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一章
始まり
しおりを挟む「アルフレッド。お前を廃嫡する。以後、我が家門を名乗ってはならぬ」
その日、私は実の父からそう告げられた。
その声は叫んだわけではない普通に話す程度の言葉。だが、そのことが場、私にはやけに大きく響いたように聞こえた。
「……ち、父上。それは、どのような冗談で?」
父の言葉に、かろうじてそれだけを返すことができた。だが……
「冗談などではない。そのことは理解していよう?」
私の言葉に返ってきたのは私の言葉に対する肯定ではなく、否定。
それはつまり、先ほどの言葉はそのままの意味であり、その言葉が意味するところは……私の……。
こうなることは前もって伝えられていたし、この世界と自身の状況を認識してってからはこうなる可能性も考慮していた。
だがそれでも、そうはならないでほしい。嘘であってほしいと願い続けていた。
「我がトライデンは『王国の守護者』と呼ばれている。そして、代々当主が使う魔創具は、我が家名が示すように——このトライデントだ」
父はそう言いながら右手を薙ぎ払うように動かした。
それだけであればただ空気が動く程度の結果で終わっただろう。だが、そうではない。
父が腕を振ったのに合わせて、先ほどまでは存在していなかった先端が三叉に分かれた槍——トライデントが私の眼前に突きつけられていた。
突如現れた槍の正体。それは『魔創具』と呼ばれるもの。
魔創具とは、魔法の素養がある者が自身の体に紋様を刻むことで専用の道具を生成する秘術によって生み出した道具のことを言う。
その紋様で生み出すものはただの物質ではなく、魔法の効果が込められている特殊な道具となる。炎を放つ剣、どんなことをしても砕けない盾、肉体を極限まで強化する鎧など様々だ。珍しいところでは考えた通りの文字を自動で書くペンや、描いた設計図通りの建物を建てる紙などもある。
魔創具は武具とは限らず色々あるが、その効果は紋様に籠められた魔法によって変わる。
故に強力な、あるいは有用な魔創具を作るために紋様は各家門で代々研究され、引き継がれてきた。
父の手にしているこのトライデントもそう。トライデン家と呼ばれる我が家が何代も世代を重ね、その末にたどり着いた秘伝の武具。
本来であれば、私も次期当主としてその紋様を刻み、トライデントを生成することができるようになるはず〝だった〟のだが……
「だが、お前のそれはなんだ? フォークだと?」
そう。私は魔創具を生成するための紋様を刻む儀式にて失敗し、『トライデント』ではなく『フォーク』を生成する紋様を刻んでしまった。
「ああ、確かに先端が三叉に分かれた金属製の道具だ。なるほど、特徴だけでいえば間違いではないな。——馬鹿にしているにも程がある。そのようなもので『守護者』を名乗ることができるはずもなかろう」
我がトライデン家は代々王国の守護者として名を轟かせてきた。その勇名は国内だけではなく他国にも轟き、我が家があるからこそ戦争が抑えられているとすら言われるほど。
そして、それは全て代々受け継いだトライデントのおかげでもある。
だから、そんなトライデントを使用することができないのであれば、父の言うことも理解できる。できるが、やはり受け入れることはできない。いや、したくなかった。
「ですがっ! これは事故でっ……! それに、ここに込められた効果は想定通りの——」
そもそも、私がトライデントの紋様を刻むミスなどを犯したのは、儀式の最中に事故が起こったからである。そのため、わずかに線をずらしてしまい、効果が歪んでフォークなどと言う形になってしまった。
だが、変わったのは形だけで、そこに籠められた効果はなんら変わりない。むしろ、父が使用しているものにさらに研究を重ねたものであり、〝異界の知恵〟すらも籠めたのだから、私の魔創具の方が効果は高い。
「黙れ。これは決定だ。すでに、お前の代わりの養子は見つけてある」
だがそれでも父は私のことを認めず、言葉を遮りそう告げてきた。
「もう一度だけ言う。今後、お前はトライデンの名を名乗ることを禁ずる。せめてもの情けだ。一週間やろう。その間に準備を整え、出て行け」
そうして、私は……俺は、二度目の人生の生家を追い出されることとなった。
——◆◇◆◇——
「はっ! この雑魚が。ダイン魔法熱力学書の物理的炎と魔法的炎の相違点すら理解していないのに火炎系統の術をまともに放てるわけがないだろうが。調子に乗るのは構わないが、せめてそれだけの実力を備えてからにすべきだったな」
学園にある訓練場の一角で、私は目の前で息を切らせながら膝をついている少年に向かって言葉を叩きつける。
「これに懲りたら、身の丈に合わぬ魔法など使おうとするな。貴様には才能がないのだ。挑戦してみたらできたなどという奇跡を求めるな。他者に自慢をできるほど強くなどないくせに、研鑽を忘れるなど、愚かすぎて笑い話にもならん」
私の言葉に悔しそうに唇を噛みながらこちらを見上げてくる少年だが、睨み返すことで黙らせる。
「……ありがとう、ございました」
悔しそうにしながらも、出てきた言葉は感謝の言葉だった。
その言葉に何か返事をするでもなく、私はその少年に背を向け、従者を伴って訓練場を去っていく。
「——そこの愚物ども。こっちに来い」
寮の自室へと戻る道中、たまたま目についた者どもがいたので呼びつける。
「はあ? んだてめえ——は?」
「トライデン!? なんでここに!」
声をかけてきたのが私だと理解するなり、その三人組は驚きのあまり目を見開き、悲鳴のように声を出した。
「来いと言ったのが聞こえなかったか?」
「ま、待ってください! 俺たちはあなたに何もしていないじゃないですか!」
公爵家の嫡男である私が声をかけたにも関わらず、驚いた様子を見せるだけで言葉に従おうとしない下級の生徒達は後退りしながら反論してきた。
私には何もしていない、か。確かにその通りかもしれん。だが、それはお前達の主観だろう?
「視界に入ったではないか」
「は? そ、それだけで?」
「それだけだと? 公爵家の次期当主である俺の視界に入り、気分を害させたのだ。それは罪であるとは思わないか?」
貴族の視界に入ったからというだけで平民が殺されることなど、よくあることだ。
その見た目が気に入らない。態度が気に入らない。むしゃくしゃする気持ちを鎮めるための八つ当たり先が欲しかった。ただなんとなく。
そんな理由でお前達もやってきたことのはずだ。それが今度は自分の番になったというだけのことだろうに。
因果応報というものだ。と考えながら三人組へと炎の魔法を放ち、三人組の体は炎に包まれた。炎に包まれたといっても、死ヌほどの熱ではない。ただ、全身に軽い火傷を負わせる程度のもの。まあ服は萌えるかもしれないが、あの者らの家であればすぐに替えを用意することができるだろう。
「害するなとは言わん。だが、鬱陶しい。俺の目や耳に入れば〝こう〟なるのだと理解しておけ」
魔法を使い、攻撃したことで多少は満足した私は、その場に〝四人〟を残して去ることにした。
「アルフレッド様……」
だが、その帰り道。三人組を処理してから数十メートルほど歩いた先で、背後から声がかけられた。
振り返った先には、見覚えのある美しい少女の姿があった。
全生徒共通の服装である制服を着ているにも関わらず、他とは一線を画した美しさを感じさせるこの少女は……
「これは、ミリオラ王女殿下。本日もお美しいお姿を拝見できて光栄です」
この国の王女であり、トライデン公爵家の次期当主たる私の婚約者である『ミリオラ・オル・エルドラーシュ』様。
その側には、彼女の護衛役という名目で、数人の女性騎士と、一人の男子生徒が侍っていた。
通常この学園では従者のような部外者は禁止だが、相手は立場が立場だ。王族をなんの護衛もなしに歩かせるわけがない。
そして、それは高位貴族である私にも適用される。事実、先ほどから私の背後には一人の女性が従者としてついてきている。
もっとも、その数は一人だけと、王族に比べれば少ないものではあるが。
「ありがとうございます。それよりも……先ほどのはどういったことでしょうか?」
「先ほどの、とは?」
「他の生徒に暴力を振るっていたことについてです」
婚約者とはいえど、普段はあまり仲良くお話をする、という関係ではないのでなぜ話しかけてきたのかと思ったら、どうやら先ほどの光景を見られていたようだ。
しかし……さて、なんと答えたものか。素直に話すわけにはいかず、かといってこの様子では誤魔化したところで、な……。
「暴力など、そのようなものは決して」
わずかな時間ではあったが、考えを巡らせ、結局誤魔化すのが最善だと判断し、とぼけることにした。婚約者であるとはいえ、流石にこの状況で先ほどのことについて話すつもりはない。
「惚けないでください! 先ほどの生徒達もそうですが、その前の生徒にも、その努力を貶すような暴言を吐き、否定していたではありませんか!」
私が惚けると、次は先ほどの三人組の前にあった生徒との模擬戦について話が移っていった。
ここは人通りが少ないとはいえ、王女である彼女が声を荒らげるのはいかがなものかと思うが、それだけ不満が溜まっていたのだろう。
「いいえ。あれは暴言ではなく、助言ですよ。身の丈に合わぬ努力など、努力とは言えませんので。分相応のことをすべきでしょう。と、そう申しただけです」
「それが暴言だと言っているのです! なぜ他者の努力を否定するのですか!」
「ですから、努力の否定はしておりませんよ。ええ、努力する。そのこと自体は素晴らしいことですから」
貴族が婚約者に向けるに相応しい笑みを浮かべながら答えた。
「っ……! そう、ですか」
「殿下?」
「少々気分が悪くなりましたので、失礼させていただきます」
だが、そんな私の態度が気に入らなかったようで、ミリオラ殿下は側付き達を引き連れてどこかへと行ってしまった。
「ミリオラ王女も、いい加減王族に相応しい振る舞いを身につけていただければ良いのだがな……」
王族に対する言葉としては失礼であると理解しながらも、『俺』はそう口にしてからため息を吐き出した。
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