『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―

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エルフの森の姉妹

481:帰宅!

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「……やっと……着いたな」
「……そうですね」
「……電車か車が欲しいわ」

 教国を出発してから二ヶ月近い時間を経て、俺たちは獣人国にある自宅へと戻って来ていた。

 途中ガムラのいる村やイリンの故郷に寄りもしたしそこでは数日程度泊まりもしたが、それ以外の場所では一泊しかしていないので、時間がかかった原因はそこではない。
 ではなぜこれほど時間がかかったのか。それは、ただ単純に距離が遠かったのだ。

 まあそれも当然といえば当然だ。街から街へ一週間かかるような状態でいくつもの街を旅してきたんだから、それを一気に帰ろうとしたら時間がかかって当たり前。
 これで車だったり道が舗装されてたりしたらもっと早くついたんだろうけど、生憎と踏み固められただけの地面と馬車ではかかる時間は如何ともし難い。
 それでも二ヶ月かからずにこれたのだから頑張った方だと思う。

 道中何もなくここまで戻ってくることができたのはありがたいが、本当に何もなく、退屈なまま馬車に揺られて戻ってきた。

 着いた街や村でゆっくりとしていたらそれほど苦痛じゃないのかもしれないが、できる限り急がなくてはと焦る気持ちから、多少の休憩だけで何日も泊まったりすることはなくほぼぶっ通しで馬車に乗り続けた。

 そうして戻ってきたわけだが……辛かった。
 好きな人とならどんな苦境も耐えられると言う奴はいるかもしれないし、俺だって耐えられるかどうかって言ったら、耐えられる。

 ──が、辛いものは辛いのだ。いくら何でも二ヶ月近く馬車に乗り続けるのはきつい。
 王国を経由して直線で来れれば一ヶ月程度で、もしかしたらもっと早くこれたのかもしれないけど、まあそれは無理なことだし、今は帰ってこられただけでよしとしよう。

 だがしかし、そんな馬車旅も今日で終わりだ。
 獣人国の首都を囲っている外壁を見た俺たちは、皆一様に安堵の息を漏らしている。

 そして家にたどり着き馬車を降りると、まだ出発して一年程度しか経っていないのにすごく懐かしく感じる。
 そう思うのも、旅の間にあったことが濃いからだろうな。

 俺は苦笑いしながら家の扉に手を伸ばして開けた。



「うぅ? ……ほえ? 何であんたここにいんのよぉ~。忘れ物でもしたの~?」

 扉を開けて家の中に入ると、リビングのソファにだらしなく服を着崩した女性がだらしなく寝転がっていた。いうまでもなくケイノアだ。

 胸や尻が半ばまで見えかけている半裸と言っても良い状態の女性。
 エルフということもあってその見た目はとても美人であると言えるのだが、情欲の類を一切感じないのはこいつだからだろう。
 普段のこいつのだらしなさと性格を知っていれば、恋愛対象や性欲の対象にはならない。

 俺にとってケイノアは異性ではなく、片付けができず怠け者な姉、もしくは頼りになる時もあるが基本的に手のかかる妹という感じの立ち位置だ。
 もちろんケイノアの方が年上なのだが、その歳を感じさせない態度のせいでどうしても年上の異性とは思えなかった。

「ケイノア。何ですかその格好は。確かにこの家に住むことは認めましたが、だからと言ってそんな格好で家の主人を迎えるとは何事ですか」

 だがイリンはそれを許せなかった様で、ケイノアに近寄って起こすと、収納具から取り出した布を被せてはだけていた服を覆い隠した。

「だってまだ……何日だっけ? んー? ……まあいっか、何日でも。とにかく大した時間経ってないでしょ? まだ帰ってくるとは思わないじゃない」

 何日ってお前……これでも何日どころではなく一年近く旅に出ていたぞ。

「……一応、一年はいなかったはずなんだが?」
「一年って、そんなの旅でも何でもないじゃない。子供が旅に出る! って飛び出して、ただいまー、って三日で帰ってきて、それを旅って言う?」

 それは、まあ、その通りかもしれない。三日の旅なら帰ってくるにしても笑顔ではなく、少しバツの悪い感じで帰るだろう。

「……エルフの時間感覚で語るなよ」

 だが、それはエルフにとっての感覚だ。
 確かにエルフにとっては一年などすぐに過ぎてしまう短い時間でしかないのかもしれない。
 だが、俺たちにとって一年という時間はそれなりに長い時間だ。到底三日と間違える様な短いものではない。

「まあ良いや。お前に頼みたいことがあって戻ってきたんだ」
「い・や」

 ケイノアはそう言うとイリンからかぶせられた布に包まったまま再びソファへと倒れ込んだ。
 そんなケイノアの頭をイリンはスパンッと叩き、そのせいでケイノアは頭を抑えながら若干涙目になっているが、それでも起き上がろうとはしない。

「……理由は?」
「は? そんなのめんどくさいからよ。わざわざ戻ってくるほどなんだから、どうせ面倒ごとでしょ? いやよめんどくさい」

 めんどくさい、か……。
 そのケイノアの考えは間違ってはいない。
 勇者二人の洗脳を解除するには、大聖堂までケイノアを連れて行かなければならない。
 だがそうなると、ここから大聖堂に行くには再び二ヶ月近い旅が必要になってくる。王国を横断できれば半分くらいにはなるのだが、そんなことはできるはずがない。

「ケイノア……あなたは……」

 イリンはため息をしながら呆れた様子を見せているが、言っても無駄だと思ったのか、困った顔でこっちを見ている。

「すぐに動くってわけでもないし、とりあえず今日はゆっくり休もうか」

 もうすでに勇者を確保してあるってわけでもないんだし、そう急ぐことでもない。いやまあ、急ぐことではあるんだけど、今すぐにと急かすほどでもないっていうか、少しくらいはゆっくりする時間もある。

「そーそー。そんなに頑張る必要なんてないのよ。もっとゆっくりだらーっと過ごしましょうよ」

 そんなことを言ってのけたケイノアの頭を叩いてから、俺たちは一年ぶりの我が家で寛ぐことにした。



 ケイノアが使用している割に思った以上に汚れていなかった家に少し首を傾げたが、そんな疑問もすぐに解消した。おそらくは……というかまず間違いなくケイノアの妹であるシアリスが片付けていたのだろう。

「お姉さま。またお父様からお手紙が届いていますが……あら?」

 そんな家の中でソファに転がっているケイノアに今まであった事とケイノアに求めている事を話していたのだが、その途中で誰かが家の中に入ってきた。

「あ、シアリス。おかえり~」

 家の中に入ってきたのはケイノアの妹のシアリスだった。

 ケイノアは入ってきた妹にソファに横になりながら手を振っているが、シアリスは目を瞬かせて驚いている。

「アンドーさん。……戻ってきたのですね」
「ひとまずはな。ちょっとケイノアに用事があってな」
「そうでしたか」

 俺がそう言うと、僅かながらシアリスの端正な顔が歪められ、だが一瞬後には普段通りの笑顔に戻っていた。

「ああそうだ。シアリス、家の掃除とかしてくれてたのはお前だろ? ありがとう」

 俺はそれを訝しく思いつつも、それ以上は特に気にすることもなく話を進めることにした。

「いえ、お姉さまのために家を貸していただいているのですからこれくらいは当然です」
「できた妹だな」
「本当にね~。助かってるわ」

 ケイノアに視線を送りながら挑発する様に言ってみたのだが、ケイノアは布に包まって寝転がったまま、だら~っと返事をした。
 こいつには姉の威厳を保とうとかそういう考えはないんだろうか? ……いや、今更か。

「お前よりも優秀なんじゃないか──」
「そんなことはありませんよ」

 俺はそんなケイノアを見て軽口を叩いたのだが、そう言った瞬間にシアリスが俺の言葉を遮る様にそう言った。
 普段ならそんな無作法はしないはずなのだが、普段とは違う様子のシアリスは言葉を続けていく。

「私など、お姉さまの足元にも及びませんよ。できることだって、せいぜいこんな片付け程度です」
「……シアリス?」

 どこかおかしな態度で、まるで独り言の様に話すシアリス。
 俺が彼女の名前を呼ぶと、シアリスはハッとした様に目を見開き、スッと視線を逸らしてから何かを思い出したかの様に懐から手紙を取り出した。

「ああそうでした。お姉さま。お父様からのお手紙ですが、前回のはしっかりとご返事なされたのですか?」
「前回? ………………ああ。そういえばそんなのもあったわね。……三日前だっけ?」
「一ヶ月前です」

 お前、俺の時も三日って言ってたけど、一年と一ヶ月は全然違うだろ。お前の時間感覚はどうなってんだよ。

「ちゃんとお返事を返さなくてはなりませんよ。重要なことが書いてあるかもしれないのですから」
「めんどくさいわねぇ……どうせ何回か前のやつと同じことが書かれてるだけでしょ」

 そう言いながら受け取った手紙をいやそうに読むケイノアだが、手紙を読み始めてしばらくすると、「うあああ~」と唸りながら手紙をテーブルの上に放り投げた。

 確かにこいつはめんどくさがりだが、そんなに嫌がる様子ってのも珍しい。そんなにひどいことが書かれているんだろうか?

「そんなに嫌なことでも書いてあるのか?」
「……それあげる。適当に読みなさい」

 他人の手紙を読むのは少し気が引けたが、それでも好奇心に負けてしまいテーブルの上に投げ出された手紙を手にとって読んでみる。

 そこに書かれていたのは、簡単に言うと帰還の呼び出しだった。
 言葉を飾ってあるし無駄に長くなっているが、要約すると、早く帰ってこい。だった。

「呼び出しか……でもどうして突然?」
「突然ではありません。実は、両親が倒れたらしく、以前にもそのことを知らせる手紙が届いたのです」

 倒れた、か。ならこの呼び出しも理解できる。
 だが、それと同時に疑問もできた。両親の見舞いに帰るだけだというのにこれほど嫌がるものだろうか?

「一週間……や、もうちょっと前だったと思うから……二週間前だっけ?」
「半年前です」

 だからお前の時間感覚はどうなっているんだと言ってやりたいが……言ったところで直らないか。

「以前あった変異者の騒ぎ。あれが私たちの故郷でも起こっていたらしいのです」

 変異者の騒ぎというのは、今から一年ほど前に王国が暗躍して起こした事件で、人が化け物へと変異する事件のことだ。
 あれがケイノアたちの故郷で起こり、そして今ケイノアに呼び出しがあるとなると悪い予感が頭を過ぎる。

「まさかお前たちの両親も……」
「いえ、そこまでいく前に異変に気付けた様です。ですが、中にはそうなった者もいます。そして、両親も完全に変異はしなかったものの、異常が出たらしく……」
「それでヤバそうだから戻って来いって言われたのよ。次の士族長がどうした~ってね。でもそんなのお断りよ。追い出しておいて戻って来いなんて、勝手じゃない?」
「だがそれだと……」

 俺が想像したよりも状況は良いらしく、まだ生きているみたいだが、このまま放置しておけばそのうち死んでしまうんじゃ……

「だから治療用の術を書いた紙と道具を送ってやったわ。あれがあればまだまだあの二人は死なないだろうから」

 あ、ちゃんと手は打ってたわけか。
 ケイノアが両親を捨てたのではないと分かり、ほっとして息を吐き出した。

「そんなことよりもご飯よ! お腹空いたわ。ご飯にしましょう!」

 ケイノアは横になっていた体を起こすと、くるまっていた布を放り捨てて立ち上がり、話を逸らす様にそう叫んだ。

「美味しいものをお腹一杯食べて、寝れば、全部解決よ!」
「それでは解決しないので、後でお返事は出しておいてくださいね?」
「……ええ~」

 が、そんなことではごまかされなかったシアリスの言葉を受けて、ケイノアはいやそうな顔をしながら妹の顔を見た。

「お返事、出しておいてくださいね」
「うう……」

 再度の念押しに負けて、ケイノアは一瞬前までの元気さを消して項垂れた。




 ケイノアの要望通りその後は夕食となったのだが、うちにあったのは四人がけのテーブルだったので、俺はお誕生日席に座ることになった

「ねえ、シアリスの料理はないの?」

 そして食事の途中でケイノアがそんな風に言ったのだが、ケイノアの隣に座って一緒に夕食を食べていたシアリスは、そんなケイノアの言葉を聞くとピクッと体を小さく跳ねさせた。

「ん? どうし……ああ。普段料理をしないお前に、シアリスが作ってたのか」
「そうだけど……よくわかるわね?」
「わからない方がどうかしてるよ」

 こいつが料理なんてしないことはよく知っている。一応イリンとキリーがこの家にいる時に少しは教えたからできないわけではないんだと思うが……まあ、やらないだろうな。
 そうなると、普段の食事はどうしてたんだって話になるが、これまでの様子を見る限り妹のシアリスがやっていたのは明白だ。

 でも確かに、シアリスは今日俺たちが帰ってくるなんて知らなかったはずだし、食事を用意していてもおかしくはないのか。
 だが、シアリスの料理はここには並んでいない。

「その……今日はないのです。お店の方が少し忙しくて、それで作る時間がなかったもので……」

 そういえばシアリスはケイノアと違って店を開いてるんだったな。確か薬屋だったか?
 けど、それなら仕方がないな。一日中寝ているニートと比べてはならないのだ。

「……そうなの? ……残念ね。あなたのご飯好きなんだけど……」
「たまには自分で作るって発想は……」
「ふっ、何を馬鹿なことを。そんなもの……ないわ!」
「馬鹿なのはお前だ、馬鹿娘」
「いーひゃーいー! はあしあさいおー!」

 料理をする気がないのは知っていたが、それをこうも堂々と言われると、俺だって言いたいことの一つや二つはある。

 思わずケイノアの頬を引っ張ったが、ケイノアは涙目になりながらも両手に持ったスプーンとフォークを離す気はないようで、拳を振り上げては下ろしてを繰り返して文句を言っている。

 うん。やっぱりこいつは手のかかる妹みたいな感じだな。何だか無性にこいつの将来が心配になってくる。
 いつかこいつもしっかりと結婚してまともな生活を送るんだと思うと、子供や妹が結婚するときはこんな感じだろうかという思いが……まて、そもそもこいつに、まともな生活なんてできるか?

「はーあーひーえー!」

 未だに頬を軽く引っ張られた状態から抜け出せていないケイノアを見て、そんなふうに思いながらも俺は何となく笑ってしまった。

「……」

 そんな久しぶりの我が家での食事の中で、シアリスが笑っていないのがやけに目についた。



 夕食後、部屋に戻っていると扉が叩かれ、イリンが入ってきた。

「あの、アキト様」
「イリン? どうした?」
「ケイノアたちのことで少々お話が」

 部屋の中に入ってきたイリンは少し迷った様に視線を動かしたが、それもわずかな時間だけで、すぐに話し始めた。

「シアリス。彼女は何かを隠しています。それはおそらく、ケイノアに関係することで」
「……お前は彼女のどこでそう判断した?」
「以前からでしたが、彼女はケイノアを見ている時、時折その視線が暗くなります」
「暗く、ね……」
「はい。そして今日の夕食時、ケイノアがシアリスの料理について言及した際、彼女は一瞬だけですが体を強張らせました。何もなければその様なことにはならないかと」
「……そうか」

 今日の食事の件には気付いていたし、以前からどことなくおかしな雰囲気になると気が合ったのも気づいていたが……そうか。イリンもおかしいと思っていたってことは、俺の勘違いなんかじゃないか……。

「とりあえずは様子見だ。一年放置しておいて何もなかったんだし、俺たちが戻ってきた以上は今更特に動く気もないだろう」
「はい。わかりました。……ですが、シアリスはケイノアと違って、れっきとしたエルフです。十分にお気をつけください」
「ああ、わかってる。でも、それはお前もだぞ」
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