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第一章 巻き戻された世界
28.彼女の心の底
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「そうか、リーネル」
「うん、」
リーネルの発言。それにオーベウは一瞬目を見開くも、それ以上は動揺せずほんの少しだけ目を眇めた。
特に追及しないでくれたことにリーネルは軽く微笑を浮かべて頷く。
「私は、お父さんに憧れてこの炎魔法を扱えるように頑張った。あの人みたいに強い炎使いになれるように」
「父の意思、とな。お主がそれについて思いを巡らせていたのはわかる。じゃが、今それを言うということは、この度の襲撃か?」
「そう、だね。うん、今回牛悪鬼と戦ってやっぱり私はそうだった。」
「……………」
「私はあいつらを絶対に許さない。」
「…リーネル」
リーネルの発言にオーベウは眉を顰めてそう応じる。
老人が慮る目つきをするのも仕方ないというものであり、今の彼女の言葉は凄まじく低く重い声音で発したものだった。
今、その場にいる彼女は明るく元気の良い女性ではない。
ただただ目つきを鋭利なものにし、憤怒と憎悪を剥き出しにした一人の女性がそこにいる。
口を閉じ、心火を燃え立たせてリーネルはただ前を睨みつける。怒りを宿した眼差しで睨めつける先は彼女が頭の中に浮かばせた醜悪で悪辣な魔物だ。
「私は、お父さんを尊敬してた。炎魔法の神髄を極めてた凄い人で私が大好きな人だった。憧れの人だった。かっこよくてお父さんの使う炎魔法は美しくて私もあんな風になりたいってずっとずっと思ってた。」
唇を噛み、リーネルは臍を噛む思いでそう言葉を滲み出す。
「…なのに」
熱く煮えたぎる黒い炎を目に宿しながら彼女は慕っていた者の死にゆく様の記憶を思い出した。
まだ幼く、なんの力のないリーネル。そんな彼女の前で父親が魔物に喰われたあの瞬間を、
自分が大好きだった人の命を、無残にも魔物に奪われたあの瞬間を、
「私は魔物が許せない。お父さんを殺した魔物を」
「…………」
「あの時に何もできなかった自分を」
彼女らしくない憤ろしさを醸し出し、リーネルは自分の胸中を口にする。抑えきれない怒気の熱情を目に宿し、彼女は思いを馳せた。
過去に彼女に降り注いだ悲劇は強く脳裏に焼き付いており、いつも寝る前に目蓋を閉じればその光景が蘇る。
思い出す気などなくても、刻み込まれたその記憶は当然のように浮き出てくるのだ。
「リーネルや、お主の父さんは強い人じゃった。ワシも誇りに思っていた。しかし、今は亡き人ゆえ悲しみしか宿せぬ。」
「うん。」
「リーネル、お主も今は強き戦士となった。父さんと同じ炎を操り敵を葬れるほどにの。……じゃがの、親の敵討ちといって復讐にとらわれてはならぬことは分かっておるの?」
オーベウは前に佇む、燃え滾る闘志を宿した彼女にゆっくりとした口ぶりで問いを投げる。それは、心配さを孕ませた彼女に対する諫言だ。
今のリーネルの目つきは優しさも慈悲もないただの憤慨と憎悪に満ちた黒い眼差し。
それが復讐心ゆえに浮かばせた瞳だということは祖父のオーベウにはよく分かる。彼にとって今のリーネルは心配する気を浮かばせざるを得ない。
「………うん、でも」
「そんな気弱な目を浮かばせるでない。たしかに、父さんが殺されて恨みを持つことは仕方ないのかもしれぬ。それが魔物なら尚更の。ワシだって無闇に許してやる気など毛頭ない。」
「……おじいちゃん」
「だからといって、道を踏み外してはならぬのじゃ。復讐とは人の持つ心の一つ。それを浮かばせることは人が生きる上でいつなん時でもあるもの。じゃがの、それに取り憑かれてはならぬということはどうか心に留めておいてくれ。」
「………」
「自分の心に正直でいることは良いことじゃ。しかし、必ずしもそれが正しいこととは限らない。」
「私は、」
「リーネル。お主が父さんの仇をとりたいと思うとるのはワシは気付いておった。魔物に対するお主の目つきは普段のものと変わり果てたものだったからの。」
「それは、その」
隠せはしない、隠すことなど、胸に抑えることなどできはしない。リーネルにとって魔物とは自身の父を殺した仇そのもの。殺意を向ける対象だ。
奴らを目の前にして憎悪を醸し出すのはもはや当然となってしまった。
「お主のその目つきはワシは見とうない。祖父としてワシは孫娘の笑顔が見たい。」
緩やかにリーネルの目を見つめてオーベウは眉をひそませる。
瞳に映るものは廃れた怒りと寂れた悲しみを宿らせたリーネルの姿。
目を落とし、肩を落とした今の彼女は、実に彼女らしくない。
「父の仇を討ちたい。リーネルのその想いをワシは否定する気はない。」
「…………」
「じゃがの、それを踏まえた上でワシはお主に問う」
オーベウの口にする言葉に重みが加わり、リーネルは真っ直ぐに祖父から鋭い眼差しを向けられた。
「リーネル、その復讐にとらわれずにお主は父さんの仇を討てるのか?」
オーベウは一拍置いて、彼女から一切視線を逸らさず、そう徐に口述した。
「………」
実の祖父の申立てにリーネルは少しだけたじろぐ。それは自分でも保障しかねる、心の底に渦巻いている無視できない感情だからだ。
実際、今回の牛悪鬼との戦時でも自身の胸中に渦巻くこの感情を隠しきれずにはいられなかった。
憧れていて慕っていた父親を目の前で殺した魔物に対し、恨みの念を抑えるなど到底及ぶ気がしない。
自身の中にあるこの黒い心の蟠りはどうしようにもかき消すことなどできる気がしなくて。
「…………。」
祖父の問いにリーネルは言葉を発せず、唇を噛むことしかできなかった。
魔物に対する自身のこの感情が復讐心であることは自分でも分かってはいることだ。
オーベウの言うことは的を射ている。しっかりとリーネルの気持ちを理解した上での直線的な物言い。
ここで復讐ではないと言えば嘘になるのだろう、しかしそれでも父の仇を討ちたいというのはリーネルのどうにもならない本心でもある。
どっちつかずのどうしようもないこの感情にリーネルは答えを見出すことが出来なくて、
『ありがとな、リーネル。俺に感謝の言葉を言ってくれて』
『多分その言葉で俺は助かってんだ』
「…………ぁ」
ふと、悩みの渦に覆われたリーネルの頭の中で一筋の光がともされたようにそんな言葉が浮かびあがった。
それはリーネルが心を寄せている彼が微笑んで言った言葉。彼にしては珍しく無邪気で愛くるしい笑顔でリーネルへと告げた言葉だ。
「私は」
その情景を思い出し、思わず目を見開かせる。刹那、考えることが彼のことでいっぱいになり、蟠りやすさんだ感情が一息に霧散して消え去った。
そして思わずふふっと笑みをこぼしてしまった。
好きだと伝えた彼のことを考えるだけで心が暖かなもので覆われたことに気づいた。
そういえば彼は私の言うことに対してなんでもかんでも言い返していた。素直じゃなく、素っ気無い部分だらけの彼。私が言うこと為すこと全部叱咤してくれていた。彼は戦時の時だって、部屋にいた時だって、決死な目つきで怒ってくれた。
そんな好きな彼のことを考えると、それだけしか頭に浮かばなくなって、
「ねえ、おじいちゃん」
「ん、なんじゃ」
軽く微笑を浮かべながら、リーネルは祖父へと向き直る。そんな彼女の目つきにはもう鋭さはない。
今、リーネルが想いを巡らせているのは彼についてのことだけ。それだけでリーネルは優しく柔らかく彼女らしい温かい双眸を自然と浮かばせることができて、
「私ね、私がちょっと感情的な人間だって自覚はしてるんだ。何も考えずにただ突っ走っちゃって落ち着きとかない人だなーって。だから、おじいちゃんが心配してるみたいに我を忘れちゃう事もあるかもしれない。」
「…………」
「でも、でもね。横にいる人がそれを止めてくれるって思っちゃってるんだ。私のすることに怒ってくれて、馬鹿野郎なんて言ってくるちょっと口の悪い人なんだけど、ちゃんと私のこと怒ってくれる人」
「…………」
「だからね。彼と一緒にいれば私は大丈夫だと思うの。私は多分、魔物を前にしたら無我夢中になって、倒すことだけに躍起になっちゃうかもしれないけど。あ、いや、もちろんそうならないように自分でも自制するように頑張るよ?けど、もしそんな時があるかもしれない、でもそんな時はちゃんと彼が止めてくれるって思えるんだ」
「ふむ、他力本願と言えばそうなるのお」
「そうだけど、エヘヘ。ダメかなあ。私ね、彼のこと全部信じちゃってるから、なんかそういうとこも信じきっちゃうんだよねぇ。」
頰を赤らめながら微笑みそう答えを出すリーネルに、オーベウは眉を顰めて困り顔。
だが、言い切った彼女の面持ちを見て、オーベウは固くした表情を緩めると、
「フッフッ」
「…?おじいちゃん?」
「フォッフォッフォッフォッ」
「んん?何、なに?急に笑い出して」
「フォッフォッ。いやあ、なあに。リーネルがおかしなことを言うものでのお。少し笑ってしまったわい。」
「え?何、私そんなに変なこと言った?」
唐突に破顔し、ややくぐもった笑いをこぼすオーベウに、リーネルはキョトン首を傾げて困惑する。
だが、そんな彼女の様子に応じるようにオーベウは片手を上下にひらひらと振り、
「あぁ、そうじゃ、おかしな事を言った。まさか、自分のことを人に委ねるなんて言うてくるとは、それは予想してなかったわい。それほど彼とやらのことを信頼しとるのか」
「え?あ、えとまあ。うん、」
「そんなにアルトのことを好いとるのかのお」
「んと、まあ、うんそうだね、私、アルトは好きだか、ら………。……んあれ⁈私このことおじいちゃんに話したっけ⁈なんでアルトって分かったの⁈」
「お主を見れば分かるし、お主の言を聞けば分かる。リーネルがアルトのことを一筋だということものう」
「えうあ?なぜ、全て分かって…」
「フォッフォッ。これでも長く生きたジジイじゃ。孫娘の考えなどよお分かる。リーネルは分かりやすい方じゃ。むしろバレないと思われたのが心外だのう」
「あう、んんー⁈」
祖父から好意の相手を見透かされ、リーネルはその場にしゃがみ込み真っ赤になった自分の顔を手で覆う。
思いがけないとこから気持ちを見抜かれたため顔から火が出そうなほど。
「うう、恥ずかしい。他の人ならまだしも唯一の家族のおじいちゃんに見抜かれたのはさすがにやっぱ恥ずかしい。体ちょー熱い。顔熱い。恥ずかしい。」
「フォッフォッ。それに、ワシはリーネルのことそこまで心配してはおらぬ。ワシはお主を赤ん坊の頃から見てきたのじゃ。ちゃんとリーネルは強い心を持っとるよ」
「え?」
優しく心に響く声音でオーベウは淡々とそう告げた。
それにリーネルはしゃがんだまま真っ赤にした顔で祖父の方を向きキョトンとして、
「全く、涙まで浮かばせて……可愛い顔をしておるのリーネルや。少し、試す問答をして悪かったの。じゃがの、お主のためを思ってしたことじゃと思うてくれ。」
「んにゃ?」
「大丈夫じゃ、リーネルは親譲りの強い心を持っとるのがよう分かった。お主が復讐などにとらわれることはない。ましてや、横にはアルトがおるのじゃろう?一人が違えてもそれを止めてくれる仲間がいるのなら、安心して送り出せる。」
「それは、でも」
「そんな心配した目つきをせんでも、村のことなら大丈夫じゃ。お主の気兼ねするとこはそこじゃろうが、皆が一枚岩であることはリーネルも知っておろう?じゃから、心配するでない。アルトとともに旅をしてきなさい。それでお主の目的も果たすが良い。仇だけではないぞ。リーネルにはちゃんとやりたいこと、なりたいものがあるじゃろう?」
柔らかな眼差しでそう明言したオーベウに、リーネルは軽く目を見開く。だが、それから彼女は心を落ち着かせてオーベウに対して口を開き、
「目的、うん、ある。あるよ、私は」
目標を掲げた強い目でリーネルはそう言葉を紡いだ。その瞳に迷いはなく、自信に満ち溢れている芯のこもった声音。
「私は、炎魔法を極めたい。お父さんみたいに立派な炎魔法の使い手になる」
「うむ」
彼女の強い断言にオーベウはにこりと笑って頷く。娘の言葉に満足し、未練はないとでも言わんばかりに、
「まあ、と言ってもアルトの許可はもらってないんだけど」
「んむう、そうなのか?なぜじゃ?」
「いやあ、なーんか、あの子ね。私も行くって言ったら、だめだぁ、来るなぁの一点張りでさ。」
「そうか。それは困ったのお」
「うん。困ってるけど、大丈夫!私は一途な女の子だから!無理矢理でもついていくよ。」
「そうか。それは、アルトも苦労するじゃろな…。しかし……やはりお主は父に似ておるのお。」
「え?私がお父さんに?どこらへんが?」
「いろいろじゃよ」
「曖昧!」
憧れの父に似ていると言われ詳細を聞こうにも、軽口ではぐらかされてしまい、リーネルは不服げに天に向かって声を上げた。
その元気な孫娘の様子を見て、オーベウは静かで穏やかな笑みを浮かばせる。
反面、リーネルは「えぇ、どこらへんがぁ、教えてよお」などと祖父にせがむが、そんな彼女にあまり取り合わずやはりオーベウは柔らかく笑っているのだった。
「うん、」
リーネルの発言。それにオーベウは一瞬目を見開くも、それ以上は動揺せずほんの少しだけ目を眇めた。
特に追及しないでくれたことにリーネルは軽く微笑を浮かべて頷く。
「私は、お父さんに憧れてこの炎魔法を扱えるように頑張った。あの人みたいに強い炎使いになれるように」
「父の意思、とな。お主がそれについて思いを巡らせていたのはわかる。じゃが、今それを言うということは、この度の襲撃か?」
「そう、だね。うん、今回牛悪鬼と戦ってやっぱり私はそうだった。」
「……………」
「私はあいつらを絶対に許さない。」
「…リーネル」
リーネルの発言にオーベウは眉を顰めてそう応じる。
老人が慮る目つきをするのも仕方ないというものであり、今の彼女の言葉は凄まじく低く重い声音で発したものだった。
今、その場にいる彼女は明るく元気の良い女性ではない。
ただただ目つきを鋭利なものにし、憤怒と憎悪を剥き出しにした一人の女性がそこにいる。
口を閉じ、心火を燃え立たせてリーネルはただ前を睨みつける。怒りを宿した眼差しで睨めつける先は彼女が頭の中に浮かばせた醜悪で悪辣な魔物だ。
「私は、お父さんを尊敬してた。炎魔法の神髄を極めてた凄い人で私が大好きな人だった。憧れの人だった。かっこよくてお父さんの使う炎魔法は美しくて私もあんな風になりたいってずっとずっと思ってた。」
唇を噛み、リーネルは臍を噛む思いでそう言葉を滲み出す。
「…なのに」
熱く煮えたぎる黒い炎を目に宿しながら彼女は慕っていた者の死にゆく様の記憶を思い出した。
まだ幼く、なんの力のないリーネル。そんな彼女の前で父親が魔物に喰われたあの瞬間を、
自分が大好きだった人の命を、無残にも魔物に奪われたあの瞬間を、
「私は魔物が許せない。お父さんを殺した魔物を」
「…………」
「あの時に何もできなかった自分を」
彼女らしくない憤ろしさを醸し出し、リーネルは自分の胸中を口にする。抑えきれない怒気の熱情を目に宿し、彼女は思いを馳せた。
過去に彼女に降り注いだ悲劇は強く脳裏に焼き付いており、いつも寝る前に目蓋を閉じればその光景が蘇る。
思い出す気などなくても、刻み込まれたその記憶は当然のように浮き出てくるのだ。
「リーネルや、お主の父さんは強い人じゃった。ワシも誇りに思っていた。しかし、今は亡き人ゆえ悲しみしか宿せぬ。」
「うん。」
「リーネル、お主も今は強き戦士となった。父さんと同じ炎を操り敵を葬れるほどにの。……じゃがの、親の敵討ちといって復讐にとらわれてはならぬことは分かっておるの?」
オーベウは前に佇む、燃え滾る闘志を宿した彼女にゆっくりとした口ぶりで問いを投げる。それは、心配さを孕ませた彼女に対する諫言だ。
今のリーネルの目つきは優しさも慈悲もないただの憤慨と憎悪に満ちた黒い眼差し。
それが復讐心ゆえに浮かばせた瞳だということは祖父のオーベウにはよく分かる。彼にとって今のリーネルは心配する気を浮かばせざるを得ない。
「………うん、でも」
「そんな気弱な目を浮かばせるでない。たしかに、父さんが殺されて恨みを持つことは仕方ないのかもしれぬ。それが魔物なら尚更の。ワシだって無闇に許してやる気など毛頭ない。」
「……おじいちゃん」
「だからといって、道を踏み外してはならぬのじゃ。復讐とは人の持つ心の一つ。それを浮かばせることは人が生きる上でいつなん時でもあるもの。じゃがの、それに取り憑かれてはならぬということはどうか心に留めておいてくれ。」
「………」
「自分の心に正直でいることは良いことじゃ。しかし、必ずしもそれが正しいこととは限らない。」
「私は、」
「リーネル。お主が父さんの仇をとりたいと思うとるのはワシは気付いておった。魔物に対するお主の目つきは普段のものと変わり果てたものだったからの。」
「それは、その」
隠せはしない、隠すことなど、胸に抑えることなどできはしない。リーネルにとって魔物とは自身の父を殺した仇そのもの。殺意を向ける対象だ。
奴らを目の前にして憎悪を醸し出すのはもはや当然となってしまった。
「お主のその目つきはワシは見とうない。祖父としてワシは孫娘の笑顔が見たい。」
緩やかにリーネルの目を見つめてオーベウは眉をひそませる。
瞳に映るものは廃れた怒りと寂れた悲しみを宿らせたリーネルの姿。
目を落とし、肩を落とした今の彼女は、実に彼女らしくない。
「父の仇を討ちたい。リーネルのその想いをワシは否定する気はない。」
「…………」
「じゃがの、それを踏まえた上でワシはお主に問う」
オーベウの口にする言葉に重みが加わり、リーネルは真っ直ぐに祖父から鋭い眼差しを向けられた。
「リーネル、その復讐にとらわれずにお主は父さんの仇を討てるのか?」
オーベウは一拍置いて、彼女から一切視線を逸らさず、そう徐に口述した。
「………」
実の祖父の申立てにリーネルは少しだけたじろぐ。それは自分でも保障しかねる、心の底に渦巻いている無視できない感情だからだ。
実際、今回の牛悪鬼との戦時でも自身の胸中に渦巻くこの感情を隠しきれずにはいられなかった。
憧れていて慕っていた父親を目の前で殺した魔物に対し、恨みの念を抑えるなど到底及ぶ気がしない。
自身の中にあるこの黒い心の蟠りはどうしようにもかき消すことなどできる気がしなくて。
「…………。」
祖父の問いにリーネルは言葉を発せず、唇を噛むことしかできなかった。
魔物に対する自身のこの感情が復讐心であることは自分でも分かってはいることだ。
オーベウの言うことは的を射ている。しっかりとリーネルの気持ちを理解した上での直線的な物言い。
ここで復讐ではないと言えば嘘になるのだろう、しかしそれでも父の仇を討ちたいというのはリーネルのどうにもならない本心でもある。
どっちつかずのどうしようもないこの感情にリーネルは答えを見出すことが出来なくて、
『ありがとな、リーネル。俺に感謝の言葉を言ってくれて』
『多分その言葉で俺は助かってんだ』
「…………ぁ」
ふと、悩みの渦に覆われたリーネルの頭の中で一筋の光がともされたようにそんな言葉が浮かびあがった。
それはリーネルが心を寄せている彼が微笑んで言った言葉。彼にしては珍しく無邪気で愛くるしい笑顔でリーネルへと告げた言葉だ。
「私は」
その情景を思い出し、思わず目を見開かせる。刹那、考えることが彼のことでいっぱいになり、蟠りやすさんだ感情が一息に霧散して消え去った。
そして思わずふふっと笑みをこぼしてしまった。
好きだと伝えた彼のことを考えるだけで心が暖かなもので覆われたことに気づいた。
そういえば彼は私の言うことに対してなんでもかんでも言い返していた。素直じゃなく、素っ気無い部分だらけの彼。私が言うこと為すこと全部叱咤してくれていた。彼は戦時の時だって、部屋にいた時だって、決死な目つきで怒ってくれた。
そんな好きな彼のことを考えると、それだけしか頭に浮かばなくなって、
「ねえ、おじいちゃん」
「ん、なんじゃ」
軽く微笑を浮かべながら、リーネルは祖父へと向き直る。そんな彼女の目つきにはもう鋭さはない。
今、リーネルが想いを巡らせているのは彼についてのことだけ。それだけでリーネルは優しく柔らかく彼女らしい温かい双眸を自然と浮かばせることができて、
「私ね、私がちょっと感情的な人間だって自覚はしてるんだ。何も考えずにただ突っ走っちゃって落ち着きとかない人だなーって。だから、おじいちゃんが心配してるみたいに我を忘れちゃう事もあるかもしれない。」
「…………」
「でも、でもね。横にいる人がそれを止めてくれるって思っちゃってるんだ。私のすることに怒ってくれて、馬鹿野郎なんて言ってくるちょっと口の悪い人なんだけど、ちゃんと私のこと怒ってくれる人」
「…………」
「だからね。彼と一緒にいれば私は大丈夫だと思うの。私は多分、魔物を前にしたら無我夢中になって、倒すことだけに躍起になっちゃうかもしれないけど。あ、いや、もちろんそうならないように自分でも自制するように頑張るよ?けど、もしそんな時があるかもしれない、でもそんな時はちゃんと彼が止めてくれるって思えるんだ」
「ふむ、他力本願と言えばそうなるのお」
「そうだけど、エヘヘ。ダメかなあ。私ね、彼のこと全部信じちゃってるから、なんかそういうとこも信じきっちゃうんだよねぇ。」
頰を赤らめながら微笑みそう答えを出すリーネルに、オーベウは眉を顰めて困り顔。
だが、言い切った彼女の面持ちを見て、オーベウは固くした表情を緩めると、
「フッフッ」
「…?おじいちゃん?」
「フォッフォッフォッフォッ」
「んん?何、なに?急に笑い出して」
「フォッフォッ。いやあ、なあに。リーネルがおかしなことを言うものでのお。少し笑ってしまったわい。」
「え?何、私そんなに変なこと言った?」
唐突に破顔し、ややくぐもった笑いをこぼすオーベウに、リーネルはキョトン首を傾げて困惑する。
だが、そんな彼女の様子に応じるようにオーベウは片手を上下にひらひらと振り、
「あぁ、そうじゃ、おかしな事を言った。まさか、自分のことを人に委ねるなんて言うてくるとは、それは予想してなかったわい。それほど彼とやらのことを信頼しとるのか」
「え?あ、えとまあ。うん、」
「そんなにアルトのことを好いとるのかのお」
「んと、まあ、うんそうだね、私、アルトは好きだか、ら………。……んあれ⁈私このことおじいちゃんに話したっけ⁈なんでアルトって分かったの⁈」
「お主を見れば分かるし、お主の言を聞けば分かる。リーネルがアルトのことを一筋だということものう」
「えうあ?なぜ、全て分かって…」
「フォッフォッ。これでも長く生きたジジイじゃ。孫娘の考えなどよお分かる。リーネルは分かりやすい方じゃ。むしろバレないと思われたのが心外だのう」
「あう、んんー⁈」
祖父から好意の相手を見透かされ、リーネルはその場にしゃがみ込み真っ赤になった自分の顔を手で覆う。
思いがけないとこから気持ちを見抜かれたため顔から火が出そうなほど。
「うう、恥ずかしい。他の人ならまだしも唯一の家族のおじいちゃんに見抜かれたのはさすがにやっぱ恥ずかしい。体ちょー熱い。顔熱い。恥ずかしい。」
「フォッフォッ。それに、ワシはリーネルのことそこまで心配してはおらぬ。ワシはお主を赤ん坊の頃から見てきたのじゃ。ちゃんとリーネルは強い心を持っとるよ」
「え?」
優しく心に響く声音でオーベウは淡々とそう告げた。
それにリーネルはしゃがんだまま真っ赤にした顔で祖父の方を向きキョトンとして、
「全く、涙まで浮かばせて……可愛い顔をしておるのリーネルや。少し、試す問答をして悪かったの。じゃがの、お主のためを思ってしたことじゃと思うてくれ。」
「んにゃ?」
「大丈夫じゃ、リーネルは親譲りの強い心を持っとるのがよう分かった。お主が復讐などにとらわれることはない。ましてや、横にはアルトがおるのじゃろう?一人が違えてもそれを止めてくれる仲間がいるのなら、安心して送り出せる。」
「それは、でも」
「そんな心配した目つきをせんでも、村のことなら大丈夫じゃ。お主の気兼ねするとこはそこじゃろうが、皆が一枚岩であることはリーネルも知っておろう?じゃから、心配するでない。アルトとともに旅をしてきなさい。それでお主の目的も果たすが良い。仇だけではないぞ。リーネルにはちゃんとやりたいこと、なりたいものがあるじゃろう?」
柔らかな眼差しでそう明言したオーベウに、リーネルは軽く目を見開く。だが、それから彼女は心を落ち着かせてオーベウに対して口を開き、
「目的、うん、ある。あるよ、私は」
目標を掲げた強い目でリーネルはそう言葉を紡いだ。その瞳に迷いはなく、自信に満ち溢れている芯のこもった声音。
「私は、炎魔法を極めたい。お父さんみたいに立派な炎魔法の使い手になる」
「うむ」
彼女の強い断言にオーベウはにこりと笑って頷く。娘の言葉に満足し、未練はないとでも言わんばかりに、
「まあ、と言ってもアルトの許可はもらってないんだけど」
「んむう、そうなのか?なぜじゃ?」
「いやあ、なーんか、あの子ね。私も行くって言ったら、だめだぁ、来るなぁの一点張りでさ。」
「そうか。それは困ったのお」
「うん。困ってるけど、大丈夫!私は一途な女の子だから!無理矢理でもついていくよ。」
「そうか。それは、アルトも苦労するじゃろな…。しかし……やはりお主は父に似ておるのお。」
「え?私がお父さんに?どこらへんが?」
「いろいろじゃよ」
「曖昧!」
憧れの父に似ていると言われ詳細を聞こうにも、軽口ではぐらかされてしまい、リーネルは不服げに天に向かって声を上げた。
その元気な孫娘の様子を見て、オーベウは静かで穏やかな笑みを浮かばせる。
反面、リーネルは「えぇ、どこらへんがぁ、教えてよお」などと祖父にせがむが、そんな彼女にあまり取り合わずやはりオーベウは柔らかく笑っているのだった。
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