公爵様、地味で気弱な私ですが愛してくれますか?

みるくコーヒー

文字の大きさ
17 / 38

第9話 Confused

しおりを挟む

 今日は、今度行われる社交界のためにドレスやアクセサリーを買いに来ていた。

 公爵家の夫人として、いつも同じドレスやアクセサリーを纏うわけにはいかない。

「奥さま、買うものはこれで全てですか?」

 ジェラルが私に問いかける。

 私の護衛として、戦闘経験のあるジェラルが付けられた。
 店通りの近くまで馬車で来て、その後徒歩で店を回っていた。

 いくつかの店でドレスやアクセサリーを買い、もう買い物も終盤に差し掛かっていた。

「えぇ、そうね……あとは、アレク様にお土産でも買って帰ろうかしら。」

 以前、アレク様が出かけた際には花を買ってきてくれた。だから、私も出かけることがあったら彼に何かを買おうと決めていた。

「それは、とても良い案だと思います!」

 ジェラルはニコニコとしながら私の言うことに賛成してくれた。

 一体何が良いだろうか、物をあげるにしても何が気にいるかわからないし。アクセサリー類、洋服、靴……色々と考えてはみても少しも見当が付かない。

 そう考えた時にパッと目についたものはケーキの入ったショーケースだった。
確か令嬢たちに人気のスイーツ店。

 だけど……かなり並んでるな。

「スイーツですか? アレクセン様は甘いものがお好きですから、良いかもしれませんね!」

 ジェラルが私の目線に気づいたらしく、明るい顔で言うが私は顔を曇らせたままだった。

「いや、ここは……かなり並ぶわ。」
「あぁ……そうですね。」

 貴族令嬢が自ら並ぶ訳がなく、代わりに従者がケーキを買うために長蛇の列を作っていた。

 うーん、と悩んだところで解決策が浮かぶ。

「ジェラルが並んで代わりに買ってきてくれる? 何を買うかは任せるわ、4,5個買って貰える? 私はそこのカフェに入って待つわ。並んでいてもカフェは見えるし、良い案でしょ?」
「いや、ですが……。」

 ジェラルは眉を下げながら反論するが、私がスタスタとカフェに向かったので諦めてスイーツ店の列に加わった。

 そもそも、ここは貴族しか来ないような高級店が並ぶ大通りだ。
 どこもかしこも強そうな従者を連れた貴族だらけで、何か起こるような場所ではないし、カフェに入ってしまえば尚更だ。

 まぁ、こんなことが知られたら軽率だと怒られてしまうでしょうけれど。

 カフェに入り窓際の席にと頼み案内される。それから、紅茶を頼み一息ついた。

 どれくらいで買えるだろうか。
 回転率はかなり良いみたいだから、早ければ30分……遅くても1時間というところか。

 その間、何をしていようか。
 本なんて持ってきていないし、ボーッと紅茶を飲んで待つというのも退屈そうだけれど。

 届けられた紅茶を一口飲み、外をじっと眺める。腕を組み歩く若い男女が目に入った。

 あんな風にデートが出来る日は来るだろうか。

「ご機嫌よう、ロベルタ公爵夫人。」

 聞いたことのある声に正面を向くと、ネイト侯爵が椅子に手をかけていた。

「相席、しても良いかな?」
「あ、えっと、えぇ……どうぞ。」

 急なことに困惑しながらも相席を許可する。ネイト侯爵はピタリと笑顔を貼り付けたまま「ありがとう」と応えた。

「店に入ったら君が見えて、1人で退屈そうだったから、ついね。」
「それは、どうもありがとうございます。」

 本心なのかそうではないのか、心の内が全く見えない。
 私は、淡々と礼を述べることしか出来なかった。

「君の従者は、あそこの列に並んでる彼?」

 ネイト侯爵がピッと指さしたのはジェラルだった。ジェラルはこちらを、というよりネイト侯爵をジッと睨みつけていた。

 私は、来なくても良い、大丈夫だとジェスチャーで伝える。

「ジェラル・モクシード。彼はロベルタ公爵の優秀な従者として有名だからね。仕事もできて腕っ節も強い、僕の従者に欲しいくらいだ。」

 ふふっと笑いながらジェラルを見て言い、それからこちらに目を向けてジッと私を見た。

「私に、何か用でも?」

 ネイト侯爵はスッと手を伸ばして私の手をギュッと握った。
 私は驚いてバッと手を引く。

「な、何ですか!?」

 私は目を泳がせる。
 ネイト侯爵は満足気に口の端を吊り上げた。

「いやぁ、可愛いなぁと思って。」 

 本当に何を考えているのかわからない。いや、それとも何も考えていないのか?

「誤解しないで欲しいけど、僕は誰にでもこういうことを言ってる訳じゃない。君が可愛らしい反応をするから思ったことを言っただけさ。」

 何だ、一体何なんだ。
 かなり気持ちが悪い。

 私は紅茶を飲むことで気持ちを鎮めた。

「ロベルタ公爵夫人、僕は貴女のことが心配なんだ。」

 笑顔を無くして、ネイト侯爵は真剣な表情でこちらを見る。

「なにが、でしょうか?」

 心配されるほど何かを話した覚えはない。今この瞬間だって、彼に心配されるような行動をしてはいない。

 それなら、一体何を心配しているというのだ。

「ロベルタ公爵のことだ。」
「アレク様……?」

 私は見当がつかず眉を寄せた。

「彼は昔から女遊びが激しくてね、君が傷ついていないか僕は心配なんだ。」
「お、女遊び?」

 カップを持つ手が震える。
 私はそっとそれを机に置いた。

 あのアレク様が、女遊び??
 全くイメージが沸かない。どちらかといえば、ネイト侯爵の方がよっぽど女遊びをしていそうだが。

「あ、もしかして僕の方が女遊びしそうだとか思ってる?」

 また笑顔を貼り付けて私に問いかけてくるので、私は目を逸らして首を振った。

「いえ、そんな失礼なことは。」
「いやぁ、君は嘘が下手だなぁ。」

 ネイト侯爵は私の様子を見てケラケラと笑った。

 アレク様は私の装いに全く気付かないので私はだいぶ嘘がうまいと思っていたのだけれど、どうやら彼には通じないみたいだ。

「まぁ、女遊びの方は最近は聞かないから良いとして。」

 それが本当だとしたら全く良くはないのだけれど、と内心思いながらもネイト侯爵の次の言葉を待つ。

「アレクセン・ロベルタにはどうやら想い人がいるらしい。」

 ヒュッと喉が鳴る。

 "俺は、君が他の男性に心を向け愛人を作ろうと責め立てるつもりはない。先に伝えておくが、俺は君に愛情を求められても返すことはできないだろう"

 忘れていた、いや思い出さないようにしていた食事会での彼の言葉がフラッシュバックした。

 目の前が鈍器で殴られたようにチカチカする。

 もしもネイト侯爵の言うことが本当だったら、私の予想が当たっていることになる。

 彼はいつか、私の前に想い人を連れてくるかもしれない。

 事情があり結婚できなかったがこの人を愛してるんだ。だから君のことを愛することは生涯あり得ない。

 そんな風に宣言される日は遠くない未来だろうか。わからないけれど、その時私は、自分の足で立っていられるのだろうか。

「だから、君に愛人が居ても、彼は咎めたりはしないはずだ。」

 そう言ってネイト侯爵は再び私の手に触れる。

「やめて下さい!」

 私は声を荒げて勢い良く手を引いた。

「わ、私は、そんな気はありません。」

 下を向いて拒否の言葉を述べる。
 自分で自分の手をきゅっと握った。

「僕は、パーティのあの日から君が心配なだけ……それだけさ。」

 私は顔を上げなかった。
 頭の中がぐちゃぐちゃしていて、どんな表情を作れば良いかよくわからなかった。

「さっきから君の従者の視線が痛いから、そろそろ退散しようかな。じゃあ、またね。」

 私は、小さくお辞儀をして最後まで彼の顔は見なかった。

 彼が笑顔を貼り付けていたのか、真剣な顔をしていたのか私にはわからなかった。

 それと入れ替わりでパタパタと急ぐ足音が近づいてくる。

「お、奥さま! ヤツに何かされましたか!?」

 ケーキの入った箱を手にしながら、ジェラルは心配そうに私を見る。

「いえ、何も。」

 嘘をついた。
 全てを話したら、ジェラルはきっと怒るだろう。そして私にそんなのは妄言だと言うだろう。

 私は、自分の中で今日のことを整理したかった。

「さぁ、帰りましょう。」

 私の言葉にジェラルは何だか不満そうに頷いた。

 ネイト侯爵の言うことが本当かどうかわからない。だけど嘘だという証拠もない。

 私は妻として夫を信じなければならないはずだけれど、私はどうしてもそれが出来ずにいた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

男装令嬢はもう恋をしない

おしどり将軍
恋愛
ガーネット王国の王太子になったばかりのジョージ・ガーネットの訪問が実現し、ランバート公爵領内はわいていた。 煌びやかな歓迎パーティの裏側で、ひたすら剣の修行を重ねるナイアス・ランバート。彼女は傲慢な父パーシー・ランバートの都合で、女性であるにも関わらず、跡取り息子として育てられた女性だった。 次女のクレイア・ランバートをどうにかして王太子妃にしようと工作を重ねる父をよそに、王太子殿下は女性とは知らずにナイアスを気に入ってしまい、親友となる。 ジョージ殿下が王都へ帰る途中、敵国の襲撃を受けたという報を聞き、ナイアスは父の制止を振り切って、師匠のアーロン・タイラーとともに迷いの森へ彼の救出に向かった。 この物語は、男として育てられてしまった令嬢が、王太子殿下の危機を救って溺愛されてしまうお話です。

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実
恋愛
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でもあるお嬢様には秘密があった。 しかしそれはあっという間に公然の秘密となっていて? それを知らないお嬢様は、日々あれこれと悩んでいる模様。 「この子たちと離れるくらいなら。いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」 王太子殿下、サプライズとか言っている場合ではなくなりました! 今すぐ、対応してください!今すぐです! ※ゆるゆると不定期更新予定です。 ※2022.2.22のスペシャルな猫の日にどうしても投稿したかっただけ。 ※カクヨムにも投稿しています。 世界中の猫が幸せでありますように。 にゃん。にゃんにゃん。にゃん。にゃんにゃん。にゃ~。

あなたのことが大好きなので、今すぐ婚約を解消いたしましょう! 

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「ランドルフ様、私との婚約を解消しませんかっ!?」  子爵令嬢のミリィは、一度も対面することなく初恋の武人ランドルフの婚約者になった。けれどある日ミリィのもとにランドルフの恋人だという踊り子が押しかけ、婚約が不本意なものだったと知る。そこでミリィは決意した。大好きなランドルフのため、なんとかしてランドルフが真に愛する踊り子との仲を取り持ち、自分は身を引こうと――。  けれどなぜか戦地にいるランドルフからは、婚約に前向きとしか思えない手紙が届きはじめる。一体ミリィはつかの間の婚約者なのか。それとも――?  戸惑いながらもぎこちなく心を通わせはじめたふたりだが、幸せを邪魔するかのように次々と問題が起こりはじめる。  勘違いからすれ違う離れ離れのふたりが、少しずつ距離を縮めながらゆっくりじりじりと愛を育て成長していく物語。  ◇小説家になろう、他サイトでも(掲載予定)です。  ◇すでに書き上げ済みなので、完結保証です。  

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

処理中です...