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第8話 Sweets

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 私は自室で寛ぎ、何かしたいと思いながらも暇を持て余していた。

 世の貴族の夫人は一体どうやって毎日を過ごしているのだろう。

 私の母は、使用人と共に家のことをするのが好きだ。あまりドレスや宝石、アクセサリーなどは買いに出かけないし、それよりは夕飯の食材などを買いに行くことの方が多かった。趣味はガーデニングだ。

 私の母がかなり変わり者だということはわかる。それでも、大切に愛情をかけて育ててくれたし、私は母が大好きだ。

 母だけではなく、父も2つ下の妹のことも大好きだ。かなり幸せな家庭に育ってきた。

 だけれど、実家での生活は今の生活には中々組み込めない。
 普通、家柄の良い女性は自分で料理などしない。掃除などは以っての外だし、趣味だといえどガーデニングとして自ら土いじりもしない。

 既にガーデニングに至っては行っているわけだが。

「奥さま、本日は何をいたしますか? 本でも読まれますか?」

 レミーエが私に問いかけてくる。

 彼女はあまり、私にガーデニングやらお菓子作りやらをして欲しくないらしい。

 怪我をして欲しくない、というのもあるが単純に公爵夫人のすることではないからだ。

 ガーデニングはジェラルのついている時にしかちゃんと出来ない。それ以外は花の水やりが精一杯で、あとは使用人がやってしまう。
 自分の手で丹精込めて育ててこそ意味があるというのに。

 お菓子作りだって、最後の飾り付けしかやらせてはくれない。
 それってお菓子作りだといえる?
 私は一から作り上げたいのに。

 そうだ、お菓子を作ろう。
 刃物を使わないものなら危なくはない。

「レミーエ、今日はお菓子を作ろうと思うの。」
「ま、まぁ! それはいけませんわ! 本日はシェフが誰一人手が空いていないのですもの。」

 レミーエが焦りながらもお菓子作りを止める。

「いいえ、私1人で作るからシェフは必要ないわ。」
「だ、ダメです! もしも奥さまが怪我をなさったら私は、私は!」

 クビになる、とでも。

 そんなことにはならない、公爵さ……アレク様は確かに私に寄り添うと言って下さった。だけれど、それが私を気にかけることと同列ではない。

 怪我をしたから使用人をクビにしたりするだろうか。もしそうなったとしたら、全て私が独断でしたことだと言えばいい。

 彼はきっと、私を見放すだろう。

「大丈夫よ、貴方はクビにはならない。それに作るものは刃物も火も使わないわ! 一体どうやって怪我をしたら良いのかしら?」

 レミーエは私の言葉にムッとしながら、渋々承諾してくれる。

 少しオーバーに言いすぎただろうか。
 私らしくもないような気がするけれど、もう少し自由が欲しくなってしまったのだ。

「それで、一体何を作るのですか?」

 レミーエの問いかけに私はニコリと笑ってみせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なるほど、アイスクリームでしたか。」

 レミーエが完成品を見て納得する。

 材料を合わせて氷水にあてながら混ぜるだけ! 簡単な上に安全だ。

 実際に私は怪我ひとつしていない。

「最近暑くなって来たから、丁度良いかと思って。」

 アイスをひとすくいしてカップに乗せる。それから味見だ、とスプーンでひと口食べてみる。

 うん、ひんやりとしていて甘さも丁度良い。我ながら上出来だ。

「旦那さまにも差し上げたら如何ですか?」

 レミーエがアイスクリームを口に運んで、美味しいと感想を述べてから提案した。

「このアイスクリームを?」

 アレク様が甘いものを食べている姿が想像できなくて、当たり前のことを聞いてしまう。

「えぇ、旦那さまは甘いものがお好きで、1日に1度は必ず口にするのです。」

 アレク様は甘いものが好きなのか。
 意外な新しい情報に戸惑いながらも、これを届けるべきか少し躊躇する。

 レミーエの制止を振り切ってお菓子作りをした訳だけれど、実際にアレク様が知ったら怒ったりしないかしら?

 そもそも、私が作った美味しいかどうか保証もない食べ物を快く受け入れて食べて貰えると思う?

 私は心の中で自問自答を繰り返す。

 アイスクリームが溶けてしまうので一旦冷凍庫に入れて、それからまた片付けをしながら考え込む。
 持っていくべきか、やめておくべきか。

 悩みながら、散歩でのことを思い出した。

 "君に寄り添う努力をする"

 そう言ってくれたのだから、私だって行動すべきではないか?
 それに、その言葉を信じるのならば、持って行っても少なくとも食べずに返すことはしない筈だ。

 私は冷凍庫からアイスを取り出し、それを皿に盛り付ける。

「奥さまがお持ちしたら、旦那さまも喜びますよ。」

 私の様子を見て、レミーエが言う。
 私は笑みを浮かべながらコクリと頷き「そうするわ。」と同意した。

 皿を持ち、アレク様のいる執務室へ向かう。扉の前に辿り着いたところで、ピタリと身体が強張った。

 本当にこのまま入っても問題ない?

 そう考えた時に、アレク様を食事会に誘ったあの日のことを思い出した。
 下を向いて執務室の前をウロウロしていた、1ヶ月ほど前の私。

 その時と同様にまた、下を向いている。

 もしこのまま入らなかったらあのころの私と同じだ。

 私は顔を上げてコンコンと扉をノックした。

「入れ。」

 アレク様の声が聞こえた。
 私はそれに従い扉を開ける。

「し、失礼します。」

 執務室に入るのはこれでまだ3,4回だけで、慣れずに部屋の中を見回してしまう。

「ティミリアか、何か用か?」

 相変わらず淡々とした声が投げかけられる。ただ、以前とは異なり書類に目を通したりままではなく、書類を机に置きこちらに目を向けていた。

「あの、お菓子を作ったので、アレク様も良かったら、召し上がって下さい。」

 私は、アイスクリームをアレク様の机の上に置いて食べるように促す。

「君が作ったのか?」
「はい……あの、もし食べたくないのであれば無理して食べなくても大丈夫です。」

 アレク様は私の言葉を聞いてからアイスクリームに視線を落とし、数秒それを見つめてからスプーンを手に取った。

「いや、頂こう。」

 アレク様はスプーンでアイスクリームをすくい、それを口に運ぶ。

「ふむ。」

 アレク様は、テンポ良くアイスクリームを口に運びそれを平らげてしまった。

「美味かった。君は料理が上手な様だな。」

 褒めて貰えたこと、それから完食してくれたことが嬉しくて口角が上がった。

「ありがとうございます。実家では良く母とお菓子作りをしていたので。」

 そう答えた時に、ハッとして俯いた。
 聞かれてもいないことをペラペラと答えてしまった。

「ほう、親と仲が良いのは何よりだ。」

 肯定的な言葉が聞こえてきたことで私はチラリと目だけでアレク様を見た。

 アレク様は変わらずこちらを見つめ、微笑んでいた。

「また、何か菓子を作ってくれ。」

 私は顔を上げて「はい、ぜひ!」と答えてから皿を持ち、頭を下げて部屋を出た。

 お菓子を作ったことを咎められなかった、それに褒めてくれた。また作って欲しいと言われた。

 だけれど、アレク様の前で俯かないようにしたかったのに、下を向いてしまった。失態だ。

 しかし、少しずつ前に進んでいるような気がする。

 このまま何の問題も起きず、穏やかな日々が続いて欲しいと心の底から願った。
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