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一章

マントの使い方

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「頭、あの獣人はあとで引き渡すんすよね? あー、なんとかって貴族に」

 道中でいくつか部屋があったが、それらを軽く調べてから洞窟の奥へと進んでいく。道中部屋で彷徨いていたり休んでいる者がいたが、それらは当然の如く処理していった。
 敵としては、まさかこんなところに侵入者がいるとは思わなかったのだろう。騒がれることもなく存外楽に済んだ。

 そしてしばらく調べていると、奥からそんな話し声が聞こえてきた。
 状況を調べるためにも耳を澄ませてみることにするが、さて。どんな話が聞けることか。人質の詳細や敵の背後についてわかれば楽でいいのだがな。

「そうだ。これでこの国と獣人どもの仲は悪くなるだろうな。あとはまあ、小細工が必要だろうが、それは俺たちの仕事じゃねえ。上の……いや貴族の馬鹿どものやることだ。俺たちはもう十分に働いたもんだろ」
「でも、なんだってこっちに預けたりしたんすかね。あいつら、一緒に動いてたんだから持ってきゃあいいのに」
「それができねえ事情があんだよ。一旦こっちに預けて自分達の潔白を証明する必要や、賊に攫われたっつー汚点をつける必要がな。……まあ、てめえらはそんなん気にしなくてもいい。どうせ話したところで明日にゃあ忘れてんだろ」
「そらちげえねえです」
「まあ、大事な商品だ。精々丁重にあつかってやるさ。だからてめえら、手え出すんじゃねえぞ。そのお姫様にはまだやってもらうことがあるんだ。剥いてもかまわねえし見てる分には何にも言わねえが、傷つけたらぶっ殺すぞ」

 やはり、予想通りこの者らの裏には支援者がいるようだが、おそらくその者の配下はボス一人なのであろうと思われる。他は雇われか、そこらで適当に集めたかだが……おそらくは後者であろうな。雇われたにしては気が抜けすぎている。

 しかし、であればボスだけは生かしておくべきか? 生かしておけば何かしらの情報は手に入ろう。
 もっとも、それも人質の安全を確保した上で余裕があれば、の話ではあるがな。

 この奥の様子をまだ見ていないが、話の様子から察するにこの先に囚われている者がいるのだろう。
 まずはそちらをどうにかしなければならないのだが、この先と言っても正確にどこにいて、敵はどう配置されているのかが分からなければ動きようがない。流石に、このまま突撃するのは避けたい。それは最終手段だ。

 ……少々危険ではあるが、覗き込んでみるか? 声の感じとここまで届いている灯りからして、敵のいるところまではそれなりに距離がある。そのため、少し顔を覗かせたところで気づかれないだろうとは思う。だが、それとて絶対ではない。どうしたものか……

「——にしても、あいつら遅えな。まだ帰って来ねえのか」
「まあ女がいやしたんで、遊んでんじゃねえですか?」
「こっちに連れて帰ってこいとは言っておいたが、あいつらが持って帰ってくる頃にゃあぶっ壊れてんじゃねえか?」
「かもなあ。やっぱ俺もあっちに残っとけばよかったか?」
「つっても、今回ばっかは流石に疲れたぜ。さっさと休みてえよ」
「ああ。話はもうしめえだ。寝るでも食うでも好きにしとけ。どうせ次に動くのは数日はかかるだろうからな」

 先ほど助けた女性の話か。わかってはいたが、この者らもやはりあれらと同類のようだ。殺すことを迷う必要はなさそうだな。
 なら、バレたところで一気に攻めればいいか。囚われた者を見つけ出し、そこまで一直線に進みながら敵を薙ぎ払う。加減する必要がないのであれば、不可能ではないはずだ。
 少々安全性に欠けるのでやりたくはないが、時間をかけても仕方がない。やるとしよう。

「あー、街に行って娼館に行きてえなぁ」
「女ならその辺のやつをさらえばいいだろうが」
「それも悪かあねえんだがよぉ、せっかく今回の件で随分稼げんだからお高くとまってる奴らを抱きてえじゃねえか」
「つっても、どうせまだしばらくは穴倉生活だろ。少なくとも、あの獣人のお姫様を引き渡すまでは」
「か~。さっさと引き取りに来ねえかねえ」

 ……獣人の姫? そのような立場の者を攫ったというのか? なぜ……いや、今はそのようなことを気にするべきではないか。ただの令嬢を『お姫様』と冗談で呼んでいる可能性もあるのだ。終わった後に確認すればいい。

 では実行の前にやることの確認だ。
 まずは軽く覗き込み敵の位置を把握、その後全力で走り、捕虜のところまで向かう。その途中で敵に牽制の一撃を放ち、捕虜を保護した後に敵を一掃。

 もし覗き込んだタイミングでバレたのならば、目眩しの一撃を放ちつつ走る。あとは同じだ。これでいいだろう。

 優先すべきは捕えられた者の確保。その後に、加減できるようならば加減をし、賊を幾人か確保する。

 ——よし。

 心の中でつぶやくと、いつでも動けるように警戒しながら通路の奥へと顔を覗かせる。

「んでよぉー……」
「ああ? そりゃあマジかよ……」

 存外見つからないもののようだ。少しだけ出していた顔をすぐに引っ込めるが、敵に気付かれた様子はなく、雑談を続けている。
 今覗いたのは一瞬だったが、その一瞬でおおよその位置を把握することはできた。あとは死角になっていた部分に誰かが潜んでいる可能性や何かが仕掛けられている可能性だが、流石にそこまでは確認することはできない。

 だが、おおまかとはいえ敵がどこに配置されているのか、そして、囚われている者がどこにいるのかは把握することができたのだから十分だ。
 一応状態も確認することができた。頭に布を被せてあったのでどのような人物なのかはわからないが、賊のボスのいる場所からそう離れていないところで縛られて転がされていた。

 先ほど考えたように、まずは一直線にあの囚われている者のところまで突き進む。
 賊を一掃するだけならば容易いのだが、人を守らなければならないとなると、大技は使えな——待て。

 この状況では大技を使うことはできない。だが、その代わりに一つ策を思いついた。

 だが……できるか? 流石に怪しまれそうな気がするが……やろう。怪しまれるようなそぶりを見せられたら、その時に動けばいい。

「生成——『マント』」

 俺が纏っているこのマントには、さまざまな効果がかかっている。身体能力の強化から、矢避けや対魔障壁や温度管理。空気の清浄化に迷彩などの効果が備わっているが、それ以外にももう一つ効果がある。
 このマントは本来鎧になることを想定していた。だが、鎧とは一人では着ることができないものだ。正確には、できないこともないだろうが、私が想定していたのは一人では着ることができない鎧だ。
 だが、一人で着れないものを用意したところで、戦場では使い物にならない。常に付き人がそばにいるとも限らないのだからな。

 そこで俺は、鎧に特殊な機能をつけた。それはすなわち、『物質操作』だ。念動力のようなもの。
 とはいえ、周囲にあるものを好き勝手に動かせるわけではない。この効果で動かせるのは、鎧——現在のマントだけ。だが。逆に言えばマントだけは好きなように動かすことができる。
 そのマントをあの囚われている者のところまで届けることができ、そして包み込むことができれば、俺の魔法で賊を一掃したとしても巻き込むことはない。

 そう考えて行動に移し、何とかバレずに囚われている者のところへとマントを届けることができたのだが……

「んん? んもおごごおも!」
「あ? ……んだありゃあ。布か?」

 しかし、動かなかったから気絶しているものかと思ったら、どうやら囚われていた者は起きていたようで叫び始めた。できることならば完全に包み込むまで黙っていて欲しかったが、これは仕方のないことだろう。目隠しをされた状態で何かが自身の体に巻き付いたとなれば、流石に声を上げるに決まっている。

 囚われていた者が叫んだせいで気付かれたが、まあいい。目的地までは届いたのだ。ならばあとは——

「っ! まずいっ、敵だ!」

 と、フォークを構えて魔法をしようしたところで、ボスが何かに気がついたようでこちらを見て、手の中に槍を収めつつ叫んだ。どうやらこのボスは魔創具を使えるようだ。

 気づかれたか。おそらくだが、突然捕虜に巻き付いた布が自然のものであるわけがなく、であれば何者かがやったのだと理解したのだろう。そして、誰がやったのだとなれば賊達がやるわけがなく、ならば侵入者がいて自分達を狙っているということになる。

 捕虜に巻き付いた布を見た瞬間にそう判断できるのは流石といったところだろう。
 だが、もう遅い。

「〈天刃嵐舞〉」

 俺の口から吐かれた言葉を合図とし、賊達へと突きつけたフォークの示した先にいくつもの小規模の竜巻が発生した。
 いくら広いとはいえ、ここは洞窟の中だ。その広さには限りがある。
 そんな場所で竜巻など発生すれば、そしてそれは一つではなく複数だとすれば、どうなるかなどわかりきっている。

「ぎゃああああっ!」

 しかもこの竜巻、普通のものではない。竜巻の中に圧縮した空気の刃が混ざっているため、風に飲み込まれれば全身がズタズタになる。

 対処するには対抗魔法を使うか逃げる、隠れるかだが、逃げる場所などなく、隠れたところでこの部屋にあるもの程度ならば一緒くたに飲み込んでしまえる。対抗魔法に関しては、これだけの規模の魔法を打ち消す魔法など、使えるはずがない。

 唯一ボスだけは魔創具を使えたようだし受け切る可能性はあるが……さて、どうだろうな。
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