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第一章 巻き戻された世界
20.甘い囁き
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「痛い!痛いよ!アルト!ちょっと、女の子のお手手なんだよ。加減して!」
「うるせえ!なんなんだ、いきなり!いきなり…好
、……とか、言いやがって!俺とお前は会ったばっかだろうが!」
「愛の育みに時間は必要ないのです!その一瞬一瞬が大事なのです!」
「まともに関わってねえって言ってんだ!それのどこで惚れる要素があった⁈」
「んん?アルトを好きなとこいっぱいあるよ?なんでか戦いの場だったのにアルトといると面白かったし、心強かったもん。さっきも言ったけど私がやられかけた時、駆けつけてきてくれたのは絶対忘れられない。王子様みたいだった」
「なっ……⁈」
当たり前のように好きなところを語るリーネル。
それにアルトは何かを抗弁しようとするものの、何を言い返せばいいのか、頭が追いつかない。
女性から好意をこんなにもまっすぐに向けられて、彼は顔を赤らめることくらいしか出来なかった。
「それとねー」
反面、リーネルは自分の気持ちを当たり前のように伝え続けて、
「二人で牛悪鬼と闘ってる時いろいろ言い合ったけど、私はその瞬間はなんか…なんだか楽しかったんだ。変だよね、戦闘の真っ最中なのにさ」
「…………っ!」
「エヘヘ」と頬を軽く掻きながら、照れくさそうな仕草を見せるリーネル。
その彼女のニコリとした表情は、年頃の女性としてあまりにも可憐で愛くるしいものだ。
不覚にも、一瞬見惚れてしまいアルトはすぐさま視線を外す。
「まあ、なんか最後の方、急に地面に蹲ったのはびっくりしたけど、その時は私が守らなきゃって、絶対死なせたくないって心の底から思ったんだ。多分もう、その時私はアルトを好きで、愛してる人を絶対失いたくなかった」
「…あれは、あの……時は、……俺も切羽詰まってて」
「でも、急にアルトが私の後ろから出てきてさ、一瞬で牛悪鬼を刀でぶっ刺しちゃったんだ。覚えてる?結局、最後の牛悪鬼倒したのもアルトなんだよ?」
「そう……なのか?いや、全然記憶には」
最終的にどうなったかをリーネルの口から聞き、アルトは口を籠らせた。
はっきりと明瞭には覚えていない。しかしおそらく、その瞬間はあの赤い視界に覆われた時なのだと察せれた。
あの闘いの最後の瞬間に記憶を繋ごうとし、半ば呆然とアルトは目を丸くする。
リーネルはそんな彼を見て、ニコリと微笑んで言葉を紡ぎ、
「村の救世主で英雄だよアルトは。それで私の好きな人。私を救ってくれた人で私が救った人。とにかくもう私はアルトが好き。大好き!やあっー!」
「…ぐっ⁈二度は食うか!」
愛の告白を告げると同時に再び飛びかかろうとするリーネル。
それをアルトは片手の所作で彼女の額をガッチリと力を込めて掴んだ。咄嗟の判断でなんとか二の舞いを回避。
そのまま無慈悲にギリリィと彼女の額を強く握る。
「あたたたたっ!痛いっ!痛いっ!頭痛いっ!」
「なめんなよ。俺の反射神経」
急な頭の痛みに「あたたたたっ!」とリーネルは喚いた。思わず軽く涙目を浮かべ、彼の握り締めから脱出。
「にゅうー、くそー。ガードが硬い。だが、それを溶かしていくのも恋というもの!」
「うっせ。つーか、ちょっと話戻すぞ、最後の牛悪鬼を倒したのはやっぱ俺なのか?お前じゃねえのか?」
「乙女の恋心をそっちのけにするとは…これはなかなか苦労しそうね私。でも、それに物怖じしない、諦めないのも私!」
「話聞け、俺は今聞いてんだろうが、」
「はいはい。え、てか本当に覚えてないの?凄かったよ。最後のアルト、一瞬で仕留めるんだもん」
「一瞬……?」
「そう。あっという間に牛悪鬼を一刺し。よく、心臓突き刺したよね。硬い装甲で包まれた皮膚のはずなのに。」
「…………」
そうリーネルから告げられ、アルトは無意識下であったあの時のことに思いを馳せる。
あの赤い世界に包まれた状態はよっぽど歪で奇抜な体験だったのだ。たとえ曖昧であやふやとした感覚だとしても自分がその情態に陥ったということだけは分かっていて。
「まあ、でも、一番びっくりしたのはその後!倒したと思ったら急にアルトの目から血がドバーッて、もうブシャーって勢いよく噴出!それでアルトはぶっ倒れちゃって…。本当に焦ったよ私は。」
「ああ、じゃあ、この左眼の包帯は」
「そ、もの凄い血の量だったから包帯巻いてんの。まだとっちゃダメだよ?アルトの眼、すごいことになってたから」
「すごいこと?」
「それはもう、もの凄い赤いし、めっちゃ血でてたし、めっちゃ目ん玉充血してたし、なんかすっごい傷んでる?感じがした。グロすぎ、うえぇ。」
「思い出して、お前がやつれてどうする」
説明するリーネルだったが、途端に舌を出して眉を寄せて顔を歪めた。さも気分が悪そうだ。
「あはは、ごめんごめん。冗談冗談。」
ただ、それも仕草だけであり彼女は手のひらをプイプイと振りながら愛くるしく爛漫な笑みを浮かべる。
一方、アルトはそんな様子のリーネルに適当に応じてから包帯で巻かれている自分の左眼に手を添えて、
「…血、ね」
目に意識を持っていき、ポツリとそう呟いた。
辛苦さと激痛を引き起こしたこの左眼。
そして、闘いの勝敗を分けたこの左眼。
おそらくこの目のおかげで最後にとどめを刺せたのだろう。
「あぁ…、あんま触んない方が、」
無雑作のアルトの行為にリーネルが心配して忠言する。眉根を寄せては慮るように彼へ目を向けて、
「めっちゃ処置大変だったんだよ?地面にびっしり血がぼたぼた落ちてたし、アルトは意識ないし」
「そんなに出たのか?逆に俺よく生きてたな」
「そうだよお。もう、本当に心配したんだから。」
腰にポンと手を添えてはそう嘆息するリーネル。
とりあえず、アルトが無事でありなんともなく普通に言葉を交わせる状態であることを知り、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
一方、ただ半身を起こしているだけのアルトは沈黙しながら呆然と前を見やる。
考えを巡らし、この左眼について能力と副作用について頭の中で整理した。
「おそらく、あの痛みは能力を使う度に起こるものか」
熟考したまま、炎の戦場で起きたことに思いを馳せる。
とりあえず、この左眼が能力を発揮できる瞬間というものは、目蓋の下で殺伐とした怒りのオーラ、殺意の感情が蔓延っている時だ。
そこの区別は直感でわかった。ただ眼が熱いだけの時と、眼が熱くなっており瞳の奥でどす黒い憤怒の感情が蠢いている時。
そして、左眼が憤怒を持ち合わせた時に敵の目を見据えれば敵は異常なほど苦しむということ。
「それは、別にいい。相手に十分隙を生ませることができるし、仕留める瞬間を作り出せる。……けど」
眼の力を駆使した際の副作用、あの思い出したくもない容赦のない異常な激痛が自分にも降り掛かる事はこの能力の懸念点でもあって。
「便利なだけに弊害が生じるってのは健在か。使いにきぃ。」
今思えば、あの痛みが生じた瞬間はどれもこの左眼の力を駆使した後だった。
一頭目の牛悪鬼を倒した後、そして二頭目を倒した後、それぞれ少し時間が経った後に何の前触れもなく痛覚が襲いかかってくる。
それは本当にきつく耐えがたいものだった。
辛すぎて、苦しめられて、痛すぎて、本当に痛かったあの瞬間。
「………っ」
正直、思い出すだけで悪寒が走る。
あの激痛を毎回体感しなければならないかと思うと怖気が止まらなくなる。
「………。くそ、ビビってんじゃねえ。本来なら無いはずの利点だろ。」
左眼に添えた手に軽く力を込めながらアルトは噛み締めてそうぼやいた。
この眼の効力は活用できると自身に言い聞かせる。怖がるなと、臆するなと、叱咤するように自身に説き伏せる。
なぜアルトにこの左眼が付けられているのか、この眼が何なのかはアルトには知るよしもない。
だが、使うに越したことはないのも事実だ。この眼のおかげで苦しめられたが、この眼のおかげで敵を倒すことができた。
自分の体の一部なのだ。恐れてばっかじゃ話にならない。怯えている暇なんてないのだ。
「……ねえ」
「ん?」
と、そんな風に一人アルトが額にしわを寄せながら黙考しているところ。
唐突にリーネルがふと、小さくポツリと声をかけた。
急な彼女のその言葉にアルトは「何か用か?」と目を向ける。
したらば、そこにはなんだかモジモジしているリーネルの姿があって、
「ねえ、それで、アルトはどうなの?」
「何が?」
「私の気持ち、答えて」
正座のまま膝の上に手を添えて、顔を下に向けながらリーネルはそう告げた。
細かな表情は見えない。けれども、顔を赤らめているのが分かって、
「なあなあのままじゃ、いや。アルトの気持ちも私は知りたい。」
震える声音でリーネルはアルトへと言葉を急かした。
答えて、とはなんのことだろうか、だなんて野暮な考えは持たない。つまるところ彼女のこの言葉は先程の好意を向けたことに対してだろう。
なんとなく、話を変えてしまったが、リーネルという女性は自分の気持ちに対する答えが知りたいようであり。
「………ぐっ」
さっきまであんなにも元気の良い高揚とした様子を見せていたくせに、急にリーネルはその場の温度を変えてくる。
唐突な空気の様変わりにアルトは思わず息を呑んだ。
「私じゃ、ダメ?」
そう言うと同時にリーネルはアルトへと上目で視線を向ける。
部屋の灯りに彼女の肌が照らせれて頬に赤みが増しているようにも思えた。
赤い前髪の隙間から見える大きくてまんまるな目には雫が浮かんでいる、そのようにも思える彼女の表情は再び心臓を高鳴らせてくる。
雰囲気が温かいものに包まれる、否、それも次第に熱いものへと変わっていく。
「…………っ」
思わず、アルトは彼女から目を背けた。こちらを見つめてくる瞳に図らずも動揺を露わにしてしまう。
目の前にいるリーネルは可憐で美人な女性だ。傍目から見ても美しく、愛嬌のある容姿を持ち合わせている。おてんばな面もあり、天真爛漫な彼女。
そんな女性から震える声音で気持ちはどうなのかと問われた。
少しの微笑を浮かべたリーネルはアルトの返事を待っている。綺麗な赤髪が靡いているのが横目で分かった。
沈黙が場を支配する。生み出された静寂に身体が圧迫されそうになる。
今、口を開かなくてはいけないのはアルトだ。彼女は待ってくれている。リーネルは自分を好きだと言った。それに答えなければならない。
躊躇う時間だけ、無礼な行為だ。彼女は自分の思いを吐露した。
今度はこっち。しっかりと自分の胸の内を告げる。
黙ってるだけじゃ、迷ってばかりじゃいられないのだ。
「…………あぁ」
意を決し、アルトはリーネルへと顔を向けた。そして軽く息を吸い、自身の気持ちを言葉にする。
眉根を寄せ、噛み締めながらもアルトは言葉を口にする。
不本意で、彼女の気を落としてしまう言葉を、
「……………悪…い、……俺は、おまえの……いや、リーネルの気持ちに答えてやれない」
「………ぁ。」
アルトの呟かれた言葉にリーネルは一瞬目を見開く。それから軽く息を吐いては微笑を浮かべて顔を落とした。
「………そう、か。…………そう、私じゃ、ダメ…か」
「ダメっつーか、……すまない。……今俺は恋仲なんて作ってる暇ねえんだ」
下を向いたままリーネルの小さくこぼした言葉にアルトは肩を落として返答する。
彼女の顔は伺えない。けれども、シュンと力が抜けているのが分かった。
「…………」
アルトはそんな彼女の様子を見てやるせない気持ちが沸き出てしまい図らずも瞳を曇らせる。
しかし、これに関してはリーネルの気持ちに沿うことができない。言葉にして彼女に伝えた通り、アルトの答えはそれなのだ。
今は、やらなければならないことがある。他のことにうつつを抜かしているわけにはいかなくて。
「…………!」
前を見るとリーネルの顔からポタリと一滴、雫が落ちたのが見えた。水滴がジワリと床の布団に吸い込まれていく。
衝撃を受け、思わずその落ちた雫を瞠目してしまう。
下を向いている彼女の表情は伺えない。けれども、悪いことをしてしまったと、一人の女性を泣かせてしまったと、心を曇らせる罪責感に包まれた。
と、そんな感じに、アルトが思っていると、
「そか、私じゃ、ダメか…」
「あぁ、すまねぇ」
「私じゃ、ダメ、ね。ブフっ!」
「…?リーネル?」
表情を下に向けながら口元を手で押さえ、涙を落としているリーネル。
だが、そんな彼女の様子に少し異変を感じ、アルトは慮るように様子を伺った。
だが、そんな彼の心配も気にも留めないかのように。
リーネルは突然、勢いよく顔を上げては、
「くっくっ。ふっ。いや、もう無理ぃ!あーはっはっはっは!」
「は?」
「まあ、なんとなく予想したけど耐えられない!ぷっはー!最っ高!」
「は?…え?」
突然のリーネルの変貌。いきなりの彼女の急変にアルトは目を丸くして、思わず呆気にとられてしまう。展開の激変に正直思考が停止した。
それもそのはず、下を向き泣いていると思ったリーネル。それが今、盛大に大爆笑をかましている。それはもう、目に涙を浮かばすくらいの大爆笑で。
「あひゃひゃ!あひゃひゃはははぁ!あぁ、お腹いたい!面白すぎてお腹いたい!ぶふっ!おも、おもしろぉ!あははははは!」
「どういう、?は?」
「いや、分かってたさ。分かってたとも。振られるのは分かってるのよ。最初はアルトの気持ち聞くだけで良いって思ってたけど、アルトは私が詰め寄るとすーぐ顔赤くなるんだもん。ちょこっと声音を甘い感じに、なんなら誘惑する感じに変えるとすぐ動揺して耳も顔も真っ赤っか。なんだか手のひらで踊らしてる気分ってのが分かった気がするよ。答える時なんて真剣に私の名前に言い直してくれたりして。ぶふっ!面白いぃぃ!あっはははは!あぁー満喫したー!」
喝采のように、涙を浮かばせるほど大笑いしながらリーネルは自身の魂胆を口にした。
横にいたアルトは呆然としながらそれを聞き、そしてそれだけで彼女の思惑というものが分かり、今彼女が爆笑をしている理由を察する。
つまり、リーネルに全てしてやられたというわけで、
「おま!…お前!マジで、こっちはなぁ!」
「ん?こっちは?何?アルト君は私に対してどんなことを思ってたのかなぁ?」
「……ぐっ」
「プクク。アルト、顔赤い」
「てんめぇ。」
剣呑で凄まじく鋭い目線でアルトはリーネルを睨め付けるも、彼女はとびっきりの満面の笑みで返してくる。
それから彼女は、「エッヘン」と、豊満な胸を張らせると、
「ふっふん。諦めの悪いのが私!とは言わなかったかい?お姉さんはずっとずーっとアルトが好きだよ?たとえアルトが私のことをなんともなーいって言っても私はアルトを振り向かせるまでずっーと好きって言い続ける。」
「そん時にゃ容姿なくぶっ叩いてやる。」
「はっはーん!甘い。アルトに叱咤されたところで私の愛は揺るぎません!みくびって貰っちゃ困る!アルトは私の一番好きな人なんだから!あぁー!傑作、何さっきのアルトの真っ赤な顔!一生記憶に残しときたい!」
「おらああっっ!」
「あ痛ったぁー!」
平手打ち。言葉を言い切ったリーネルに対して慈悲のかけらもないかのようにアルトが彼女の額をぶっ叩いた。
ベチコーン!と二人しかいない部屋に再び甲高い衝撃音が鳴り響いた。
「うるせえ!なんなんだ、いきなり!いきなり…好
、……とか、言いやがって!俺とお前は会ったばっかだろうが!」
「愛の育みに時間は必要ないのです!その一瞬一瞬が大事なのです!」
「まともに関わってねえって言ってんだ!それのどこで惚れる要素があった⁈」
「んん?アルトを好きなとこいっぱいあるよ?なんでか戦いの場だったのにアルトといると面白かったし、心強かったもん。さっきも言ったけど私がやられかけた時、駆けつけてきてくれたのは絶対忘れられない。王子様みたいだった」
「なっ……⁈」
当たり前のように好きなところを語るリーネル。
それにアルトは何かを抗弁しようとするものの、何を言い返せばいいのか、頭が追いつかない。
女性から好意をこんなにもまっすぐに向けられて、彼は顔を赤らめることくらいしか出来なかった。
「それとねー」
反面、リーネルは自分の気持ちを当たり前のように伝え続けて、
「二人で牛悪鬼と闘ってる時いろいろ言い合ったけど、私はその瞬間はなんか…なんだか楽しかったんだ。変だよね、戦闘の真っ最中なのにさ」
「…………っ!」
「エヘヘ」と頬を軽く掻きながら、照れくさそうな仕草を見せるリーネル。
その彼女のニコリとした表情は、年頃の女性としてあまりにも可憐で愛くるしいものだ。
不覚にも、一瞬見惚れてしまいアルトはすぐさま視線を外す。
「まあ、なんか最後の方、急に地面に蹲ったのはびっくりしたけど、その時は私が守らなきゃって、絶対死なせたくないって心の底から思ったんだ。多分もう、その時私はアルトを好きで、愛してる人を絶対失いたくなかった」
「…あれは、あの……時は、……俺も切羽詰まってて」
「でも、急にアルトが私の後ろから出てきてさ、一瞬で牛悪鬼を刀でぶっ刺しちゃったんだ。覚えてる?結局、最後の牛悪鬼倒したのもアルトなんだよ?」
「そう……なのか?いや、全然記憶には」
最終的にどうなったかをリーネルの口から聞き、アルトは口を籠らせた。
はっきりと明瞭には覚えていない。しかしおそらく、その瞬間はあの赤い視界に覆われた時なのだと察せれた。
あの闘いの最後の瞬間に記憶を繋ごうとし、半ば呆然とアルトは目を丸くする。
リーネルはそんな彼を見て、ニコリと微笑んで言葉を紡ぎ、
「村の救世主で英雄だよアルトは。それで私の好きな人。私を救ってくれた人で私が救った人。とにかくもう私はアルトが好き。大好き!やあっー!」
「…ぐっ⁈二度は食うか!」
愛の告白を告げると同時に再び飛びかかろうとするリーネル。
それをアルトは片手の所作で彼女の額をガッチリと力を込めて掴んだ。咄嗟の判断でなんとか二の舞いを回避。
そのまま無慈悲にギリリィと彼女の額を強く握る。
「あたたたたっ!痛いっ!痛いっ!頭痛いっ!」
「なめんなよ。俺の反射神経」
急な頭の痛みに「あたたたたっ!」とリーネルは喚いた。思わず軽く涙目を浮かべ、彼の握り締めから脱出。
「にゅうー、くそー。ガードが硬い。だが、それを溶かしていくのも恋というもの!」
「うっせ。つーか、ちょっと話戻すぞ、最後の牛悪鬼を倒したのはやっぱ俺なのか?お前じゃねえのか?」
「乙女の恋心をそっちのけにするとは…これはなかなか苦労しそうね私。でも、それに物怖じしない、諦めないのも私!」
「話聞け、俺は今聞いてんだろうが、」
「はいはい。え、てか本当に覚えてないの?凄かったよ。最後のアルト、一瞬で仕留めるんだもん」
「一瞬……?」
「そう。あっという間に牛悪鬼を一刺し。よく、心臓突き刺したよね。硬い装甲で包まれた皮膚のはずなのに。」
「…………」
そうリーネルから告げられ、アルトは無意識下であったあの時のことに思いを馳せる。
あの赤い世界に包まれた状態はよっぽど歪で奇抜な体験だったのだ。たとえ曖昧であやふやとした感覚だとしても自分がその情態に陥ったということだけは分かっていて。
「まあ、でも、一番びっくりしたのはその後!倒したと思ったら急にアルトの目から血がドバーッて、もうブシャーって勢いよく噴出!それでアルトはぶっ倒れちゃって…。本当に焦ったよ私は。」
「ああ、じゃあ、この左眼の包帯は」
「そ、もの凄い血の量だったから包帯巻いてんの。まだとっちゃダメだよ?アルトの眼、すごいことになってたから」
「すごいこと?」
「それはもう、もの凄い赤いし、めっちゃ血でてたし、めっちゃ目ん玉充血してたし、なんかすっごい傷んでる?感じがした。グロすぎ、うえぇ。」
「思い出して、お前がやつれてどうする」
説明するリーネルだったが、途端に舌を出して眉を寄せて顔を歪めた。さも気分が悪そうだ。
「あはは、ごめんごめん。冗談冗談。」
ただ、それも仕草だけであり彼女は手のひらをプイプイと振りながら愛くるしく爛漫な笑みを浮かべる。
一方、アルトはそんな様子のリーネルに適当に応じてから包帯で巻かれている自分の左眼に手を添えて、
「…血、ね」
目に意識を持っていき、ポツリとそう呟いた。
辛苦さと激痛を引き起こしたこの左眼。
そして、闘いの勝敗を分けたこの左眼。
おそらくこの目のおかげで最後にとどめを刺せたのだろう。
「あぁ…、あんま触んない方が、」
無雑作のアルトの行為にリーネルが心配して忠言する。眉根を寄せては慮るように彼へ目を向けて、
「めっちゃ処置大変だったんだよ?地面にびっしり血がぼたぼた落ちてたし、アルトは意識ないし」
「そんなに出たのか?逆に俺よく生きてたな」
「そうだよお。もう、本当に心配したんだから。」
腰にポンと手を添えてはそう嘆息するリーネル。
とりあえず、アルトが無事でありなんともなく普通に言葉を交わせる状態であることを知り、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
一方、ただ半身を起こしているだけのアルトは沈黙しながら呆然と前を見やる。
考えを巡らし、この左眼について能力と副作用について頭の中で整理した。
「おそらく、あの痛みは能力を使う度に起こるものか」
熟考したまま、炎の戦場で起きたことに思いを馳せる。
とりあえず、この左眼が能力を発揮できる瞬間というものは、目蓋の下で殺伐とした怒りのオーラ、殺意の感情が蔓延っている時だ。
そこの区別は直感でわかった。ただ眼が熱いだけの時と、眼が熱くなっており瞳の奥でどす黒い憤怒の感情が蠢いている時。
そして、左眼が憤怒を持ち合わせた時に敵の目を見据えれば敵は異常なほど苦しむということ。
「それは、別にいい。相手に十分隙を生ませることができるし、仕留める瞬間を作り出せる。……けど」
眼の力を駆使した際の副作用、あの思い出したくもない容赦のない異常な激痛が自分にも降り掛かる事はこの能力の懸念点でもあって。
「便利なだけに弊害が生じるってのは健在か。使いにきぃ。」
今思えば、あの痛みが生じた瞬間はどれもこの左眼の力を駆使した後だった。
一頭目の牛悪鬼を倒した後、そして二頭目を倒した後、それぞれ少し時間が経った後に何の前触れもなく痛覚が襲いかかってくる。
それは本当にきつく耐えがたいものだった。
辛すぎて、苦しめられて、痛すぎて、本当に痛かったあの瞬間。
「………っ」
正直、思い出すだけで悪寒が走る。
あの激痛を毎回体感しなければならないかと思うと怖気が止まらなくなる。
「………。くそ、ビビってんじゃねえ。本来なら無いはずの利点だろ。」
左眼に添えた手に軽く力を込めながらアルトは噛み締めてそうぼやいた。
この眼の効力は活用できると自身に言い聞かせる。怖がるなと、臆するなと、叱咤するように自身に説き伏せる。
なぜアルトにこの左眼が付けられているのか、この眼が何なのかはアルトには知るよしもない。
だが、使うに越したことはないのも事実だ。この眼のおかげで苦しめられたが、この眼のおかげで敵を倒すことができた。
自分の体の一部なのだ。恐れてばっかじゃ話にならない。怯えている暇なんてないのだ。
「……ねえ」
「ん?」
と、そんな風に一人アルトが額にしわを寄せながら黙考しているところ。
唐突にリーネルがふと、小さくポツリと声をかけた。
急な彼女のその言葉にアルトは「何か用か?」と目を向ける。
したらば、そこにはなんだかモジモジしているリーネルの姿があって、
「ねえ、それで、アルトはどうなの?」
「何が?」
「私の気持ち、答えて」
正座のまま膝の上に手を添えて、顔を下に向けながらリーネルはそう告げた。
細かな表情は見えない。けれども、顔を赤らめているのが分かって、
「なあなあのままじゃ、いや。アルトの気持ちも私は知りたい。」
震える声音でリーネルはアルトへと言葉を急かした。
答えて、とはなんのことだろうか、だなんて野暮な考えは持たない。つまるところ彼女のこの言葉は先程の好意を向けたことに対してだろう。
なんとなく、話を変えてしまったが、リーネルという女性は自分の気持ちに対する答えが知りたいようであり。
「………ぐっ」
さっきまであんなにも元気の良い高揚とした様子を見せていたくせに、急にリーネルはその場の温度を変えてくる。
唐突な空気の様変わりにアルトは思わず息を呑んだ。
「私じゃ、ダメ?」
そう言うと同時にリーネルはアルトへと上目で視線を向ける。
部屋の灯りに彼女の肌が照らせれて頬に赤みが増しているようにも思えた。
赤い前髪の隙間から見える大きくてまんまるな目には雫が浮かんでいる、そのようにも思える彼女の表情は再び心臓を高鳴らせてくる。
雰囲気が温かいものに包まれる、否、それも次第に熱いものへと変わっていく。
「…………っ」
思わず、アルトは彼女から目を背けた。こちらを見つめてくる瞳に図らずも動揺を露わにしてしまう。
目の前にいるリーネルは可憐で美人な女性だ。傍目から見ても美しく、愛嬌のある容姿を持ち合わせている。おてんばな面もあり、天真爛漫な彼女。
そんな女性から震える声音で気持ちはどうなのかと問われた。
少しの微笑を浮かべたリーネルはアルトの返事を待っている。綺麗な赤髪が靡いているのが横目で分かった。
沈黙が場を支配する。生み出された静寂に身体が圧迫されそうになる。
今、口を開かなくてはいけないのはアルトだ。彼女は待ってくれている。リーネルは自分を好きだと言った。それに答えなければならない。
躊躇う時間だけ、無礼な行為だ。彼女は自分の思いを吐露した。
今度はこっち。しっかりと自分の胸の内を告げる。
黙ってるだけじゃ、迷ってばかりじゃいられないのだ。
「…………あぁ」
意を決し、アルトはリーネルへと顔を向けた。そして軽く息を吸い、自身の気持ちを言葉にする。
眉根を寄せ、噛み締めながらもアルトは言葉を口にする。
不本意で、彼女の気を落としてしまう言葉を、
「……………悪…い、……俺は、おまえの……いや、リーネルの気持ちに答えてやれない」
「………ぁ。」
アルトの呟かれた言葉にリーネルは一瞬目を見開く。それから軽く息を吐いては微笑を浮かべて顔を落とした。
「………そう、か。…………そう、私じゃ、ダメ…か」
「ダメっつーか、……すまない。……今俺は恋仲なんて作ってる暇ねえんだ」
下を向いたままリーネルの小さくこぼした言葉にアルトは肩を落として返答する。
彼女の顔は伺えない。けれども、シュンと力が抜けているのが分かった。
「…………」
アルトはそんな彼女の様子を見てやるせない気持ちが沸き出てしまい図らずも瞳を曇らせる。
しかし、これに関してはリーネルの気持ちに沿うことができない。言葉にして彼女に伝えた通り、アルトの答えはそれなのだ。
今は、やらなければならないことがある。他のことにうつつを抜かしているわけにはいかなくて。
「…………!」
前を見るとリーネルの顔からポタリと一滴、雫が落ちたのが見えた。水滴がジワリと床の布団に吸い込まれていく。
衝撃を受け、思わずその落ちた雫を瞠目してしまう。
下を向いている彼女の表情は伺えない。けれども、悪いことをしてしまったと、一人の女性を泣かせてしまったと、心を曇らせる罪責感に包まれた。
と、そんな感じに、アルトが思っていると、
「そか、私じゃ、ダメか…」
「あぁ、すまねぇ」
「私じゃ、ダメ、ね。ブフっ!」
「…?リーネル?」
表情を下に向けながら口元を手で押さえ、涙を落としているリーネル。
だが、そんな彼女の様子に少し異変を感じ、アルトは慮るように様子を伺った。
だが、そんな彼の心配も気にも留めないかのように。
リーネルは突然、勢いよく顔を上げては、
「くっくっ。ふっ。いや、もう無理ぃ!あーはっはっはっは!」
「は?」
「まあ、なんとなく予想したけど耐えられない!ぷっはー!最っ高!」
「は?…え?」
突然のリーネルの変貌。いきなりの彼女の急変にアルトは目を丸くして、思わず呆気にとられてしまう。展開の激変に正直思考が停止した。
それもそのはず、下を向き泣いていると思ったリーネル。それが今、盛大に大爆笑をかましている。それはもう、目に涙を浮かばすくらいの大爆笑で。
「あひゃひゃ!あひゃひゃはははぁ!あぁ、お腹いたい!面白すぎてお腹いたい!ぶふっ!おも、おもしろぉ!あははははは!」
「どういう、?は?」
「いや、分かってたさ。分かってたとも。振られるのは分かってるのよ。最初はアルトの気持ち聞くだけで良いって思ってたけど、アルトは私が詰め寄るとすーぐ顔赤くなるんだもん。ちょこっと声音を甘い感じに、なんなら誘惑する感じに変えるとすぐ動揺して耳も顔も真っ赤っか。なんだか手のひらで踊らしてる気分ってのが分かった気がするよ。答える時なんて真剣に私の名前に言い直してくれたりして。ぶふっ!面白いぃぃ!あっはははは!あぁー満喫したー!」
喝采のように、涙を浮かばせるほど大笑いしながらリーネルは自身の魂胆を口にした。
横にいたアルトは呆然としながらそれを聞き、そしてそれだけで彼女の思惑というものが分かり、今彼女が爆笑をしている理由を察する。
つまり、リーネルに全てしてやられたというわけで、
「おま!…お前!マジで、こっちはなぁ!」
「ん?こっちは?何?アルト君は私に対してどんなことを思ってたのかなぁ?」
「……ぐっ」
「プクク。アルト、顔赤い」
「てんめぇ。」
剣呑で凄まじく鋭い目線でアルトはリーネルを睨め付けるも、彼女はとびっきりの満面の笑みで返してくる。
それから彼女は、「エッヘン」と、豊満な胸を張らせると、
「ふっふん。諦めの悪いのが私!とは言わなかったかい?お姉さんはずっとずーっとアルトが好きだよ?たとえアルトが私のことをなんともなーいって言っても私はアルトを振り向かせるまでずっーと好きって言い続ける。」
「そん時にゃ容姿なくぶっ叩いてやる。」
「はっはーん!甘い。アルトに叱咤されたところで私の愛は揺るぎません!みくびって貰っちゃ困る!アルトは私の一番好きな人なんだから!あぁー!傑作、何さっきのアルトの真っ赤な顔!一生記憶に残しときたい!」
「おらああっっ!」
「あ痛ったぁー!」
平手打ち。言葉を言い切ったリーネルに対して慈悲のかけらもないかのようにアルトが彼女の額をぶっ叩いた。
ベチコーン!と二人しかいない部屋に再び甲高い衝撃音が鳴り響いた。
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