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三章
家に帰れ、お姫様
しおりを挟む「い、いえ、それがですね。流石に今回最上位の呪い師は連れてきておらず……」
「……そうか。まあ、その可能性は考えていたので気にするな」
言葉が乱れてしまっていることに気づいたが、仕方ないだろう。何せ、ようやくこの忌々しい首輪を外すことができるかもしれないと考えていたのだから。
まあ、その考えも実ることなく消えることとなったのだが。
だが、多少の落胆はあったものの、失望したというほどではない。元々数が少ないのだ。使節団のトップである王女のためについてきていることはあったとしても、それを俺のためによこすことはないだろうとは思っていた。
「なぁにぃ? あんたそんなに首輪されてるのが嫌なわけ?」
俺の首に嵌っている首輪を突きながらスティアはそんな阿呆なことを言ってきたが、元はと言えばお前が意味のわからないことをやらかしたことが原因だろうが。
「嫌に決まっているだろうが、阿呆。こんなものが好きなのは、特殊な趣味を持っているものだけ……ああいや、そういえばお前はこの首輪が好きだったのだな」
「え? 別に好きじゃないけど?」
「捕まっていたにもかかわらず、首輪をした状態でポーズをとって俺に見せびらかしてきたではないか。そのうちこれが外れたら、またこれをお前の首に嵌めてやろうか?」
と、そこまで言ってから、そう言えばこいつはもうこれで離れていくのだと思い出した。
これまで短い時間であったが、それなりに濃い時間を過ごしてきた。こいつのおかげで色々と覚悟できたり、答えを出すことができたりもした。
だから共に行動することが自然のように思えていたし、だからこそ〝そのうちこれが外れたら〟などという未来のことを語ったのだ。
だが、こいつは迎えが来たのだから当然帰っていくに決まっている。それが少し、寂しいように感じてしまう。
……はっ。自分で迎えを呼んでおいて何を言っているのだか。
「えー……はっ! そんなこと言って~。実は私のことを自分の奴隷にしたいんでしょ~。ああ……まったく、美しいって罪ね!」
「本気で嵌めるぞ、阿呆」
いつも通りの阿呆の発言に、心の内など見せることなくいつも通りの対応を返す。
予想ではこの後、ふざけた態度で断りながらこちらを揶揄ってくるものだと思っていたのだが……
「……んー。まあ、でもそれも悪くないっかも?」
横目で俺のことを見ながら首を傾げつつもそんなことを言い出した。
一瞬、俺はこの阿呆が何を言っているのか理解できず呆けてしまい、その後驚きに眉を寄せてスティアへと顔を向け直した。
その言葉を聞いたルージェとマリアから「わお」や「ええ!?」などと言った声が聞こえるが、二人にとっても驚きの言葉だったのだろう。
「なにを言っている?」
「だって別にあんたのこと嫌いじゃないしぃ、どっかで知らないよわよわなやつと結婚させられるよりは、あんたと一緒になった方がいいかなー、って。あんた強いし、一緒にいたら楽しそうだし」
そう言いながら俺へと笑みを向けてくるスティアは、元々の見目の良さもあって、思わず見惚れそうになる程だ。本性を知っている俺でさえもそうなのだから、初対面の者がこの場にいたら本当に惚れることになっただろう。
そしてそんな笑みを向けてきたスティアの言葉だが、ころ馬は理解できてもどう反応すれば良いのか、右手で頭を押さえて考え込んでしまう。
……こいつとしては深い意味はないのだろう。俺が好きだから、というわけではなく、ただ嫌な相手と婚姻を結ばなくて済むように、と考えた結果である。婚姻を結んで共に暮らすことの意味を良く理解できていないのではないだろうか。でなければ、こうも恥じらいもなく堂々と言えるとは思えない。
王女なのだから理解しているとは思うが、こいつの普段の言動を見るとそう思えてしまう。
「……それならばわざわざ奴隷になどならずとも、普通に婚姻を結べばいいだけだろうに」
スティアの言葉になんと言って良いか分からず、絞り出したのがそんな言葉だった。
だがこれは……このような明言を避けて誤魔化すようなことを言うなど、自分でも思うが〝逃げ〟たことになるのだろうか?
「……はっ!? それもそうね。じゃあ、えっと……」
俺の言葉を受けて、スティアはハッと気づいたように反応してみせたが、その後の態度はどこかよそよそしいというか、先ほどまでの勢いがなくなったものとなっていた。
「その……私と結婚……するぅ?」
そして、今度はチラチラと横目で俺のことを見ながらおずおずと、徐々に小さくなっていく声で問いかけてきた。
その態度は明らかに先ほどまでとは違っている。おそらくは、先ほどまでは奴隷と主人という関係だったから共にいることの意味まで意識が向いていなかったようだが、婚姻ということの意味をしっかりと認識したらしい。
そんなお姫様からの告白に対し……
「お断りさせていただく」
迷うことなく断りの言葉を告げた。
「なんでよ!」
まさか一瞬たりとも考えられることなく断られるとは思っていなかったのか、スティアは俺が断った瞬間に反射とも言える反応で立ち上がり、叫んだ。
「家に帰れ、お姫様」
「お姫様にそんな態度とって良いと思ってんの!?」
「姫なんだからそれ相応に手続きや選別があるだろうに。一旦帰るというのであれば、話はそれからもってこい、阿呆」
「ぬむぐぐぐ……」
スティアはここまではっきりと断られたからから、うめき声を上げながらこちらを睨んでいるが、俺は間違ったことは言っていない。
仮にこの場で俺たちが婚姻を結ぶと口で言ったところで、何ができるというわけでもないし、何も変わりはしない。
初めに会った時も言ったような気がするが、もし本当に婚姻を結びたいというのであれば、一旦今の〝迷子〟状態をどうにかしてからにすべきだ。
「わかったわよ、もう! 帰ってやるんだから!」
そう言ってスティアが立ち上がり、部屋を出ていったことで、この場での話し合いは終わることとなった。
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