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一章
魔王様はネガティヴですか?
しおりを挟むカトレアがゼェハァと息を切らしながら境界線を跨いだその時、魔王城内では緊急時用アラームがけたたましく鳴り響いていた。これは、境界線上に張られた魔力の層が人間を感知した際に鳴るアラームだ。
魔族にはどう足掻いても勝つことのできない人間に対して、初代魔王が念の為にと作らせたのだ。だがしかし、人間は知能が高い。そのアラームは作られて以来唯の一度も鳴ったことはなかった。今の魔王はとても温厚で、魔族と人間の関係も比較的友好的なものになりつつあった。これからも、そのアラームの出番は無かろうと誰しもが思っていた。
それなのに。
アラームが、鳴ったのだ。
当然、魔王城は騒然とした。
「一体何がどうなっている!何故今になってこんな……!」
「なんという事だ…今更人間が魔族に刃向かうとは」
「待て、まだそうと決まったわけではない!もしかしたらただ間違えて跨いでしまったのかもしれないぞ」
その時丁度、魔王城では貴族の長ばかりが集められた会議を行っていた。突然のアラーム音に、貴族たちは皆騒ぎ立てた。騒つく会場に、突如大きな物音が響いた。宰相閣下が机を叩いた音である。その音に、会場は我に返ったように静寂を取り戻した。
「お気持ちは分かりますが落ち着いてください。魔王様の指示に従うことが先ですよ。さあ魔王様、此度のこの騒ぎは一体どう処理なさいますか?指示を頂きたく思います」
銀縁の丸眼鏡をくいと上げながら、宰相は会場の一番奥の席に着いている魔王に話を振った。魔王はゆっくりと立ち上がり、威厳ある声で言い放った。
「まずは情報収集をしよう。現在の人間界との関係は極めて平和なものだから十中八九、皆が想像したような血の気の多い輩ではない筈だ。恐らく森で迷った冒険者といったところだろう」
その言葉に会場からは納得の声が次々と上がった。
そのくらい冷静に考えてみればすぐに予想できる筈だが、あまりの予想外の事態に、皆あまりに気が動転していたようだ。魔王は深くかぶったフードの下で、穏やかに笑みを浮かべた。
「宰相、念の為だ。境界線に仕掛けてある防犯カメラの映像からアラームの原因となった人物を探してくれ」
魔族界の防犯カメラはひと味違う。魔力で生み出した魔力型カメラに魔力を注ぎ込んでやるだけで機能するという優れものだ。
「はい、畏まりました」
指示を受けた宰相は早速データを分析し始めた。
空中にモニターのようなものを作り出し、そこにカメラの映像を映し出す。
「ありました。この人物しか映っていなかったので間違いありません」
そう言って魔王に差し出されたのは、奇妙な人物が映ったモニター。会場中の貴族たちも、驚きを隠せない様子でそれを凝視し始めた。
映っていたのは、小柄な人間だった。
赤いローブに覆われていて定かではないが、体型からして恐らく女性だと思われる。しかし、皆を引き付けたのはもっと別のところだった。
血塗られたような赤のフードですっぽりと隠された顔。まだ暑さの残る季節だというのに真っ黒な手袋をした両手。歩き方は何故か千鳥足で、かなり不気味だ。片手で引きずられている袋は何故かパンパンに膨らんでいて、ボコボコと不自然な膨らみを見せている。言うなればまるで何か動物の死体を入れているような膨らみ方だ。
この映像を見た貴族たちは再び動揺を見せ始めた。
「なんという事か…!唯の不審者じゃないか」
「なんだあの袋は。誰か殺したんじゃないのか?」
「あの歩き方…酒の飲み過ぎに違いない!!」
なんと言うことだ。ただの迷い込んだ冒険者だろうと思っていたのにまさか不審者だったとは。
焦りを隠せない貴族たちに、魔王は声を張り上げた。
「静まれ!そして落ち着け」
静まり返ったところで再び魔王は口を開いた。
「皆、今すぐ僕の墓を作ってくれ。きっとこの不審者は僕を殺しに来たんだ、あぁそうに違いない。そうなるともうダメだ。僕は死ぬに違いない。あ…出来たら火葬にして欲しいんだけど無理かな?」
「魔王様、まずは貴方が落ち着いてください。魔王様ともあろうお方が人間に負けるわけがないでしょう」
冷静な宰相の言葉に、貴族たちからも賛同の声が上がる。魔王には実力がなければなることは出来ない。
魔王が強いと言うことは誰もが知る事実だった。
「ごめんごめん、少し焦り過ぎたみたいだ。ん?どうした宰相。何で僕の腕を叩くんだ?痛い痛い」
「魔王様、分かりましたよ!」
苦笑しながら謝る魔王に、何か思い当たるところがあったらしい宰相が声を掛けた。
よほど嬉しいのか、魔王の腕をバッシバッシと叩いている。
「人間界にはクリスマスと言う行事があるらしいのです。何でも神の誕生を祝う聖誕祭なのだそうで、魔族としては忌々しい行事なのです」
「確かにそれは聞いたことがあるな。で?それとこれとに何の関係が?それと、そろそろ叩くのをやめてほしいんだけど」
魔王は宰相に、話の先を促した。
宰相は、それに応じて話を再開する。
そして、それと同時に魔王の腕を叩くのも再開する。
「はい。そのクリスマスの日、なんとかロース…という人物が子供達にプレゼントを配るそうなんです。そのなんとかロースには制服がありまして、赤い服に赤い帽子、そして大きな布袋を抱えているのです」
魔王は成る程と頷いた。
腕を痛そうに見つめながらも宰相に尋ねる。
「その『なんとかロース』の制服と、その不審者の格好が似ている…と言いたいのかな?あと、腕が痛いんだけど…」
「はい、その通りです。それにしても何でしたっけ…『なんとかロース』なのは覚えているのですが、『なんとか』の部分がなんだったか…」
頭を抱えて『なんとか』の部分を思い出そうと必死になっている宰相に、魔王は感謝した。
漸く腕を解放してくれたからだ。
この不審者かと思われた人物も『なんとか』ロースなのだろう。宰相が言うなら間違いない。
千鳥足なのもきっと、聖誕祭を祝うばかりに飲み過ぎてしまっただけなのだろう。
「はぁ、一安心ですな。不審者かと思いましたが、クリスマスでしたか…」
「なんて事はなかったですね!よかった」
「それにしてもクリスマスとは。我々からすれば喜ばしいものではないが、別に害もないからな」
こぞって安堵の言葉を言い合う貴族たちの会話を聞きながら、魔王もうんうんと頷いた。
『なんとか』ロースだか何だか知らないけど、魔族界に悪影響がないならそれでいい。よかったよかった。
これで万事解決。一安心だ!
その『なんとか』ロースが何故境界線を跨いだのかはよくわからないが、きっと何かの間違いだろう。
魔王も、貴族たちも笑顔を取り戻した。
そんな時だった。
心の底から安心しきった和やかムードを粉砕するかのように、宰相の声が響いた。
「ああ、思い出しましたよ魔王様!『なんとか』ロースではなく、『サタンコロース』です!!」
それはまさに、地獄絵図。
和やかになりつつあった会場が阿鼻叫喚に包まれた。
「サタンコロースだと!?」
「制服が何故赤いのかと思ったら、そう言うことか!」
そんな地獄絵図の中、魔王はただ一人静寂を保っていた。時に異常なほどのポジティブ思考、時に異常なほどのネガティヴ思考を見せる、変わった魔王ではあるが、こう言うところは流石魔王としか言いようがない。
そんな魔王は、重々しく口を開くと………
「宰相。僕の写真、イケてるやつ残ってる?遺影くらいはイケイケなのがいいんだけど。無かったら今からでも遅くない。遺影撮影をしよう」
「いや、ですから落ち着いてください魔王様」
*****************
今回はちょっと長めかな…?
お読みいただきありがとうございます(o^^o)
早速感想をいただいて、とても嬉しいです。
どなた様もご自由に書き込んでくださいね~~
『このキャラマジでやばい』とか、呟く感じでも大歓迎です笑笑
今後の参考にしますので!
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