聖女様、魔法の使い方間違ってません?

農民ヤズ―

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酷い司祭様

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「ちょっとー。誰かいないのー?」

 教会の中に入って声をかけてみたけど、何の反応もない。ここは孤児院も併設されているから誰もいないってことはないはずなんだけど……孤児院の方に全員行ってるのかな?

 まあ、しばらく待ってれば誰かしら来るでしょ。来なかったらその時こそこっちから孤児院に行けばいいだけだし。
 とりあえず待つにしてもやることないし、せっかく教会にいるんだから聖女らしく祈ったふりでもして待ってようかな。
 祈るふりは得意だ。多分この世界の誰よりも得意だと言える。なにせイベントがあるたびに呼び出されたし、毎週教会に呼ばれて祈らされてたし。

「――さて、お祈りはこのくらいでいっかな」 
「お久しぶりですね、ルーナリア様」

 祈りながらこの後のことを考え、もうだいぶ待ったから孤児院の方に行こうかと立ち上がったところで、背後から声をかけられた。

「あら……お久しぶりですね、リカード司祭様」

 振り返った先にいたのは、私よりも背が高く体つきもがっしりとし、それでいながらにこやかな笑みを浮かべている男性――リカード司祭だった。

 ただ、にこやかに笑っているとは言っても、服装が教会の者でなければ司祭だなんてとても信じられない程の見た目だ。確か以前は司祭ではなく戦士として戦場に立っていたことがあるのだとか聞いた気がするけど、その言葉を素直に受け入れることができるくらいには〝らしい〟見た目をしている。

「こちらに戻られたということは卒業されたのですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。これまであまりこちらに顔を出すことができず申し訳ありませんでした」
「いえいえ、良いんですよ。貴方は聖女として任命されているとはいえ、伯爵家の令嬢であり、王子殿下の婚約者なのですから。こちらに戻ってくる余裕などなかったでしょうし、ご実家の方を優先するのは当然の事でしょう」
「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけと心が楽になります」

 ここまでは当たり前に行われる雑談で、普通の事しか言っていない。けど、話をした私の態度から何かを感じ取ったのか、リカード司祭は笑みを浮かべたまま眉を顰めて訝しげな様子を見せた。

「……何か御悩み事でもあるのですか?」
「悩みですか? 色々とこの領も変わりましたし、考えないことはいくらでもあるので悩みは尽きませんから」

 相変わらず鋭い……。だからここにはあまり来たくなかったのよね。一応誤魔化してみたけど……まあたぶん意味ないんでしょうね。

 この男、昔は戦士として命を懸けて戦っていたからか、あるいは司祭として天性のものなのか知らないけど、妙に人の心を見透かした言動をすることがある。神様が嫌いだったってのもあるけど、この人に会いたくなかったから教会に寄り付かなかったっていうのも理由ではある。

 今回だって、できる事なら会いたくなかった。まあ、そもそも会うためにここに来たんだから会わないわけにはいかないんだけどさ。それでも、なんかなぁ、って感じがしてくる。

「話したくなければ無理に話すことはありません。しかしながら、陳腐でありきたりな言葉ではありますが、話すことで楽になる事もあります。とはいえ、絶対に言え、と言っているわけではありません。言いたくないとおっしゃるのであれば、私は〝ああそうですか〟と頷くだけですので。ただ、そのように自身を誤魔化して無理に笑みを浮かべる必要はありませんよ」

 悩みというか、今回この場所に来た目的である〝今回の件〟について話すわけだけど、どこからどこまでをどうやって話すのかを考えていると、リカード司祭は突然そんなことを言ってきた。

 にこやかな笑みを浮かべながらまっとうなことを話すリカード司祭を見て、思わず顔を顰めてしまった。

「……なんだか、今日は一段と神父らしいことをおっしゃるのですね」
「そうでしょうか。まあ貴女は昔からあまり教会に寄り付きませんでしたからね。久しぶりに来たことでそう感じたのかもしれません」
「そうかもしれませんね」

 なんて答えてみたけど、そんなことはないはず。この人、普段はもっと適当というか、いい加減な態度で接してくる人でしょ。にこやかな笑みを浮かべて教会の服を着ているからまともに見えるけど、それは見た目だけの外見詐欺で、実際はかなりずぼらでいい加減な振る舞いをする人だ。

 そんな人があんなまともなことを言うなんて、いったい何を考えているのだろうか。

 ただ、そんなことを訝しりながらリカード司祭のことを見ても、帰ってくるのはにこやかな笑みだけ。表情に変化がなければ、言葉も返ってこない。

 仕方ないので私から話しかけるしかないか。でもどこから話したものかなぁ……

「――ねえ。あなたは私がどうなったのか知ってる?」
「知りませんよ。貴女が理由を話さない限り、私は〝何も知りません〟」
「……そう」

 ……酷い人。
 リカード司祭の返事を聞き、思わず眉を顰めてしまった。きっと彼は全てを、とは言わないまでも大筋は知っているんじゃないだろうか。人間本体がここに来るにはそれなりに時間がかかるけど、情報だけなら届ける方法がないわけじゃないんだから。

 ただ、そう言って知らないふりをしてくれるのはありがたいと思うけど、この場合は恨めしくも思う。だって、知っていると言われれば話す踏ん切りがつくのに、知らないと言われれば自分で話すか決めないといけないんだから。

 少し悩んでから、リカード司祭にも聞こえるように分かりやすいほどわかりやすく大きくため息を吐きだしてから、今回の件に関して話し始めることにした。

「……悩みというか、分からないことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「ええ。必要であれば懺悔室もご用意できますが、いかがされますか?」
「いいわ、ここで。懺悔するような内容ではないし、懺悔する必要があることもしていないはずだもの」

 私は誰に恥じる事なく生きているつもりだ。自分の行いを胸を張って言うことができる。
 どっちかって言うと、神様の方が私に懺悔をするべきでしょ。人の人生を勝手に捻じ曲げたんだから。

 私がそう言うとリカード司祭は肩を竦めたけど、そんな態度をみたらやっぱりこういう態度の方がこの人らしいと思えた。
 そして、そんないつものような懐かしい態度を見たからだろう。私の中からはさっきまで僅かに感じていた緊張感のようなものが綺麗になくなっており、自然と言葉を紡ぐことができた。

「――私は、これまでそれなりに幸せに暮らしてきてたつもりなのよ。悪い事なんて何もしてない、とは言えないけど、神様に裁かれるようなひどいことはしてなかったつもり。加護を贈り付けられた後だって、聖女として相応しくあるために努力したし、将来の王妃としても舐められないように、国にとって良い結果になるようにと努力を続けてきたの。それなのに……すっごい悔しいの」

 普段はこんな弱音なんて誰かに聞かせることはないっていうのに。それに、この間立ち寄った村の子供達に話して弱音なんて吐きつくしたはずなのに……寄りにもよって家の皆じゃなくてこの人に話すことになるなんてね。

「私は何か間違ってたの? 聖女になんてなりたくなかった。王妃になんてなりたくない。それでもみんなのためだって言い聞かせて自分の時間を削って、自分を押し殺して、必死になって頑張ってきて……その結果がこんなのだなんて、あんまりじゃない? 神様ってなんなの? 私を苦しめるためにこんなふざけた呪いを贈り付けたの? 私は、こんなふざけた呪いなんていらなかったのに」

 ……ううん。もしかしたら、家の皆じゃないから話したのかも。だって、こんなことを言えばお父様もお母様も、それから使用人たちもみんな心配するだろうから。でもこの人は心配も同情もしない。それを分かっているから、こうして話したのかもしれないなんて思う。

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