思う。
だがどちらにしても似合っていることは間違いない。それを選んだのが自分ではないことを少し悔しく感じるが、見れてよかったとも思う。
「さて、じゃあ行こうか……とそうだ。改めて、イリン、環。二人とも似合ってるよ」
そうして俺たちは下に待たせているマイアルの馬車に乗ると、そこにはマイアル本人がいた。
「おお、アンドーはん。よう来はった。そっちの二人も、におうとって良かったわ」
「頼んだのはこちらですから。服をありがとうございました。すっかり失念していまして助かりました」
「なんの。ワイらもあんさんらに助けられとるさかい、気にせんといてええですわ」
「助けた? 俺たち何もしてませんけど……」
ドレスの件もだが、助けられたのは俺たちの方だと思うんだが……何かしただろうか?
「ま、こっちで勝手に利用させてもらっとるだけや。利用ゆうても、あんさんらに迷惑かかるような事はしてへんで。今回の出品でちょっと細工させてもろただけや。あれのおかげで『奴ら』に一撃喰らわせられるわ」
「奴ら、と言うと……」
「例の奴らや。こっからは口には出さんといてな」
例の奴らとは反亜人派の奴らであっているのだろう。
だがそうだな。これからはどこで誰が聞いてるかわからないんだから、今から気をつけるに越したことはない。会場に着いてから口にしないように気をつけないとな。
その後も話していると、馬車が速度を落とし始め少しだけカクンと揺れた。
「──おっとっと。……そろそろ着くみたいやな。ああ、せや。これをつけとき。多少は身バレを防げるやろ」
そう言ってマイアルは横に置いてあった収納具らしき鞄から、顔の上半分を隠す仮面を差し出してきた。
確かにこれをつければ身バレを防げるかもしれないけど……なんかあれだな。すごく怪しい雰囲気だ。つけるけどさ。
「ありがとうございます」
「ええってええって。さ、こっちや。ついてきい」
そうこうしているうちに目的場所に到着したようで、俺たちは馬車から降りてマイアルの先導で進んでいく。
「ここがワイらの部屋やな。普通、一般の参加者はあっちに座るんやけど、アンドーはんらはこっちの方がええやろ? ここはうちの紹介の名義でとっとるさかい、安心してええで」
「ありがとうございます」
俺としては軽く参加を頼んだだけなのだが、ここまで気を使ってもらうとなんだか悪い気がするな。
その部屋はかなり広く、部屋の前面は一面ガラス張りだ。よくみてみると魔術がかかっているようなので、これは防犯のための強化系の魔術だろう。
そのガラスから除いた会場は、コロッセオのように円形の客席と、その中央に迫り上がった舞台という作りとなっていた。
だが、一つ気になることがある。
「ねえ、あれって天井空いててもいいのかしら?」
だよな。やっぱりそこが気になるよな。
この会場、環が言ったように天井が空いていたのだ。先ほどコロッセオのようにと言ったが。まさにそんな感じだ。
月明かりが綺麗だが、あれでは天候が悪ければ継続できないだろうし、賊とかなんかその辺も問題があるんじゃないだろうか?
「ああ、あれでっか。あれば問題あらへんで。ここは商業ギルドに参加しとるモンが金だしあって運営しとるんやけど、その金で結界系の魔術使えるモンをぎょーさん雇っとる。会場中に結界をかけとるもんやから、安心しいや。覗かれたりせえへんで。もちろん、雨なんかの天候対策もバッチリや。この部屋は関係あらへんけどな」
「そんなことをするくらいなら、最初から天井を閉じて警備でガチガチに固めておけばいいんじゃないか?」
そっちの方が安全だし金もかからないはずだ。除かれる心配とかもないし。
結界系を使う魔術師だって言っても、桜ちゃんみたいに強力なものを張れるわけでもない限り安全とは言い難い。
「その辺はややこしいんやけど、ギルドにも見栄っちゅーもんがあるんや」
マイアルは頭を掻きながら眉を顰めてそう言った。けど、見栄かぁ……。
まあ頼りなさげに見せておいて実は……ってなんた方が凄そうには感じるかな?
それに、これだけ大きい場所の警備を任せられるほどの結界系の魔術師を用意できるってのは、それだけ力があるんだぞと見せつけることができるか?
よくわからないけど多分そんな感じだろう、きっと。
「それに、他にも理由があんねん。ここでは珍しい魔術具なんかも集まるんやけど、実際にそれを使うて効果を証明する場合があんねん。古く、ホンモンかの信憑性が怪しいヤツほど証明は必要や。……せやけど、周りは客だらけ。どこに向けて使えばええちゅー話や。結界で守られとるけど、向けられたモンはいい気分やないやろ?」
「だから空に放つ、か」
「せや。空なら万が一でも客に怪我させる心配はあらへん」
なるほどなぁ。当然だけどいろいろ考えられてるんだな。
「ワイはちぃっとばかしやることがあるもんやさかい、出てくるわ。部屋付きは好きに使うてや」
そう言ってマイアルはどこぞへと言ってしまった。
しかし、部屋付きとはルームサービスのことだろうか? マイアルが出て行く時にチラリと見えた部屋の外に待機していた人に頼めばいいんだろうか?
そのまま部屋の中で適当に寛ぎながらマイアルの帰りとオークションの始まりを待っていたのだが……。
「始まってしまいましたね」
マイアルが戻ってくる前にオークションは始まってしまった。
今は始まる前に司会が開会の言葉を言っている。
それを適当に聞き流しながらどうするんだろうと思っていると、舞台の横からマイアルが現れた。
あいつ、あそこで何してんだ?
舞台に上がったマイアルは、司会からマイク的な拡声器を受け取るとオークションの参加者たちを見回しながら話し始めた。
「皆はん。今日は最後にウチの商会からごっつええもんをサプライズとして出しとるで。つい先日手に入れたばっかでん。せやから目録に載せることは出来ひんかったけど、どうせオークション前に手に入れたんやから出したい思てサプライズとして参加させてもらいまったわ。それがなんなのか気になる言う方も多くいるやろうが、それは実際に見てからのお楽しみや。きっとこのオークションが終わる時には大変な事になっとるで! せやからそれまで財布の紐をかたーく締めとってな。せっかくのサプライズ、参加できん、なんちゅー事になったら後悔する事になるで。……っちゅーても、固く締めた財布の紐も、ウチの品ん時はゆるーくしてくれてもかまへんさかい、たくさん買うてってや!」
そう言うとマイアルは一礼してから拡声器を司会に返し、舞台を降りてその場を去っていった。
……だが、なんだろうな。なんとなく今の言葉には含みがあるように感じた。
──オークションが終わる時には大変な事になる。
これでは何か事件が起こるみたいだ。他にも言い方はあっただろうに、なんでマイアルはわざわざそんな言葉を選んだんだろう……。
「やー、待たせてしもうたな」
その後はすぐにオークションが始まったのだが、三つ目の品が売られたところでマイアルが戻ってきた。
「いや、待ってないよ」
「それはそれでショックやねん……」
そんなふうに言いながら肩を落としているマイアルに、俺はさっき感じた疑問を聞いてみる事にした。
「なあ、なんでさっきあんなこと言ったんだ?」
「……あんな事ゆうんは?」
「『オークションが終わる時には大変な事になる』。他に言葉の選びようがあったと思うんだが?」
「それに気づきまっか。ま、アンドーはんも気付いてる通り、わざとや。それがなんなんかは……お楽しみっちゅー事で許したってや」
マイアルはそう言うと笑って舞台を眺めたが、その笑みがただ楽しげなものだけではなくどこか黒さを感じさせるものだったことから、おそらくは例の反亜人派への攻撃や妨害を兼ねてのことなんだろう。
……まあ、楽しみにしてろってことは俺たちに害はないんだろうし、それなら今はこのオークションを楽しむか。
「一応夜も警戒してるんだけどな」
「まあ目撃情報も一度だけでしたし、仕方ないかも知れません」
冒険者ギルド本部長、および商業ギルド首都東支部支部長との会談を終えてから今日で一週間。
俺はイリンと環、それからネーレとニナと共に冒険者として依頼を受けて周辺の魔物討伐を行なっていた。
が、このメンバーを相手にできる魔物がいるはずもなく、今は地面にシートを敷いての休憩中だった。……もはやピクニックである。
なんでネーレとニナが一緒にいるのかと言うと、俺とネーレが仲良くなったからだ。
ネーレとはひとまわり歳が離れていると言うのになんだか気が合ってしまい、こうして一緒に狩りに来ていたのだ。イリンと環と、それからニナはそんな俺たちについてきた形になる。
まあ、今回は俺からついてきてほしいと頼んだのもあるが。
魔物が不自然に多くいると言うことは、魔族がその場にいる、もしくは何かをした可能性があると言うことだ。そんな場所に普通の冒険者が突っ込んでいけばすぐに死んでしまう。
俺たちならもし依頼中に魔族と遭遇したとしてもなんとかなるだろうが、だからと言って油断できる相手ではない。
俺だけなら魔族相手なら収納スキルで魔術も魔族の肉体での攻撃も無効化できるが、一緒にいるネーレまで守れるかって言うと、ちょっと怪しい。
なので俺はイリンと環についてきてもらい、ニナもネーレについてきたのだが、その結果が魔物の殲滅と今のピクニック状態というわけだ。
ちなみに俺はほとんど何もしていない。目の前に現れた魔物は倒していたが、目に見えない範囲にいた魔物は、あらかじめ調べておいた周囲の生態系を壊さない程度にイリンと環とニナが倒して行った。
女衆が強くて困って……は、いないんだけど、ある意味で困ってる。
俺たちの修行を兼ねているはずなんだが、やることがない。
「……もうこの場所は大体片付けられたし、そろそろ帰るか」
「……そうですね」
俺とネーレはそんなことを話してこの後の予定を決めると、休憩を終えて街へと戻っていった。
そうして街に戻った後は冒険者ギルドに依頼の報告をして、宿に戻った。
「あ、アンドー様。お荷物が来てますよ」
「荷物? ありがとう」
宿に戻ると受付の人からそう言って荷物を渡された。
差出人の名前を見ると、商業ギルドの知り合いであるマイアルからだった。
「マイアルか。ならオークション関連のことかな?」
部屋に戻ってその荷物を開けると、中には服と手紙が入っていた。
まずは手紙だな。
えっと、なになに……
手紙に書かれていたのはこういうことだ。
オークションの当日には宿に迎えを出すからそれで来て欲しい。
参加する時に一緒に送った服を来て欲しい。
言葉を飾ってあったが、要約すればその二つ。
ああ、そうか、ドレスコード的なやつを失念してたな。
一応俺たちは全員なんか良さそうな服を持っている。俺は城で着てたパーティー用の服を持ってるし、多分環も持っているだろう。イリンは以前に獣人国で着た奴があるはずだ。
だが環が本当に正装の類を持っているかなんて分からないし、この街で慌てて用意したとしても、環だけ俺たちと揃っていない衣装だと浮いてしまう。
なので、ここでマイアルが三人分の衣装を用意してくれたのは素直にありがたい。次にあったらしっかりと礼を言わないとだな。
「イリン、環。明後日はこれを着てくれ。マイアルが送ってきてくれた」
「ドレス、ですか」
「えっ、本当?」
そう言って二人にそれぞれ梱包されている服を差し出す。
「ああ、ほら」
キョトンと首を傾げているイリンに対して、環は驚きながらも俺が渡したドレスを広げてみて喜びを見せていた。環だって女の子なんだし、やっぱり着飾るのは好きなんだろう。
「本当なら俺が用意するべきだったんだろうけど、すっかり忘れてた。すまん。今度一緒に買いに行くから許してくれないか?」
パートナーである者の服は俺が用意するべきだ。なのにそれを忘れてしまうとは……。
今度また同じようなことがあっても平気なように、近いうちに買いに行こう。
二人とはこの一週間で街を回っていたけど、それは一般庶民の生活圏の範囲だけだった。今度はもっと上位層の方に行ってみよう。
「その程度で怒ることなどありませんが……ふふっ。お言葉に甘えさせていただきます」
「ねぇ、今着てみてもいいかしら?」
環は手にとったドレスを目の前で広げると、楽しげに尋ねてきた。
「ああそうだな。確認しないといけないし……うん。素直に見てみたいな」
自分で贈ったモノではないとはいえ、それでも二人がどんなものを着るのか純粋に見てみたい。
「なら着替えてみますね」
俺がそう言うとイリンが微笑みながらそう言い、二人が着替えるということなので俺は部屋を出て適当に時間をつぶすために宿の中をぶらつくことにした。
そうこうして時間は進んでいき、特になんの問題もないままオークション当日となった。
「アンドー様。お客様がお越しになられました」
部屋のドアを叩く音がして、そのすぐ後に宿の従業員の声が聞こえた。どうやらマイアルからの迎えが来たようだ。
「わかりました。すぐにいきます」
従業員にそう返事をしてから俺はすでに着飾っていた二人へと顔を向ける。
「二人とも準備はいいか?」
「はい」
「ええ」
イリンは青で環は薄い紫のドレスを着ている。ドレスと言っても、今回はパーティーに参加するというわけでもないのでそこまで派手なモノではなく、落ち着いた雰囲気のものだった。
二人とも同系統の色合いだが、その雰囲気は別物だ。
イリンも環もその髪の色の影響だろうが、感じるイメージが違う。
イリンはその明るめの緑色の髪のために明るく可愛らしく感じ、環は真っ黒な髪の影響で落ち着いた美人という感じだった。……二人の性格は逆だけど。どちらかと言うと環が明るい感じで、イリンが落ち着いている感じだと思う。
だがどちらにしても似合っていることは間違いない。それを選んだのが自分ではないことを少し悔しく感じるが、見れてよかったとも思う。
「さて、じゃあ行こうか……とそうだ。改めて、イリン、環。二人とも似合ってるよ」
そうして俺たちは下に待たせているマイアルの馬車に乗ると、そこにはマイアル本人がいた。
「おお、アンドーはん。よう来はった。そっちの二人も、におうとって良かったわ」
「頼んだのはこちらですから。服をありがとうございました。すっかり失念していまして助かりました」
「なんの。ワイらもあんさんらに助けられとるさかい、気にせんといてええですわ」
「助けた? 俺たち何もしてませんけど……」
ドレスの件もだが、助けられたのは俺たちの方だと思うんだが……何かしただろうか?
「ま、こっちで勝手に利用させてもらっとるだけや。利用ゆうても、あんさんらに迷惑かかるような事はしてへんで。今回の出品でちょっと細工させてもろただけや。あれのおかげで『奴ら』に一撃喰らわせられるわ」
「奴ら、と言うと……」
「例の奴らや。こっからは口には出さんといてな」
例の奴らとは反亜人派の奴らであっているのだろう。
だがそうだな。これからはどこで誰が聞いてるかわからないんだから、今から気をつけるに越したことはない。会場に着いてから口にしないように気をつけないとな。
その後も話していると、馬車が速度を落とし始め少しだけカクンと揺れた。
「──おっとっと。……そろそろ着くみたいやな。ああ、せや。これをつけとき。多少は身バレを防げるやろ」
そう言ってマイアルは横に置いてあった収納具らしき鞄から、顔の上半分を隠す仮面を差し出してきた。
確かにこれをつければ身バレを防げるかもしれないけど……なんかあれだな。すごく怪しい雰囲気だ。つけるけどさ。
「ありがとうございます」
「ええってええって。さ、こっちや。ついてきい」
そうこうしているうちに目的場所に到着したようで、俺たちは馬車から降りてマイアルの先導で進んでいく。
「ここがワイらの部屋やな。普通、一般の参加者はあっちに座るんやけど、アンドーはんらはこっちの方がええやろ? ここはうちの紹介の名義でとっとるさかい、安心してええで」
「ありがとうございます」
俺としては軽く参加を頼んだだけなのだが、ここまで気を使ってもらうとなんだか悪い気がするな。
その部屋はかなり広く、部屋の前面は一面ガラス張りだ。よくみてみると魔術がかかっているようなので、これは防犯のための強化系の魔術だろう。
そのガラスから除いた会場は、コロッセオのように円形の客席と、その中央に迫り上がった舞台という作りとなっていた。
だが、一つ気になることがある。
「ねえ、あれって天井空いててもいいのかしら?」
だよな。やっぱりそこが気になるよな。
この会場、環が言ったように天井が空いていたのだ。先ほどコロッセオのようにと言ったが。まさにそんな感じだ。
月明かりが綺麗だが、あれでは天候が悪ければ継続できないだろうし、賊とかなんかその辺も問題があるんじゃないだろうか?
「ああ、あれでっか。あれば問題あらへんで。ここは商業ギルドに参加しとるモンが金だしあって運営しとるんやけど、その金で結界系の魔術使えるモンをぎょーさん雇っとる。会場中に結界をかけとるもんやから、安心しいや。覗かれたりせえへんで。もちろん、雨なんかの天候対策もバッチリや。この部屋は関係あらへんけどな」
「そんなことをするくらいなら、最初から天井を閉じて警備でガチガチに固めておけばいいんじゃないか?」
そっちの方が安全だし金もかからないはずだ。除かれる心配とかもないし。
結界系を使う魔術師だって言っても、桜ちゃんみたいに強力なものを張れるわけでもない限り安全とは言い難い。
「その辺はややこしいんやけど、ギルドにも見栄っちゅーもんがあるんや」
マイアルは頭を掻きながら眉を顰めてそう言った。けど、見栄かぁ……。
まあ頼りなさげに見せておいて実は……ってなんた方が凄そうには感じるかな?
それに、これだけ大きい場所の警備を任せられるほどの結界系の魔術師を用意できるってのは、それだけ力があるんだぞと見せつけることができるか?
よくわからないけど多分そんな感じだろう、きっと。
「それに、他にも理由があんねん。ここでは珍しい魔術具なんかも集まるんやけど、実際にそれを使うて効果を証明する場合があんねん。古く、ホンモンかの信憑性が怪しいヤツほど証明は必要や。……せやけど、周りは客だらけ。どこに向けて使えばええちゅー話や。結界で守られとるけど、向けられたモンはいい気分やないやろ?」
「だから空に放つ、か」
「せや。空なら万が一でも客に怪我させる心配はあらへん」
なるほどなぁ。当然だけどいろいろ考えられてるんだな。
「ワイはちぃっとばかしやることがあるもんやさかい、出てくるわ。部屋付きは好きに使うてや」
そう言ってマイアルはどこぞへと言ってしまった。
しかし、部屋付きとはルームサービスのことだろうか? マイアルが出て行く時にチラリと見えた部屋の外に待機していた人に頼めばいいんだろうか?
そのまま部屋の中で適当に寛ぎながらマイアルの帰りとオークションの始まりを待っていたのだが……。
「始まってしまいましたね」
マイアルが戻ってくる前にオークションは始まってしまった。
今は始まる前に司会が開会の言葉を言っている。
それを適当に聞き流しながらどうするんだろうと思っていると、舞台の横からマイアルが現れた。
あいつ、あそこで何してんだ?
舞台に上がったマイアルは、司会からマイク的な拡声器を受け取るとオークションの参加者たちを見回しながら話し始めた。
「皆はん。今日は最後にウチの商会からごっつええもんをサプライズとして出しとるで。つい先日手に入れたばっかでん。せやから目録に載せることは出来ひんかったけど、どうせオークション前に手に入れたんやから出したい思てサプライズとして参加させてもらいまったわ。それがなんなのか気になる言う方も多くいるやろうが、それは実際に見てからのお楽しみや。きっとこのオークションが終わる時には大変な事になっとるで! せやからそれまで財布の紐をかたーく締めとってな。せっかくのサプライズ、参加できん、なんちゅー事になったら後悔する事になるで。……っちゅーても、固く締めた財布の紐も、ウチの品ん時はゆるーくしてくれてもかまへんさかい、たくさん買うてってや!」
そう言うとマイアルは一礼してから拡声器を司会に返し、舞台を降りてその場を去っていった。
……だが、なんだろうな。なんとなく今の言葉には含みがあるように感じた。
──オークションが終わる時には大変な事になる。
これでは何か事件が起こるみたいだ。他にも言い方はあっただろうに、なんでマイアルはわざわざそんな言葉を選んだんだろう……。
「やー、待たせてしもうたな」
その後はすぐにオークションが始まったのだが、三つ目の品が売られたところでマイアルが戻ってきた。
「いや、待ってないよ」
「それはそれでショックやねん……」
そんなふうに言いながら肩を落としているマイアルに、俺はさっき感じた疑問を聞いてみる事にした。
「なあ、なんでさっきあんなこと言ったんだ?」
「……あんな事ゆうんは?」
「『オークションが終わる時には大変な事になる』。他に言葉の選びようがあったと思うんだが?」
「それに気づきまっか。ま、アンドーはんも気付いてる通り、わざとや。それがなんなんかは……お楽しみっちゅー事で許したってや」
マイアルはそう言うと笑って舞台を眺めたが、その笑みがただ楽しげなものだけではなくどこか黒さを感じさせるものだったことから、おそらくは例の反亜人派への攻撃や妨害を兼ねてのことなんだろう。
……まあ、楽しみにしてろってことは俺たちに害はないんだろうし、それなら今はこのオークションを楽しむか。
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出版社: アルファポリス
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
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【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
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※カクヨムとなろうにも投稿しています
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