聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

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一章

因果応報

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 確認するまでもないことだが右手を首に這わせてそこにある金属の輪を確認するが、やはり首輪がはめられている。

「……貴様、なんのつもりだ? なぜ俺にこんなものをつけた?」

 なぜスティアがこのようなことをするのかはわからない。
 この首輪は隷属の首輪だ。はめたものの命令を聞くよう強制力がかかるモノ。そんなものを他人にはめるなど、冗談では済まされない。そこには何がしかの理由があるはずだ。一体何故こいつはこんなものを俺に……

「いやー、似合うかなーって。ほんの冗談じゃない。そんなに怒んないでよ」

 …………………………正気か?

「それにほら、自分でつけてみたけどさ、ここって鏡ないでしょ? それだと、自分がどんな格好なのかよくわかんないじゃない。だから、ちょちょーっと他人につけてもらって、そのイメージを自分に重ねてみれば、ほら。首輪をつけてる自分の姿が想像しやすくなったでしょ?」

 そんなふざけた理由で首輪なんてものをつけられたのか。それまでの振る舞いを見ていれば本気なのかもしれないと思えてしまうが、やはり正気を疑わざるを得ない。

 だが、ここで怒ったところで意味などないだろう。いや、意味はあるのかもしれないが怒るにしてもまずは鍵を外してからだ。もし万が一、何かの間違いで鍵が壊れでもしたら、俺はこの阿呆の命令を聞かなければならないことになるのだからな。何をするにしても、言うにしても、まずは安全を確保してからだ。

「……ならば目的はもう達したであろう? さっさと鍵をよこせ」
「はいはい……。まったくもー。もうちょっとのってくれてもいいじゃないのよー」
「これがただの首輪であれば多少なりとも付き合ってやったかもしれんが、これは隷属の魔法具だ。遊びとして使うものではない」
「んむー……はあ。はい、鍵——あ」

 睨みつけながら話をしてやれば、スティアはそれ以上逆らうことなく鍵を差し出してきたのだが……

「……おい。これはどういうことだ?」

 差し出された鍵は、その先端が消えていた。わかりやすくいうのなら——折れていた。
 みれば、先ほどスティアが転んでいた場所に鍵の残骸が落ちている。

「んえー……えへっ?」
「そこを動くなよ」

 折れた鍵と俺の顔を見比べたスティアは、誤魔化すように笑いながら首を傾けたが、そんなことで誤魔化されるはずもない。
 スティアに対して右手を向け、その先に魔法の準備をし始める。

「ちょちょちょーーーーい! 待って待って! その手はなに!? なんで魔法の準備してるわけ!?」
「そんなことは決まっている。この首輪は、着けた者へと隷属させるものだ。言い換えれば、首輪をつけた者がいなくなれば、ただの首輪と変わらぬ」
「いや待ってよ! 私王女様よ!? ほら、死んじゃったらなんか問題とかあるでしょ!」
「元々攫ったのは俺ではない。うまくやれば逃げることもできる」

 これが衝動的なものだとわかっている。いかに厄介者とはいえど、王族を殺せば問題になるのは間違いない。
 だが、俺は貴族ではなくなったが貴族としての矜持はまだ体に染み付いている。その矜持が叫ぶのだ。このような事をしでかした輩を放っておいてはならないと。

 何せ、ここで処理しなければ、俺はこいつの奴隷になることと変わらないのだから。それは認められなかった。

「いやーーー! だめ! 待って! ステイ! お座り!」
「——っ!? うぐっ……」

 だが、本当にこれでいいのかと迷ったのがいけなかったのだろう。俺から距離をとりながら叫んでいたスティアがアホみたいな命令を口にし、それを聞いてしまった俺は待機状態だった魔法を解除してその場に座り込むこととなった。

「……ほえ? ……あんたなにしてるわけ?」

 突然の俺の行動を見て、一度は距離をとったスティアは、不思議そうにこちらを見ながらジリジリと近づいてき出した。どうやら、こいつは自身と俺の状態を理解していないらしい。おそらくはこの首輪をはめたことの意味も理解していないだろう。

「お前の、命令のせいだっ……!」
「ん、んー……ああ! さっきの! ほえ~。私もやられたけど、外から見てるとこんなふうになるのね~」
「さっさと、解除しろっ」

 命令を受けた俺の状態を見て感心した様子を見せているスティアだが、今すぐにでも殴りたい。

「え~。でも~、そうしたら攻撃してくるでしょ~?」
「ならば、攻撃しないと誓えば解除するか?」
「んー、そうねー。……お手!」
「貴様っ……!」

 差し出された手と命令に逆らうことができず、俺は座った状態のままスティアの手に自身の右手を重ねた。

 まさか、これほど屈辱的な事をさせられることになるとはな。今更なことではあるが、助けなければよかった。

「……仕方ない」
「あ、ちょっ!? なんで魔法の準備してんの!?」

 なんでだと? そんなもの決まっている。このふざけた状態から抜け出すためだ。

「そんなもの、決まっていよう?」
「ダメダメ! 禁止! 魔法禁止! 私への攻撃禁止! だめだってば!」
「ぐっ……!」

 再度の命令によって、構築途中だった魔法は形を崩していく。
 隷属の首輪の強制力はそれなりにわかっていたつもりだが……これほどか。
 だが……

「ふい~。これでなんとか安全に……ほえ? な、なんでまだ魔法使ってるわけ?」
「この程度っ、抑えられずに、なにが公爵かっ……! 貴族の誇りを、舐めるなっ!」

 手の中にフォークを作り出し、自身の足を突き刺す。
 痛い。痛い。痛い。——だが、これでいい。
 足に痛みを感じながら、その痛みで命令を塗りつぶして正気を保ち、一度は崩れかけた魔法の制御を握りしめて構築を続けていく。

 そして、その魔法を自身の首へと向けた。

「え? なんで自分に向けてんのよ? いや、私に向けて欲しいってことじゃないんだけどぉ……それだと自分にあたっちゃうわよ?」
「首輪を壊す。壊せるかわからぬ上に、首が吹き飛ぶかもしれないが、無様を晒すよりはマシだ」

『魔法を使うな』という命令一つでこれだけ押さえつけられるのだ。攻撃の制限にまで逆らえば、まともに魔法を使うことは難しくなるだろう。だからこそ、自分に向ける。これならば、まだどうにか動ける。

「死んじゃうじゃん!」
「一応治癒の用意はする。魔創具による防護もかける。……命令で動きが鈍っている今、どこまでできるかわからんがな」
「だめええええっ!!」

 後数秒もあれば、というところで、スティアが俺の腕に抱きつくように飛び込んできた。
 そのせいで狙いがずれてしまい、その先がスティアに向いたことで『スティアへの攻撃禁止』という命令が有効化され、更に魔法の制御が難しくなったことで構築途中だった魔法が霧散した。

「だめなの。だめなんだってば! 謝るから! 命令解除! ぜーんぶなしー! もう変な命令なんてしないから! やーめーてー!」

 涙目になりながら叫ばれたスティアの声が耳に届くと、その瞬間それまで感じていた強制力g綺麗に消失した。
 殺意を持ってスティアへと魔法を構築しようとするが、先ほどまでとは違って容易に構築することができ、命令は本当に解除されたのだと理解し、スティアにむけていた魔法を消した。

「ふい~……」

 俺が首輪を吹き飛ばそうとするのをやめたことで気が抜けたのだろう。安心したように息を吐き出したスティアだが、まだ何も終わっていないぞ。

「おい。これ以上何かおかしな命令をしてみろ。相手が他国の王女であろうと、その喉を貫くぞ」

 未だに腕に抱きつきながら俺の上に乗っているスティアに向かって、喉にフォークを突きつけながら脅しの言葉を吐く。

「わ、わかった! わかったってばあ! ごめんなさい!」

 何度も頷きながら謝罪の言葉を口にしたスティアを見て、突きつけていフォークを消す。
 それを見てスティアはほっとしたように息を吐き、俺に体を預けるように寄りかかっていた。

 だが、その直後……

「……ん? なんだ?」
「んえ? ……あ」

 何故か足に暖かさが広がる感覚を受け、同時に水気を感じたことで抱きついているスティアの上半身を押し除けて下を見る。

 そんな俺の動作で何があったのか気になったのだろう。スティアも首を傾げながら顔を下へと向けた。

「「……」」

 そんな俺たちが視線を向けると、スティアの下半身から〝水〟が溢れだし、それが俺の足を濡らしているという光景がそこにはあった。

 つまりは、スティアが漏らしたわけである。

「………………きゃあああああああっ!」

 そういえばトイレを我慢していたと言っていたなぁ、とスティアの悲鳴を聞きながらどこか他人事のように頭の中に思い浮かんだ。

 スティアは隷属の首輪によって、トイレを我慢するように命令されていた。そのおかげで今までなんの問題もなく過ごすことができていたが、もうその首輪は外れている。我慢する、という命令は消えているのだ。そんな状態で油断し、体の力を抜いたらどうなるか……。その結果がこの状況というわけなのだろう。

 こんな状況であっても冷静に考えていられるのは、きっと今の俺が悟りの境地とかそういった類の状態になっているからだろう。……こんな状況で境地にたどり着くとか、嫌すぎる。
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