モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、ダンスパーティーへ赴く

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 馬車がゴトリと揺れながら目的地へと向かっていく。今日は王家主催のダンスパーティー当日で、大勢の貴族たちが一堂に会すのだ。

「こうして一緒にダンスパーティーへ行けるなんて、嬉しいな。」

 私の目の前に座るジゼル様がニコニコと笑みを浮かべて言う。軽口として言っているのか、本気で思っているか私にはよく分からなかった。

「ジゼル様、本当に私で良かったのですか?」
「勿論、だから誘ったんじゃないか。」

 少しも迷いなく答えるジゼル様に私は「そうですか。」という一言しか返すことができなかった。

 あの日、私の手を取ってパーティーへ誘ってくれたジゼル様を思い返すと今でも心臓が高鳴ってしまう。
 そして馬鹿らしい自惚れの気持ちさえ湧き上がってくる。その度に厳しく自分を律するのだ。

「さぁ、行こうか。」

 ボーッとしているうちに着いたようで、ジゼル様が私の左手を取って馬車の外へと誘う。

 輝かしい会場、大勢の人々、その中をジゼル様は私の手を握ってゆっくりと歩いていく。私はその隣を歩きながら周囲の視線を気にしてしまっていた。

 どこまでも感じる自信のなさ、顔を上げることが出来ずに下を向いてしまう。
 ジゼル様は私で良いのだと即答してくれたが、私自身がそう思えずにいた。

 彼の隣に立つのは私ではない方が良いのではないか、なんて。

「思えば、こうして2人でパーティーに赴くのは初めてのことだね。」
「え、えぇ……そういえば……そうね。」

 ジゼル様が私の顔を覗き込んだことで、私はハッとする。そして、曖昧な返事を返した。
 確かに会場でエスコートされることは多かったが、実際に誘いを受けて2人でパーティーに赴くのは初めてだった。

 私の言葉や表情に何かを感じ取ったのか、ジゼル様は眉根を下げて私を心配そうに見つめる。

「僕とパーティーに行くのは、あまり乗り気ではないのかい?」
「ち、違うわ! そうではなくて……少し気遅れしてしまっただけ、です。」

 そういえば、ここが公の場だと思い出して口調を正す。私の返答にジゼル様は少し不満そうに口を尖らせた。

「せっかくだから思い切り楽しんで欲しいけどなぁ……ね?」

 ジゼル様はいたずらっ子のようなニヤリとした笑みを浮かべる。私はそれを見て、何だか楽しんでやろうかという気持ちが湧いてきて少しだけ口角を上げた。

 それを肯定と受け取ったのか、ジゼル様は満足気な表情で前を向いて胸を張り歩き出す。私も彼に合わせるように丸めていた背を伸ばし、顔を上げて堂々と歩くことにした。

 会場に入ると大勢の人でごった返していた。私が離れないようにとジゼル様はキュッと私の腰に手を添えて自身の方に引き寄せる。
 思いの外近い距離に、私は彼の顔を見ることが出来なかった。私の顔が赤くなっていることがバレてしまうから。

「レア!」

 突如横から飛び出て来て、名前を呼ぶ声と共に手が私の腕を掴んだ。

「エリー!」

 声で誰なのかすぐにわかり、私は満面の笑みで声の主を迎えた。今日も絢爛に着飾った美しいエリーが目の前に現れる。

「ふぅん、なるほど……ジゼル様と来たってわけね。」
「やぁ、エリー。」

 なんだか、エリーとジゼル様の間でバチバチと火花が上がっているように見えるけれど、なんだろう。
 気のせいだと思うことにしよう。

「エリーは誰と来たの?」
「マーカス様よ。マーカス・クロイツ大公。」
「た、大公!?」

 私は驚きのあまり声を上げてしまう。
 マーカス・クロイツ大公と言えば、王族と親戚関係にある家柄で公爵家よりも位が高い。仕事で国を離れていることが多いというのに、いつ戻って来たのか。そして一体エリーはどこで出会ったというのか。
 謎は多いがとにかくこれは由々しき問題だ。これではエリーがマーカス様に手玉に取られてしまうかもしれない!

 パチン! と手の叩く音がしてハッとする。
 どうやらエリーが私を呼び戻してくれたようだ。いけないいけない、こんなところで意識を飛ばしては。

「まぁとにかく、私だってモテないわけではないということよ。」
「エリーがモテることは前からわかってたわよ。」

 そんな言い合いをしていると、演奏が鳴り始めた。そして会場にいる全員が一点を見つめる。
 階段の上から降りてくるのは、国の王子であるログレス様。その隣には美しく着飾ったロアネがいた。やはり絵になるとはこのことを言うのだなぁ、と2人を見て納得する。誰もが2人の様子に文句はつけられなかった、それほどに2人がお似合いだったからだ。ログレス様を狙う貴族令嬢たちも、2人を認めざるを得ない程に。
 エリーは大丈夫だろうか、とチラリと横目で見ると特に何とも思っていない……むしろどうでも良いとすら思っているような無表情がそこにはあった。

 もしかしたらとてもつもなく悔しさや何やらを我慢した結果がその無表情なのかもしれない……と思うと、ぎゅっと手を握って大丈夫だという視線を送らずにはいられなかった。

 エリーは何だかよく分からないという顔をしていたけれど、とりあえず一つ頷いてくれたので私の想いは届いていたと思うことにしよう。

 ログレス様とロアネが演奏に合わせて踊り始めた。軽やかなステップで魅せている、完璧な踊りだ。
 2人に続いてチラホラと踊り始める人たちが増える。私がぼーっとログレス様とロアネに視線を向けている中で、突如左手が引かれた。

「さぁ、僕たちも踊ろうか。」

 ジゼル様が私にニコリと微笑んでダンスホールへと連れ出す。少なくとも一曲は踊らなければと腹を括った。

 正直なところ、ジゼル様と楽しい時間を過ごせば過ごすほど、彼に惹かれてしまう自分がいて嫌になっていた。そんな感情を抱いたところで何も報われるはずがないのに。

「考え事はやめて、今は僕とのダンスに集中してよ。」

 心を見透かされたのか、ダンスの途中でジゼル様が私に声をかけた。その声音はとても優しく、少しも私を責めるものではない。
 ジゼル様は純粋に私とのダンスの時間を楽しもうとしているのだと何となく伝わってきた。

「そうね、集中するわ。」

 この時間だけ、何もかも忘れてもいいかもしれない。そう自分を甘やかして、ジゼル様とのダンスを楽しんだ。
 ただ、楽しい時間は一瞬で終わってしまうものだ。

 楽しかった、とても。自然と顔が綻ぶ。見上げるとジゼル様の柔らかな表情がそこにあった。
 あぁ、このまま幸せな時間に浸っていたい。

 だけれど、チラリと横目で見えたログレス様とロアネの姿を見て、今のままではいけない! と焦燥感が生まれた。

「ロアネ! ログレス殿下!」

 手を上げて2人を呼ぶと、ロアネは嬉しそうにパッと顔を輝かせ、ログレス様は右手を一度だけ上げた。
 それから2人はこちらに近づいてきた。

「レア! 会えてとっても嬉しいです!」
「私も嬉しいわ。殿下とのダンス、とっても素晴らしかったわ。次はジゼル様と踊ったらいかがかしら?」
「え、いや、でも……。」

 ロアネは、私と隣にいるジゼル様を何度も交互に見て遠慮がちに言葉を濁した。

「せっかくのダンスパーティーだもの、色々な人と踊って楽しむことも大切だわ。ね? ログレス様。」
「ふむ、確かに楽しむことは大切だな。」

 私がログレス様に話を振ると、コクコクと頷いて私の話に賛同してくれる。いい流れだと私はニヤリと笑って半ば無理矢理ダンスホールの中に追いやった。

「では、俺たちも踊るか?」

 ログレス様が私にそう声をかける。
 あぁ、言葉の意味をそのまま受け取るとは相変わらず鈍い男だ、と私は頭を抱えそうになる。

「いえ、私は少し疲れたので休みます。エリーと踊ってはいかがですか? しばらく彼女と踊っていないでしょう?」
「そう言われると、ここしばらくエライザとダンスはしていないな。」

 上手くいけばログレス様とエリーの仲を持つことも出来そうだ、と私は必死に人混みの中からエリーの姿を探す。
 今が人生で一番目を凝らしているのではないか、というくらいに集中して周囲を見渡すと、遂にエリーの姿を見つけた。

「殿下! あそこにエリーがいます!」
「ふむ、俺にも見えたぞ。」

 殿下がズンズンとエリーの元に歩いていく。
 幸い、エリーの隣にマーカス様の姿は見受けられなかった。

「エライザ、久々に踊らないか。」
「えっ!? あぁ、はい、ぜひ。」

 唐突なログレス様からの誘いにエリーは驚いて目を見開いたが、後ろにいた私を見つけて何かを察したような顔を一瞬すると、ニコリと笑みを浮かべて誘いに了承した。

 そうして2人が踊り出すのを機に、私はダンスホールをジッと眺めた。その中でロアネとジゼル様の姿が視界に入ってきた。
 私よりずっとずっと絵になる2人だ。私に向けられていた視線が、今度はロアネに注がれていると思うと複雑な感情が湧き上がってきた。それを勧めたのは私だというのに。

 見ていたくなかった。同時に、ここにいたくもなかった。以前と同様にまた逃げるようにその場を立ち去り、会場の外で呆然と立ち尽くす。

 私の幸せは、みんなが幸せになることだ。ジゼル様は当て馬にならずにヒロインと結ばれて、エリーは悪役にならずに恋い慕っていた主人公と結ばれる。それが誰も傷つかない最善な結末で、私の望むことだ。
 そうやって必死に思い込もうと思えば思うほどに『本当に?』と私自身が問いかけてくる。

「レアルチア・オールクラウド侯爵令嬢、かな?」

 ボーッと立ち尽くす私は、背後から声をかけられて誰だと訝しげに振り返る。
 そこにいたのはマーカス・クロイツ大公だった。180センチは優に超えている高い背丈に黒い髪の毛。ログレス様やジゼル様にも引けを取らない端正な顔立ち。私とは全く違う世界の人間だ。

 私は精一杯の作り笑いを浮かべて、スカートの裾を持ち礼儀正しくお辞儀をした。

「初めまして、クロイツ大公様。」
「気軽にマーカスと呼んでくれよ。あんたはエライザやログレスの友人だと聞いてるからな。」

 マーカス様はニッと笑って声をかけてきた。

「いやー、飲み物を取りに行く間にエライザがログレスと踊っているもんだから暇になっちまってよ。侯爵令嬢のことはエライザから良く話を聞いてたから少し話をしたくてな、追いかけてきたんだ。」
「エリーが、私の話を……。」

 自分の知らないところで私のことを話してくれている、と聞いて何だか嬉しくなってしまう。どんな話かはわからないけれど、エリーが悪口なんて言うはずがない。

「口を開けば"レア"って名前が出てくるもんだから、女相手だが嫉妬してるよ。」
「エリーとマーカス様は……いつ知り合ったのですか? エリーからそのような話は聞いたことがなくて。」

 エリーがマーカス様とパーティーに来たと聞いてからずっと抱いていた疑問をぶつける。

「最近のことだ。仕事でしばらく国を離れていて、久々に戻ってきて街中で偶然出会ったんだ。先に言うけど、俺は本気だぜ?」

 だから邪魔するなよ、そんな意味を込められた厳しい視線を送られる。私がエリーとログレス様を結ばせようという魂胆を悟られたのだろうか。
 マーカス様はすぐに厳しい表情を取りやめて、またニカッと笑みを浮かべた。

「また今度エライザも入れてゆっくり話そうぜ、じゃあな。」

 マーカス様はポンポンと私の肩を叩いてから、身体を翻して会場へと戻っていった。
 かなり豪快な人だった。私の知る貴族たちとはまた少し違うタイプの人間だと感じた。

 マーカス様は本当にエリーを好きなのだろうか。何か裏があるのではないかと不安になってしまう。もしも、もしも彼が本当にエリーを幸せに出来るのならば……私が無理にログレス様とエリーの仲を取り持つのは余計なお世話なのではないか。そんな気持ちが芽生える。

 そうしたら、私の存在意義って何だろう。何のために奮闘しているのだろう。全てが無駄なのだろうか。

 考えれば考えるほど、止めどなく疑問が浮上して私自身を追い詰めるのだった。
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