聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

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五章

武器の差と力の差

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「悪いが、貴様のような手合いにかける時間が惜しいのだ。沈め」

 一度は攻撃を防がれたため、今度は確実に仕留めるべく全身に力を込めて走り出した。

「ふっ。随分と世間知らずなようだな」
「っ!」

 だが、俺が走り出した直後、行く先を阻むように地面から無数の腕が出現し、足を止めることとなった。
 しかし、その判断は失敗だった。足を止めた瞬間を狙っていたのか、俺と敵の間に出現していた腕はいつの間にか俺の足元にも発生しており、腕が俺の足を掴んだ。

 掴まれた。そう頭が理解する前に、反射的に足を蹴り上げたのだが、それでも腕は俺の足を離さない。
 持っているのが剣や槍であれば斬って終いとなるのだが、フォークでは刀身が足りないためそうもいかない。

「食らえいっ!」

 そうして迷っている間に、目の前まで接近していた男が俺めがけて剣を振り下ろしていた。

 しかし、俺の足を掴んでいる腕に比べて、なんとも脅威度の低い、あるいは程度の低い攻撃だな。動きを止めた腕の魔法は素晴らしいが、剣撃はお粗末なもの。この程度であれば、足を動かせずとも止めることはできる。

 振り下ろされた剣に向かってフォークを構え、刃を噛ませて受け止める。そしてそのまま圧し折ろうと力を込めたのだが、折れない。

「なにっ——ぐうっ!?」

 一旦仕切り直すために仕方なく自分の足ごと魔法で焼き払い、どうにかその場から距離を取ることができた。足自体は別の魔法で保護していたので損傷はしていないが、地味にヒリヒリと痛みを感じる。だが、この程度であればそのうち回復するだろう。

 それよりも、今はこの男のこと。そして、先ほどの腕のことについて考えなければ。

「その腕は……土か」

 周りを見渡してみれば、この会場の一角全ての地面から腕が生え、俺を囲うように円形に開いた空間ができている。
 周囲で蠢いている腕は、色も状況も、土を操って出現したと考えることができる。
 早く片付けなければと気が急いたせいで油断したとはいえ、俺を捕えることができたのだ。強度はそれなりだろう。

 だが、そんな強度のものをこのように何本も広範囲に発生させることができるものか?
 目の前にいる男が凄腕の魔法使いというのであれば可能性はあるが、だがその前の話を聞く限りだと、この腕を発生させた力の源は……

「お前がそれなりにできるというのは知っている。だが、お前は聖剣というものを知らなすぎる」

 その言葉に釣られて男の様子を見れば、どうやら俺の魔法は防ぐことができたようだが、完全に守り切れたわけではないようで服や髪の一部が焦げて焼け跡がついている。
 どうやらこの男が持っているのは聖剣のようだが、守りの機能は大したものはついていないようだな。一応はついているのだろうが、もっと強力なものであれば、あの程度の炎は焼け跡ひとつなく防ぐことができただろうから。

 だが、聖剣を知らなすぎる、か……。これでも知っているつもりなのだがな。

「それがお前のもつ聖剣の力か……」
「そうだ。これぞ我が聖剣! アレを使って生み出した劣化複製品などではなく、本物の聖剣だ! 見たか、これが聖剣というものの力だ。私のような者であろうとも、強大な力を手に入れることができる。この聖剣さえあればどのようなものであっても断ち切ることができるのだ!」

 まあ、複製品を作るというのだからオリジナルをいくつももっているだろうとは思っていたし、実際にスピカはいくつももっているわけだが、こいつらの保有している聖剣を全てスピカに与えたわけではないようだな。だが、それも当然か。万が一にでも失敗したら全てを失ってしまうのだから。それを考えると、保険として幾つかは手元に残しておきたいものだろう。

 だが、こいつが本物の聖剣を持っていることは理解したが、俺の武器を砕く、か……。

「武器ごと、か。ふんっ。現実が見えていないようだな。どのようなものでも、というのならば、なぜ俺の武器は斬ることができていないのだ?」
「なに……?」

 聖剣がどんなものでも斬ることができるというのなら、先ほどこの男の攻撃を受けた俺のフォークが斬れていないのはおかしい。
 だが、おかしいことでもなんでもない。何せ、聖剣にはなんでも断ち切る、なんて能力はないのだから。ただ、その強度や能力が強すぎるためにそう見えるだけで、同格以上の存在には通用しない。

「まさか……なぜだ?」

 男もなぜ斬ることができなかったのか思い当たったのか、驚いた様子を見せた後、困惑しつつこちらを見つめてきた。
 だが、問答に時間をかけるつもりはない。

「そら、全てを斬るというのであれば、やってみせよ!」

 そう言うなり俺は走り出し、邪魔をしている腕を飛び越えて男へとフォークを突き出す。

 だが、おそらくはなにも考えていない反射的なものだったのだろう。男が振った剣が偶然フォークとの間に入り、防がれてしまった。素人はこれだから怖い。なにをしでかすか、どう動くのか予想ができないのでこういった偶然が起こり得るのだ。

 そして、今の一撃で仕留め損なったがために、俺は周囲の腕に追いかけ回されることとなった。

「ぐおっ! なぜだ! なぜお前は私の聖剣とまともに打ち合うことができるのだ! 聖剣は強大な力を秘めているのだぞ! なぜたかが魔創具ごときが……それも、フォークなどとふざけたものがっ……!」

 確かに見た目の上ではフォークだが、そこに込めた力は俺の全力だ。聖剣を参考にし、歴代のトライデン当主達ですら届かぬ境地を目指した。籠める魔法も、使用する素材も何年もかけて考え抜いた。
 故に俺の魔創具は、その格だけで競えば聖剣とすら対等に……いや、対等以上に戦うことができる。

「だからどうした。いくら力があろうとも、その方向性次第では攻撃に適さないものもあろうに。お前の執着している聖剣なぞ、所詮はその程度だということだ。聖剣がどうしたと大層なことを言っていたが、聖剣如きに世界を変えるほどの価値などない。世界中の者が聖剣を手に入れたところで、今のこの世の在り方は変わりはせん」

 俺のことを掴もうとしてくる腕を避け、時には踏み台として移動しつつも、男へと近づく隙を狙い続ける。

「いいや、まだだ! 私の受け方が悪かっただけだ。私はお前達のような野蛮人ではないのでな。仕方のないことだ。決して聖剣そのものが劣っているわけではない!」

 なにをしようとしたのか、男が自身の周囲にあった腕を操り、一つの巨大な腕へと変えた——その瞬間。

「ぐあああああっ!」

 男の周囲に腕がなくなったことをこれ幸いと、全力で駆け抜け、男の首を狙ってフォークを突き出す。
 だが、巨大な腕に捕まらないようにと避けて進んだせいで僅かに軌道がズレ、首ではなく右の鎖骨の上を貫くこととなった。

「手放さなかったのは意地か。まあいい。ならば、次の一撃も防いでみよ」

 どうやらフォークでは足りないようだ。このまま戦っていけばそのうち勝つことができるだろうが、それでは時間がかかりすぎる。
 ならば、ここで出し惜しみをせずに本当の全力で仕留めにかかるべきか。

「何度来たところで……っ!? 形が変わっただとっ!? ぐっ——」
「出来ることならばまだ秘密といきたかったのだがな。貴様のような愚物に見せるには惜しいが、仕方あるまい。時間をかけるわけにはいかないのだ」

 この後に新たな敵が現れないとも限らない。そのため、奥の手としてとっておきたかったのだが、こうなった以上は仕方ないだろう。

 俺は変形させ、一本の農業用フォークを構えた。側から見れば多少不恰好ではあるだろうが……まあ、突き
 に限っていえば望む効果は得られるのだから問題ない。

「バカなっ……貴様が相手にしているのは聖剣なのだぞっ……! なぜ勝てんのだ!」

 そして、この形に変えてしまえば戦いの趨勢など決まったも同然だと言える。何せ、突きだけではあるが、そこに込められているのは俺の人生そのものと同義なのだから。

「まだ気づかぬか。その程度で埋まるほど、俺達の差は小さくはないのだと」

 これまで悩み、鍛えてきた人生の全てを乗せた攻撃を、拾い物の力でどうにかできると思うな。

「武器の性能だけで勝敗が決まるほど、戦いは甘いものではないということだ。それをエルライト殿とスピカの戦いを見て理解できなかったようだな」

 スピカが聖剣をいくつも携えても、エルライト殿は自身の力のみでその大半を打ち破った。それをみてもなお、たかが聖剣一つで自身の思い通りになると考えていたのであれば、愚かしいとしか言いようがない。

「そもそも、貴様は貴様自身の考えからして間違っているのだ」
「私が、間違っているだと……? お前はなにを言っている——」

 俺の言葉に、男は異議を口にしたが、最後まで喋らせることなく話を続けていく。

「世の虐げられている者達のために聖剣を複製して配布すると言っているくせに、自身の持っている本物の聖剣を自慢するなど、矛盾しているではないか。聖剣を保有している者を糾弾し、複製した聖剣で世界を平等にするというのであれば、自身も複製品を使うべきであろうに。そうしないのは、貴様の願いが人類の平等化などではなく、ただ自身が等しく他者を見下したいからに他ならない。自身だけが本物の聖剣を持っていれば、劣化複製品しか持たない者達に優位に立つことができるから平等などと謳っているのだろう?」

 そう。この男は先ほどから自慢ばかりなのだ。俺に研究成果を話したこともそうだ。自分の力を自慢したくて仕方がない子供のようであった。
 そんな人物が、まともに世界平和や人類の平等など考えるわけがない。

「う、ううううるさい! 私はっ! 私がこうして聖剣を手に入れたのは——」
「もう良い。お前は黙っていろ」

 叫んでいる途中の男の両肩を一息のうちに貫き、男は絶叫と共に持っていた聖剣を取りこぼした。

「眠っていろ、愚物が」

 叫び、隙だらけとなったところに魔法をかけ、強制的に眠らせる。だが、それだけでは少しばかり不安が残るので、拘束し、通路の端へと転がしておく。

「これは後でオルドスに引き渡すとして……待て、なんと言うべきだ? 俺はこれの名を知らんぞ」

 ……まあ、知ったところで関係ないか。適当にこの辺りで捕らえている者を、とでも言えば確保するだろうし、名前も後で勝手に聞き出すだろう。

「ともあれ、これであとはスピカのことだけだな」

 そう呟くと、俺は最後まで名を知ることのなかった男を放置して走り出した。
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