聖女様、魔法の使い方間違ってません?

農民ヤズ―

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国王たちから見た令嬢ルーナリア

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 ――◆◇◆◇――

 Side国王

「陛下、この度は――」
「よい。そなたらのせいでないことは理解している。むしろこちらこそ謝罪をしなければならぬ立場であろう」

 登城してきたティックナー伯爵の言葉を制し、顔を上げさせたが、その光景に思わず眉を顰めてしまった。

 ティックナー伯爵の作法がなっていないとか、身だしなみが整っていないとかの話ではない。伯爵自身の態度が悪いわけでもない。
 ただ、求めていたものがなかったと言えばいいのか……端的に言えば、やって来たのは伯爵一人だけであり、今回の件の当事者である令嬢は来ていなかったのだ。

 確かに、マナー的な言い回しを無視して端的に用件だけを伝えるために大部分を省略した。その為、今回の件について話をしたいため、早急に登城する様にとしか手紙には記していなかった。
 だから伯爵が悪いというわけではなく、むしろ急いでいたとはいえ必要なことを記していなかったこちらが悪いと言えるだろう。

 だがそれでも気を利かせて令嬢も連れてくる気遣いくらいみせてもらいたい……いや、こちらが不義理を働いたにもかかわらずそのようなことを勝手に期待して勝手に憤るというのは些か傲慢か。

「当人から話を伺わなければどうにもならんな。伯爵。すまないがルーナリア嬢を呼んでもらえるか」
「……は。しかし娘は部屋から出て来ておらず、私がこちらに来る際に一度だけ顔を合わせることができたほどですので、素直に応じるかは……陛下の命とあれば断りはしないでしょうが、こちらに来るまでに少々時間がかかるかもしれません」
「かまわん。ルーナリア嬢はコレの愚行の被害者なのだ。いくらでも待とう」

 急ぎ話をしたい事柄ではある。だが、貴族の令嬢が大勢の前で婚約破棄など宣言されたのだ。その心情は計り知れないものがある。これが全くの無関係であれば多少強引であろうともある程度の配慮をし……たとえばその者だけ別室に呼び出して話を聞く、といったこともできたのだが、こちらに非があるとなれば尚更強引に呼び出す方法はとりづらい。

 視界の端では今回の当事者であり、問題を起こした犯人でもある愚息が居心地悪そうに立ち尽くしているが、そちらに関しては気を使う必要はないだろうと視界から外すことにした。

「――陛下。こちらを」
「――は……」

 令嬢が来る前に伯爵と今回の件について認識のすり合わせや今後の展開について話をしていると、令嬢を迎えに行った部下が戻ってきた。
 思っていたよりも速いが、かの令嬢の振る舞いを知っていただけに立ち直りも早かったのだろう。

 だが、そんな私の考えは甘かった。戻ってきた部下の側に令嬢はおらず、別室にて待機しているのかと思ったがそうではない。代わりに一通の手紙を渡され、訝しりながらもその手紙を読むと、そこには驚くべき内容が記されていた。

「どうされたのですか、陛下?」
「……伯爵よ。そなたの娘は随分と活動的なようだな」

 王妃に紙を渡しながら向かいに座る伯爵へと声をかけたが、おそらく今の私はとても疲れた顔をしていることだろう。

 思わずため息を吐き、天を仰いでいると、隣に座っていた王妃が手紙に書かれていた内容を読み終えたのか肩を震わせ始めた。
 たかが手紙一つで、と思うかもしれないが、そこに記されている内容を知れば理解できる反応であろう。

「まさか……それほどまでに悲しんで……いえ、そうね。これも当然の事でしょう。これまで尽くしてきたにもかかわらず、公衆の面前で婚約破棄など宣言されるという辱めを受けたのですから」

 普段は澄ました表情を浮かべている王妃だが、今の彼女は沈痛な面持ちで手紙を握りしめている。それもそうだろう。なにせ、手紙に書かれていた内容はルーナリア伯爵令嬢が悲しみの末に一人で街から出て故郷である自身の領地へと帰っていったというのだから。

 街の外は危険であり、貴族の令嬢が一人で移動するような場所ではない。それ以前に、仮に危険がなかったとしても、令嬢一人で旅をするなど普通では考えられない。だがルーナリア伯爵令嬢は実行した。
 それはつまり、死んでも構わない。むしろ、死にたいと思ったからこそ一人で帰るなどという無茶をしているということだ。
 そこに至る前での心情は、男である私よりも、同性である王妃の方がより深く理解できるだろう。

 王宮での令嬢の振る舞いは見事なものだった。この娘が愚息の伴侶として将来の王妃となってくれれば安泰であろうとさえ思ったほどに堂々とした振る舞いをしていた。
 だからこそ、今回もどこか軽く考えていたのだろう。多少話はこじれるかもしれないが、彼女であれば最終的にはそれなりの結果に落ち着くだろうと。

 だが、そんな甘い考えは崩れ去った。

「貴族の令嬢が一人で街の外に出ていった。このことの意味がお前に理解できるか?」

 その苛立ちをぶつけるかのように、王妃から半ば奪い取るようにした手紙を愚息へと差し出し……いや、押し付けた。

 愚息は押し付けられた手紙をおずおずと困惑した様子で受け取り、目を通していったが、しばらくすると目を見開いて驚きを見せた。

「ルーナリアが一人で外に……? そんな事、何かの間違いです! あの言われたとおりにしか動けない人形が、そんなことっ――!」

 手紙に書かれていたことが認められないというように、この愚か者は顔を上げると同時に叫び出したが、それを止めるようにパンッと何かが叩かれるような音が聞こえてきた。

 音のした方向を見ると、そこには普段から使用している扇子を閉じてテーブルに叩きつけている王妃の姿が見えた。

 ……ああ、これはマズい。

 なぜだか自然とそう思えたが、だからといって私にはどうすることもできないし、どうにかするつもりもない。

「ルーナリア嬢は、言われたとおりにしか動けない人形などではありません。私達がそう動くように強要したのです。王妃とは、そういうものなのですから。貴方の見つけ出したもう一人の聖女という方も、仮に正式に王妃教育を受けるとしたら、人前で笑うことはなくなるでしょう」

 ティックナー伯爵令嬢も、愚息の婚約者となる前は元気に草原を走り回る程活発的な少女だと聞いていた。
 だが王宮で生活するのに相応しい態度を身に着けるようにと『王妃教育』をうけた結果、私が感心したような素晴らしい振る舞いを身に着けることとなったのだ。

 そうして彼女は『王妃』としての振る舞いをするようになった。
 それをまさか『王太子教育』を受けていたこの愚か者が理解していなかったとは……どこまで愚かなのだ。

「なぜそのようなことを!」
「それが王妃というものだからです。王妃とは、その行動の一つが、仕草の一つが国の今後に影響を与えてくる存在です。時には笑いの一つで戦争が起こる可能性さえあり得るのです。故に、王妃教育を受けた者はむやみに笑ったりはせず、必然的にその振る舞いも大人しく規則にのっとったものとなります。……その程度のことも理解していなかったとは……あなたにも王太子としての教育を施したのですから、その辺りのことは理解しているはずではありませんか?」
「それはっ……俺は王妃教育の中身なんて知らなかったから……」

 知らずとも、自身と同等の教育を受けていることは知っていたはずなのだから、そこから考えることは出来たはずだ。いや、この程度のことは考えるまでもなく理解していなければならない。その程度のことも分からない者が将来この国を導いていく国王になるのかと考えると、心を暗く塗りつぶすほどの不安が襲い掛かってくる。

「――陛下。これでは国が滅びてしまいます。王太子の立場を外してください」

 ――どうしたものか。

 本当にそれだけが頭の中を巡る中、隣に座っていた王妃から静かな、だがいやにはっきりとした言葉が聞こえてきた。

 確かにそうするのがこの不安を取り除くもっとも簡単な方法ではあるだろう。そうして別の者を王太子とする、あるいはこの愚か者が再び王太子に相応しくなるように教育をし直す。

 だが、彼女はそれでよいのだろうか? 王妃とまで成ったのだ。自身の息子を次の王としたいものではないのか? そのために王妃になったといっても過言ではないだろうに。

「だが、そなたはそれで良いのか?」
「次期王の母親という立場は惜しいとは思います。しかしながら、私はこの国の王妃なのです。国のためにならないのであれば、切り捨てなくてはなりません。……もっとも、それでも我が子ではありますから、完全に切り捨てるという選択を選ぶことができないのは私の甘さでしょう」

 そう口にした王妃の表情は私が今まで見たことのないものであり、私は不意に足下がぐらついたような気がした。

 足下を見ると何の問題もなく足は床についている。だが、なぜだか妙に世界が安定しないような、自分だけ宙に浮いているような不安を感じた。

 ――私は、これまで何を見て生きてきたのだろうか?

 愚息の愚かしさも知らず、その婚約者の感情も知らず、妻であり最も長い時間を共にした王妃の心すらも理解できていなかった私は、いったい何を見てきたというのか。

 先ほどまで感じていた不安とは別種の不安が私の胸の中を塗りつぶした。
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