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陰間道中膝栗毛!?
初舞台 参
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予定取りに華の三人の挨拶が終われば、予想以上の鳴り止まない拍手と歓声。
次は小花のトップの番……これはやりにくいよなぁ、お気の毒、と他人事に思いながら、自分の挨拶を頭の中で繰り返していた。
そこに響くは司会進行役の旦那の声。
「皆々様、お静かに。次にご挨拶するさ、華屋の新造、百合に御座います。ご存知、無名から一番小花にまで昇ってきた、もちろん未通にございます。どうぞお見知りおきを。ささ、百合、前へ」
言い終わりに、一旦静かになっていた客席から、わあっと歓声が上がる。
ふへぁ? 聞いてないよ。なんで挨拶の順番、変わってるんだよ。そしていつ俺が一番小花になったんだよ、そいでもってなにが未通だよ。ここは見世であって茶屋じゃないぞ。そんな上げてんだか晒してんだかわかんないこんな紹介あり? 見てよ、小花達の顔、青冷めてるじゃん。これは更に俺への当たりがきつくなる……実は旦那が俺を一番イビってんじゃないの?
せっかく構えていた心が突然の番狂わせに動揺し、頭の中はぐるぐる、体はガタガタと震え出す。足まで震えがきて、下駄の歯が壊れそう。
どうしよう、こんなんじゃ……。
「悠里」
────何処かから聞こえる気がするのは保科様の声。いや、聞こえるはずはないんだ。こんなにたくさんの人の歓声の中、保科様の声が届くわけない。なにより、保科様が見世舞台で芸子の一人の名を、それも本当の名で呼ぶことなんか絶対にないから。
でも、俺には届く。
どこだ。保科様はどこに……。
客席の四方を目玉だけで見渡す……わからない。顔は正面から外せないから探し切れない。だけど、必ず見て下さっている。
顔を上げて、ゆっくりと足を進めた。
緊張していたんじゃない。師匠に何度も教え込まれた、女形の型を最大限に魅せる為だ。
江戸にはスポットライトはないけれど、黒子役の金剛が持つ提灯の灯りが俺を照らす。
その灯りに誘導されて菊華の菖蒲さんの横に立つと、菖蒲さんが俺の手を取り、さらに前へ……華達の前へと誘導した。
「わぁぁぁ!」
「百合之丞!」
「百合!」
演目の時よりも一層客席が賑やかになる。
胸郭を開き、背筋に力を入れ、膝をスっと曲げて、真っすぐに腰の位置を落とす。そしてゆるりと頭を下げた。
次に顔を上げる時、客席が一気に静まりかえった。
────うん。いける。
姿勢を戻し、口を開く。
「ご紹介に預かりました百合之丞にございます。此度は初舞台から小花としてお引き立て頂き、皆様のお目にかかることが叶いました。以後、精進して参りますので、是非ご贔屓にお願い申し上げます」
そして、師匠に「花が拓くように」と言われた笑みを作る。
次の瞬間、劇場が揺れた、と思った。
観客からの声や体動。そう言った熱気が木造の建物を揺らしたのだ。これは鉄骨造りが多い現代では感じられないことかもしれない。
そして、客席から舞い上がったのは、赤、青、白、黃……色とりどりの紙吹雪。視界を埋め尽くしたあと、ひらひらと落ちていくのに、再び幾度も舞い上がって、まるでリピート映像のようだった。
俺は、一身に客からの歓迎を受けたのだ。この日を忘れることは一生ないだろう。
***
舞台袖に捌けるとすぐ、権さんが抱きしめてくれた。
「百合~良くやった! でかしたぞ。俺は嬉しい! ……おい、百合どうした、百合!?」
ヘナヘナと力が抜けていき、しまいには権さんの腕に吊られる形になる。
「腰抜けたぁ~電池切れだよ、もう」
「で、でんち? 良くわかんねぇけど、なんだ、おめぇやっぱりまだまだだな」
言いつつ、権さんは破顔だ。おっきい体に強面なのに、涙なんか浮かべちゃってさ。権さんて、俺のこと大好きだよね。
いつの間にか、重ねていた権藤さんの影は薄れている。権さんが泣いて喜ぶ顔は悪くなく、俺を幸せな気分にさせた。
だけど、この感動の場面に俺の首根っこを掴む奴がいる。
「これしきで情けないね。しゃんとしな。次はお偉方にご挨拶だよ」
「楓ぇ……」
「楓さん、だ」
楓と権さん、いつの間にか横にいた旦那がハモる。
ちえっ、なんでか楓には「さん」付けしたくないんだよな。でも、ゲーノー界の掟だからしゃーない。俺は作り笑いで「はぁ~い」と答えた。
楓……さん、と権さんに体勢を立て直され、食事処に続く通路に出た。節目の舞台の時は、結婚式のあとのお見送りみたいに通路に出て、観劇にいらしたお偉いさんを対象に、短い挨拶をするのだ。
お偉方への挨拶に並ぶのは華三人と俺……一応小花のトップってことだよね? そして、若草トップのなずなだけ。他の芸子達は既に食事処に入っている。
右から二番目、なずなの左隣に位置した俺は、思いっきりなずなに睨まれた。
はいはい、そーですよね。まだ俺を認めちゃいませんもんね。でも、俺の踊りと口上見たよね? ちょっとは見直さない?
俺が目で訴えていると、顎で「前を向け」と言われた。
おっと「お偉方」登場か。びしっとしなきゃ。
……あ……。
保科様だ。
青梅藍縞の小袖に紋付の羽織。髪は綺麗に結われていて、遠くからでも気品が伝わる。
だけど、ずっと見つめているわけにはいかない。俺は視線を、順に前にやって来るお偉方一人一人に向けた。
僧侶、医者、学者、そして大店の主人や若旦那が、格下から順に一声ずつかけていく。なずなと俺は「ありがとうございました」と返すだけで、華達もふた言程度つけ加えるだけの短い挨拶だ。
最後、保科様より前に、ロマンスグレーの品の良い男性が並んだ。
「お前が百合だね。忠彬が目をかけているそうだね。先が楽しみだ」
もしかして保科様のお父上? ……遺伝子! 凄いかっこいい……!
「ありがとうございます」
かっこいいけど、俺はすぐに、次に来る保科様を待った。
「百合、今日は素晴らしかった。これからも期待しているよ」
一瞬だった。目が合ったのも一瞬で、そのまま視線で追うことは許されない。
「ありがとうございます」が震えないよう、せめて、声に力を込めた。
会いたかったよ、保科様。挨拶の時、心で呼んでくれたんだよね? 俺、ちゃんと聞こえたよ───でもやっぱりもう遠いんだね……。
次は小花のトップの番……これはやりにくいよなぁ、お気の毒、と他人事に思いながら、自分の挨拶を頭の中で繰り返していた。
そこに響くは司会進行役の旦那の声。
「皆々様、お静かに。次にご挨拶するさ、華屋の新造、百合に御座います。ご存知、無名から一番小花にまで昇ってきた、もちろん未通にございます。どうぞお見知りおきを。ささ、百合、前へ」
言い終わりに、一旦静かになっていた客席から、わあっと歓声が上がる。
ふへぁ? 聞いてないよ。なんで挨拶の順番、変わってるんだよ。そしていつ俺が一番小花になったんだよ、そいでもってなにが未通だよ。ここは見世であって茶屋じゃないぞ。そんな上げてんだか晒してんだかわかんないこんな紹介あり? 見てよ、小花達の顔、青冷めてるじゃん。これは更に俺への当たりがきつくなる……実は旦那が俺を一番イビってんじゃないの?
せっかく構えていた心が突然の番狂わせに動揺し、頭の中はぐるぐる、体はガタガタと震え出す。足まで震えがきて、下駄の歯が壊れそう。
どうしよう、こんなんじゃ……。
「悠里」
────何処かから聞こえる気がするのは保科様の声。いや、聞こえるはずはないんだ。こんなにたくさんの人の歓声の中、保科様の声が届くわけない。なにより、保科様が見世舞台で芸子の一人の名を、それも本当の名で呼ぶことなんか絶対にないから。
でも、俺には届く。
どこだ。保科様はどこに……。
客席の四方を目玉だけで見渡す……わからない。顔は正面から外せないから探し切れない。だけど、必ず見て下さっている。
顔を上げて、ゆっくりと足を進めた。
緊張していたんじゃない。師匠に何度も教え込まれた、女形の型を最大限に魅せる為だ。
江戸にはスポットライトはないけれど、黒子役の金剛が持つ提灯の灯りが俺を照らす。
その灯りに誘導されて菊華の菖蒲さんの横に立つと、菖蒲さんが俺の手を取り、さらに前へ……華達の前へと誘導した。
「わぁぁぁ!」
「百合之丞!」
「百合!」
演目の時よりも一層客席が賑やかになる。
胸郭を開き、背筋に力を入れ、膝をスっと曲げて、真っすぐに腰の位置を落とす。そしてゆるりと頭を下げた。
次に顔を上げる時、客席が一気に静まりかえった。
────うん。いける。
姿勢を戻し、口を開く。
「ご紹介に預かりました百合之丞にございます。此度は初舞台から小花としてお引き立て頂き、皆様のお目にかかることが叶いました。以後、精進して参りますので、是非ご贔屓にお願い申し上げます」
そして、師匠に「花が拓くように」と言われた笑みを作る。
次の瞬間、劇場が揺れた、と思った。
観客からの声や体動。そう言った熱気が木造の建物を揺らしたのだ。これは鉄骨造りが多い現代では感じられないことかもしれない。
そして、客席から舞い上がったのは、赤、青、白、黃……色とりどりの紙吹雪。視界を埋め尽くしたあと、ひらひらと落ちていくのに、再び幾度も舞い上がって、まるでリピート映像のようだった。
俺は、一身に客からの歓迎を受けたのだ。この日を忘れることは一生ないだろう。
***
舞台袖に捌けるとすぐ、権さんが抱きしめてくれた。
「百合~良くやった! でかしたぞ。俺は嬉しい! ……おい、百合どうした、百合!?」
ヘナヘナと力が抜けていき、しまいには権さんの腕に吊られる形になる。
「腰抜けたぁ~電池切れだよ、もう」
「で、でんち? 良くわかんねぇけど、なんだ、おめぇやっぱりまだまだだな」
言いつつ、権さんは破顔だ。おっきい体に強面なのに、涙なんか浮かべちゃってさ。権さんて、俺のこと大好きだよね。
いつの間にか、重ねていた権藤さんの影は薄れている。権さんが泣いて喜ぶ顔は悪くなく、俺を幸せな気分にさせた。
だけど、この感動の場面に俺の首根っこを掴む奴がいる。
「これしきで情けないね。しゃんとしな。次はお偉方にご挨拶だよ」
「楓ぇ……」
「楓さん、だ」
楓と権さん、いつの間にか横にいた旦那がハモる。
ちえっ、なんでか楓には「さん」付けしたくないんだよな。でも、ゲーノー界の掟だからしゃーない。俺は作り笑いで「はぁ~い」と答えた。
楓……さん、と権さんに体勢を立て直され、食事処に続く通路に出た。節目の舞台の時は、結婚式のあとのお見送りみたいに通路に出て、観劇にいらしたお偉いさんを対象に、短い挨拶をするのだ。
お偉方への挨拶に並ぶのは華三人と俺……一応小花のトップってことだよね? そして、若草トップのなずなだけ。他の芸子達は既に食事処に入っている。
右から二番目、なずなの左隣に位置した俺は、思いっきりなずなに睨まれた。
はいはい、そーですよね。まだ俺を認めちゃいませんもんね。でも、俺の踊りと口上見たよね? ちょっとは見直さない?
俺が目で訴えていると、顎で「前を向け」と言われた。
おっと「お偉方」登場か。びしっとしなきゃ。
……あ……。
保科様だ。
青梅藍縞の小袖に紋付の羽織。髪は綺麗に結われていて、遠くからでも気品が伝わる。
だけど、ずっと見つめているわけにはいかない。俺は視線を、順に前にやって来るお偉方一人一人に向けた。
僧侶、医者、学者、そして大店の主人や若旦那が、格下から順に一声ずつかけていく。なずなと俺は「ありがとうございました」と返すだけで、華達もふた言程度つけ加えるだけの短い挨拶だ。
最後、保科様より前に、ロマンスグレーの品の良い男性が並んだ。
「お前が百合だね。忠彬が目をかけているそうだね。先が楽しみだ」
もしかして保科様のお父上? ……遺伝子! 凄いかっこいい……!
「ありがとうございます」
かっこいいけど、俺はすぐに、次に来る保科様を待った。
「百合、今日は素晴らしかった。これからも期待しているよ」
一瞬だった。目が合ったのも一瞬で、そのまま視線で追うことは許されない。
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会いたかったよ、保科様。挨拶の時、心で呼んでくれたんだよね? 俺、ちゃんと聞こえたよ───でもやっぱりもう遠いんだね……。
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