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次は〝本当の私〟で
しおりを挟む「――王家の命であれば婚姻をしてくださるというのは本当でしょうか? 貴女は王家の不手際によって泥を被ることとなったというのに?」
それから少しして、ランドル卿は足を止めたかと思うと私のことを見て徐に問いかけてきた。
ともすれば王家批判ともとられかねない言葉だというのに、自身の言葉の意味に気づいていないのか、それとも気づいたうえで問いかけてくる程〝本気〟なのか……。
なんにしても、聞かれた以上は答えないとね。
「そのことは個人間の不幸な行き違いでしかありません。私も私の実家も、王家に対して何ら思うところはありませんし、今も以前のように縁を紡ぎ直すことができないか模索しているところですから」
実際、私は別に王家を恨んだりしていない。呆れは多少なりとも……ううん。多大にあるけど、命令に逆らうつもりがあるかって言ったらないと断言できる。
だから王家から結婚しろと命令が下されたなら、私は貴族としてそれに従う。
「では、再びアルベール王子と婚約し直すこともあり得るのでしょうか?」
あ、ううん。それに関しては無いかな。いくら王家からの命令って言われても、ねえ? そもそもそんなことしたらあの阿呆王子か、ともすれば王家の者が死んじゃうだろうから。
「いいえ。それはありません。殿下は聖女に対して宣誓を行ってしまいましたから。私と婚姻に関する話はしてはならないのです。ですので、私が殿下と婚約することはまずありません」
私の予想では阿呆王子が死ぬかその手前まで行くだけで王家自体は問題ないと思うけど、正直どうなるかは分からない。だって私、神様に愛されちゃってるし。そこはもう神様の気分次第よ。
流石に個人同士の誓約で王家全体が、なんてことはないと思うけど、私はあくまでも人間で、神様なんて存在の考えを正確に測ることなんてできないんだからどうしようもない。
「そうですか」
私がはっきりと阿呆王子との再度の婚約はないのだと断言すると、ランドル卿はあからさまに安心したようにホッと息を吐き出した。
……なんだか、これだけ分かりやすく好意を向けてくる相手をろくに考えもしないで断ったのは悪い気がする。けど、今更あの時の言葉は無しっていうのも格好がつかないし……次にまた告白してくれたらその時はオッケーするかもしれないけど……うーん。
「……何がそれほどまでにあなたの心を動かしたのですか?」
「それは……」
ランドル卿は言い淀んだ様子を見せたけど、しばらくしてチラリと私の事を横目で見ながら話し始めた。
「そうですね……あなたの優しさもですが、一番はやはりあの時、私を助けて下さったときの剣を振るう姿でしょうね。本来であれば忌避するところなのかもしれませんが……戦いの中であってもあなたは笑みを浮かべていて、血と共に踊っているように見えた姿がとてもきれいなものに思えたんです」
……なんていうか、こんなことを言われるとは思ってもみなかった。
ハッキリと口にすると反感を買うだろうけど、私ははっきり言ってみた目が良い。そりゃあ貴族の娘ですし? いくら聖女だからって言っても、王家に迎えられるくらいには顔がいい。
けど、そんな見た目じゃなくてまさか貴族の令嬢らしくないところを気に入られているとは思わなかった。
見た目の話じゃなくて戦っていると事について話されると思っていなかっただけに、思わずポカンと間抜けな顔を晒してしまう。
「女性に対する褒め言葉としては下の下でしょうし、こんなことを女性に言うべきではないですね。私はちょっとおかしいみたいです。忘れてください」
……まあ、そりゃあそうでしょうね。いくら何でも貴族の娘に……ううん、女の子に対して「血を浴びた姿が素敵です」なんて感じのことを言うなんてどうかしてる。
けど、だからこそ、かな。そんなふうに大分ズレた言葉だったからこそ、さっきまでよりもランドル卿のことが気になって見えた。少しくらい歩み寄ってもいいかもしれない。なんて思うくらいにはね。
「それじゃあ、私達はこれで帰るわ」
「はい、お気をつけて」
それからしばらくは他愛のない話をしながら夜の庭園を散歩していたけど、そろそろいい時間だし、なんだか眠気も感じてきたので部屋に戻ることにした。
「ルーナリア嬢」
――んだけど、振り返った直後、ランドル卿が私の腕を掴んで引き留めた。
ランドル卿は確かに顔が良いし、身分もそれなりにあるし、礼儀もわきまえている。恋人や伴侶とするならいい相手だと思うし、こんなふうに呼び止められたのなら胸がときめく女の子もいる事だろう。
けどそんな突然の行動に、私は胸がときめくのではなく怪訝な思いが沸き上がった。
だってそうでしょ? 今まで押しが弱いというか、一歩引いた態度で接してきていたのに、こんな突然腕を掴むなんて行動に出てきたら訝しく思うに決まってる。
「また、あなたに会いに行きます。その時は、〝本当の私〟をお見せしてみせます」
何のつもりなのか。そう問いかける前にランドル卿は真剣なまなざしで私の事を見つめながらそう口にした。
その言葉の意味するところは分からない。本当の彼とは何なのか。私が感じたこの家の違和感に関係があるのか。
色々と分からないことだらけだけど、なんだかこのままだとやられっぱなしな気がして気に入らない。
「……そうですか。ではその時は私も、〝本当の私〟でお応えいたしますわ」
なんて言ったけど、本当の私なんてみせたら幻滅するんじゃない? だって本当の私ってこんなお淑やかな言葉遣いじゃないし、自分で言うのもなんだけど割と戦闘狂だし。少なくとも、世間一般の人が思う『貴族のご令嬢』とはかけ離れた存在だと思う。
けどまあ、その時はその時で、それ以上ランドル卿のことで悩むこともなくなるんだからいっか。
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