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15章
精神の摩耗
しおりを挟む「そうそう。……んー、少し話は変わるけど、エルフと人間の違いは知っているかい?」
「それは……自分の死に際に樹になることができるってことだろ。それから、寿命が長い、か?」
「そうだね。他には?」
「強い……ってのは寿命がある分鍛える時間があるからだし……植物の因子が入っている? ああ、あとは精霊と親和性が高い?」
「そうだね。まああえてあげるとすればそれくらいだ」
改めてエルフと人間の違いって言われても悩むけど、どうやら合っていたようでロロエルははっきりと頷いた。
「それがどうした?」
「エルフは一定年齢までは肉体も精神も人間と同じように育つ。その後は人間よりもはるかに長い生を生きることになるけど、子供の頃は変わらないんだ」
まあ、じゃないと人間で言う乳幼児の期間が何十年と続くことになるだろうしな。そんなんじゃ自然の中ではやっていけないだろ。
「さあ、だが考えてもみるといい。子供の頃は人間と同じに育つエルフだが、今言ったように、精神も人間と同じなんだ。そして、肉体は途中で人間とは違うものになるが、精神は人間と同じまま。そんな存在は、どうなると思う?」
「どうなるって……」
「人の精神で数百年の時を過ごさなければならない、ということだよ」
それは……想像もつかないが、大変なこと……なんだろうか?
正直、俺がこのまま何百年と生きたとしたら、とか言われても、どうなるのか想像がつかな——いや、そういえば、身近に一人いたな。肉体の年齢と精神の年齢が釣り合わない婆さんが。
「ドラゴンのように、長寿に適した精神性であれば問題なかったのかもしれない。でも、そうじゃなかった。人間は百年も生きられないで死ぬけど、精神はそれに合わせて作られてある。にもかかわらず二百年三百年、果ては千年と生きるようになったら、心や精神といったものが劣化、摩耗してくいく」
精神の磨耗か……。
軽く話を聞いただけだったけど、婆さんはそのことに関して辛そうな顔をしたことがあった。
あの婆さんがあんな顔を見せるくらいだ。それは『大変』なんて言葉じゃ言い表せないくらいの辛さなんだろう。
「人間は感情の起伏が他の生物に比べて大きい。そんな浮き沈みの激しい心なんてものを持っていられるのは、それが限られた人生の中だからだ。定められた時間以上に生きようとすれば、耐えられるものじゃない。エルフは人間よりも遥かに長い寿命を持っているが、その心は人間と同じものなんだよ。耐えられるものではないし、それは私以外であっても同じことだ」
人が人でいられるのは限られた生の中だから、か。
確かに、これまでの俺の人生を思い出しても、それなりに感情が動いたことがある。それも、ただ動いただけではなく、暴れ狂ったと表現できることも何度か。
他のちょっとしたことでも、完璧に忘れることはできずにふとした拍子に思い出してストレスを感じることはある。
そんなのが数百年分積み重なれば……。そう考えると、心がすり減ると言う表現も理解できなくもない。
「君たちは、世間一般で言うところのエルフに対して、どんなイメージを持っていた?」
エルフへのイメージということでリリアの方を見てみると、俺がどんなことを言うのか気になるのかリリアは期待したような目で俺のことを見ている。
「……そりゃあ、知的で冷静で大人しくて無駄に騒がない静かな種族? 後ついでに、敵には情けをかけず容赦をしない排他的な感じか。ああ、あとは美形が多い?」
リリアは照れたような様子を見せているが、お前じゃない。今の言葉にお前が一つでも当てはまったかよ。
……あ。でもこいつ美人だったな。美人というか美少女? 普段の振る舞いで台無しだけど。
せめて照れながら干し肉を齧るのをやめろ。……肉? さっきまでお供物の果物食べてなかったっけ? ……荷物から取り出したのか。
「うん。まあそんなところだろうね。見た目に関しては精霊が関わってるからどうしても人間離れしたものになる。それは仕方がないことだ。でも、精神はどうだい? 人間と同じ心を持っているにしては、ちょっと種族のイメージが固まりすぎじゃ無いかな? 人間の在り方は雑多の一言だ。到底まとめられるようなものではない。にもかかわらず、人間と同じ心、精神を持ったエルフはそんな決まったイメージを持っている」
まあ、確かにそう言われてみれば、そうだなと頷かざるを得ないな。
生まれや暮らしで多少なりとも似た性格になることはあるだろう。だが、全員がそうなるわけじゃない。それに、似ると言っても、あくまでも『似る』だけで『同じ』ではないのだ。
人間だって同じ兄弟でも、もっというなら双子であっても違う部分というのは出てくるし、なんだったら真逆の性格になることはザラにある。
それなのに、エルフは『エルフらしい』と言えるほどその認識が固まっている。
……まあ、リリア達は違うが、それだって『違う事』に驚いたくらいだ。普通の人間相手だったら驚くことなく、そんなもんか、で流したはずなのに。
「人間と同じ精神を持っていることを抜きにしても、本来エルフはその元になった植物の性質、性格を受け継ぐから、人間と同じように雑多な……とまでは行かなくても、多様性があってもおかしくないはずだ。植物は多種多様なものがあるからね。なのに、今では一つのイメージが固まってしまっている。……どうしてだと思う?」
「……それが、精神の摩耗か?」
「そう。長く生きたエルフは、自身と世界のズレを悩み、心を閉ざす」
心を閉ざす。言い換えれば、冷静で排他的になる、ってことか。
なるほど。こいつの話は理解できるし、納得いく部分もある。
だが、完全に納得し切ることはできない。だって、すぐ隣にロロエルの話から外れるような存在がいるんだから。
「待った。その話は信じられなくもない内容だがじゃあこいつはどうなる。こいつは心を閉ざす、なんて状態とはかけ離れたバカだぞ?」
リリアはまだ百年程度しか生きていないみたいだから、そんな摩耗ってほどの状態じゃないのかもしれない。だが、それでも精神が幼すぎるのはどう言うことだ?
ロロエルの話では、体の成長とは別で精神の成長は早いとのことだ。だが、こいつは未だに中身が子供のままだ。とてもではないが百歳分の精神年齢をしているとは思えない。
それに、こいつの母親であるレーレーネもそうだ。あの人はそれなりにまともで、政治的な話もそこそこできるが、本質は娘と同じでお花畑な頭をしている。
数百年生きると心を閉ざす、という話とはあまりにも違いすぎやしないだろうか?
「バカっ!? 誰がバカだって言うの——」
「もちろん、中にはそんな例から外れるような一族もいるし、例外的な個人もいる。けど、それも理由がある」
リリアがなんか叫んでいたが、ロロエルはそんなリリアの言葉を無視して俺の言葉に答えていく。
……こいつ、本当に聖樹の御子を敬ってんのか? なんて思えるけど、まあ今は無視してくれた方がありがたい。
「心が疲弊しないようにするためには、さっきも言ったように心を閉し、外界の出来事に反応しないような冷静さ、冷酷さを持つことが一つの方法だ」
ロロエルは指を一本立てながらそう口にし、続いて二本目を立てて説明を続けたのだが……
「だがもう一つ、心が疲弊しないようにする方法として、バカになればいい」
「……はあ?」
そんな答えに、俺は思わず呆けた声を漏らしてしまった。
いや、でも……だってこれは仕方ないだろ? 精神の磨耗から自身を守るためにバカになるって……いやまあ、確かにこいつらバカなんだけどさ。
「簡単な話だよ。物事を真剣に考え、悩むから疲れるんだ。常に大したことを考えず、物事に対して面白おかしく考えていれば、人生は常に楽しく生きていられる」
俺の反応にも、笑みは浮かべているもののこれといった反応を見せることなくロロエルは説明を続ける。
「それは、そうかもしれないけど……」
「実際、そうした一族はいたんだよ。植物の性格を引き継ぐ、と言っただろ? 毒を持った植物が元になった者達は狡猾に生きて色々と考えて悩んでいたから疲弊も早かったけど、ただ華やかな花をつけ、甘い果実を実らせ、その姿を見れば誰かが喜んでくれるような誰にとっても害のない植物が元になったエルフは、頭がポワポワした心優しい一族になる」
植物の性格か……。リリア達の場合は聖樹が元になっているけど、一般のエルフの中には聖樹ではなくそれなりに力を持って精霊体を発現できるようになった植物の子孫もいる。だからその在り様を受け継いでいるんだったら、性格は様々でもおかしくない。
「或いは、それを真似て笑ったり感情を表に出していればいい。心を押し込めているよりは楽になれるから。そう考え、実行した者もいるよ」
「お前みたいに、か?」
「そうだね。まあ、私の場合はここしばらく誰にも会ってなかったから、少し大袈裟に表情を動かしすぎていたかもしれないけど、一人ならそれくらいでちょうど良かった」
それでか。ロロエルは無駄に大袈裟な反応を見せていた時があったが、わざとではなく不慣れからくるミスだったのだろう。だからこそ、より安定感がなく、俺からしてみれば不気味に見えた。
「——でもまあ、そんな感じで笑っている者、バカになるものはいたんだけど、やっぱりずっとそのままではいられない。森で暮らしていると言っても、普通なら人が迷い込んできたり外敵を警戒しなくちゃいけないから。ただ笑っているだけの暮らし、なんてのはできないんだ。最初はバカみたいに笑って生まれ、暮らしていても、そのうち笑うことができなくなる。そして、最終的には結局心が疲弊してしまう。そうして残ったのは、少しの例外を除けば最初から冷静で大人しい、疲弊しても問題ない性質を受け継いだ一族や、心を閉ざした者達だ」
「なら、なんでお前はそんな感じなんだ? 長い時間を一人で生きてきた。なら辛かったはずだ。心を閉ざすものなんじゃないのか?」
「それは、私がそれを認められないからだよ。私はそんな逃げに走ることは許されない。耐えて耐えて耐えて、自分の本来のあり方を捨てて、笑えるくらい無様な笑みを貼り付けてでも、私は笑って耐えなくちゃいけない。全てが終わるその時まで」
突然とも言えるようなそんな重い覚悟の籠められた言葉に、俺はわずかに動揺を感じてしまった。
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