聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

文字の大きさ
59 / 165
出会い編

ゼンの出会い 2

しおりを挟む
 
 長い伸びた金色の髪は毛先がくるりと波打っていて、同色の長い睫毛に縁取られた薄桃の瞳も宝石のようで綺麗だった。
人形みたいな子だな、と本気で思った。
護衛対象がこんな子で良かった。
護衛役はやはり嫌だが、守りがいがある。

 そんな事を考えていたら、突拍子も無い事を言われた。
 
 「わたくし達、お友達になりましょう!」

 成る程、ただの世間知らずな令嬢とはわけが違う。
これはつまり、互いにのをやめて素で過ごそう、ということなのだろう。
そんな事を提案してくるとは、どうやらアルカティーナ嬢は頭が切れるらしい。

 そういえば、クレディリア邸ここへくる前に国王に言われた。

 『アルカティーナ嬢は意外なことにかなりのだ。舐めてかかると痛い目を見るぞ。』

 俺は参加しなかったから詳しくは知らないが、どうやら先日のデビュタントの場で彼女は何かをやらかしたらしい。
 それがきっかけで今、貴族女性の間で新しい作法が流行したり、アルカティーナ嬢に強い憧れを抱くファンクラブなるものが出来たり、何だか色んなことが起こっているらしい。
 一体彼女は何をしたのだろうか。

 「お友達……ですか。それはとても魅力的ですね。」

 「……!!でしょう??」

 さも嬉しそうに微笑むアルカティーナ。
可愛い。可愛いなぁ。癒される微笑みだ。

 だが、俺はそんなにちょろい男じゃ無い。
俺は、こんなところで絆されてはいけない。
だから。

 「ですが、それは出来ません。自分は常に完璧でいなくてはならないのです。」

 騎士団のように、貴族社会とあまり関わりのない場ならゼンとて、素でいられる。
 だがここは貴族の家。
しかも、クレディリア公爵家だ。
ここで絆されているようでは、兄上には追いつけやしない。
 俺は実の兄にコンプレックスを抱いていた。
俺は、不器用な男だ。気の利くセリフをさらっということなんてできない。
何度も練習したが、無理だった。
でもそれを、兄は当然のようにやってのける。
兄上は完璧だ。
俺も兄上のような男にならなければ。
でないと、見捨てられてしまう。

 「つねに完璧、ですか。」

 そう呟いて瞬きを繰り返すと、アルカティーナは平然とした顔で言い放った。

 「無理に決まってるじゃないですか。」

 「な……」

 何を言う、そんな事はないはずだ。だって兄上は。

 固まってしまったゼンにとどめを刺すように、アルカティーナはこうも言った。

 「ねぇ、貴方。他国の貴族か何かでしょう。」

 「なぜ、そう思うのですか。」

 そうか。おかしいとは思っていたのだ。
本当の身分を明かしていないというのに、彼女はさっき俺を「ゼン様」と呼んだ。
公爵令嬢は、安易に人に様などつけない。
彼女は俺を貴族だと推測したからこそ、そう呼んだのか。

 「わたくしはルーデリア王国の貴族の方なら、どなたでもお顔とお名前がわかります。まあデビュー済みの方に限りますが。そしてわたくしは、貴方のお顔も、お名前もわかりません。平民かとも思いましたが、貴方の所作にはひとつひとつ無駄がありません。いえ、なさ過ぎます。つまりとても平民だとは思えないのです。ですが。わたくしは貴方を知りません。…となれば、他国の貴族の方ではないかと。」

 そう思ったのです。
アルカティーナは笑みを崩さぬままにそう言ってのけた。
 驚いた。まさかここまで頭が良いとは。
いや、俺が他国の貴族かは置いておいて、だ。
 
 「そうですか、成る程理解しました。ですが、自分はルーデリア王国の者です。実は自分は今は名もなき没落した家の者なのです。元は貴族でしたが、今はただの騎士。アルカティーナ様がご存知ないのも無理がありません。」

 ま、嘘だけどな。
だが俺は言ってから後悔した。
彼女の聡明さはもう十分に理解したつもりだ。
しかしそんな聡明な彼女に、こんな嘘が通じるだろうか。
しまった、嘘をつく相手を間違えた…!!

 が。

 「…まあ!そうだったのですねっっ!!それはさぞ辛い思いをされたでしょう……。」

 ものすごく簡単に騙されてくれた聡明な彼女は、今にも泣き出しそうに瞳をうるうるさせていた。
 
 あ、わかった。
この子、アホだ。
何とかと天才は紙一重って言うけど、それだな。

 ……何と言うか、罪悪感が半端なかったとだけは言っておこう。


 その後彼女は思い出したように言った。

 「そうそう、さっきの話ですけど。常に完璧な人なんてこの世に存在しませんよ?誰しも弱点があるからこその人間です。」

 「!」

 頭から冷たい水をかけられたかのような気分だった。
何て馬鹿だったんだろう、俺は。
完璧な人間?そんなもの、存在しない。
そんなのは少し考えればわかる事じゃないか。
 そうか。
俺はそんな事も分からなくなるほどに、追い詰められていたのか。

 「それにですね、」

 アルカティーナは、今までで一番綺麗な笑顔をこちらに向けた。

 「人は欠けているところがあるからこそ、面白いんですよ。」

 その時、俺は決めた。
決意した。
もう、この少女の側で一生を終えることになっても良いと思ったから。

 気がつけば俺は喋っていた。

 「あの、アルカティーナ様。先ほどの、お友達にならないかと言うお話についてですが……。」


  ゼンの気持ちが一転するまであと、0秒。



しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

処理中です...