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聖女様と教国
470:追加の協力者
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結局朝ごはんはどうなったかというと、イリンのおかげでなんとかなった。
毒があるかもしれないから気をつけないといけないという事で、まずはとてつもなく優れた鼻で匂いを嗅ぎ分けて毒を判断し、次に軽く一口食べて毒を判断した。
が、結局毒はなかった。
「これでも『力』があるから生半可な毒じゃ死なないからね。私を殺し切れる毒を持ってなくて、ヘタに警戒されるよりは何もしないことを選んだんだと思うよ」
とミアはそう言っていた。
ついでに言うならミアの『力』のことは教皇側もわかっているらしいが、その『力』の正体というのは、聖女としての、ではなく神獣の後継者としての力だというのはわかっていないそうだ。
何せ代々の聖女が神獣の力を受け継いで来たというのは、聖女本人にしか伝えてはならない秘密なのだから。
だが毒では死にづらいと言っても、それはあくまでも死にづらいだけであって苦しいことには変わりないし、その間動けなくなるからできることならくらいたくないそうだ。
まあ今回はやらなかったが、いざとなったら食事を断ればいい。
断ったところで俺の収納の中には俺だけでは食べ切れないほどの料理が入っているし、仮に料理がなくなったとしても食材はある。なので食べ物がなくなるということはあり得ないのだ。
コンコンコン
「ん? 誰だろ?」
そうして朝食を終えて再びミアの執務室にもどってきた俺たちだったが、部屋に戻ってからそれほど時間を置かずに部屋のドアを叩く音が聞こえた。
ミアの付き人であるメリルがドアを開けると、そこからは身長を優に二メートルを超え、ドアから見える景色を埋め尽くしているような壁の方な男が現れた。
「あ、隊長」
そんな男の姿を見たミアは、外行きの態度ではなく素の態度でその男に呼びかける。
「聖女様! ご無事のご帰還、心よりお祝い申し上げます!」
隊長と呼ばれた男はミアの前まで進むと、少し離れた位置で跪き大声でそう言った。
「この度はお守りすることができずに申し訳ありませんでした!」
「いいよいいよ。聖騎士隊は教皇の命でいろんなところに出されてた最中だし、仕方ないって」
どうやらこの男はミアが前に説明していた聖騎士隊らしい。聖騎士というのはこの大聖堂に所属する武装戦力のことだ。
そして隊長という呼び方からして、この男はそんな聖騎士隊の隊長なのだろう。
「ですが、我々がもっとしっかりしていれば王国の兵などをこの国に入れることもなかったはずっ……!」
「……落ち込むのはわかるけどさ、それでも今は嘆いてる時間じゃ無いんだよ。厳しいかもしれないけどさ」
ミアの言葉に悔しげに俯いた隊長だが、ミアはそんな彼のことを気にしているのか視線を向けながらも話を進めていく。
「命をかけてまで守ってくれたみんなのためにも、私は死ぬわけにはいかない。それに、亜人蔑視なんてふざけたことはやめさせないと。だからそのために、私は教皇を討つよ。……あなたはどうするの?」
ミアは立ち上がって隊長の前まで進むと、目の前で跪く隊長を見下ろして問いかける。
「どこまでもお供いたします。我が信仰は貴方の元に」
命でも忠誠でもなく、信仰か……。
なんとなくだが、この男は信じてもいい気がした。ミアが信じている風だからというのもあるが、『信仰は貴方の元に』と言ったのが決めてと言っていいかもしれない。
この場で誓うのに忠誠ではなく信仰を持ち出したことから、なんとなく裏切らないだろうと思ったのだ。
「ならば、それに私も混ぜてもらってもよろしいでしょうか、聖女様」
そんな二人を見ていると、メリルが招き入れたのかドアから新たな人物が入ってきた。
「ヤーナ。うん、もちろん」
ミアはその人物の姿を見ると、パッと明るく笑顔になって頷いた。
ヤーナと呼ばれた人物は、薄らと青を帯びている白髪をしている女性で、年の頃は七十くらいだろうか? この世界の平均を上回っていることはわかった。
その女性は部屋に入るとミアへと近づいていくが、そんなヤーナの姿を見てミアは動きを止め、先ほどの笑顔とは逆に、暗く沈んだ表情へと変わっていた。
「……ごめんね。守れなくって」
それはなんのことだろうか。俺たちにはわからないが、それでも当人同士の間ではしっかりとわかっているようで、ヤーナは悲しげに眉を歪めたものの、ミアの言葉を否定するかのように首を横にふった。
「これはあの子が選んだ道。悲しく無いとは言わないけど、あなたが気にすることでは無いわ。気にするべき者は、自身の私欲によって大聖堂を操ろうとしている教皇のほうよ。だから、私も敵討ちに参加させてもらってもいいかしら?」
「……うん。ごめんね。よろしく、おばあちゃん」
「あら、懐かしい呼び方。大きくなったと思っていたけれど、まだまだね。ふふ、よろしくね、ミアちゃん」
ヤーナはミアのことを抱きしめると、ミアもそっと抱きしめ返した。
そしてそんな時間が三分ほど経つと、ミアは顔を上げて顔に手を当てると何かを拭うようにしてから俺たちの方へと向き直って笑いかけた。
「あーちゃん達に紹介するね。この人たちは信頼できる人たちで、こっちの人は聖騎士隊の隊長さん。聖女への信仰が篤いから裏切る心配はないよ」
そう言われた当人の隊長は、ミアの言葉を受けて自身の胸に勢いよく右の拳を打ち付けると、誇らしげに笑った。
「で、こっちがヤーナ。教会所属の専属薬師の一人」
「私としては、教会というよりもミアちゃんの専属という気分ですけれどね」
先ほどヤーナのことをおばあちゃんと呼んだり、中の良いところを見るに、上司と部下という関係ではなく、個人的に親しいのだろう。
その理由はさっきの二人のやりとりを見ていて、おそらくだが察することができた。
多分だが、ヤーナの子供か孫がミアの付き人の一人だったのだろう。そして今回の件に巻き込まれて殺された……そんなところだと思う。
であれば、ヤーナが裏切ることはないだろう。何せ、ミアを裏切るということは、自分の家族を殺すように命令した教皇側に付く事になるんだから。
「──ところで聖女様。こちらの方々はどなたでしょうか?」
そんなことを考えていると、隊長が俺たちのことを睨みつけ、威圧しながらミアにそう尋ねた。まあ警戒してるんだろうな。敵の回し者じゃないか、って。
「あー、この人達は協力者だよ。獣人国で見つけて、ここまで護衛してもらったんだ」
「ほう、それはそれは……」
ミアがソファに座り直しながらそう俺たちについて説明しだが、それでも隊長の疑いは晴れないようで相変わらず睨みつけたままだ。むしろその視線はもっと強くなったかもしれない。
「ああ大丈夫。私の方から声かけたし、最初は裏切りは心配しなくていい」
「ですが金に目が眩むということもあれば、権力で、ということもあるかもしれませぬ。所詮は信仰なき者。気を許すべきでは無いかと」
信仰なき者、か……。一応聖印は首からぶら下がってるんだけど、どこでそう判断したんだろうか?
だがまあ、そういう理由で俺たちを疑うのであれば、やっぱりこの隊長は信じてもいいかもしれないな。もしこれが敵側だったら、もっと違う理由で疑いをかけて引き離そうとするだろうし。
「まあ、隊長の言うこともわかるんだけど、あーちゃん達は本当に心配ないんだよ。──あーちゃん。やっちゃって!」
やっちゃって、って言われても、なんの打ち合わせもなしになんのことだよって感じなんだが?
でもまあ、多分こう言うことだろうな。
俺はミアの言葉の意図をなんとなく察し、一歩前に出て隊長と呼ばれている男の前に立つと、自分の背後と左右の床に収納魔術を展開した。
そして突然できた黒い渦を警戒するように隊長はその場から飛び退いたが俺は気にせずにそのまま続けていく。
するとその渦からはゆっくりと地面から迫り上がってくるかのように山のような硬貨と、無数の装飾品や武具が現れた。
俺が持っている価値のありそうなものをまとめて取り出したことによって、俺は金は必要ないと言うアピールをしたのだ。
だがそれだけでは弱いので、次は権力に興味がないことを示そうと思う。
俺は新たに三つのアイテムを取り出すと、飛び退いたまま突然現れた宝の山に目を丸くしている隊長に歩み寄り、それらを差し出した。
訝しげにしながらも、警戒を緩めることなく俺の手からその三つのアイテムを受け取った体調を確認すると、俺はこっちの世界に来てから久しくしていない挨拶を口にする。
「はじめまして。今代の勇者として呼ばれましたアンドーと申します」
あー、この挨拶久しぶりだなぁ……。城にいた時は貴族との面会の時に何度もしてたけど、抜けだしてからはろくに名乗ってなかったからな。
なんで今まで秘密にしていたのに名乗ったのかというと、ここでは名乗った方がことが進みそうだったからだ。
この大聖堂は初代聖女が建てた孤児院を元にして作られた教会で、それが独自の発展をしていってできたものだ。
それ故に祀っているのも神ではなく聖女そのもの。そしてその仲間だった勇者。だからこそ聖女が象徴として存在しているわけだ。
一応神も祀っているが、それは聖女に力を与えた存在として、であり、メインではない。
そして勇者の方も神と同じで祀っているけど、あくまでもここは聖女がメインであり、まあ言ってしまえばおまけだ。
だがおまけであったとしても聖女は勇者とともに魔王を倒して世界を平和にしたという御伽噺があるので、この国では聖女に協力していた勇者のそれなりに偉いというか……尊重するべき存在? まあそんな感じなのだ。
だから勇者と名乗れば疑いもなくスムーズに信用を得られるだろうと思って、俺は勇者として名乗った。
元々何があっても隠さないといけないというわけでもないし、これまでも所々で勇者であることは教えていたから今更だ。
まあ、いろんなところで教えてきたし、そろそろ隠す必要もないかなと思ったのも事実だが。
どうせもう俺が生きてることは王国側もわかってることだろうし、居場所がバレたところで……という感じだから徹底して隠す必要はないと思う。
「「「…………は?」」」
だがそんな割と適当な気分で名乗った俺の名乗りを聞いて、教会所属の三人……隊長、ヤーナ、そしてメリルは呆けたような声を出した。
「ゆう、しゃ……?」
「ええ。それは証拠になるかわかりませんが、少なくとも戦力の証明にはなるかと」
「これは……竜級冒険者……」
隊長は手元にある俺がさっき渡したものへと視線を落とし、小さく独り言を呟いた。
ちなみに渡したのは、俺が最初に王国で作らされた身分証と獣人国でもらった勲章と竜級冒険者証の三つだ。
竜級冒険者証も、この人たちにならバラしてもいいだろう。こっちは勇者であることに比べてそれほど秘密にしなくてはならないものではないし、勲章の方もそうだ。
「ですが、勇者様は王国にいるはずです。なぜこのようなところに?」
混乱から復活したヤーナが少し眉を寄せて困ったような表情をしながら問いかけてくる。
「王国から離反したからですよ」
「離反?」
「はい。俺は他の勇者と比べると弱くて……渡したそれを見て貰えばわかると思いますけど、勇者の持つ固有の『スキル』を持っていなかったんです。そのせいで役立たずとして殺されそうだったんで、逃げました。聞いたことありませんか? 勇者のうち何人かが死んだ、と」
「……確かにその話は聞いたことがあります。魔族によって襲われたと。……あれはもしかして、あなたが?」
「はい。ここにある宝は脱出する際にちょっと宝物庫から持って来たものです。これらがなければ、王国もそう好き勝手できないだろうと」
実際には逃亡資金稼ぎと嫌がらせも兼ねてた……というかあの時はその理由の方が本命だった。宝物この中がなくなれば王国の動きを制限できるというのは、まあ後付けの考えだ。
「そうですか……」
「うーむ……」
「ちょっと待って!」
俺の言葉にヤーナと隊長が悩む中、ミアがソファから勢いよく立ち上がって叫んだ。
「どうした、ミア?」
「今、王国の宝物庫から持ってきたって言ったよね?」
「ああ。それが──」
「なら、錫杖ってないかな!?」
「……錫杖?」
突然のミアの叫びに何事かと思ったのだが、ミアは俺の話を聞かず、ろくに説明することもなくそう言った。
「「「ああ!」」」
そしてミアの言葉に反応するように教会組の残り三人も何かに気が付いたかのように叫んだ。いったいなんだというんだ?
「どうなの!?」
「錫杖っていうか、杖の類なら何本かあったはず──」
「それどこにあるの!?」
ミアは訳がわかっていない俺の肩を掴み、またも言葉を遮って急かすように俺の体を揺らしながら問うて来た。
「……多分この中のどこかに──」
「探して!」
「「「はい!」」」
もはやわかり切っていたが、やはり俺がいう前に叫んだミアの号令によってその錫杖とやらを探し出したのだが……言えない。一度収納すれば杖だけを取り出すことができるのに、なんて……。
「──あった! ありましたぞ、聖女様! これではありませぬか!?」
「それだ! でかした、隊長!」
しばらくの間宝の山を漁り、その中から目的のものを見つけた隊長が一本の杖を掲げて叫んだ。
そしてミアもその杖を見ると杖を指を指して叫び声を上げた。
「おお……! まさか我らの手に戻ってくる日が来ようとは……」
「ほんとね。良かったわ」
教会組はなんだか喜んでいるし、隊長なんかは涙を流してるけど、俺には何がなんだかさっぱりだ。イリンと環の様子を伺ってみると、二人も俺と同じように頭にハテナを浮かべている。
「……それで? その杖はどんなものなんだ? 説明が欲しいんだが」
「ああごめんごめん。これはね、この教会の宝なんだ。初代聖女様が使ってた物で、『聖女』が使うとその真価を発揮できる物なんだけど、百年以上前に盗まれてね。いろいろ調べたら王国に渡ったのが判明したんだ。それ以来返還要求をしてるんだけど、王国側は知らぬ存ぜぬで……」
ミアはそう言うと盛大にため息を吐いて自身の手の中にある杖を見つめた。
「それを盾に取られて強く出られなかったってのもあるんだよね。もちろん、向こうだってあからさまには言ってこないけどさ、それでもちらつかせるくらいはしてきたんだよ……」
杖を返して欲しかったらいうことを聞け、みたいな感じか。
ああ……なんとなくその光景が思い浮かぶよ。
あいつら、利用できるものは壊れるまで利用し尽くそうって感じだからな。多分その盗んだのだってあいつらの指示とかじゃないか?
「……ねえ、これ貰えないかな? 代金は報酬に上乗せするから」
「わかった」
「え? い、いいの? 本当に? そんなに簡単に……」
「いや、でも俺が持ってたところで使えないんだろ? なら意味ないじゃないか。どうせ今まで使ってこなかったし、これからも使う予定ないし」
杖、ということで今まで攻撃にも使ってこなかったし、俺たちの中で杖を使う環はすでに自分用のを持ってるから、本当に使い道がない。
あるとしたら売るぐらいだけど、売り場がないし金に困ってないからそれも必要ない。
「な、なら、本当に貰うよ?」
「ああ」
「ありがとう……」
ミアはそう言って本当に嬉しそうに笑いながら杖を優しく撫でた。
「戻ってきて良かった。これがないとできないことがあるんだ」
それは多分聖女の力に関わることなんだろうけど、そうなると本当に俺には関係なくなるし、渡してよかったと思う。
ああでも、聖女の力ということは神獣の力ということであり、ならイリンにも関係してるかもしれないから、なんに使うのか聞いてみようかな?
まあでも、それもまた今度だ。今はそんなことよりも思いついたことがある。
「……ならさ、その杖を使って優位に立てないか? 教団の宝を取り戻したんだ。教皇が王国に擦り寄ってもできなかった事を聖女がやったとなれば、全員とはいかなくてもある程度は聖女派に戻ってくるんじゃないか?」
その杖をうまく使えば優位に立てるかもしれないと思い、そう提案してみた。
「んー……それもいいんだけど、今はやめとくよ」
のだが、それはミアによって否定されてしまった。
「なんでだ?」
「これは、今回の騒ぎが終わってから王国に対して使うことにする。もちろん、必要なら今回使うけど、まだその時じゃないかなって」
王国に対してどう使うのかわからないが、ミアがそう決めたのならそれでいい。もうあの杖はミアのものなんだし、この集まりの頭はミアだからな。
「……そうか。ならそれはそれでいいとして、その杖はどこに置いておくんだ? まだバラさないってことは、見つからない方がいいんだろ?」
「そうだね。だから、まだあーちゃんが持っててよ。多分そこが一番安全だから」
そう言って杖を押し付けられた俺は戸惑いながらも視線でミアに問いかけるが、ミアは頷いて杖を押し付ける力を強くした。
「わかった」
そう言って俺は杖を受け取り、再び収納の中へとしまった。
コンコンコン。
と、俺が杖を収納したのと同時に、部屋のドアが叩かれた。
「聖女様。お手紙をお持ちいたしました」
「手紙? 誰からだろ……」
ドアの向こうからかかる声を受けてメリルがその手紙を受け取りに行った。が……
「うわ……」
「どなたからなの?」
メリルが持ってきた手紙を開けて読むと、ミアは顔をしかめていやそうな声を出した。
そのことを不思議そうに尋ねたヤーナだが、ミアはいやそうな顔のまま顔を上げて俺たちを見回すして言った。
「王宮。聖女の無事を周知するためにパーティーを開くから来いってさ」
毒があるかもしれないから気をつけないといけないという事で、まずはとてつもなく優れた鼻で匂いを嗅ぎ分けて毒を判断し、次に軽く一口食べて毒を判断した。
が、結局毒はなかった。
「これでも『力』があるから生半可な毒じゃ死なないからね。私を殺し切れる毒を持ってなくて、ヘタに警戒されるよりは何もしないことを選んだんだと思うよ」
とミアはそう言っていた。
ついでに言うならミアの『力』のことは教皇側もわかっているらしいが、その『力』の正体というのは、聖女としての、ではなく神獣の後継者としての力だというのはわかっていないそうだ。
何せ代々の聖女が神獣の力を受け継いで来たというのは、聖女本人にしか伝えてはならない秘密なのだから。
だが毒では死にづらいと言っても、それはあくまでも死にづらいだけであって苦しいことには変わりないし、その間動けなくなるからできることならくらいたくないそうだ。
まあ今回はやらなかったが、いざとなったら食事を断ればいい。
断ったところで俺の収納の中には俺だけでは食べ切れないほどの料理が入っているし、仮に料理がなくなったとしても食材はある。なので食べ物がなくなるということはあり得ないのだ。
コンコンコン
「ん? 誰だろ?」
そうして朝食を終えて再びミアの執務室にもどってきた俺たちだったが、部屋に戻ってからそれほど時間を置かずに部屋のドアを叩く音が聞こえた。
ミアの付き人であるメリルがドアを開けると、そこからは身長を優に二メートルを超え、ドアから見える景色を埋め尽くしているような壁の方な男が現れた。
「あ、隊長」
そんな男の姿を見たミアは、外行きの態度ではなく素の態度でその男に呼びかける。
「聖女様! ご無事のご帰還、心よりお祝い申し上げます!」
隊長と呼ばれた男はミアの前まで進むと、少し離れた位置で跪き大声でそう言った。
「この度はお守りすることができずに申し訳ありませんでした!」
「いいよいいよ。聖騎士隊は教皇の命でいろんなところに出されてた最中だし、仕方ないって」
どうやらこの男はミアが前に説明していた聖騎士隊らしい。聖騎士というのはこの大聖堂に所属する武装戦力のことだ。
そして隊長という呼び方からして、この男はそんな聖騎士隊の隊長なのだろう。
「ですが、我々がもっとしっかりしていれば王国の兵などをこの国に入れることもなかったはずっ……!」
「……落ち込むのはわかるけどさ、それでも今は嘆いてる時間じゃ無いんだよ。厳しいかもしれないけどさ」
ミアの言葉に悔しげに俯いた隊長だが、ミアはそんな彼のことを気にしているのか視線を向けながらも話を進めていく。
「命をかけてまで守ってくれたみんなのためにも、私は死ぬわけにはいかない。それに、亜人蔑視なんてふざけたことはやめさせないと。だからそのために、私は教皇を討つよ。……あなたはどうするの?」
ミアは立ち上がって隊長の前まで進むと、目の前で跪く隊長を見下ろして問いかける。
「どこまでもお供いたします。我が信仰は貴方の元に」
命でも忠誠でもなく、信仰か……。
なんとなくだが、この男は信じてもいい気がした。ミアが信じている風だからというのもあるが、『信仰は貴方の元に』と言ったのが決めてと言っていいかもしれない。
この場で誓うのに忠誠ではなく信仰を持ち出したことから、なんとなく裏切らないだろうと思ったのだ。
「ならば、それに私も混ぜてもらってもよろしいでしょうか、聖女様」
そんな二人を見ていると、メリルが招き入れたのかドアから新たな人物が入ってきた。
「ヤーナ。うん、もちろん」
ミアはその人物の姿を見ると、パッと明るく笑顔になって頷いた。
ヤーナと呼ばれた人物は、薄らと青を帯びている白髪をしている女性で、年の頃は七十くらいだろうか? この世界の平均を上回っていることはわかった。
その女性は部屋に入るとミアへと近づいていくが、そんなヤーナの姿を見てミアは動きを止め、先ほどの笑顔とは逆に、暗く沈んだ表情へと変わっていた。
「……ごめんね。守れなくって」
それはなんのことだろうか。俺たちにはわからないが、それでも当人同士の間ではしっかりとわかっているようで、ヤーナは悲しげに眉を歪めたものの、ミアの言葉を否定するかのように首を横にふった。
「これはあの子が選んだ道。悲しく無いとは言わないけど、あなたが気にすることでは無いわ。気にするべき者は、自身の私欲によって大聖堂を操ろうとしている教皇のほうよ。だから、私も敵討ちに参加させてもらってもいいかしら?」
「……うん。ごめんね。よろしく、おばあちゃん」
「あら、懐かしい呼び方。大きくなったと思っていたけれど、まだまだね。ふふ、よろしくね、ミアちゃん」
ヤーナはミアのことを抱きしめると、ミアもそっと抱きしめ返した。
そしてそんな時間が三分ほど経つと、ミアは顔を上げて顔に手を当てると何かを拭うようにしてから俺たちの方へと向き直って笑いかけた。
「あーちゃん達に紹介するね。この人たちは信頼できる人たちで、こっちの人は聖騎士隊の隊長さん。聖女への信仰が篤いから裏切る心配はないよ」
そう言われた当人の隊長は、ミアの言葉を受けて自身の胸に勢いよく右の拳を打ち付けると、誇らしげに笑った。
「で、こっちがヤーナ。教会所属の専属薬師の一人」
「私としては、教会というよりもミアちゃんの専属という気分ですけれどね」
先ほどヤーナのことをおばあちゃんと呼んだり、中の良いところを見るに、上司と部下という関係ではなく、個人的に親しいのだろう。
その理由はさっきの二人のやりとりを見ていて、おそらくだが察することができた。
多分だが、ヤーナの子供か孫がミアの付き人の一人だったのだろう。そして今回の件に巻き込まれて殺された……そんなところだと思う。
であれば、ヤーナが裏切ることはないだろう。何せ、ミアを裏切るということは、自分の家族を殺すように命令した教皇側に付く事になるんだから。
「──ところで聖女様。こちらの方々はどなたでしょうか?」
そんなことを考えていると、隊長が俺たちのことを睨みつけ、威圧しながらミアにそう尋ねた。まあ警戒してるんだろうな。敵の回し者じゃないか、って。
「あー、この人達は協力者だよ。獣人国で見つけて、ここまで護衛してもらったんだ」
「ほう、それはそれは……」
ミアがソファに座り直しながらそう俺たちについて説明しだが、それでも隊長の疑いは晴れないようで相変わらず睨みつけたままだ。むしろその視線はもっと強くなったかもしれない。
「ああ大丈夫。私の方から声かけたし、最初は裏切りは心配しなくていい」
「ですが金に目が眩むということもあれば、権力で、ということもあるかもしれませぬ。所詮は信仰なき者。気を許すべきでは無いかと」
信仰なき者、か……。一応聖印は首からぶら下がってるんだけど、どこでそう判断したんだろうか?
だがまあ、そういう理由で俺たちを疑うのであれば、やっぱりこの隊長は信じてもいいかもしれないな。もしこれが敵側だったら、もっと違う理由で疑いをかけて引き離そうとするだろうし。
「まあ、隊長の言うこともわかるんだけど、あーちゃん達は本当に心配ないんだよ。──あーちゃん。やっちゃって!」
やっちゃって、って言われても、なんの打ち合わせもなしになんのことだよって感じなんだが?
でもまあ、多分こう言うことだろうな。
俺はミアの言葉の意図をなんとなく察し、一歩前に出て隊長と呼ばれている男の前に立つと、自分の背後と左右の床に収納魔術を展開した。
そして突然できた黒い渦を警戒するように隊長はその場から飛び退いたが俺は気にせずにそのまま続けていく。
するとその渦からはゆっくりと地面から迫り上がってくるかのように山のような硬貨と、無数の装飾品や武具が現れた。
俺が持っている価値のありそうなものをまとめて取り出したことによって、俺は金は必要ないと言うアピールをしたのだ。
だがそれだけでは弱いので、次は権力に興味がないことを示そうと思う。
俺は新たに三つのアイテムを取り出すと、飛び退いたまま突然現れた宝の山に目を丸くしている隊長に歩み寄り、それらを差し出した。
訝しげにしながらも、警戒を緩めることなく俺の手からその三つのアイテムを受け取った体調を確認すると、俺はこっちの世界に来てから久しくしていない挨拶を口にする。
「はじめまして。今代の勇者として呼ばれましたアンドーと申します」
あー、この挨拶久しぶりだなぁ……。城にいた時は貴族との面会の時に何度もしてたけど、抜けだしてからはろくに名乗ってなかったからな。
なんで今まで秘密にしていたのに名乗ったのかというと、ここでは名乗った方がことが進みそうだったからだ。
この大聖堂は初代聖女が建てた孤児院を元にして作られた教会で、それが独自の発展をしていってできたものだ。
それ故に祀っているのも神ではなく聖女そのもの。そしてその仲間だった勇者。だからこそ聖女が象徴として存在しているわけだ。
一応神も祀っているが、それは聖女に力を与えた存在として、であり、メインではない。
そして勇者の方も神と同じで祀っているけど、あくまでもここは聖女がメインであり、まあ言ってしまえばおまけだ。
だがおまけであったとしても聖女は勇者とともに魔王を倒して世界を平和にしたという御伽噺があるので、この国では聖女に協力していた勇者のそれなりに偉いというか……尊重するべき存在? まあそんな感じなのだ。
だから勇者と名乗れば疑いもなくスムーズに信用を得られるだろうと思って、俺は勇者として名乗った。
元々何があっても隠さないといけないというわけでもないし、これまでも所々で勇者であることは教えていたから今更だ。
まあ、いろんなところで教えてきたし、そろそろ隠す必要もないかなと思ったのも事実だが。
どうせもう俺が生きてることは王国側もわかってることだろうし、居場所がバレたところで……という感じだから徹底して隠す必要はないと思う。
「「「…………は?」」」
だがそんな割と適当な気分で名乗った俺の名乗りを聞いて、教会所属の三人……隊長、ヤーナ、そしてメリルは呆けたような声を出した。
「ゆう、しゃ……?」
「ええ。それは証拠になるかわかりませんが、少なくとも戦力の証明にはなるかと」
「これは……竜級冒険者……」
隊長は手元にある俺がさっき渡したものへと視線を落とし、小さく独り言を呟いた。
ちなみに渡したのは、俺が最初に王国で作らされた身分証と獣人国でもらった勲章と竜級冒険者証の三つだ。
竜級冒険者証も、この人たちにならバラしてもいいだろう。こっちは勇者であることに比べてそれほど秘密にしなくてはならないものではないし、勲章の方もそうだ。
「ですが、勇者様は王国にいるはずです。なぜこのようなところに?」
混乱から復活したヤーナが少し眉を寄せて困ったような表情をしながら問いかけてくる。
「王国から離反したからですよ」
「離反?」
「はい。俺は他の勇者と比べると弱くて……渡したそれを見て貰えばわかると思いますけど、勇者の持つ固有の『スキル』を持っていなかったんです。そのせいで役立たずとして殺されそうだったんで、逃げました。聞いたことありませんか? 勇者のうち何人かが死んだ、と」
「……確かにその話は聞いたことがあります。魔族によって襲われたと。……あれはもしかして、あなたが?」
「はい。ここにある宝は脱出する際にちょっと宝物庫から持って来たものです。これらがなければ、王国もそう好き勝手できないだろうと」
実際には逃亡資金稼ぎと嫌がらせも兼ねてた……というかあの時はその理由の方が本命だった。宝物この中がなくなれば王国の動きを制限できるというのは、まあ後付けの考えだ。
「そうですか……」
「うーむ……」
「ちょっと待って!」
俺の言葉にヤーナと隊長が悩む中、ミアがソファから勢いよく立ち上がって叫んだ。
「どうした、ミア?」
「今、王国の宝物庫から持ってきたって言ったよね?」
「ああ。それが──」
「なら、錫杖ってないかな!?」
「……錫杖?」
突然のミアの叫びに何事かと思ったのだが、ミアは俺の話を聞かず、ろくに説明することもなくそう言った。
「「「ああ!」」」
そしてミアの言葉に反応するように教会組の残り三人も何かに気が付いたかのように叫んだ。いったいなんだというんだ?
「どうなの!?」
「錫杖っていうか、杖の類なら何本かあったはず──」
「それどこにあるの!?」
ミアは訳がわかっていない俺の肩を掴み、またも言葉を遮って急かすように俺の体を揺らしながら問うて来た。
「……多分この中のどこかに──」
「探して!」
「「「はい!」」」
もはやわかり切っていたが、やはり俺がいう前に叫んだミアの号令によってその錫杖とやらを探し出したのだが……言えない。一度収納すれば杖だけを取り出すことができるのに、なんて……。
「──あった! ありましたぞ、聖女様! これではありませぬか!?」
「それだ! でかした、隊長!」
しばらくの間宝の山を漁り、その中から目的のものを見つけた隊長が一本の杖を掲げて叫んだ。
そしてミアもその杖を見ると杖を指を指して叫び声を上げた。
「おお……! まさか我らの手に戻ってくる日が来ようとは……」
「ほんとね。良かったわ」
教会組はなんだか喜んでいるし、隊長なんかは涙を流してるけど、俺には何がなんだかさっぱりだ。イリンと環の様子を伺ってみると、二人も俺と同じように頭にハテナを浮かべている。
「……それで? その杖はどんなものなんだ? 説明が欲しいんだが」
「ああごめんごめん。これはね、この教会の宝なんだ。初代聖女様が使ってた物で、『聖女』が使うとその真価を発揮できる物なんだけど、百年以上前に盗まれてね。いろいろ調べたら王国に渡ったのが判明したんだ。それ以来返還要求をしてるんだけど、王国側は知らぬ存ぜぬで……」
ミアはそう言うと盛大にため息を吐いて自身の手の中にある杖を見つめた。
「それを盾に取られて強く出られなかったってのもあるんだよね。もちろん、向こうだってあからさまには言ってこないけどさ、それでもちらつかせるくらいはしてきたんだよ……」
杖を返して欲しかったらいうことを聞け、みたいな感じか。
ああ……なんとなくその光景が思い浮かぶよ。
あいつら、利用できるものは壊れるまで利用し尽くそうって感じだからな。多分その盗んだのだってあいつらの指示とかじゃないか?
「……ねえ、これ貰えないかな? 代金は報酬に上乗せするから」
「わかった」
「え? い、いいの? 本当に? そんなに簡単に……」
「いや、でも俺が持ってたところで使えないんだろ? なら意味ないじゃないか。どうせ今まで使ってこなかったし、これからも使う予定ないし」
杖、ということで今まで攻撃にも使ってこなかったし、俺たちの中で杖を使う環はすでに自分用のを持ってるから、本当に使い道がない。
あるとしたら売るぐらいだけど、売り場がないし金に困ってないからそれも必要ない。
「な、なら、本当に貰うよ?」
「ああ」
「ありがとう……」
ミアはそう言って本当に嬉しそうに笑いながら杖を優しく撫でた。
「戻ってきて良かった。これがないとできないことがあるんだ」
それは多分聖女の力に関わることなんだろうけど、そうなると本当に俺には関係なくなるし、渡してよかったと思う。
ああでも、聖女の力ということは神獣の力ということであり、ならイリンにも関係してるかもしれないから、なんに使うのか聞いてみようかな?
まあでも、それもまた今度だ。今はそんなことよりも思いついたことがある。
「……ならさ、その杖を使って優位に立てないか? 教団の宝を取り戻したんだ。教皇が王国に擦り寄ってもできなかった事を聖女がやったとなれば、全員とはいかなくてもある程度は聖女派に戻ってくるんじゃないか?」
その杖をうまく使えば優位に立てるかもしれないと思い、そう提案してみた。
「んー……それもいいんだけど、今はやめとくよ」
のだが、それはミアによって否定されてしまった。
「なんでだ?」
「これは、今回の騒ぎが終わってから王国に対して使うことにする。もちろん、必要なら今回使うけど、まだその時じゃないかなって」
王国に対してどう使うのかわからないが、ミアがそう決めたのならそれでいい。もうあの杖はミアのものなんだし、この集まりの頭はミアだからな。
「……そうか。ならそれはそれでいいとして、その杖はどこに置いておくんだ? まだバラさないってことは、見つからない方がいいんだろ?」
「そうだね。だから、まだあーちゃんが持っててよ。多分そこが一番安全だから」
そう言って杖を押し付けられた俺は戸惑いながらも視線でミアに問いかけるが、ミアは頷いて杖を押し付ける力を強くした。
「わかった」
そう言って俺は杖を受け取り、再び収納の中へとしまった。
コンコンコン。
と、俺が杖を収納したのと同時に、部屋のドアが叩かれた。
「聖女様。お手紙をお持ちいたしました」
「手紙? 誰からだろ……」
ドアの向こうからかかる声を受けてメリルがその手紙を受け取りに行った。が……
「うわ……」
「どなたからなの?」
メリルが持ってきた手紙を開けて読むと、ミアは顔をしかめていやそうな声を出した。
そのことを不思議そうに尋ねたヤーナだが、ミアはいやそうな顔のまま顔を上げて俺たちを見回すして言った。
「王宮。聖女の無事を周知するためにパーティーを開くから来いってさ」
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