聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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出会い編

この天然バカティーナ!

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 「アルカティーナ様、娘を外へ連れ出してくださったのは貴方だと聞きました。この度は娘を助けてくださって本当にありがとうございました」

 それは、ここは何処の高級レストランだ!と言いそうになる程豪勢な造りの謁見の間から、アルカティーナが去る前の出来事。
 アルカティーナは、涙ぐみながら自分に深々と頭を下げる、人の良さそうな婦人に瞳を瞬かせていた。 

 やめて下さい!
お礼なんて言われるような事してないのですよ!

 アルカティーナは非常に焦りつつも、冷静を装い、なおも深く頭を下げ続けるそのご婦人止めた。

 「おやめ下さい。わたくしは何ひとつ、お礼を頂くような事はしておりません」
 
 第一、リサーシャが誘拐されたのは自分のせいなのですから本当にお礼なんていりません。
 しかし、ご婦人は尚も食い下がる。かと思えば、背後にいる青年に小声で何やら耳打ちをした。

 「まぁ、ご謙遜を!…ちょっとリュート?貴方も何とか言いなさいな。可愛い妹の命の恩人よ?」

 「は…!?いやいや、無理だぞそんなの。相手はあのアルカティーナ様だぞ?」

 「まぁ!命の恩人に失礼よ?」

 「いや、褒めてるんだが。…それに何より心の準備が」

 「何を情けない事を!いいからさっさとお行き!」

 詳しい話の内容は一切聞こえてきませんが…何だか揉めているように見えます。大丈夫でしょうか?

アルカティーナがそんな心配をしている間に、青年は腹をくくったらしい。おずおずとアルカティーナの前へと姿を現した。
 そしてその青年の容貌をみて、アルカティーナは「あら」と声を漏らす。
焦げ茶の髪に、何処か神秘的な金の瞳。
…凄く彼女に似てますね。
暫くぼんやりしていたアルカティーナだったが、我にかえると慌てて青年に声をかけた。
社交の場では必ず身分が高い者からしか声をかけることができない。そして青年の家は侯爵家なので、今はアルカティーナから口火を切る必要があったのだ。

 「今晩は、初めましてリュート様。わたくしはアルカティーナ・フォン・クレディリアでございます。いつもリサーシャ嬢にはよくしていただいておりますわ」

 慌てて言ったにしてはいい感じに言えました。
良かった~~。あとはにっこりスマイルでも付けておけば完璧なのでは?よし、取り敢えず笑っておきましょう!スマイルはゼロ円ですよ~。
 半ば適当に笑顔を付け足したアルカティーナに、青年は頰を染めながらも律儀に礼をした。  

 「初めまして、アルカティーナ様。私はリュート・キリリアと申します。いつも妹がお世話になっております」

 そうなんです。彼は、リュート・キリリア様。
そして、その横に控えるご婦人はキリリア侯爵夫人。
リサーシャのお兄様とお母様なのです。
 いやー焦りましたよ。いきなり声をかけられたかと思ったらガバッと頭を下げられましたからね。
ましてやこちらから謝罪に行こうと思っていた相手からお礼を言われるとは…やりにくいですね。

 「妹の件、本当にありがとうございました。感謝しても仕切れないほどです。ありがとうございます」

 「そんな…そんな、お礼を頂くような事、本当にこれっぽっちも…」

 改めてそう言おうとすると、聞き慣れた声が横から乱入してきました。

 「やだなぁティーナったら」

 焦げ茶の髪に、神秘的な金の瞳。可愛らしい幼い顔立ちの少女がそこにはいた。

 「…リサーシャ」

 アルカティーナに名を呼ばれた少女は、にっこり笑うとこう告げる。

 「私はね、ティーナが助けに来てくれたのが凄く嬉しかったし、安心したの。だから、お礼くらい受け取って?お願いだよ」
 
 リサーシャの言葉に、リュート達も頷いた。
アルカティーナが何と思っていようと、彼女はリサーシャの命の恩人なのだから。お礼くらいは受け取って欲しい。
 強い、頑固とも言えるその意思を感じ取ったアルカティーナは苦笑しながらそれを受け取ることにした。
そしてそれと同時に、謝ることにした。

 「はい、わかりました。どういたしまして!です。それから、御免なさい」

 アルカティーナは三人の目を順に見てから、腰を折った。

 「「「え?」」」

 突然頭を下げたアルカティーナに三人はひどく狼狽した。謝られるような事をされた覚えは何ひとつなかったからだ。
戸惑う三人を見て、アルカティーナは説明するべく顔を上げる。

 「今回の事件は…全てわたくしが原因で起こったことと言っても過言ではありません。ですから、リサーシャ嬢を危険に晒したのもわたくしの責任なのです。本当に、申し訳ありません」

 「そんな事は…」

 「いいえ。わたくしが…わたくしがあの時ラグドーナ様の異変に気が付いていたら…ラグドーナ様を上手くいなせていたら……こんな事にはならなかったかもしれません。ですから、全てわたくしが…」
 
 アルカティーナの言葉を遮るように、ゴチンッと何かが衝突する音が鳴り響いた。

 「…っ、こんのバカティーナ!」

 「リサーシャ…?あの、ものすごく痛かったのですけど。何で頭突きなんてするのですか?あ!さてはリサーシャ、石頭ですね?そうに違いないです、こんなに痛いんですから当然…」

 「そうじゃないでしょ!この天然バカティーナ!」

 「ひどい!増えてるじゃないですか!」

 「何よ!天然なのは本当のことじゃない」  

 するとアルカティーナは素っ頓狂な、鳩が豆鉄砲を食ったような表情と声で声を漏らす。

 「え……」

 「え……、はこっちのセリフだよ。無自覚?あーー…まぁそうだろうね。て、そうじゃなくてさ…」

 リサーシャは何かを振り払うように首を横に振ると、呆然としながらリサーシャを見つめる母親と兄に「二人だけで話したいから外して欲しい」との旨を簡潔に伝えると、改めてアルカティーナと向き合った。

 「頭突き、ごめん。でもね…思わず体が動いたの」

 「余計タチが悪いですよ!?」

 「あ…うん。ごめんね?でね、私が言いたいのはそうじゃないの。…聞いてくれる?」

 珍しく真面目な表情のリサーシャに、アルカティーナは息を詰まらせながらもゆっくりと頷いてみせた。

 「勿論聞きますよ?」

 すると、リサーシャは呟くように話し始めた。

 「まず聞きたいんだけど。ティーナはさ、何でいつもひとりぼっちなの?」
 
 「え。わたくし、ぼっちなんですか…?お友達いるんですけど…」

 絶望したかのように言うアルカティーナに、リサーシャは苦笑を返した。

 「ごめん、そう言う意味じゃないよ。今言ったのは、心の話。ティーナの心には、誰が映ってる?私はね、沢山映ってる人がいる。家族でしょ?友達でしょ?いっぱいいっぱい、映ってるの。でも、ティーナは?ティーナはいつも、一人だよ。ティーナは皆んなに好かれてるのに、いっつも心は一人だよ?」

 アルカティーナは即座にそれに反論した。

 「そんな事ないです!わたくしは、皆んなが大好きです。お父様もお母様も、お兄様もリサーシャもアメルダも、皆んな皆んな大好きです。わたくしの心にはいつも皆んながいます。一人なんかじゃ、ないですよ??」

 「そんな事ない!そんなはずないの!」

 「リサーシャ…」

 「そんなはずがないもの。だって、ならどうして?どうしてティーナは全部自分で背負おうとするの?今回だってそうよ?あんな馬鹿を一人で思い通りに操れるわけないじゃない!」

 アルカティーナは困惑した。
意味がわからなかったのだ。リサーシャの言っている意味が。
ひとりぼっち?全部自分で背負う?
どういうこと??
わからない、わからないわからない。

 「私とかアメルダは、よくティーナに愚痴を言ったり、悩みを相談したりするでしょ?じゃあその逆は?ティーナが私達に弱味を見せた事なんて一度もないよ」

 「…!それは…」

 「からずっとそうよ、貴女は。ねぇ。いい加減、頼ってよ」

 そう言われた瞬間、わたくしの心に何かがストンと落ちてきました。それは、ずっとずっと長い間開いたままだった穴を塞ぐようにピッタリとはまったのです。

 そっか…リサーシャはわたくしに『頼って』欲しかったんですね。

 「ティーナが一人で抱え込んでるって分かって…本当に自然と体が動いたの。…自分の中に、もう一人別の自分がいるみたいに。でね、その瞬間…」

 頭の中で誰かが叫んだの。    

リサーシャは確かにそう呟いた。 

 「怒らなきゃって自然と思った。で、気がついたら私とティーナの頭が…」

 「ごっつんこ?」

 「そういう事」

 アルカティーナは、桃色の瞳を伏せた。
リサーシャの言葉は、胸の奥深くを抉ってくるかのように突き刺さった。

 そっか。
わたくしは一人じゃないんですね。
相談でも、愚痴でも、何でも聞いてもらえるのですね。

 そんな、今となっては当たり前のことを思った。
生まれ変わってから今まで、何度もそれを実感してきたはずなのに。
今更それを思ったのだ。

 前向きに生きようと決めて、それでもどこかでは前世を引きずっているのでしょうね。

 ふと、アルカティーナは前世を思った。


 『椿、おはよー!』

 『お、浮島。おはよう』


 毎日当たり前に挨拶を交わしていた、あの二人を頼っていたら。それこそ、相談でもしていたなら…。
「私」はもっと違う過去を歩んでいたのでしょうか。
 
 「ひとりぼっち……そうかもしれませんねぇ…………ひとりはもう、嫌だなぁ」

 泣きそうになりながら笑うアルカティーナを見て、リサーシャもまた涙を滲ませた。
リサーシャ本人に、その涙の意味は分からなかったが、自然とそれは溢れてきた。

 「嫌ならもうやめたらいいんだよ!」

 「ふふ、そうですね。…では手始めに、これから予定していたアメルダへの謝罪を取りやめることにします」

 何かが吹っ切れたように爽やかな笑みを浮かべるアルカティーナに、リサーシャは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 「うん!それがいいよー」

 その後、アルカティーナはアメルダの両親やアメルダ自身からもお礼を言われ、それを快く受け取った。
 そしてやっと帰るとなって外へ出た頃にはもう空は真っ暗だった。
 その深い黒の中でキラキラと輝く星々を見て。
アルカティーナは美しいと思った。
 
 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 割と真面目回。
アルカティーナがまた一歩前へ進むためのお話でした。

そう言えば、メインキャラクターの絵を載せようと思って制作しているのですが…途中で血迷って謎の漫画を描いてしまいました。
漫画の題名は『アルカティーナはいかに天然か』です。いや、適当につけた題名ですけどね?
低クオリティーかつ内容がネタ、という誰得な(私得じゃー!)漫画の画像をアップしようか考え中…。
多分載せます。
見たくない!という方は載せる前に告知するので、見ないように逃げてください笑

 
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