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一章

私は不審者ですか?

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 結局、体力皆無なカトレアが魔王城に到着したのは出立してから数時間が経ってからのことだった。日も傾き始めており、夕日がこんにちはしようとしている。
そんな状況の中で、カトレアは目の前にそびえ立つ城に悪態をついた。

 「はぁ、はぁ……何でこんなに遠いのよ!大体何これ。はぁ…何で正門に鍵がかかってるの?おもてなしの精神って言葉を、はぁ、はぁ、知らないのか!」

 狼型モンスター入りの布袋を地面に放り、膝に手をつき息を切らしているカトレアは、はたから見ればただの不審者である。ローブやフード、手袋に布袋がなければそんな外観も変わるだろうに。
しかしそんな事は全く気にせず、カトレアは鍵のかかった門をガシャガシャと鳴らした。

 「だーれかーー!誰かいませんかーー?」

 大声をあげるも、誰の気配もしない。
カトレアは嘆息する。
何て不用心なのかしら。
この時間帯は一番不審人物が湧いて来やすい時間帯なのに、警備の一人もいやしないだなんて!
それに、正門に鍵を掛けるとはなんたることか!
おもてなしの精神を知らないのか、魔族は。
礼儀作法を一から学ぶといいわ!全く……
とは言えこのままでは埒があかない。
さて、どうしたものか。

 ふと、視界に入ったのは城壁だ。
門は金属製だが、それに続くようにして作られた城壁は煉瓦で出来ている。

 ーーよし、これだ!

 煉瓦の城壁を見据えてカトレアは決心する。
正門に鍵なんてかけているのが悪いのだ。
だから、これは仕方のないことなのだ。
カトレアは、悪くない。悪くないのだ。

 ーー礼儀作法ってものをその身に刻んでやるわ!

 カトレアは城壁の前へと移動する。

 「すみませーーん!どなたかいらっしゃいませんかーー?」
 
そんな言葉とともに、カトレアは壁から少し距離を取り、そしてステップを踏むように軽やかに、煉瓦の壁に回し蹴りを決めた。
瞬間、ドゴォォォオン……と破壊音が響き渡る。

 「なっ……何事だ!?!?」

 城内で見回りをしていた者達がその音に驚いて駆けつけた時にはもう遅かった。
正門の真横の煉瓦層のみがボロボロに崩れ落ちている。ぽっかりと空いた煉瓦の壁の向こう側に佇むのは、一人の小柄な人物の影。

 「まさか、あれが昼間に魔王様が仰っていた『サタンコロース』か!?」

 「そうに違いない!聞いていたのと全く同じ服装だ」

 「なんだって!?あれ、魔王様ジョークじゃなかったのか!!」

 「いや、どんなジョークだよそれ」

 騒ぎながらも、彼らは壁の向こうの影に警戒心を露わにした。いつでも攻撃ができるように、魔法陣の準備も忘れない。
一方で見張りの魔族達が構えているなんて全く知らないカトレアはというと………

 「はぁ…はぁ…お邪魔しまーす。よいしょっ……と」

 近所のおばちゃんの家の門を潜るかのように悠々と、そしてのんびりと、その穴から魔王城敷地内に入った。入ったところで、こちらに目を向けている数人の男達に気がつくと、トボトボと…いや、フラフラとそちらの方へと近づいて行った。

 「こ、こっちへ来たぞ!」

 「なんだあの歩き方は…不審者か?」 

 「おいそこのお前!止まれ!名を名乗れ!!」

 もはや警戒心マックスになりつつある彼らに、カトレアは首をかしげた。
どうして私はこんなにも警戒されているのだろうか?
いや、でもそれも仕方ないか。
突然こんな小娘が城に入って来たら誰だって驚くに違いない。多分、同じことをされたらカトレアはそいつを警察に突き出すだろう。
だがカトレアは、外観を除けば、不審者ではない。
それを、相手に伝えるのが最優先と見たカトレアは、男達の前までやって来たところで足を止めた。
そして……

 「私は……はぁ、はぁ、…決して…はぁ、怪しい者では無くてですね…はぁはぁ、はぁはぁ」

 ここまで歩いて来たのに加えて、先程の回し蹴りでもう殆ど体力が残っていないカトレアは、荒い息を吐きながら、そう告げた。
思い出していただきたいのだが、今の彼女の格好は、である。
当然のことながら見張りの魔族達の目には、カトレアは不審者にしか見えなかった。

 「いやいやいやいや、怪し過ぎるだろ」

 「やばいって、こいつ。絶対変質者だろ」

 「やっちまうか?」

 「いや、でも。まずは名前を…」

 ヒソヒソと後ろで相談してから、魔族達は再びカトレアに向き合った。

 「すみません、お名前をうかがっても?」

 そしてカトレアは、その言葉に目を輝かせた。
知ってる!このシチュエーション、知ってるわ!
このシチュエーションには確か、典型的な返しが求められるのだ。昔読んだ小説でこんな感じのシチュエーションが何回か出て来たから間違いない。
人生で一度は言ってみたいとは思っていたけど、まさかこんなにも早く好機が訪れるとは…!
その場でただ 一人だけテンションマックスになったカトレアは、胸を躍らせながら深呼吸を繰り返して息を整える。
そして、ノリノリで目の前の男をビシッと指差すと、芝居がかった声音で高らかに声をあげた。

 「この無礼者!人に名を訪ねる時はまず、自分から名乗るのが礼儀ではなくって!?!?」

 しん……と一瞬にして場が静まり返った。
考えてもみて欲しい。
自分がお仕えする屋敷に、こんな人物が突然現れたら貴方はどう行動するだろうか。
見た目は完全に不審者で、あろうことか屋敷の外壁を破壊し侵入。その上話しかけてみれば完全に変質者のそれで、名を聞いてもはぐらかす。
 それが魔王城ともなれば、それはもう殺されても文句は言えないのではないだろうか……。
だが、男達はそれはしなかった。
この敷地内では魔王が絶対的君主だ。
その君主に許しを請うことなく誰かを殺めるということは、たとえそれが不審者であったとしてもあり得ないことだからだ。
 かといって、城壁を破壊したのだから何のお咎めもなしというわけにはいかない。

 結論。
カトレアはどうなったか??

カトレアは、牢に入れられた。
冷たい床の上で、彼女は不本意とばかりに呟いた。

 「………解せぬ」


 
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 暫くはカトレア視点と魔王様視点が交互に来ると思われますのでよろしくです。
カトレアは自分では常識人だと思っていますが、実際にはただの世間知らずなお嬢です。
要約すると、アホです。
アホな主人公ですが、温かい目で見守ってやってください。


 
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